天使で悪魔







ハーマンの小冒険 〜完結編〜






  機会はまた必ず巡ってくる。
  その縁(えにし)が真であるのであれば。






  ※今回の視点はハーマンです。





  深夜。
  漆黒の夜の闇を炎が削る。天をも貫かんとする業火。
  炎上しているのはコロール城の一角。
  正確には衛兵詰め所。
  失火ではない。
  襲撃だ。
  襲撃者達の目的はその詰め所に隣接している、押収品を納めた倉庫。
  そこにはカジートの密売団が保有していたスクゥーマがある。
  そう。
  襲撃者達の目的は大量のスクゥーマ。
  そしてその正体は魔王メリディアを信奉するカルト教団<蒼天の金色>。カジートの密売団の取引相手もこのカルト教団だったってわけだ。
  何故カルトどもが麻薬を求めるか?
  まあ、おそらくは<ラリって信託を受ける>とかいう行為なのだろう。
  アリスは剣を手に取り現場に走る。
  私もそれに従う。
  ……。
  ……今夜はコロール聖堂に宿泊している外法使いの一団を排除するつもりだったんだけど……まあ、仕方ない。
  わざわざ城を攻撃するぐらいだからカルトどもは戦力を整えているのだろう。
  そして自信がある。
  そうでなければ襲撃などしないだろう。
  少なくともこの間見たカルトの親玉の状態から考慮すると、現実から遊離して妄想の中に生きているわけではなさそうだったから。
  スクゥーマ強奪が成功すると踏んだ、それゆえの襲撃と見た方がいい。
  アリスを助けてあげないとね。
  何しろ私は頼れる妹なんだから。
  あーあ。
  頼りない姉を持つと気苦労が多いわね。
  やれやれだわ。




  コロール城のすぐ近くにある茂みの中。
  そこにアリスがいた。
  一足先に叔父の家を飛び出したアリスではあったけど、単身で喧騒の乱戦の中に突入するという蛮行はしていないみたい。現在状況を偵察中の模様。
  城の中庭は乱戦の場と化している。
  カルトどもは<THE邪教集団>という感じかなぁ。右手に武器、左手には松明、魔女狩り等の状況の再現みたい。
  焼き討ちの図みたいな。
  ああ。じゃあ暴徒?
  どっちにしても紳士的な振る舞いでないのは確かかな。
  暴徒は魔法を連打して衛兵を押してる。
  ……。
  ……しかしラリる為にわざわざ城を襲撃するか?
  非常識な連中。
  まあいい。
  こいつらは魔術王ウマリルの飼い犬と化してる。アリスは九大神の騎士団再建を目指している以上、こいつらは敵。敵以外の何者でもない。
  だったら都合が良い。
  今回のスクゥーマ襲撃、城を襲う以上はほぼ然戦力を投入してるはず。夜襲&奇襲という利があるとはいえ城を攻撃するのだから出せる戦力全部を
  投入したと見るのが打倒だろう。実に都合が良い。今回は衛兵がこちらの味方なわけだから、味方の数は多い。
  一気に叩く。
  一気に。
  「アリス、状況はどう?」

  茂みに隠れるアリスに声を掛ける。
  彼女は<呪われたネコ装備>を現在も装着中。というか脱げないだけなんだけど。持っている武器は鋼鉄のロングソード。
  ふぅん。
  魔剣ウンブラを使うのに抵抗があるのね。
  随分と甘い事で。
  相手の魂を貪ろうが転生する権利を奪おうが、それが何だっていうんだろ。だって斬る相手は敵。
  遠慮なんて必要ない。
  だけどアリスの感性ではそれは駄目なことみたい。
  面白いな、この姉は。
  私には理解不能。

  「ハーにゃんも来たの?」
  「ハー……」
  彼女が振り返って私に発した言葉は<ハーにゃん>だった。
  ネコ言葉になってる。
  これも呪いの効果?
  ……。
  ……何気に呪い効果というか萌え効果をこの姉は狙ってるようにも思える。
  だとしたら侮れないな。
  萌え心理をくすぐるとはなかなかしたたかなのかもしれない、この姉。
  「ハーにゃん?」
  「ま、まあ、その呼び方の是非は置いといて。それでどうするの? わざわざここまであんたは出張ってきたけど参戦するの?」
  愚問だと思うけど聞いてみる。
  「当然この街の平和の為に戦うニャ」
  「だよね。あんた馬鹿だもん」
  愚問でした。
  ええ愚問。
  この姉の性格上、この街の存亡の危機にもなりかねない展開を見過ごす事は出来ないってわけだ。
  まあ、ここまで出張って来て傍観なら私がこいつ殴るけど。
  ここからは中庭の状況がよく見える。
  衛兵VSカルト信者。
  現在のところカルトの方が勢いがある。初っ端に炎の魔法を連打したからだろう、中庭は火の海。城そのものは石造りなので炎上こそしないものの、木製
  の扉とかは燃えてる。そして底から内部にも炎は広がっていくから大惨事。また衛兵達は寝てる最中を襲撃されたらしく右往左往。
  指揮系統は完全に麻痺している。
  夜勤の連中は少ないのかな?
  街の治安の為に今後は不眠不休で働いて欲しいわね。
  というか今後は寝るな。
  これ命令。
  さて、戦っているのは衛兵だけかと言えばそうでもない。流れの戦士や冒険者みたいな連中も衛兵側に加勢してる。アリスみたいなお人好し連中ってわけね。
  もしかしたら戦士ギルドのメンバーも混ざってるのかもしれない。ただし所詮は寄せ集め。テンデバラバラに戦っている限り烏合の衆。
  カルトどもは命令系統しっかりしてる。
  つまり。
  つまりカルトの勢いを止めるだけの戦力は整ってないわけね。
  例えアリスが1人加わったところで体勢は変わらない。
  それは明白。
  私?
  まあ、確かに私が加われば敵も味方もすべて排除できる。その気になれば城ごと異空間に飛ばすことも可能。
  だけど戦闘は遠慮します。
  だって疲れるもん。

  バッ。

  「にゃーっ!」
  不甲斐ない無鉄砲な姉はロングソードを抜き放って乱戦に向って走る。
  ていうか掛け声おかしいんですけど。
  ……。
  ……うーん。やっぱりあのネコ装備は呪われてるんだなぁ。
  性格がネコ娘になってる。
  もしかしてアリス一生このまま?
  まあ、いいか。
  どうせ私が呪われてるわけじゃないし。それにわざわざステンダールの呪いを背負い込んじゃうわけだから……一つぐらい呪い増えてもいいかなー。
  その方が私も呪いの影響の観察とかできるし。
  「お手並み拝見」
  私はアリスの後姿を見守りながら呟く。
  参戦はしない。
  この乱戦を傍観するだけ。
  ステンダールの呪いはまだ本格化してないから戦闘にさほどの影響はないと思う。スタミナの低下は見られるものの、ごく僅か。その程度の影響である
  ならば特に問題はないだろう。今日までアリスの行動を観察してきたけど身体能力は抜群。
  問題はあるまい。
  さてさて。
  「お手並み拝見」
  同じ台詞をもう一度呟き、私は右手を軽く振るう。
  
  すぅぅぅぅぅっ。

  私の姿は夜の闇に紛れる。
  正確には同化する。
  透明化の魔法。
  これで攻撃の標的にならずに傍観できる。
  アリスの力量、拝見。



  「にゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  妙な喚声を上げて猫娘アリスは突っ込む。
  敵も味方も一斉にたじろぐ。
  それはそうだろう。
  頭に猫耳、両頬には三本の猫髭、首に鈴付きの首輪、黒いレオタード、お尻には稼動の尻尾。
  ……。
  ……まあ、普通の感性ならびびるわね。
  アリスってば変態の域よね。
  可哀想可哀想。
  こんなのが私の姉だなんて嫌ですなぁ。

  ずばぁっ!

  敵勢であるカルトどもは目下、衛兵&義勇的な面々を押している。悪者軍団に押されて衛兵達は城の方に後退している。
  アリスはその背後を突いた。
  カルト教団<蒼天の金色>の魔術師の1人をロングソードで切り伏せるアリス。相手は勝ちに乗じていたから油断していたし今回は<レリックドーン>の
  金色戦士はいない。つまり純戦士の戦力はない。完全に魔術師主力の軍団。接近戦は彼ら魔術師の得意とするところではない。
  逆にアリスは得意としている。
  それに勢いはこれで逆転した。相手側は突然の猫娘の登場に……違った、突然の後方からの襲撃に動揺していた。所詮は接近戦向きではない魔術師
  の集団、接近を許せば相手は動揺するし肝が冷える事だろう。相手の間合に入ってしまったと。
  敵の1人が叫ぶ。
  フードを被ったアルトマー。
  この間空間転移で逃げた奴だ。確か名前はルミナス卿。

  「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだなっ! そいつを殺せっ! 九大神の手先となった女だ、抹殺せよっ!」

  ああ。
  なるほど。
  スクゥーマ強奪も目的だけど、おそらく出張ってくるであろうアリスも最初から抹殺するつもりだったってわけだ。今回の強奪の為にカルトどもはほほ全
  戦力を出してきている。出し惜しみはないはず。この動員を機に一気にアリスも殺したかったね。
  ふぅん。
  合理的ではある。
  合理的ではあるけど馬鹿な理論よね。
  そもそもコロールの都市軍を敵に回すという発想の時点でどうかしてる。現在は押しているとはいえ最終的には叩き潰されるとは想定しなかったのかな?
  彼らの発想は合理的、しかしそれはあくまで最初だけ。後々の展開の結果は自滅しかない。
  まあ、好きに自滅すりゃいいけど。
  私には別に関係ないし。
  勝手に死ねばいい。
  勝手に。

  「にゃーっ!」

  アリス、刃を振るう。
  敵に。
  敵に。
  敵に。
  手にしている鋼鉄製のロングソードをまるで舞うように振るう。容赦などなく刃は一閃。
  バタバタと敵は倒れていく。
  布製のローブなどで刃の切れ味は防げない。
  相手の懐に飛び込んでアリスは剣を振るっていく。魔法を放つにはお互いに接近し過ぎている。遠距離魔法は近ければ当て易いというものではない。ある
  程度の間合は必要。しかしその魔術師に必要な間合をアリスは親切に提供してくれない。それに敵の魔術師、実戦向きではなようだ。
  腰が引けてる。
  もしかしら研究肌の魔術師達なのかもしれない。
  どっちにしても距離を保ってこそ魔道戦力。
  戦士としての絶好の間合を保持しているアリスの敵じゃあない。
  敵勢、アリスの猛攻の前に一斉に後ろに下がる。しかしそのカルトどもの背後には城まで追い立てられた衛兵&義勇連中がいる。今の今まで押されていた
  面々は互いに顔を合わせて頷きあい、喚声を上げてカルトに逆襲を開始する。
  悲鳴と。
  怒号と。
  喚声と。
  三つの声が合わさったコロール城の中庭。
  戦いは勢い。
  一度怖気付いた側の士気というのはすぐには回復しない。
  そもそも臆するような状況ではないんだけどね、カルト連中。何しろ衛兵達の数はカルトの数と同じぐらいだから本来なら良い勝負が出来る。にも拘らず負け始
  めているカルト。たった一人の、たった一人の猫娘に追い立てられているのだ。そしてそれが元で衛兵達には気が回っていない。
  集中できていない。

  「ぎゃっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「ぐはぁっ!」

  悲鳴の連続。
  刃を振るうアリスの行動には無駄がない。
  洗練された動き。
  黒魔術師が職業の私。剣術は専門外だけどアリスの動きに無駄がないのは見れば分かる。
  「美しい」
  透明化したままの私は呟く。
  これはある意味で<美>だろう。
  アルトマーの魔術師は殺せ殺せと騒ぐものの展開はすでに泥沼化している。混沌化している。背後を突いてきた衛兵達の突撃に成すすべもなく総崩れ
  状態だからだ。距離を保ってこその魔術師。その間合を突破された以上、勝ち目などあるはずがない。
  次々と討ち取られていく。
  アリスはアリスで善戦している。
  メイスを振るう魔術師の一撃をロングソードで弾き、そのまま相手の胸元を貫く。どさっとその場に倒れ伏す敵。次の瞬間、アリスの背後に回っていた別の
  魔術師がメイスを振るう。泡や後頭部に一撃を受けるという瞬間にアリスは躊躇う事なく前に前転、そして立ち上がると同時に振り向いて地を蹴る。
  相手に肉薄。
  すれ違い様に胴を薙いでいた。
  殺せ殺せと再びルミナス卿が喚く。少しは根性のある面構えの魔術師3人がアリス目掛けて駆けてくる。
  アリス、慌てず騒がず左手を一閃。

  「魔猫閃(まびょうせん)っ!」

  訳の分からない技の名前を叫びながら無手の左手を振るう。
  何の真似?
  呪いで気でも触れたのかな。相手にも届いていないのに……呪いで脳が溶けたみたい。
  その時……。

  『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

  次の瞬間、駆け寄ってきた3人はその場に引っくり返った。
  ズタズタに切り裂かれて。
  それだけじゃなくその背後で乱戦していた連中もその場に引っくり返る。
  ……。
  ……えっとまさか次元を切り裂いた?
  ただの衝撃波なら魔術師の背後にいた連中には届かない。何故ならその魔術師達が障害となるから。つまりその魔術師を薙ぎ倒して終わり。だけどその
  魔術師を貫通するような形で背後の連中もバタバタと倒れている。つまり次元を切り裂いたのだろう。風の力とは到底考えられない。
  あの呪いの猫装備、結構使えるわね。
  アリスで実験してよかった。
  後で回収して私が着よう。
  まあ、私の場合はもう少し成長しないと着ようがないんだろうけど。
  敵が叫ぶ。
  口々に叫ぶ。

  「あ、悪魔だっ!」
  「あのダンマーの小娘は悪魔なんだっ!」
  「猫耳の黒い悪魔だっ!」

  素敵な称号ゲットですね、お姉ちゃん。
  <猫耳の黒い悪魔>か。
  勇ましいんだか可愛いんだか馬鹿にされてるんだかよく分からないけど……まあ、多分三つ全部が適用されるんだろう。
  相手はアリスが一歩進むと三歩後退する。
  そして衛兵の餌食となる。
  終わったな、この勝負。

  「退きたまえっ! 僕がやるっ!」

  ん?
  魔術師を掻き分けて1人の男がアリスの前に立ち塞がる。こいつも魔術師風の姿だけど決定的に他の連中とは別格だ。
  見た感じインペリアルだ。それも男性。
  アカヴィリ刀を持ってる。
  すらりとその剣を引き抜いた。なかなか様になってる。構える姿にも隙がない。
  ふぅん。
  これは面白い。
  多分この魔術師の格好をしている奴は根は魔術師じゃない。剣士だ。そしておそらくは元ブレイズ。この構え、ブレイズ特有のものだと前に文献で読んだ。
  アリスは正眼に剣を構える。
  相手は上段の構え。
  数秒間静かに対峙したまま。しかしアリスの剣が次第に左に傾いていく。相手はその動きに惑わされない。まったく動かない。視線はアリスに固定された
  ままだし構えも変わらない。アリスが動くのを待っているのだろう、そして動いた瞬間に一刀両断するつもり。

  「にゃあっ!」

  アリスが動いた。
  剣を横に一閃、間合は遠い。そもそも届かない。瞬間、剣はアリスの手から離れて弧を描きながらブレイズに襲い掛かる。それと同時にアリスは駆ける。
  まっすぐにブレイズ目掛けて。
  ブレイズは迫り来る刃を上段から振り落として叩き折る。だけどそれが彼の最後の行動だった。
  アリスは護身用のナイフで、この時相手の喉元を切り裂いていた。
  あの距離をほんの僅かな時間で詰める。
  ふぅん。
  アリスの敏捷性は伊達じゃない。
  ブレイズの剣士は自慢の腕を満足に振るうことも出来ないまま死骸となって転がった。

  「ひけぇーっ!」

  ルミナス卿の悲痛な叫びが響く。
  だけど必要なのは雑魚の魔術師達だ。何故なら叫ぶと同時にルミナス卿は逃げた。空間を飛んで逃げた。残されたのは空間転移が出来ない雑魚たち。
  大半は討ち取られ、残った者達は降伏。
  降伏してもすぐ近くに牢獄があるから楽よね。そのまま牢獄で腐ればいい。
  それにしても……。
  「あの猫装備、アリスには勿体無いな」






  戦いの後。
  私はコロール聖堂に向った。
  目的?
  目的は外法使いの排除。
  連中は虫の王マニマルコの遺産である<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>を狙ってる。
  私も狙ってる。
  つまり連中はライバルであり障害。
  排除出来る内に排除する。
  徹底的に。
  それが私の主義。
  コロール聖堂にいるのはスキングラードに集結中の<廃墟の王>や<白骨のザギヴ>という通称で呼ばれる外法使いザギヴが率いる集団。
  ザギヴ自身は異空間に囚われの身。
  かつてスキングラード領主であるハシルドア伯爵に敗北し、封じられたと聞いている。その封印場所がスキングラード近辺にあったとされるアイレイド
  の遺跡(遺跡ごと異空間に飛ばされたので遺跡そのものはこちら側の世界にはない)であり連中の集結場所も遺跡跡地らしい。
  コロールを経由して向かうつもりみたい。
  だから。
  だからこの地で叩くつもりでいた。
  もっともそれは空振り。
  カルトどものお陰で逃がしてしまった。騒動を嫌って街を離れたみたい。
  ……。
  ……まあ、いいか。
  この地に集う外法使い&黒魔術師の目的は虫の王マニマルコの遺産。
  歴史上、最強の魔術師であった虫の王の後継者になる事。
  必ずぶつかる事になる。
  目的が同じな以上はいつかまた排除できるだろう。
  組織的に動く連中も個人的に動いている者も全てはライバルであり蹴落とす対象。虫の王の能力の全てを継承する為に殺し合う定め。
  そして。
  そして最後に勝つのはこの私。
  ハーマン・グラスフィルよ。