天使で悪魔
アリス観察日記
今日が楽しいからといって明日は明るい日とは限らない。
※今回の視点はハーマンです。
昨夜未明。
突如カルト教団<蒼天の金色>がコロール城を強襲。魔道戦力の魔術師群の前に衛兵達は圧倒された。
純戦士と純魔術師、どちらかと言えば純戦士の方が分が悪い。
接近出来ないまま敗北がありえるからだ。
魔術師とは遠距離戦のスキルに長けた存在であり、そして何よりオールマイティ。ある意味で魔道を体得した彼ら彼女ら魔術師こそが最強とも言える。
所詮はカルトの勝利。
城の中庭で応戦していた衛兵達は魔術師達の圧倒的火力の前に後退。
なお<蒼天の金色>の目的はカジートの密売団から押収されたスクゥーマの強奪という冗談みたいな理由での城攻め。ある意味で伝説、ある意味で馬鹿。
城に火の手が上がる。
それを見て流れの冒険者や戦士が参戦。当然衛兵側への加勢。
そんな一団にアリスも加わった。
結果は完勝。
どっちの?
アリス達の勝利。
わざわざ<アリス>達の勝利という形でアリスの名前を強調したのは当然訳がある。アリスがいたからこそ勝てた、それは誇大ではない。
撃墜王はアリス。
雑魚はもちろん、カルトにとっておそらく精鋭であり最強だった<元ブレイズ>のカルト信者をアリスは一撃で倒した。
その結果、敵の勢いは衰えた。
士気は低下した。
低下?
ううん。むしろ失墜した。ゼロ。皆無。敵は完全に戦う意欲を失った。そしてアリスが一歩進めばカルトどもはどっと後ろに下がるようになった。そこを
衛兵達は衝いた、敵の親玉のルミナス卿が単身で逃亡したのも大きいだろう、敵は完全に粉砕された。
ここに。
ここに<蒼天の金色>の主力は壊滅したと言ってもいいだろう。
多少なりとも戦力はまだ残っているのかもしれないけど主力を失ったのは確かだ。つまり残っているのは残党と言ってもいいレベル。
そして一夜が明けた。
昼下がりの午後。
昼食は食べ終わった。アリスの料理の腕はなかなかのものだと思う。聞けば戦士ギルドの仕事で料理屋でバイトしていたらしい。
……。
……戦士ギルドの仕事で料理屋でバイト?
普通に人手不足だったから雇われただけじゃないの?
そんな天然さがアリスクオリティ。
嫌だなぁ。
こんなのが姉だなんて。
まあ、観察のし甲斐はあるけど。
叔父は現在戦士ギルド会館で雑務をこなしているので不在。家にいるのは私とアリスだけ。
アリスはダンスの練習をしている。
私は本をベッドの上で寝そべって読みながらアリスの動きを眼の端で追っていた。
踊るアリス。
「キティちゃんには負けないニャっ! ブロードウェイで踊るのはあたし、アイリス・グニャースフィルなのニャっ!」
現在まだアリスは呪われた猫装備を装着中。
脱げないんです。
ええそうです脱げないんです、呪われてるから。まあ呪いの解き方は二時間ほど前に調べて分かったけどまだ呪いは解かない。見てて面白いから。
「アリス」
「何なのニャ?」
「アリスの名前は?」
「アイリス・グニャースフィルなのニャ。それがどうしたのニャ?」
「ニャース、猫系ポケモンね」
「ニャ?」
あくまで猫を貫くアリス。
ふぅん。
芸人根性は持ち合わせてるみたいね。
少し感動。
最近の芸人は根性なしが多いから、芸の為には自分を捨てて役に没頭するアリスは素敵だと思う。まあ、ただ天然なだけな気もしなくもないけど。
そうだ。
あれも試してみよう。
ゴソゴソ。
午前中にダルさんのお店で買ったある代物をポッケから出す。小さな紙に包まれた<それ>を取り出して握りしめる。
そしてアリスを呼ぶ。
「こっち来て」
「ニャ?」
「こっち来て」
「何なのニャ、ハーにゃん何か用なのかニャ?」
近付くアリス。
私は握った<それ>をアリスの鼻先に突きつけた。
「ニャっ!」
「ほれほれ」
「ニャニャニャっ!」
「ほれほれ」
突きつけたのはマタタビ。
猫化してるアリスがどういう反応を示すのか気になったから購入した。
さてさて?
一体どんな反応を示すのかな。
そして……。
「だ、駄目ニャ、それは許して欲しいのニャ、駄目になっちゃう駄目になっちゃうニャっ! はあはあ、あうーっ! あ、あたし、もう、駄目ニャ……」
パタリと倒れ込むアリス。床の上でピクピクしてる。
私は無言で見つめる。
「……」
すいませんやたらエロく感じるのは私の気のせいだろうか。
うーん。
アリスは猫化からエロ路線。
こんな姉の妹でいる事が恥かしい今日この頃。ハーマン・グラスフィル、そんな5歳の夏の日の出来事。
「ほれほれ」
「ハーにゃん、許して、許してニャ、これ以上されたら、あたし、あたし……」
これ以上されたらどうなるんだろ。
謎ですね。
謎。
「ほれほれ」
「ふにゃーっ!」
「ふぅ」
アリスで遊ぶのも飽きたので私は散歩に出かけた。
アリスは寝込んでる。
うーん。
私の遊びに付き合えないなんて軟弱な姉だなぁ。先が思いやられますね。姉らしくたくさん遊んでくれないと不満が溜まります。
街を歩く。
レヤウィン支部にアリスが出向していた間に私はこの街には既に来ていたので顔見知りの住人は多い。
無邪気に愛想振り撒いといたし。
顔を売っておくことはそれなりには役に立つ。
大抵は挨拶してくる程度だけど子供らしく無邪気に振舞っておけば、それが役に立つ展開も多々ある。
街を歩く。
帝都に比べるとかなり田舎。
叔父の家に落ち着くまでの間、私はシロディールの全ての都市を見て回った。
まあ、観光。
他の都市と比べてコロールはど田舎だと思う。
よく言えば牧歌的。
「スキングラードか」
私は歩きながら呟く。
別にスキングラードに住みたいというわけではない。呟いた真意、それはこの間始末した<凍える>リュクバーンの発言に起因している。
現在このシロディールに外法使いが大挙として入って来ている。
既に外法使いの三大勢力である<銀色><廃墟の王>の派閥は入り込んできているらしい。リュクバーンは<廃墟の王>の派閥メンバー。
その派閥がスキングラード周辺に集結中らしい。
叩きたい。
一気に粉砕してしまいたい。
こんなチャンス滅多にないと思う。
この地に集う外法使い&黒魔術師は全員がライバル。連中も私と同じものを狙ってる、私もまた連中と同じものを狙ってる。
それは<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>。
それが私達が狙う代物。
シロディールで強力な魔術師は先の魔術師ギルドの頂点に君臨していた<ハンニバル・トレイブン>。スキングラード領主の<ハシルドア伯爵>も
強力だし新しいアークメイジであり虫の王を倒した<フィッツガルド・エメラルダ>、魔術師ギルドのアンヴィル支部長<キャラヒル>。
そうそう。
貴族の<アルラ・ギア・シャイア>も強力な遣い手だと聞いている。
外法使いの中で強いのは<銀色><廃墟の王><死神>。三大勢力のスリートップ。
カルトの親玉<マンカー・キャモラン>もなかなかの強さらしいね。歩く性犯罪と名高い<マーティン>も性欲並みに魔力が高い。
強力と冠する者達は結構いる。
だけど最強なのは虫の王。
外法使い最強とされている<死神>ですら勝てない。
<死神>の特殊能力はその称号と同じ。つまり死神としての能力を持っている。魂を刈り取るのだ。確かにその能力で虫の王を殺せるだろう、しかし次の瞬間
死神は負ける。何故なら虫の王は幾千もの魂を持っているから。一度に奪える魂の数は一つ、つまり死神は奪った瞬間にカウンター攻撃で負ける。
実のところ禁術を操る者達は不老。
中には不死に近い生命力を持つ者もいるけど、魂は一つしか保有していない。
……。
……いや。
正確には保有していないのではなく、保有できないのだ。
一つの肉体に魂は一つ。
それが法則。
だけど虫の王はその法則を無視している。
他の誰にも出来る事ではない。
確かに虫の王を倒したフィッツガルド・エメラルダは凄いと思うけど、能力は凡人だと思う。あくまでそのブレトン女の能力は攻撃オンリー。
虫の王の法則無視の能力と比べると劣る。
欲しい。
欲しいな、虫の王の遺産である<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>。
その為には邪魔者を全て排除しなきゃいけない。
全て。
まずはスキングラードに集結中の<廃墟の王>の派閥を潰す。そもそも<廃墟の王>は異世界に封印されてる状態。別名<白骨>のザギヴとも
呼ばれてるそいつの派閥を潰すのが私の当面の目的かな。
さて。
「帰ろうかな。そろそろアリスをまた弄りたくなってきたし」
叔父の家に戻ると家事とダンスを終えたアリスは眠っていた。
床にね。
窓から入る日光を浴びながら丸まって寝てた。
……。
……猫かこいつ。
何かアリスの人格が崩壊しているような気がする今日この頃。
スクゥーマでもやってるのかな?
「はあ」
やだなぁ、こんな姉。
私はすやすやと眠るアリスを無視して自分の衣装棚に近付いて開く。
中には呪いのアイテムがぎっしり。
「ふむ」
今回は呪いの猫装備を試した。
そろそろ次のを試したいな。
何にしよう?
「ふにゃ?」
アリスが目を覚ました。
寝ぼけてるのか、きょろきょろと周囲を見回している。むくりと起き上がった。ぴょこぴょこと尻尾が左右に稼動してる。
あれは自分の意思で動いてるのかな?
それとも意思と連動してる?
うーん。
今度調べてみよう。
「……」
じーっと戸口の方を見るアリス。
一点をずっと。
何かある?
私もそちらを見るけど何もない。何も感じない。
「アリス」
「……」
「……アリス?」
「……」
返答はない。
ただただじっと一点を見てる。
戸口を。
扉を。
「ハーたんっ!」
叫ぶ。
そして気付く。魔力の歪みを。戸口の方に不自然な魔力の歪みを感じる。
間違いない。
誰かが空間転移して入ってくるっ!
……。
……しかしアリスは魔力の歪みを気付いていた?
だとしても感覚鋭が過ぎる。
普通は魔力の歪みは感じ取れない。ある程度の経験と魔道をかじった者には<何となく>で分かる者もいるけど……それはほんの一握りだ。
少なくともアリスには魔道の経験があるようには見えない。現に感じる魔力や魔道には経験が感じられない。
私は黒魔術師。
禁呪や禁術に精通しているし体得している。
だから。
だから魔力の流れを読むことに精通している。
感覚も鋭いつもり。
なのにアリスは私より先に気付いた。
この姉、もしかして強い?
少し認識を改める必要があるのかもしれない。ただの剣術オンリーの人物だと思ってたけど魔道にも精通しているのかも。
そして……。
「九大神の手先、決着を付けに来た……はぐぅーっ!」
空間転移して来たのは蒼い法衣のアルトマー。
魔王メリディアを信奉するカルト教団<蒼天の金色>の教祖。名をルミナス卿、だったかな?
ただし宣戦布告の言葉はアリスの行動によって阻まれる。
飛び蹴りをいきなりかましたのだ。
宣戦布告は言葉ではなく行動で、というアリスのお教えかな?
魔道オンリーで体を鍛えていないらしいルミナス卿は体勢を崩した。後ろに大きく倒れ込む。吹っ飛ばされた時に木製の扉を砕き、野外に転がった。
ルミナス卿、胸を押さえながら立ち上がりよろよろと後退する。
だけど逃げる気はないらしい。
印を切っている。
あれは召喚系のモーション。
「ふぅん」
どうやら手駒は前回の戦闘でほぼ失ったらしい。
まあ、そうよね。
後先考えずに城に突撃したら手駒は壊滅するわね。レリックドーンの鎧戦士もいない。
単身?
策略?
普通に考えたら前者かな。単身での突撃と考えた方がいいみたい。
そうじゃなかったらこの行動はないだろ。
無知蒙昧よね。
私達に勝てると思ってる?
馬鹿ね。
馬鹿。
アリスはいきなり相手を追うことはせずに刀掛けにあった剣を引き抜く。魔剣ウンブラではなく鋼鉄のロングソード。そしてスタスタと扉の外に向かう。
外ではルミナス卿が多数の魔物を従えて待っていた。
エリマキトカゲのような魔物。
クランフィアだ。
数は10。
その鋭い爪と牙により攻撃力は高い。そして分厚い皮膚のお陰で防御力もある。また敏捷性も高い。
魔獣としてはランクが高い部類。
……。
……あーあ。
魔剣ウンブラを解禁すればいいのに。
敵の輪廻転生の権利なんざ知ったことでもないでしょうに。
まあいい。
パチン。
私は指を鳴らす。
その瞬間、敵はドロドロと溶けていく。
「馬鹿なっ!」
ルミナス卿は叫ぶ。
絶叫に近い。
それはそうだろう。
何しろいきなり手駒が全滅したわけだからね。アリスは小さく気合の声を洩らして走る。
速いっ!
一気に間合いを詰めてルミナス卿とすれ違い様に相手の腹部を切り裂いた。
フッ。
瞬間、ルミナス卿の姿が消えた。
空間転移か。
アリスは瞬時に右斜め後方を見る。その行動の真意を理解するのに私はアレスに遅れて三秒ほど掛かる。空間転移した位置を理解する。
やっぱりだ。
やっぱりアリスは私より先に魔力の流れを感じてる。
凄い。
アリスの行動は早い。私が相手の位置を掴んだ時には既に相手に肉薄していた。
ただし相手も単身で乗り込んでくるだけはある。
自分の目の前に魔物を召喚した。
呪文詠唱の短くて済む奴を召喚した。スキャンプ。もちろんそれでアリスを倒せるとは思ってないだろう、ダンマーであるアリスを倒すには火の玉投
げるしか能のないスキャンプでは意味がない。ダンマーは炎に対しての特性があるわけだし。
つまりは盾ってわけか。
アリスの剣が唸りをあげてスキャンプを真っ二つにした。
フッ。
再びルミナス卿は消える。
今度は私達から少し離れて具現化した。アリスの魔力を読む能力を警戒していると見ていい。
「小娘っ!」
叫びつつルミナス卿は別の魔物を召喚する。
今度は格上だ。
スパイダーデイドラが三体。
「魔猫閃っ!」
左手を振るうアリス。
次元を切り裂くその一撃はオブリビオンの悪魔達をズタズタに切り裂いた。
「くそっ! 死ねぃっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
手から雷撃を放つ。
だけどまるでどこをどう避ければ分かるかのようにアリスは相手に突き進む。
疾走。
雷撃を回避、自分の得意な間合に飛び込むアリス。
ルミナス卿が叫んだ。
「くそっ! 鷹の目という情報は本当だったのかっ!」
「にゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
振りかぶった剣をアリスは振り下ろした。
血が飛び散る。
奴の血だ。
フッ。
血が吹き出すのと消えたのは同時。
逃げた、か。
まあ今のアリスの一撃は見事に尽きる。空間転移こそ発動したものの必ずしも奴が生きているとは限らない。転移先で死体になっている可能性も高い。
もちろん生きている可能性もあるわけだけど。
それにしても……。
「鷹の目か」
アリス、すごい資質を持ってる。
この世界は魔力で満ちている、人の体にも魔力が見ている。魔法とは人体が保有する魔力を使って放つもの。魔法として消費した魔力は世界に吸収
されて自然は育ち、大地は育まれる。そして人体もその魔力を吸収して、魔力を回復させる。
循環しているのだ。
そして全ては魔力を解した存在。
大地も。
人間も。
全ては魔力で繋がっている。
鷹の目はそんな魔力の流れを全て見通す、それだけではなく予知することも出来る。人の体にも魔力があるわけだから当然その動きも読み取れる。
欲しいな。
「アリス」
「何なのニャ?」
「片目頂戴」
「ニャニャっ!」
「大丈夫痛くないから。……そうね。麻酔なしでスプーンで抉られる程度の痛み。大丈夫よ、後でトロルの眼を移植してあげるから」
「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
血塗れでうなだれる者がいる。
アルトマーだ。
蒼い法衣を纏ったアルトマー。
その人物は小さな木製の、それも手作りであろう神像を岩の上に置いて、その前でうなだれていた。見ようによっては神像に平伏しているようにも見える。
場所はコロールから少し離れた森の中。
「魔王メリディアよ」
神像に訴えかけるその人物の名はルミナス卿。
魔王メリディアを信奉するカルト教団<蒼天の金色>の指導者。
もっとも組織そのものは既に前回の城攻撃の際にほぼ壊滅状態であり、本部に残っているわずかな残存戦力があるだけ。
事実上の壊滅状態といってもいいだろう。
「魔王メリディアよ」
一心不乱に祈りを捧げるルミナス卿。
彼にとってメリディアは神。
元々は敬虔な九大神信者であり、それと同時にアルケイン大学でも将来を嘱望された人物。しかしある事件が原因で信仰を捨てた。そして魔王メリディアを
信奉し始める。<蒼天の金色>を組織し九大神の神々に対しての信仰の一切を否定し始める。
その時声が響いた。
冷たく異質な女性の声が響いた。
<人の子よ。小さき者よ。その限りある生命を縮めてまで我が力が欲しいかぇ?>
「おお魔王メリディアよっ! 我が神よっ! どうかあのお力を今一度お与えくださいっ! アンヴィル聖堂を滅ぼした金色の軍勢オーロランを召喚する力をっ!」
そう。
アンヴィル聖堂にいる者達を虐殺したのはルミナス卿。
聖堂には聖なる結界があるものの、それはあくまで異世界の存在や邪悪な呪法で作られた存在(例えばアンデッド等)を立ち入らせない為のものであり
この世界既存の種族には何の効力もない。だからアルトマーである彼は入れる。内部に入り込んだ彼が悪魔を召喚して滅ぼしたのだ。
そして。
そして展開はさらに厄介な方向に転び……。