天使で悪魔







ハーマンの小冒険 〜後編〜







  欲しい物を手に入れる為には他者を蹴落とす必要がある。
  私はそうする。

  躊躇わずに。





  ※今回の視点はハーマンです。





  「ゆっくりと前進します。全員、息を殺して進みましょう」
  『はい』
  アリスの号令の下、全員が草原を進む。
  身を屈めて進む。
  草原は大人達の腹部を覆うぐらいの高さがある。屈んで進めば姿は完全に隠れる。それぞれの間隔を一メートルほど開けて、横に散開して前進する部隊。
  その人数は10名。
  戦士ギルドの部隊だ。
  指揮しているのは呂律が元に戻ったアリス。今回、任務と部隊の責任者として叔父に抜擢された。
  従うのは選りすぐりの戦士達。
  暇だから私もいる。

  ザッ。ザッ。ザッ。

  私の背丈なら屈まなくてもほとんど見えない。
  だから屈まない。
  ダサいし。
  それに本日は雨が降っている。黒雲が空を覆っているので日中とはいえ少々薄暗い。
  よっぽど注意深くこちらを見ない限り<相手側>に見つかる事はあるまい。
  部隊を指揮して前進するアリスは真剣そのもの。なかなか格好良いとは思うけど……ステンダールの呪いの影響が既に出てるようで顔には疲労の
  色が濃い。鉄の鎧の重量に耐え切れなくなるのもそう遠い事じゃあないだろう。剣も満足に振るえなくなるに違いない。
  だけどそれは分かり切っていた事。
  最初からね。
  なのにアリスはあえて呪いを肩代わりした。
  馬鹿?
  天然?
  それとも偽善者?
  私にはそれは断定出来ないけど……少なくとも理解出来る行動ではない。私のように呪いに興味があるから肩代わりも良いかなという発想ですらない。
  ただただ人の為。
  ……。
  ……敵に回すと厄介なのよね、こういうタイプ。
  味方で良かった。
  そして。
  そして姉妹で良かった。
  お陰でアリスを敵に回さないで済むから。
  「全員、気を抜かないで」
  『はい』
  部隊は静かに進む。



  <戦士ギルドの緊急任務の概要>

  コロール近郊の草原で大規模なスクゥーマの密売が密かに行われているらしい。
  市内ではなく洞穴や廃墟等ではなく草原。
  確かに滅多に人が訪れない区域ではあるもののわざわざ建物を選ばずに草原を選んだのは特定出来る建物がない場所の方が当局の目を掻い
  潜れると考えた上らしい。スクゥーマを持ち込み、コロール近辺で取引をしているのはカジートの密売団。
  今回の依頼元はコロール衛兵隊。
  現在のところ密売団の売却先は判明していないものの密売団を掃討すれば情報が手に入るだろう。



  取り引き場所に到着。
  カジートの密売団は既に到着していた。
  その数は20名。
  全員が腰にショートソードやロングソードを帯びている。しかし防具は平服の者もいれば毛皮装備の者もいる。毛皮以上の防具はいないかな。
  理由は分かる。
  カジートは基本的に敏捷性が売り物の連中だから鉄系は似合わない。
  ……。
  ……まあ、一概にそうだとは言わないけどね。
  カジートの密売団は周囲を警戒している。もちろん警戒以上に売却先の登場を待っているのだろう。
  現在のところスクゥーマを買いに来る連中は不明。
  ただしこのカジートの密売団は結構名の売れた連中らしい。この辺りでは最大のスクゥーマの卸元として有名。賞金も懸けられているらしい。
  連中、円陣を組んでる。
  そのど真ん中に木箱がある。十箱ぐらいかな。あの大きさだから中にスクゥーマが三十本ぐらいは入っているはず。
  つまり十箱×三十本=合計三百本。
  結構な取引量。
  「ハーマンさん。配置に付きました。どうしましょうか?」
  「待機」
  「はい」
  戦士の1人が私に指示を求めてくる。
  アリス?
  アリスは別行動。
  密売団の意表を衝く為に別行動をしている。この密売団を殲滅するのは簡単。私1人で消し炭にしてやるのは容易い。しかし問題は殲滅ではなく制圧。
  あくまで相手が歯向かえば抹殺も可だけど基本は捕縛らしい。
  ヌルイなぁ。
  実に対処がヌルイ。
  取引相手を待つ密売団は警戒態勢ではあるけれど包囲されている事には気付いていないらしい。
  まあ、包囲って人数じゃないけど。
  戦士ギルドは10名。
  対して敵側は丁度倍の20名。
  捕縛するには数が足りないし包囲するにも数が足りない。そこで奇抜な作戦が必要となる。
  相手を出し抜く作戦が。
  私の護衛というか下僕として脇に控えている戦士が呟く。
  「遅いですね、彼女」
  「用意に時間が掛かってるのね。でもそろそろだからあなたも用意」
  「了解です」
  アリスはまだなの?
  密売団はこちらの存在に気付いていないけど気付かれないとも限らない。それに基本が捕縛である以上、あまり時間を掛けると取引相手がやってくる
  だろう。あれだけの数のスクゥーマを買い取るのだから取引相手もそれなりの規模だ。売主と買主、一網打尽が好ましいけどこっちは数が足りない。
  何故?
  結局はブラックウッド団絡みらしい。
  まあ、私はよく知らないけど。
  ともかく人数が足りないのはブラックウッド団との抗争でかなり戦死者が出たからみたい。現在は増員政策を取っているけれどまだ育成し切れていない
  新人ばっかりだから大規模任務には歴戦の戦士達が投入される。つまりは少数精鋭が現在戦士ギルドが取れる精一杯の動員力。
  買主。
  売主。
  一網打尽に出来れば一番だけど両方を相手にする戦力はこちらにはない。
  もっともその気になれば<殲滅>は容易いんだけどね。
  私にしても。
  アリスにしても。
  この場にいる戦士達にしても相手を全滅させるだけなら簡単。捕縛だから手を焼いている。
  そして……。

  「にゃー☆」

  唖然とするカジートの密売団。
  それもそうだろう。
  突然密売団の前に現れた、密売団に近付くその人物は黒いレオタードに身を包んでいる。お尻の部分には左右に稼動する黒い尻尾、頭にはネコミミ、
  首には鈴付きの首飾り。ネコバージョンのアリス。ご丁寧に両方のほっぺに三本の猫髭が書かれてる。
  まあ、三本の髭は私が書いたんだけど。
  これがアリスの任務。
  相手の意表を衝くという任務を帯びている。
  相手はカジートの集団。
  同族なら警戒も解くはずという私の作戦をアリスは律儀に実践しているってわけだ。
  アリスは武器は持っていない。
  無手。
  唖然とする密売団に対してアリスは両手をグーにして胸元あたりに持っていく。
  そして言う。

  「あたしはネコの子にゃんにゃにゃん☆」

  静まり返る場。
  その間もアリスはポーズを決めてるし尻尾は左右に稼動している。
  この作戦に対しての率直な意見?
  愚作だと思います。
  まあ、私が敢えてそうなるとように計画を立てたんだけどね。
  間抜けな構図だなぁ。

  「カジートの皆、あたしはネコアイドルのアリス☆ みっくみっくに……じゃなかった、ニャーニャーにしちゃうぞ☆」

  「カジート舐めんじゃねぇーっ!」
  いきり立つ密売団。
  そりゃそうだ。
  だってあれ完全に喧嘩売ってるもん。密売団の注意は完全にアリスに釘付け。抜刀するカジートの面々を見てさすがにアリスはびびる……って、まさか
  本気でこの作戦でカジートを出し抜けるとでも思ってたのだろうか?
  うーん。
  アリスって観察甲斐のあるお姉ちゃんだなぁ。

  「うひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  カジートの密売団に追い掛け回され、逃げ回るアリス。
  間抜けな構図だなぁ。
  完全に状況は私の思い通りになった。密売団は完全にアリスを敵視し、いや、完全にアリスに固執してしまっている。
  これでいい。
  これで。
  私は側に控える戦士に頷く。その戦士は笛を吹く。甲高い音が響いた。それと同時に一斉に戦士達は動く。
  アリスに執着していた密売人達は右往左往。
  勝ったっ!



  <密売団との戦い。その結末>

  全員を捕縛成功。
  死者なし。
  コロールの衛兵隊は戦士ギルドの功績を讃えて伯爵夫人の名の元に褒賞を約束。
  カジートの密売団は全員捕縛されて壊滅、スクゥーマの流れも判明。さらに大量のスクゥーマが押収。
  現在スクゥーマはコロール城の倉庫に保管されている。
  取引相手は不明のまま。
  衛兵隊はこの押収したスクゥーマを利用する事で取引相手を燻り出すつもりらしい。



  夜。
  私達は叔父の家に戻った。
  叔父はまだ帰ってない。
  おそらく密売団との一件の事務処理が残っているのだろう。
  アリスは鼻歌を歌いながら夕飯を作ってる。
  今夜はシチューみたい。
  私は買い置きのライ麦パンをバスケットのままテーブルの真ん中に置き、お皿や食器を並べ終わると魔道書を持ってベッドに横になった。
  本を読みながら横目でアリスの動きを追うけどなかなか家事が得意みたい。
  家庭的なのか。
  ちょっと意外。
  その時、扉が開く音がした。それと同時に豪快な声。
  叔父だ。
  「今帰った……ぞぉーっ!?」
  「叔父さんお帰りなさいニャ」
  出迎えるアリス。
  そんな彼女を見て驚愕する叔父の理由は……まあ、分からないではない。
  だってアリスはまだネコ娘だもん。
  コスプレ継続中。
  「なんちゅう格好してるんだお前はっ!」
  「し、仕方ないのニャっ!」
  「……アリス。お前最近おかしいぞ。大丈夫なのか? 何か心配でもあるのか? 話してみろ、俺はお前の叔父だ」
  「別に普通なのニャ」
  「お前本気で殴るぞっ!」
  「うにゃぁ(泣)」
  別にアリスはわざとああいう口調なのではないのです。
  あの衣装、私が前に手に入れたアイテムなんだけど……どうやら呪われてたみたい。一度着たら脱げないし段々と口調に<ニャ☆>とつく仕様。
  この格好で九大神の騎士かぁ。
  ある意味で新しいなぁ。
  「アリス、お前出てけーっ!」
  「許してニャっ!」
  「……アリス、アリス、アリスっ! ふざけてんのかお前はーっ! 殴られたいんだなグーで殴られたいんだなっ!」
  「ハーたん何とか言って欲しいのニャっ!」
  私は知りません私は知りません。
  情報屋(今回雇った情報屋はまっとうなインペリアルで外法使いとは関係なし)の話では現在コロール聖堂に旅の一団と称して数十名が厄介になっ
  ているらしい。おそらくこいつらが外法使いの一団に間違いないだろう。夜襲を掛けて一気に蹴散らしてやる。
  理由?
  虫の王の遺産である<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>を狙うライバルだから。
  全員始末してやる。
  全員。
  「アリス、お前浮かれてるなっ! そういう年頃なのかっ! お前はもっと真面目な奴だと思ったぞっ! とりあえず真面目に謝れっ!」
  「ご、ごめんなさいニャ」
  「ぶっころーすっ!」
  「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  皆様。
  アリス劇場はいかがだったでしょうか?
  あーあ。
  アリスってお笑い要員だなぁ。
  そんなアリスの妹でいる事が恥かしい今日この頃。もっと凛々しい人の妹が良かった。
  あーあ。



  そして深夜。
  夜の闇の中で火の手が上がった。
  聖堂?
  そうじゃない、コロール城で。
  スクゥーマを強奪すべく密売団の取引相手だった者達が城を襲撃したのだ。その者達は<蒼天の金色>と判明。この間の連中だ。
  どうやらラリることで信託を得るつもりらしい。
  アリスは緊急出動。
  ネコ娘のままで(笑)。
  私は外法使いを一掃したいんだけど……ここは野心よりは肉親への情を取るべきか。
  一緒にコロール城に向う。