天使で悪魔







ハーマンの小冒険 〜中編〜





  目には目を。
  歯には歯を。

  そして禁呪には禁呪を。





  ※今回の視点はハーマンです。





  「おはへひー」
  「……あのな、アリス。何だそのふざけた喋り方は……?」
  叔父さん帰宅。
  今日はアリスの魂のプロテクトの意味を調べて終わった。まあ、いい暇潰しだったかなぁ。
  問題があるとしたらアリスに盛った痺れ薬の効き目が長い事かな。
  ……。
  ……おかしいなぁ。
  数時間で効果は切れるはずだったのに呂律だけは戻ってない。
  まさかアリスはこのキャラ性を固定?
  まあ、それもいっかぁ。
  「おはんひょういへひてるよ」
  ご飯用意出来てるよ、と言っているらしい。
  呂律こそ回らないものの体の自由は戻ってるのでアリスが今晩は夕飯を作りました。
  ポトフです。
  ふぅん。
  アリスもなかなか料理のスキルが高いらしい。
  味見したら美味しかったし。
  私はベッドに寝転がって賢者グレンの魔道書を読みながらアリスと叔父のやり取りを横目で見ていた。アリスの過去の事はアリスには言っていない。
  何故?
  だって言う意味ないもん。
  リリスとの過去が誤解だとしても、記憶違いだとしても、それを言う意味はない。あれから裏社会の情報網を通じて調査したんだけど<黒の派閥>とは反
  帝国を掲げる武装組織らしい。巨大な規模の組織みたい。シロディールに留まらず各地方で暗躍を繰り返している。
  シロディール以外では特にスカイリムで行動が活発化しているらしい。
  リリスはそんな組織に属している。
  それはつまりリリスという女性は純粋に黒の派閥の思想に傾倒していると見た方がいい。黒の派閥はブラックウッド団と同盟を組んでいたようだし、どう
  転んでも熱血の権化のようなアリスとは敵対するだろう。だったらわざわざ余計な情報は要らない。
  過去を正しく伝えたとしても敵対するだろうし。
  リリスにとってアリスに対しての敵対心はあくまで私情であり、アリスに対しての復讐心は黒の派閥の活動のついでなのだから過去を正す必要はない。
  敵は敵。
  どう転んでも敵。
  言う必要も伝える必要はない。
  叔父もわざわざ私がアリスの過去の調査していた事を言う事はないだろう。最終的な顛末を彼は知らないのもあるけど叔父は多弁な人物ではない。男は
  寡黙であるべきだというキャラを地でいってる人だからわざわざ余計な事は喋らないだろう。
  まあ、そもそも知らないわけですし。
  「ひゃーはん、おはんはよ」
  「アリス。あんた間抜け? ていうかボンクラ?」
  「ひゃふぅぅぅぅぅ」
  うーん。
  何故か呂律が元に戻らないなぁ。
  もちろん別に私が支障があるわけじゃないから問題なしですけど。
  おーるおっけぇ。



  <アリスという人物の総評>

  間抜け。
  間抜け。
  間抜け。
  以上で報告終わります。



  「ふぅ」
  夕飯を終え、お風呂に入り、家は眠りに包まれた。私を除いて。
  私は夜のコロールを歩く。
  帝都ほど都会ではないこの街は夜の街としての側面は弱い。基本的にグレイメア亭で酔っ払いが騒ぐ程度であり街全体は眠りに落ちていた。
  もちろん巡回の衛兵はいるけど数はそんなに多くない。
  田舎ゆえの警備の甘さかな。
  その方がいいけどね。
  警備が緩やかな方が、警備が甘い方が大っぴらに夜中に歩けるわけだから。それでも子供が夜中に1人で歩いているのが見つかると厄介なので、見つ
  からないように歩いてる。黒いマントを羽織って道の隅を歩いているからよっぽど目を凝らさないと見つからないはず。
  私は墓地を目指す。
  墓地は聖堂のすぐ隣。叔父の家からは近い。
  北をまっすぐに向かう。
  数十分後、私は墓地に到着した。
  今年は冷える気候なのか、それとも墓地だからか、少々冷え冷えとした感じがする。
  冷気?
  霊気?
  それとも……。

  「やあ。待たせたかね?」

  「いいえ。今来たところよ。<凍える>リュクバーンさん」
  蒼い鱗の爬虫類人間が現れる。
  蒼いアルゴニアンだ。
  冷え冷えとする色。
  彼は平服を纏っている。服装だけを見ると街の住人然としているけどこの街の在住者ではない。ブラックマーシュ地方では名の通った外法使い。
  通称<凍える>リュクバーン。
  冷気を司る存在。
  その冷え冷えとする鱗からは冷気が常に発せられている。よく見ると服が月光に照らされて光っている。
  霜が降りているのだ、服に。
  強力な冷気を司っているものの自らは温度を調節できないらしい。少なくとも完全に常温の体温を維持は出来ていない。足元の草も冷気でしおれていた。
  トカゲはおどけた口調で話す。
  「噂に名高い黒魔術師ハーマン・グラスフィルがまさかこんな子供だったとはな」
  「それが初対面に対しての言葉?」
  「失礼。しかし、くくく、笑えるな」
  「そっちこそ蒼い白いトカゲ風情じゃないの」
  「……」
  この言葉にカチンと来たのだろう。
  黙った。
  私は促す。
  「わざわざご足労を願ったのは言い争いをする為じゃない。奴はどこなの。あの男はどこにいる?」
  「確かに俺は外法使いの中で一番情報通で通ってる。実際情報屋としての実入りの方が多いしな。しかし上司の情報はさすがに売れないよ」
  「義理立てする気?」
  「<廃墟の王>とも呼ばれている<白骨のザギヴ>様の情報は売れないぜ。あの方は外法使いの大半を傘下に収めている怖いお方だからな。迂闊に
  喋ってそれが露見でもしたらあのお方の部下、つまりは俺の同僚どもに俺は殺されちまう」
  「だったらここには何しに?」
  拒否するのであればわざわざこいつは何しに来た?
  別に私がブラックマーシュから引っ張り出したわけではない、しばらく前からこいつはシロディール入りしてた。こいつはお尋ね者でもあるから本来なら
  国境で止められるはずなんだけどブラックウッド団とのゴタゴタで帝国もアルゴニアン王国も混乱している。
  そのドサクサに紛れてシロディール入りしたのだろう。
  それを私が知りコロールに呼んだ。
  このトカゲは外法使いという名よりも情報屋としての側面で売り出している男だからね。
  使えると踏んだ。
  「情報料は高いが買うかい?」
  「……? 情報を売る気?」
  「額が折り合えばな」
  「……」
  アルゴニアンの表情は読みづらい。
  突然どうして趣旨変えした?
  仲間を売るのか?
  そうなの?
  「まずは聞いておくがどうして白骨のザギヴ様を狙う?」
  「解体したいのよ」
  「解体?」
  「奴自身も奴の組織も。虫の王マニマルコの遺産狙いの対抗馬は少ない方がいいからね。それにどっちにしろ白骨のザギヴは異世界に封じられ
  ている。そんな奴に統率された組織に私の望みの物を奪われたくない。どっちにしても奴は異世界、望みの物は手に入れれない」
  「……」
  「あなたはどうなの<凍える>リュクバーンさん。異世界に囚われている奴に従い続けるの?」
  「いいや。だからあんたに情報を売るのさ」
  「賢明ね」
  「奴の手下は近くスキングラード周辺に集結する。場所はアイレイドの遺跡モルグ近辺。モルグは既にない、知ってるよな、地名としても残っていない。白骨
  のザギヴ様がスキングラード領主に敗れた際に立て籠もったが、遺跡ごと封印された。ともかく当時の場所に、近く集結する」
  「何の為に?」
  「命令さ」
  「命令」
  「異世界の白骨のザギヴ様から思念で召集が掛かったんだ。虫の王の遺産である禁断の不死魔道書ネクロノミコンを持参せよとな」
  「手下はそれに従う気?」
  「まさか」
  蒼いアルゴニアンは笑う。
  そう。
  外法使いに仲間意識など皆無。白骨のザギヴの傘下にこそ入っているものの、奴の手下どもは互いに互いを利用し合っているに過ぎない。
  そもそも外法使いにしても黒魔術師にしてもその肉体には禁呪が刻まれている。
  それはつまりお宝が眠っているのと同義。
  相手の肉体の奥底には自分が知らない禁呪が刻まれている、その者が死ねば自分の物に出来るかもしれない。
  だから。
  だからつるむ。
  そこに仲間意識など存在しない。
  「集結する連中の思惑はただ一つ。いち早くネクロノミコンを手に入れて他の連中を出し抜く事と、ネクロノミコンを手にする事で白骨のザギヴ様の組織を
  後継する権利を得たいのさ。まあ勝手にやってくれたらいいさ。俺は儲かればいい。スキングラードに行く前に実はコロールに立ち寄るという情報もある」
  「いくら?」
  「金貨30000枚」
  「却下」
  私は踵を返して立ち去るべく足を進める。
  後ろから声が響いた。
  「おいおいおいっ!」
  「何?」
  立ち止まって振り返った。
  「いいのか情報はっ!」
  「そこまで聞ければ問題ない」
  外法使いの集団がこの街を経由してスキングラードに向かう。それだけ分かれば問題ない。どれだけの数から集団と定義するかは人それぞれだけど、それ
  なりの見知らぬ連中が街に入るわけだから分かりやすい。コロールは牧歌的な、ど田舎。旅人と住民の違いは簡単に分かる。
  少々嗅ぎ回れば簡単に分かる。
  大金払うまでもない。
  「バイバイ」
  「ま、待てぃっ!」
  「何?」
  「こ、このまま<はいそうですか>と帰すとでも思っているのかっ!」
  「いいえ。でも私としてもあなたを最初から帰す気はないの」
  「な、何?」
  「ライバルは消すに限る。それだけよ」
  「ど、どういう意味だ?」
  「利用するだけ利用したら消すという意味。あなたには死んでもらうわ。今ここで」
  微笑。
  それからゆっくりと彼を指差した。
  「Fireっ!」

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  通称<凍える>リュクバーンの体は物凄い水蒸気に包まれる。
  奴自身が全身から発する冷気と私の炎が相殺し合って白い蒸気と変じたのだ。だけどそれもほんの数秒。
  完全に私の炎が相手の冷気の勢いを超えている。
  「バイバイ」
  私は冷たく呟く。
  炎の柱に包まれながら朽ち果てていく蒼いトカゲの末路を見ずに私は歩き出す。
  背後からは悲鳴、火勢の音が響く。
  私は呟く。
  「これで1人邪魔者は消えた。パイロキネシスの能力を持つ私に勝てる奴はそうはいないわ」

  白骨のザギヴの手下の一人の外法使い<凍える>リュクバーン、撃破。
  邪魔者は消し炭となった。
  あとはこの街に入り込んでくる外法使いの集団を一掃すれば、禁断の不死魔道書ネクロノミコンを狙うライバルがかなり減る。
  随分と動き易くなった。
  ふふふ。
  「虫の王の能力を得るのは私。そう、黒魔術師ハーマンよ」



  その後。
  私は帰宅するとアリスが起きてた。勝手に夜の街を出歩いたのを心配していたらしい。そしてその心配は私の帰宅とともに怒りへと変わる。
  姉として真剣に私をアリスは叱った。
  まあ、それはそれで嬉しいんだけど……お尻ペンペンって王道過ぎませんか?
  くっそ。
  お尻真っ赤になったじゃん。
  アリス百回呪ってやるぅっ!