天使で悪魔







ハーマンの小冒険 〜前編〜





  禁術、禁呪。
  古代アイレイドの遺産である魔術の総称。

  それらを行使する者達。
  それは黒魔術師、外法使い。今、彼ら彼女らはシロディールに集結しつつある。

  その理由は……。





  ※今回の視点はハーマンです。





  私の名はハーマン・グラスフィル。
  職業は黒魔術師。
  姉であるアリスがモロウウィンドの実家を出奔してしまった為に私が戦士の家系を継がされそうになったので私も故郷を飛び出した。
  そして姉同様シロディール地方の都市コロールに住む叔父の家に転がり込んだ。
  何の為に?
  黒魔術師になるという自分の夢の為に。

  だけど。
  だけど実のところはそれだけじゃない。
  縁者を頼ったのは確かに楽だからというのもあるし、実の姉にも会ってみたいというのもあった。
  でもそれだけじゃない。
  私は会いたかった。
  伝説の存在、虫の王マニマルコに。

  虫の王マニマルコ。
  無敵のリッチマスター、史上最強の魔術師、死霊王、様々な名称で呼ばれるこの世界にとっての悪夢であり災厄。そして天敵。
  その男に会いたかった。
  何故なら虫の王はこの世界で完璧と完全の代名詞の存在だから。
  おそらくこの世界でもっとも卓越した……いや、超越した魔道の遣い手。卓越という言葉を簡単に凌駕している。
  その男が潰えた。
  私が丁度コロールに着いた頃辺りに。
  倒したのはフィッツガルド・エメラルダとかいう女。信じられないけどこの情報は正しいらしい。そしてその場にはお姉ちゃんもいたらしい。
  虫の王は滅びたものの、まだあれは残っているはず。
  禁断の不死魔道書ネクロノミコン。
  おそらくシロディールに入り込んで来ている外法使い&黒魔術師は虫の王の遺産目当てだと踏んで間違いはない。

  禁呪の収集家と呼ばれる外法使いは主に三つの勢力に分けられる。
  <銀色>と呼ばれるシルヴァの一派。
  <廃墟の王><白骨>と呼ばれる死霊術師崩れが束ねる一派。外法使いの大半はこの一派に属している。ただし親玉のザギヴは不在、異界に封じられてる。
  <死神>と称される最強の外法使い。部下を持たず単独で行動している。
  基本的にこの三つの派閥に分類される。

  ふん。
  邪魔などをさせるものか。
  真の叡智を手にするのは、この私、ハーマン・グラスフィルだ。
  敵対するのであれば排除する。
  永遠に。






  「変だなぁ」
  「はにがへんにゃのょお?」
  呂律の回らないアリスが問い返す。
  呂律?
  ええ。回らないでしょうね。
  私が痺れ薬仕込んだ飴ちゃん舐めさせたもん。アリスは会った時から魂が妙な感じだった。私は黒魔術師、普通の人が視えないようなものだって
  視える。霊能力者が霊が見えるように、つまりはそういう風に視力を変質させてある。
  だから。
  だからアリスの魂が妙なのも分かる。
  この視力はある禁呪をマスターした際に得た。結構使える視力。普通の視力と使い分けられるし。魂の波長は一人一人別々。どんなに姿を魔術で
  変質させても、例えばありスそっくりに変身しても魂だけは代わらない。この特殊な視力はそういう意味合いで使える。
  さて。
  「アリス喋り方が変」
  「ひゃーたんのへいひゃん」
  「意味分かんない。何その喋り方。馬鹿じゃないの? ていうかアホじゃないの?」
  「ひゅぇぇぇぇぇぇぇん」
  「馬鹿」
  わざわざ痺れさせた理由。
  楽しいから。
  ……。
  ……まあ、それは冗談だけど。
  魂の揺らめきが変なので徹底的に調べてみたかった。その為にも体の自由を奪いたかったというのが理由かな。変に動かれても困るし。
  別に他意はない。
  気になる。
  それだけ。
  そもそもこれが黒魔術師と外法使いの違いかな。
  連中は能力を悪用し自らを至上とするけど、黒魔術師はただ知的好奇心を満足させたいだけ。能力の使い方までは考えていない、ただ知らない知識を
  貪欲なまでに収集したいだけ。だから黒魔術師は大抵は平和的な連中。
  一歩道を外れれば外法使いの仲間入りなわけだし現在進行形で黒魔術師を名乗ってる連中は無害。
  まあ、変わり者が多いけど。
  隠者みたいな面々が多い。
  私?
  私は人畜無害な幼女。
  とりあえずアリスを調べたいのは魂の感じが妙な理由を調べたい。そしてもう一つは私の姉だから、かな。理由を特定してあげたい。
  おそらく寝言の原因はこの魂の奇妙さにある。
  何かの記憶がプロテクトされてる。
  気になる。
  「うーん」
  痺れてベッドの上に寝ているアリスの右胸の部分を、触れるか触れない程度の距離でかざす。
  結構堅いな、プロテクト。
  魂の読み取りが出来ない。
  ……。
  ……いや正確には出来てる。
  魂とは純粋に、完璧に記憶を保存している媒体。私クラスの黒魔術師なら読み取れるはずなんだけど……かなり強力なプロテクトが施されている。
  一部だけ読み取れない。
  アリスが封印した?
  確かに。
  確かに忌まわしい記憶を自分で封じる場合もある。また改竄する場合もある。時間が経てば経つほど純粋な情報ではなくなる。ただしそれは脳に蓄積
  された情報に限る。魂の記憶は改竄不可能。どんなに上手く改竄しても綻びは生じる。私にはそれが分かる。だけどアリスにはそれがない。
  つまり誰かが改竄ではなく封印したという事になる。
  「ふぅん」
  思ってたより簡単じゃないな。
  それなりに使える魔術師が記憶を封印したのかもしれない。
  だけど誰だろう?
  「アリス」
  「ひゃに?」
  「いつも寝言で言ってる<お姉ちゃん>に心当たりはある?」
  「にゃいけど、じゅっとみゃえに、のなゃりにしゅんでにゃ、ひとにゃないにゃとおもうんにゃ」
  「……ふざけてんの、その喋り方」
  「まゃにめぇでしゅ」
  「はあ」
  痺れ薬の量、間違えたかな。
  ともかく。
  ともかくアリスが言うのは<ずっと前に隣に住んでた人>か。
  誰に聞く?
  叔父さん、アリスの親友のダルさん、そんなところかな。
  「アリス、隣に住んでた人の名前は?」
  「ひほふにはいの」
  「記憶にないのって……」
  「ひほふひゃけど、ほひはんがひふひは、ひぃひぃす、だって」
  意味不明。
  だけど私の高度な知性でアリス語を変換してみる。
  えっと。
  つまりは、記憶ないけど叔父さんが言うにはリリスだって……って事かな。てか誰だリリスって。
  「リリス?」
  誰だ、そいつ。
  まあいい。
  聞いて回ろうかな。
  暇潰しに。



  ダル・マ談。
  「リリス? さあ。記憶にないなぁ。だけど……思い出そうとすると頭が痛くなるような……」
  「ありがとうダルお姉ちゃん☆」
  ちっ。
  外れか。
  わざわざ雑貨屋にまで聞きに来たけど無駄足だったみたい。
  だけどまったくの無駄じゃあない。
  ダルさんの魂にも奇妙な感じがある。
  もしかしたら2人には共通の過去があるのだろうか?
  そしてそれを<知られたくない誰か>の手によって記憶を封じられた可能性がある。
  面白い。
  実に面白そうな展開だわ☆
  次に行ってみよう。
  次に。



  オレイン・モドリン談。
  「魂だぁ? 知らん知らん。ただ……確かにリリスという娘が大分前に隣に住んでたな」
  「隣に」
  「ああ。……おいドルズ、気合入れて仕事こなして来いよっ!」
  戦士ギルド会館。
  私は叔父のモドリン・オレインを訪ねてやってきたものの……叔父は執務室で次々と書類にサインをし、やって来る戦士達に指示を下している。
  忙しそう。
  よくは知らないけど現戦士ギルドマスターは叔父に全てを一任して気ままに生活しているらしい。
  豪快な性格の叔父を私は好きだし、叔父をこき使うギルドマスターを呪ってやろうかな。
  呪詛っちゃいます。
  ふっふっふっ。
  どんな呪いを掛けてやろうかな。
  まあ、それは後でゆっくりと考えるとしよう。
  「で? どうしてお前がそんな事を気にしてるんだ?」
  「お姉ちゃんが心配で」
  「心配?」
  「たまに寝言で<お姉ちゃんごめんなさい>とか言ってるし」
  「そうかそうか。ハーマン、お前は相変わらず心の綺麗な女の子だな。俺の自慢の姪っ子だぜ。がっはっはっはっはっ!」
  「それで叔父さん。リリスについて何か知らない?」
  「前に隣に住んでた。病弱な母親と2人でな。前にと言ってもかなり昔だがな。アリスやダル・マは少し年上のリリスによく懐いていたな。ただいつだっ
  たかは忘れたが火事があったんだ。隣の家は全焼。リリスも病弱な母親は焼死した……はずだった」
  「はずだった?」
  「前にブラックウッド団の顛末を報告された際に黒の派閥という組織が介入していた事を知った。どんな組織かは知らん。表に出ないように執拗なまでに
  その存在を隠している組織だからな。どうやらリリスという女がそこに所属しているらしい。クヴァッチでアリスと敵対した女が、リリスだ」
  「……」
  「同一人物かは知らんよ。しかしリリスという女はアリスに呪いの言葉を投げ掛けたそうだ。だとすると……火事は何かアリスに関係しているのかもしれん」
  「……」
  そうなのだ。
  呪いの言葉をわざわざ投げ掛けた、同一人物かもしれない、その2つの要素を足したらアリスはリリスに憎まれている。
  ううん。
  憎悪されきっている。
  その理屈で行けばアリスが火をつけたという可能性は完全には否定できない。
  だけど疑問も残る。
  アリスとダルさんの魂にはプロテクトが掛かっていた。どんなに悲惨な記憶でも魂には封印や改竄は出来ない、出来るのは脳に蓄積された情報だけだ。
  つまり。
  つまり誰かがやっぱり魂に封印を施しているのだ。
  ……。
  ……それは何の為に?
  叔父さんは関与していないのかもしれない。ここまで話すのであれば封印の事も話しても問題ないはず。なのに話さない。
  そもそも知らないと見るべきか。
  それにこれはかなり高度な魔術の影が介在している。
  魔術師。
  この街で有名な魔術師で特定すると……魔術師ギルドの支部長。ティーキウスだっけ?
  確か彼はダルさんの母親と結婚を前提に付き合っているという事を聞いた気がする。ダルさんの母親が頼んで記憶を封じてもらった?
  そうかもしれない。
  その理屈は分からないけど線としては繋がる。
  行ってみよう。
  魔術師ギルド支部に。



  ティーキウス談。
  「し、知らんな。まったく知らんな」
  「嘘でしょ」
  魔術師ギルド支部の建物はは戦士ギルドの本部会館のすぐ隣。
  数分後、私はティーキウスの前にいた。
  詰め寄る。
  「アリスとダルさんに何か施したでしょ?」
  「し、知らん」
  「言う事を聞くのであれば教えてあげてもいいわよ。ダルさんに父親として慕われるその方法を」
  「マ、マジでかっ!」
  「マジです」
  「……そ、それは助かるな。正直あそこまで成長しているので父親として慕われるかどうか心配だったんだよ」
  単純なトカゲ。
  口からでまかせなのに。
  まあいい。
  「どうして魂に封印を?」
  「実はダル・マの母親に頼まれたんだ。……いや。当時はまだ付き合ってはなかったがな。いやぁ。あれかがまさか付き合うきっかけになるとは……」
  「惚気は聞いてない。教えないと即呪殺」
  「こ、怖い発言だな」
  「マジです」
  「……と、ともかく頼まれたんだ。2人の記憶を消して欲しいと。多分君には分かると思うが記憶を消すことは出来ない」
  「うん。分かる」
  封印は出来ても完全なる消去は不可能。改竄は出来るけど、視る人が視れば作られた記憶の歪みはすぐに分かる。
  常識です。
  「何故封印を?」
  「まずはアリス君だが、彼女はリリスという少女の家を放火した……と思い込んでいた。説得しても無駄だった。彼女は自分で自分を責め、自分でどん
  どんと記憶を作っていった。このままでは精神が砕けると思ったのでそもそもの記憶を封印した。彼女の叔父には話していない」
  「何故?」
  「彼の立場もあったし、それに知る者は少ない方がいいからね」
  「ダルさんの場合は?」
  「彼女の場合はもっと深刻だった。放火現場を見てしまったのだよ。彼女も精神が砕けそうだった。だから2人とも記憶を封印したんだ」
  「誰が放火を?」
  「……」
  「誰が?」
  「……」
  「まさかリリス?」
  「……ここから先は他言無用だ。2人にも言わないで欲しい。放火したのはリリスの病弱な母親だ」
  「母親?」
  「病に脳を冒されて気が狂ったんだ。彼女は自分自身を燃やし、家を燃やした。それが真相だ。アリス君とダルちゃんは被害者なんだよ」
  「そう」
  つまり生き延びたリリスは逆恨みで付け狙っている?
  これは厄介ね。
  そのリリスという女は秘密結社に属している。別にアリスに対しての復讐心から黒の派閥に属しているわけではなく純粋に賛同しているのだろう。
  どっちにしろ敵か。
  「はあ」
  溜息。
  これはアリスに伝えるわけにはいかないか。
  何故?
  無駄だから。
  知ったところでリリスは敵。
  そしてアリスは知ればリリスに対しての闘争心が失われるだろう。あの姉はそういう性格だ。戦闘で闘争心が弱まれば死ぬしかない。
  言わないでおこう。
  言わないで。



  好奇心は時に刃となる。
  そして私の心の中にまた一つ隠し事が増えた。