天使で悪魔







勇者のフラグ立ちました






  魔術王ウマリルの復活。
  彼は(もしくは部下or信奉するカルト教団)によってアンヴィル聖堂は壊滅した。預言者様曰く対抗出来るのは勇者様だけ。

  だけど。
  だけど、勇者は誰?






  聖戦士の兜。
  聖戦士のキュイラス。
  聖戦士のブーツ。
  聖戦士の篭手。
  かつて魔術王ウマリルと相打ちになった勇者ペリナル・ホワイトスレークが八大神から賜った聖戦士装備は既に半分揃った。
  このまま順調に行けばいいと思う。残りは4個。
  聖戦士の剣。
  聖戦士のメイス。
  聖戦士のグリーヴ。
  聖戦士の盾。
  今のところ大した妨害はない。
  聖戦士の兜を入手した際に戦闘があったけどあれはある意味で偶発的な戦い。毛リックどーんがこの先どう関ってくるかは不明だけど
  完全なる敵対だと判断するのはまだ材料が少ないかな。魔術王ウマリルの手下とも遭遇してないし。
  そもそもそんな手下がいるかも不明。
  つまり現在敵対した組織はいない、かな。
  このまま行けばいいけど。
  このまま……。




  「アリス。新しいあんたの技をわざわざ考えてあげたわ。喜びなさい」
  「はあ、それはどうも」
  ここはコロール。
  現在あたしとハーたんは市内の中央にあるオークの巨木の下でベンチに座って話をしている。昼下がりの午後をあたし達はまったりと過ごしてる。
  この子、あたしの妹のようです。
  うーん。
  妹ってもっと可愛い存在だと思ってた。どうやらその認識は都市伝説みたいです(泣)。
  ……。
  ……いや、まあ、ハーたん可愛いよ?
  この子はあたしの妹。
  同じ血肉を持つたった一人の妹。愛おしいです。
  だけど。
  だけどーっ!
  「新しい技の名前は無バストファイヤー(むばすとふぁいやー)。かつて鉄の魔神が使った技ブレストファイヤーにあやかって作ったの。感謝なさい」
  「無、無バスト……」
  「あんた乳ないじゃん。無バスト適任」
  「……」
  だけどムカつくのですーっ!
  うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ妹じゃなかったら罵りたいーっ!
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「もちろん問題がある技だけどね」
  「も、問題?」
  「胸部から一兆度の業火が発せられるんだけど、その際に纏ってる物が全部燃えるの。まあ、自分の魔法は自分には通用しないから死ぬ事はないけ
  どね。自身の放つ魔法と自身の体を包む魔力の波動は同じ、故に自分の魔法で死ぬ事はない。どんな相手も1発で倒せる最高の必殺技」
  「ハ、ハーたんが使えば良いじゃんっ! あたしより無バストなんだからっ!」
  「やだ」
  「な、何で?」
  「私は人前で全裸になるほどの痴女じゃないもん。だけどアリスは平気でしょ?」
  「……」
  「
だってアリスは痴女だもん
  「なっ!」
  突然大声を出すハーたん。
  行き交う人々がこちらを見る。そして叫ぶハーたんの隣に座るあたしを見る。
  それはそうだろう。
  ハーたんがこちらを見ている、つまりそれはハーたんの発言の対象があたしだと認識するには充分だろう。ここはあたしの地元だから知り合いも
  たくさんいる、行き交う人々の中には顔見知りもいる。何なのこの罰ゲームっ!(号泣)
  さらに叫ぶ鬼妹。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「
全裸見られるの好きだもんね
  「あうーっ!」
  「
どうしたのアリス?
  「名前呼ばないでーっ!」
  神様っ!
  これからは神様信じるからもっと性格の良い子を妹にしてくださいお願いーっ!
  設定変更してくださいーっ!
  ハーたんは微笑。
  「やめて欲しかったらこれからは私の望むお姉ちゃんになる?」
  「なるっ! なるからっ!」
  「じゃあ一緒にお風呂入ろう。背中洗いっこしよう」
  「はっ?」
  「一緒にお風呂。姉妹だから当然でしょ」
  「……」
  この子、実は姉の温もりを求めてる?
  だけど素直になれないから。
  だからこうやって?
  ……。
  ……すっごいめんどくさいぞ天邪鬼ってーっ!
  うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああその為にあたしは恥じ掻いたんですかーっ!
  うう、姉妹の愛はいいんですけど傷跡は深い(激泣)。
  当分この街には戻らないでおこう。
  「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん」
  「またアリス泣いた。泣き虫」
  「ハーたんが悪いんじゃないのよぉー……」
  「はいはい。飴ちゃんあげるから泣かないで。私が悪いみたいじゃん」
  あなたが悪いんです。
  「最近アリス泣き過ぎ。まさか更年期?」
  あなたが悪いんです。
  両親はどんな育て方したんだろ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。

  「おお。ここにいたのか」

  「……?」
  金髪の、同じ顔をした男性が2人いた。
  双子だ。
  ただ片方の男性の顔は妙に顔が赤い。酔っているのだろう。その時あたしは思い出す。以前依頼で関った兄弟だ。
  ジェメイン兄弟。
  2人が並んであたし見てるけど……どっちがどっちなのかは……実によく分かったりします。酔っ払ってる方がレイナルドさんで、真面目そう
  な方がギルバートさん。付き合い的にはそんなに長いわけではないけど見分けは付きます。
  あたしは立ち上がる。
  ぺこりと一礼。
  「お久し振りです」
  「ああ。本当に久し振りだね。元気そうで何よりだよ。なあ、弟よ」
  「そうだよなぁ兄貴。こんなに元気そうなら走ってオーク・アンド・クロージャー亭かグレイ・メア亭でワインを買って来て貰えそうだなぁ」
  レイナルドさん、既に酔っ払ってます。
  正体見失うほど酔ってます。
  ……。
  ……あ、あれ?
  そういえばまともな状態のレイナルドさんってまだ見た事がなかったような。
  まあ、別にいいけど。
  お兄さんのギルバートさんはそんな弟さんを目で制して、あたしに向き直る。いつも真面目な顔をしてるギルバートさんだけど……今日は真面目さに
  真剣さも加わっていた。ハーたんはあたしと兄弟の顔を見て、それからベンチに横になった。
  「終わったら起こして」
  我が道を行く自慢の妹です(苦笑)。
  さすがだなぁ。
  「アイリス・グラスフィル君」
  「はい?」
  あっ。
  そういえば名前をちゃんと呼ばれたのは始めてかも。
  以前は『君』とかだったし。
  ギルバートさんは意を決したのか、恭しく一礼してから口を開く。
  「君に仕えたい」
  「はい?」
  「全ては聞いている。君は九大神騎士団復興させようとしている。そうだろう? 聖堂で誰も動かせなかった篭手も入手したとも聞いた」
  「あの、あたしはですね、いずれ現れる勇者様の為に集めてるだけで……」
  「アイリス・グラスフィル君」
  「はい」
  「君さえよければ我々ジェメイン兄弟は君に進んで膝を折ろうと思う。我々を騎士団に加えてもらえないだろうか」
  「えーっと」
  どう説明すればいいんだろ。
  あたしは勇者なんかじゃない。もちろん誰が勇者様かは分からないけど……あたしは多分ロドリク卿と思う。
  素質、経歴、名声。
  全てにおいてロドリク卿が勇者候補だと思ってる。
  シシリーさんは戦友だから助けてもらう事になってるけどジェメイン兄弟はウェザーレアの復興とか忙しい身。それに民間人だ。
  断らなきゃ。
  「採用」
  「ハーたんっ!」
  「九大神修道院の場所はこの紙に記してある。私は騎士団の参謀ハーマン・グラスフィル。以後よろしく」
  勝手に採用しちゃう妹様。
  ジェメイン兄弟は喜び勇んで走り去っていった。
  ……。
  ……いいのかなぁ。
  うーん。
  レイナルドさんは酔っ払い。戦闘の腕のほどは不明。ギルバートさんは最初に会った時に両手斧を背負っていたからパワーファイターなんだと
  思うけど、問題はあたしが勝手に騎士団メンバーを選出していいかって事だ。
  「ハーたん。駄目だよ」
  小声で戒める。
  「あんたが駄目じゃん。駄目アリス」
  だけど逆にハーたんはあたしを戒める。
  ええー?(慌)
  「だ、駄目アリス」
  「そう。つまりはあんた。ピッタリの愛称だと思うよ」
  「……」
  凄い言われようだなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「アリス」
  こちらに指を向けるハーたん。
  「何?」
  「勇者って誰?」
  「……?」
  「世界の危機に勝手に現れるの? というか危機が訪れる前提で世界のどこかでスタンバってるの? 連絡待ち? でもどうやって連絡するの?」
  「それは……」
  答えようがない。
  確かに。
  確かにハーたんの理論は正しいと思う。
  彼女は続ける。
  「そもそも勇者なんているの?」
  「……」
  「あんたが勇者になればいいじゃん」
  「えっ?」
  「世界の危機を救う為に突然勇者が誕生するわけじゃないじゃん。一番可能性のある奴が勇者になればいい」
  「そ、それが」
  「そう。駄目アリス」
  「……」
  「聖戦士装備半分揃えた。それってつまり聖戦士候補に一番相応しいと思うよ。少なくとも騎士団もあんたの名目で結成しなよ。だって」
  「だって?」
  「あの兄弟はあんたにその資質を見出して、あんたの前で膝を折ったんだから」
  「だけど……」
  「勇者決定。さあ、帰ろ」



  叔父さんの家に帰宅。
  既に夕飯は出来上がってた。戦士ギルドの堅物名物男であるモドリン・オレイン叔父さんは実は意外に繊細な精神の持ち主だったりする。
  絵画も好きだし刺繍もしたりする。
  料理も得意。
  あたしとハーたんは席に付くと叔父さんは食卓に並べられたスープ皿にスープを注いでくれる。
  食欲をそそる良い匂い。
  おいしそう☆
  「がっはっはっはっはっ。ゆっくりじっくりコトコトと魚介の旨みを抽出した特製のスープだ。味わって食えよ」
  「うん」
  特製魚介スープかぁ。
  楽しみ。
  他のメニューは黒パン、サラダがそれぞれの目の前にある。テーブルの中央には照り焼きチキン。取り分けて食べよう。
  それよりもまずはスープせ味見したいな。
  叔父さんは嬉しそうに言う。
  「妹との再会はどうだ? まあ、正確には初顔合わせなんだが……どんな感じだ?」
  「良い感じだと思うよ」
  色々とあったけど。
  やっぱり妹は可愛いなぁと思う。
  問題は……。

  「叔父さん、これおいしいよ☆ とっても上手だね☆」

  やたらと叔父さんに対して無邪気に振舞うハーマン様。つーか策士ですか?
  無邪気さを武器にしちゃう幼児。
  すごいなぁ。
  ハーたんってきっとすごく知能指数高いんだろうなぁ。黒魔術師としての能力も高いみたいだし。黒魔術師としての能力が謎過ぎてあたしにはよく
  理解できないけどね。家の内装を修復したり相手の魔力を奪ったり。
  うーん。
  もしかしてフィッツガルドさんよりも強かったりして。
  まあ、扱うジャンルがそもそも違うみたいだから勝負の対照にはならないんだろうけど。ハーたんって攻撃魔法も使えるのかな?
  「家族がいるっていうのはいいもんだ。アリス、妹を大切にな」
  「うん」





  その頃。
  コロール市内のグレイ・メア亭。普段は地元の、それもわずかな者しか足を運ばない安酒場は本日満員だった。
  全員が全員、蒼いローブに身を纏っている。
  出入り口の扉が開き、1人の男性が足早にあるテーブルに近付く。その人物も蒼いローブに身を纏っているものの、唯一フードを被っていた。
  新たに店内に入った男性はフードの男性の前で止まる。
  「どうした?」
  「報告します、ルミナス卿。レリックドーンは援軍を出してくれるそうです。その条件に聖戦士装備を入手した際には引き渡せとのこと」
  「承知したと伝えろ。ああ、それと深夜零時に襲撃を開始するとも伝えろ」
  「御意に」
  「我々蒼天の金色の邪魔をするダンマーの小娘を殺す。……小娘が。勇者気取りもここまでだ」