天使で悪魔
襲撃の夜
そして金色の軍団は暗躍を開始する。
敵側は準備万端。
勇者の再来はいつ?
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
突然扉が蹴破られる。
夕食を食べている最中のあたし達は咄嗟に椅子から腰を浮かす。
そりゃそうだろう。
木製の扉が外部からいきなり蹴破られれば誰だって驚く。破片はバラバラとなって床に散らばり、そして室内に乱入してくる蒼いローブの集団。
集団といっても室内に入り込めたのはわずか5名。
叔父さんの家は狭いから。
それに今はいつも以上に狭い。
何故?
それは……。
『……』
沈黙が数秒続く。
こちらはこちらで呆気に取られてるし、相手は相手で呆気に取られていて言葉にならないようだ。夕食を楽しんでいた『一同』は食べる手を止める。
夕食を楽しんでいたブレトンの女性が叔父さんに向き直って言う。
「お友達ですか、オレイン」
「俺は知らねぇぞヴィレナ。何だこいつら?」
ブレトンの女性は前戦士ギルドマスターのヴィレナ・ドントンその人。テーブルを囲んでいるのは彼女だけではない。他の戦士ギルドの面々もいる。
叔父さんの特製魚介スープの出来があまりにも美味しかったので戦士ギルドの面々を叔父さんが呼んで夕食を振舞っている。
その数は10名。
そこにあたし、叔父さん、ハーマンも加わるから13名。
そんな中に蒼いローブの集団は突入してきたってわけ。先頭に立って乱入してきたフードを被った魔術師風のアルトマーの男性は弁解口調で呟く。
「な、なんか想像してた展開と異なるから出直す。じゃあなっ!」
踵を返そうとするフードのアルトマー。
だけどそうは問屋は卸しません。
ボズマーの戦士が叫ぶ。
「貴様まさか押し売りかっ!」
いや。
それは違うと思います(汗)。
お酒が回っている戦士ギルドの戦士達は一斉に殺気立つ。既にそれぞれの武器を抜き放っていた。血の気の多い人達だなぁ。
武器を手に立ち上がる戦士達。
対照的に襲撃者達は完全に戦意が喪失していた。
うん。
これは仕方ないよね。
おそらくはあたしか、叔父さんか、ハーたんを狙っての襲撃なんだろうけど……その他大勢の戦士達がいて戸惑っていたところにいきなりの抜刀。
戦意喪失しない方がおかしい。
多分この魔術師勢はレリックドーンとかの類なのかなぁ。
強盗?
その可能性はないと思うな。
部屋に入りきれない連中も含めると結構の数がいる。建物の外には相当数の、それも家を取り囲めるほどの数がいるのかもしれない。
また別のオークの戦士が叫ぶ。
「言っておくがここは戦士ギルドチャンピオンのモドリン・オレインさんの家だ。ピンポンダッシュする家を誤ったなっ!」
ピンポン……。
酔ってます。
酔ってます、全員酔ってます。
そしてその酔いに任せてアルゴニアンの戦士が突然喚声を上げて魔術師勢に切り掛った……って、ええーっ!
それが合図となって他の戦士達も襲い掛かる。
……。
……どっちが悪役なんだろ。
ま、まあ、扉を蹴破って大挙して乱入してくるのは敵だと思うけど(断定っ!)。
ドタドターと全員が表に出た。
舞台は外。
既に夜。
月下の下で刃傷沙汰勃発してますけど……あとで全員逮捕されないよね?(汗)
相手は敵なのは確定的だけど。
うーん。
こっちのメンツ、正体失うほどに酔ってるからなぁ。
あたし?
あたしは大丈夫。
まだまだビール飲めます☆
ともかく。
ともかくあたしもロングソードを手にして表に飛び出した。鋼鉄製のロングソード。魔剣ウンブラは今回は帯びてない、部屋に置いてある。何だかん
だであの武器は強力過ぎるし、物騒。相手の魂を食らうという特性である以上、あまり使いたくない。
さすがに相手の転生の権利を奪うのは気が引ける。
「あっ」
戦士ギルドのメンバーよりも敵の数は多い。
大半はローブの魔術師風の面々だけど……ドワーフ製の武装に身を包んだ連中がいた。
レリックドーンだ。
やっぱり連中の差し金かぁ。
あたしは駆ける。
完全に乱戦だから魔術師達は魔法が放てないでいる。本来なら奇襲側の敵勢が優勢なんだろうけど予想外の戦士ギルドの介入とかで浮き足
立っている。あたしは走りながら魔術師を柄の部分で殴り、飛び蹴りし、体当たりしてレリックドーンの戦士達に肉薄する。
そして……。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「くっ!」
「何だ小娘、死にたいのかっ!」
剣は鎧に弾かれる。
そうか。
あたしが使ってるのは鋼鉄のロングソード。無銘だけど切れ味は抜群。ただし普通の剣に鎧を切断するのは不可能だ。魔力を帯びていないのを忘れてた。
魔術師勢は30名。
レリックドーンの戦士達は10名。
蒼いローブの魔術師達がレリックドーン関係なのかは知らないけど……ともかく魔術師勢はこちらの戦士達によってフルボッコされてる。しかしドワーフ
装備の金色戦士達には苦戦していた。叔父さんやヴィレナおば様も奮戦しているものの、そもそもレリックドーンの戦士には中身がない。
何故中身がない?
だってこいつらはリビングメイル。
魂宿った鎧。
つまり生きた鎧。
ドワーフ装備を破壊出来るだけの威力を持つ武器じゃないと撃破は不可能。板金と板金の隙間を狙っても無意味。中身がないのだから。
一番良いのは魔法。
……。
……魔法か。
だったらこれでも食らえっ!
「煉獄っ!」
ドカァァァァァァァンっ!
あたしは飛び下がりながら魔法を放つ。
小爆発。
相手はよろけただけ。しかしあたしはさらに何発も放つとその鎧戦士はガッシャアアアアアンとその場に崩れた。
まずは1人撃破っ!
一斉にこちらを見る金色戦士。
敵対するのはいいんだけどこいつら何者なんだろ。趣旨が不明。
うーん。
意味も分からずに因縁深めるのは嫌だなぁ。
ただレリックドーンが聖戦士装備を狙っているのは何となく分かる。クロード・マリックとかいう男性から偶然得た(押し付けられたとも言う)聖戦士の
兜目当てであたしに突然攻撃してきたし。だとするとこいつらは魔術王ウマリルの手下?
ぞくっ!
その時、背後に殺気が膨れ上がるのを感じた。
あたしは身を捻って殺意をかわす。
「ちっ!」
舌打ちしたのはフードのアルトマー。手には刃。そのナイフは月光の光を不気味に跳ね返している。何かの毒が塗ってあるのかな。身を捻ってあたしは
回避し、相手の突きの一撃は無意味に通り過ぎる。もちろんそのまま終わらせるつもりはない。相手の顎を蹴り上げた。
たまらずに引っくり返るアルトマー。
おそらくこいつが首領だろう。
組織(あるのであれば)のトップかどうかは分からないけど、この場の最高司令官なのは確かだ。
あたしは引っくり返った相手の喉元にロングソードの切っ先を向ける。
「ここまでです」
「くっ!」
その瞬間、喧騒が止んだ。
大抵の敵は戦士ギルドの酔っ払い戦士達が仕留めていたし、残っている連中もボスが危ない状況なのを承知で戦うことは避けたいらしい。
ただレリックドーンの戦士達は刃を振り上げたものの魔術師の一人に止められて、ようやく刃を下ろした。
ふーん。
今の魔術師と戦士のやり取りを見てあたしは直感する。
魔術師達は別口の組織なのかもしれない。少なくともレリックドーンとはまた別の組織だろう。意思の疎通が微妙に出来ていない気がする。
あたしの背後を叔父さんとおば様が固めてくれたのでボスに安心して尋問が出来る。
お陰で尋問の最中に他の敵に斬られる事はないだろう。
さて。
「あたしはアイリス・グラスフィルです。あなたは何者ですか?」
「ルミナス卿だ」
「ルミナス卿、どうしてあたしを狙うんですか?」
「お前が聖戦士装備を集めているからだよ。神に利用されているとも知らずに勇者気取りのお前が気に食わない。故に殺そうと思った、それだけだ」
「あなたはレリックドーンなのですか?」
「私がか?」
「はい」
「下らない盗掘集団と一緒にするな。連中の遺跡発掘の技術を利用しているに過ぎんよ。その為の同盟だ。我々は聖戦士装備を破壊したい、連中は
聖戦士装備に込められた魔力が欲しい、つまり利害は一致している。どっちにしても聖戦士装備は破壊されるんだからな。理解したか?」
「はい」
「結構なことだ。実に結構」
何だろ、この人。
やたらと淡々とした人柄みたい。レリックドーンとは別口の組織なのは理解出来たけど、同盟組織に対して辛辣な発言をしてる。当然レリックドーンの
戦士達は食って掛かるもののルミナス卿はそれを簡単に受け流している。
「質問は終わりか?」
「あなたは何の組織なんですか?」
「我々は蒼天の金色。魔王メリディア様を信奉している。今回、主から信託があった。我々は魔術王ウマリルの傘下に入り邪魔者を排除する義務があるのだ」
「じゃあ、魔術王の手下ということですか?」
「そうなるな」
「はいはい。お話はおしまい。アリス、そいつ空間転移しようと機会を窺ってるから殺しなよ。YOU殺っちゃいなよ」
ばさばさぁと黒いマントを風で翻しながら声の主は屋根の上に立っていた。
ハーマンだ。
黒魔術師という異名を持つハーマン・グラスフィル。
あたしの妹が敵味方を見下ろしていた。
……。
……ううん。見下ろしているのでなく、見下している。口元には冷笑が浮かんでいた。
残忍で残酷で、それでいて無邪気な微笑。
実に子供っぽい微笑。
まるで善悪の判断がまだつかないような、そんな事を予感させる笑み。
ハーマンは静かに呟く。
「Are you ready?」
一瞬、硬直する一同。
ハーマンの発する異様な雰囲気に誰もが戸惑っていた。みんなの視線がハーマンに集中する。あたしもだ。当然ながらルミナス卿に対しての警戒が途切れた。
瞬間、ルミナス卿の周囲に魔力の歪みを感じた。
まずいっ!
空間を飛ばれる、逃げられるっ!
それと同時にハーマンが叫んだ。
「Fireっ!」
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
同時だった。
言葉とその現象は同時だった。この場にいた敵全員は突然燃え上がる。敵は全員、火柱をあげながら燃え上がっていた。
ただし鎧は除く。
もっとも鎧戦士達もハーマンが指を一回鳴らすだけでまるで高温にさらされたバターのように溶けていく。
黒魔術師は外法使いと同義。そうハーマンは言った。
要は能力の使い方の違いだと。
彼女はそう言った。
「これが、禁術」
あたしは一瞬で勝敗の決したその光景を信じられずにただ見ていた。ハーマンは相変わらず微笑している。
しかしそんな彼女の右腕が干乾びているのを見逃さなかった。
「ハーたんっ!」
「大丈夫。魔力が足りなかったから生命力を魔力に転換した副作用だから。……ああ、寿命は心配しないで。地脈の力を吸収するから」
「地脈?」
「大地の力。一時的に生命力を魔力に転換したけど、地脈を吸い取って失った生命力に補填するから心配ない」
「……」
「こんなに説明して理解できないなんて馬鹿じゃないの? ていうかアホじゃないの? つーか死ぬ? 首括るなら足引っ張ってあげるけど」
「……」
ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!
この子、最悪だーっ!
「また泣くの? やれやれ。飴ちゃんあげるから元気だしなよ。きっといつか良い事あるよ」
「……」
ハーたん、無敵だなぁ。
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
その頃。
コロール郊外。
「あの餓鬼、やりおったわっ! くそ、まさか外法使い……いや黒魔術師か? いずれにしても、抜かったわ」
ルミナス卿、脱出成功。