天使で悪魔






アンヴィル殺人事件






  新しい伝説の幕開け。





  深緑旅団戦争。
  ブラックウッド団との凄惨な抗争。
  伝説の虫の王マニマルコ率いる黒蟲教団との戦い。四大弟子との死闘、虫の王との激戦。
  戦いがあたしを成長させた。


  戦いが成長、かぁ。
  皮肉だよね。
  戦いさえなければ成長はしない。でもこの場合、成長しない方が良いのかな?
  ともかく。
  ともかくあたしはたくさんの戦いを越えてきた。
  そうそう。
  クヴァッチ闘技場で勝ってグランドチャンピオンになったんだっけ。
  ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪


  気が付けば戦士ギルドのレヤウィン支部長。
  階級はガーディアン。
  だけどこの成功にはたくさんの人達の助けと、たくさんの人達の別れの結果だというのをあたしは忘れてはいけないと思う。
  ヴィラヌスやフォースティナさん達の最後を忘れちゃいけないんだ。
  そう、思う。


  ただ今回、修行の旅をするに当たってレヤウィン支部長の地位は返上した。
  まあ、返上といってもそもそもあたしには支部を運営する能力はない。あくまで補佐役の人や所属している皆のお陰だと思ってる。
  現在あたしはアンヴィルにいる。
  アンヴィルの戦士ギルド支部。
  支部長の地位は返上したけど籍は戦士ギルドに属してる。何か仕事がないかなぁと思ってクヴァッチからやって来た。
  そして……。
  




  「さあさあアリスっ! もっと飲んでくれっ! さあさあっ! はっはっはっ!」
  「飲んでますよー」

  バンバン。

  私の背中を叩きながら陽気にアーザンさんは笑った。
  アーザンさんはアンヴィル支部長だ。
  戦士ギルドの階級的に言えば頂点にいるのがフィッツガルドさん、次は補佐役の叔父さん、シェイディンハル支部長のバーズさん、アンヴィル
  支部長のアーザンさん、あたしはその次になる。階級的には一応は五席目。あんまり席次は気にしてないけど。
  何らかの依頼があるかと思って来てみたけど……歓迎会があるとは思ってなかったなぁ。
  支部を挙げての歓迎会。
  うー。
  もう飲めません(泣)。
  一時期あたしはアンヴィル支部に所属してたから尚更みたい。どうもあたしは『虫の王を倒した英雄っ!』という位置付けらしい。
  嬉しいけど、誤解なんだけどなぁ。
  あたしはそんなに凄くない。
  大広間にあたし達は座って酒宴をしてる。アンヴィル支部の構成員は30人前後。皆で飲むお酒はおいしいです☆
  なおあたしはビール派。
  ワインはあんまり好きじゃないです。飲めなくはないけど、喉越しはビールが一番です。
  さて。
  「アーザンさん」
  「なんだい?」
  「何か依頼は……」
  「まあまあ今日は飲めっ! ふははははははははははっ!」

  バンバン。

  「けほけほっ!」
  背中を急に叩かれたからあたしはむせた。
  酔うと陽気なのか、この人。
  知らなかったなぁ。
  突然決まった酒宴だけど仕出しとかをたくさん取り寄せたから食べる物はたくさんあるしお酒もたくさんある。アンヴィルは港湾都市で
  海の玄関口。海の向うの珍しいお酒も容易に手に入るらしく並んでいるお酒の大半はあたしが知らない種類。
  おいしいです。
  座興として支部員の人達が順番に何か出し物をしてる。
  小話あり手品あり剣舞あり。
  あたしは何しようかな?
  もうすぐ順番だ。
  年配の戦士のおじさんは自分の人生訓を話してた。そうだなぁ、あたしは武勇伝でも話そうかなぁ。
  ……。
  ……話せるだけの武勇伝なんてないけどね(汗)。
  基本助けられて何とかなってるのがあたし。
  独力でという展開は少ないなぁ。
  皆無?
  そ、そうかもしれないなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「次はアリスだぞ。何をするか決めたのかい?」
  「一応」
  隣のアーザンさんはあたしに囁く。
  よし。
  武勇伝にしよう。
  何を話そうかな?
  深緑旅団戦争にしようかな。それともブラックウッド団……それはまずいよね、禁句です。大勢亡くなったから。話題するべきじゃない。
  多分皆が聞きたがってるのは伝説の虫の王の話かな。
  うん。
  きっとそうだ。
  あたしは四大弟子倒しただけなんだけど、それでも武勇伝になる……と思う、多分。
  立ち上がる。
  皆の視線があたしに集中した。
  その時……。
  「猫ひろしっ! 猫ひろしっ! 猫ひろしっ!」
  「はい?」
  アーザンさんの無茶振りキターっ!
  な、何それっ!
  あたしに一体何をしろというのーっ!
  武勇伝駄目?
  武勇伝駄目なの?
  えーっ!
  そんな無茶振りに便乗したのが支部メンバー達。何かいきなり四面楚歌、敵地のど真ん中に置き去りにされたような感覚。
  それはあたしの杞憂でしょうか?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。

  『猫ひろしっ! 猫ひろしっ! 猫ひろしっ!』

  唱和するアンヴィル支部の面々。
  視線が痛いです。
  これは空気読めよという視線でしょうか?
  あたしは意を決して一同に静粛を求める。座は一瞬にして静まり返った。あたしは大きく息を吸い込み、そして皆を見ながら口を開く。
  「ニャーっ!」
  「……」
  座は静まり返ったまま。
  だ、駄目ですか?
  ならばーっ!
  「しょーりゅーけんっ!」
  「……もういい。もういいんだアリス。もういい。もう頑張らなくていいんだ」
  「……」
  アーザンさんのコメント、めっちゃ傷付いた気がします。
  何かを失くした夏。
  失くしたもの、それはなんだろ。
  あれれ?
  皆が良く見えないや(号泣)。
  イジメに感じるのはあたしの気のせいでしょうか?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ!



  朝起きると皆ボロボロだった。
  ……?
  あっ。
  アーザンさんが自分に包帯巻いてる。
  強盗でも入ったのかな?
  「アーザンさん?」
  「ひぃっ!」
  「ひぃ?」
  「昨晩はすいませんでした調子に乗りましただからもうウンブラ振り回して暴れないでくださいっ!」
  「はっ?」
  よく分からない。
  よく分からないけど支部員は等しくあたしに恐怖の眼差しを向けていた。
  何故に?
  うーん。
  昨日弄られ過ぎてからビールがぶ飲みしたのが原因?
  ……。
  ……も、もしかして暴れたのあたしっ!
  酒乱の気はないと思ってたけど……ま、まあ、今回は仕方ないという事にしておこう。復讐は必ず成されるのですっ!
  だ、駄目かな、そういう締め方じゃあ(汗)。
  あうー。

  「すたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぷっ!」

  その時、帝都兵……いや、アンヴィル衛兵隊の人が3名ほど入ってきた。
  ええーっ!
  もしかしてアーザンさんが呼んだのあたしを逮捕する為にっ!
  何気に大事になった?
  叔父さんに知られたら殺される押入れに閉じ込められるーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「アーザン殿ですか?」
  「そうですが」
  あれ?
  アンヴィル都市軍の兵士はアーザンさんに敬礼、それから口上を始めた。
  別件?
  別件で来たの?
  よ、よかったぁ。
  「アーザン殿。アンヴィルで猟奇殺人事件が発生しました。場所はアンヴィル聖堂。聖職者は全員殺害されております。目撃者は皆無。本来は我々の
  管轄なのですが戦士ギルドの応援を求めるべきだとレックス衛兵隊長の命令の元、我々はここに参りました。要請を受諾してくれますでしょうか?」
  「分かりました。すぐに現場に参りましょう」
  「ありがとうございます。なお猟奇的な現場には魔術が関係している節もあり魔術師ギルド支部長キャラヒル殿にも援助を求めております」
  「それは心強いですね。すぐに用意します。しばしお待ちを」
  「それとアーザン殿」
  「何か?」
  「戦士ギルド支部会館で……つまりここですが、なにやら叫び声と暴れる音がしたとの近隣からの苦情がありましたが……」
  やばい。
  あたしです(汗)。
  アーザンさんはちらりとあたしを見て微笑。
  「犯人は彼女です。逮捕してください」
  「はぅーっ!」


  アイリス・グラスフィル。
  逮捕っ!