天使で悪魔





始まりの為に 〜反乱側の場合〜





  追い詰められた。
  まるで運命?
  神が……もしくは悪魔が定めた運命は懸命に生きていた者達を追い詰めた。
  追い詰められた者達はどうする?
  貴族に言われるがままに平伏し、貢ぎ続けるのか。
  もしくは……。

  彼ら彼女らは決めた。
  1つの選択をした。
  生きる為に戦おうと、これは反乱ではなく人として生きる為の戦いなのだと彼ら彼女らはそう決めたのだ。
  ……それが次の悲劇の幕開けとも知らずに……。





  準備は整った。
  「急げっ!」
  私は叫ぶ。
  空気が気持ち良い。前夜は豪雨だった。今はからりと晴れている。
  雨が止んだ後は心地良い。
  「急げっ!」
  準備は整った。
  私は30人の壮健な若者を引き連れて草原を進む。
  目の前には砦。
  貴族の砦。
  「大将」
  「兄貴」
  カイリアスとクレメンテが頷く。
  用意は整った。
  砦側はまだ何の対応もしていない。こちらに気付いていないようだ。
  「マラカティ」
  「こちらも準備おっけぇじゃ」
  エルズとオーレン卿も準備が出来たと頷く。
  律儀な人達だ。
  本来なら、カイリアスもエルズもオーレン卿もこの事態とはまるで関係ない。
  カイリアスとエルズは村で雇われているだけであり当事者ではないしオーレン卿は深緑旅団を追って村に滞在していたに過ぎない。
  なのに助けてくれる。
  律儀であり、温かい人達だ。
  「兄貴」
  「ああ。分かってる、クレメンテ」
  村の鍛冶師のクレメンテ・ダールが促す。
  村人達は全員弓矢を装備している。そして油の入ったツボと、松明。
  砦は何の対応もしていない。
  向こうもこちらの威勢を感じ取り、昨晩は斥候を出していた。おそらくは徹夜明けなのだろう。戦闘は士気が全て。
  どんなに凄い武具と防具を身に纏っても戦う意思がなければ脆く崩れる。
  流れはこちらにある。
  「大将、覚悟はいいか?」
  「ああ」
  「アイリーンの弔い合戦だっ! 全員やっちまおうぜっ!」
  「……」
  無言で頷く。
  避難したような視線を送るのはユニオ。ボズマーの、流れ者だ。素性は不明。
  それでも独特な価値観を持っている。どんなに暴挙でも体制には逆らうべきではないと。彼はそう叫ぶ。
  唯一今回の蜂起に反対だった人物。
  「……どうしてもやる気か?」
  「ああ」
  「反乱だぞこれは」
  「もう散々話し合ったはずだよ、ユニオ。……どうしてこの話にだけそんなに饒舌なんだ?」
  「ふん」
  カイリアスは帝国の犬だと評していたが……真相はどうなんだろうな。
  まあいい。
  「皆、これは生きる為の戦いだと思ってくれっ! 人として生きる為にっ!」
  『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
  熱く叫ぶ。
  もはや止まらない。
  いくら正論を吐いたところで人は生きる為には戦わなければならない。
  大義も正論も生きれてこそ。
  我々は座して飢え死にはしない。
  どうせ死ぬなら戦おう。
  やるべき事をやろう。
  ただそれだけだ。
  「火矢を射掛けよっ!」
  そして……。


  火矢が飛ぶ。
  無数に。
  無数に。
  無数に。
  貴族の砦……いや、屋敷だ。ピエット卿の趣味と我侭で屋敷は木造、意思の壁は薄く低い為に簡単に乗り越えられる。
  そして屋敷に流れる川。
  全て把握している。
  「放てっ! 放てっ! 放てっ!」
  叫びつつ私自身も放つ。
  全ての火矢は貴族の住まう屋敷に目掛けて放たれる。それが当初の予定であり、策略だ。
  本来なら簡単に燃えるだろう。
  しかし昨夜は雨が降った。
  建物は濡れ、湿っている。火矢の威力は半減……いや、それ以下だ。
  それに川が敷地内に流れている。
  水は大量にある。
  消火は容易なのだ。
  帝国軍は打って出ては来ない。おそらく全ての兵を動員して消火しているのだろう。
  火は点かない。
  火は……。
  「放てるだけの矢を放てっ!」
  「了解だぜ兄貴っ!」
  火矢が飛ぶ。
  無数に。
  無数に。
  無数に。
  その様は圧巻ではあるものの、まるで役には立っていない。火は、点かないのだから。
  しかしそれでいい。
  それでいいのだ。
  前日が雨でなければおそらくは簡単に焼け落ちただろう。しかしそれでは困るのだ。何故なら大火になれば黒煙が昇る。
  そうなればどうなる?
  答えは簡単だ。
  他の貴族が異変を知って、兵を率いて出張ってくる可能性があるからだ。
  我々がしたいのは帝国への反旗ではない。
  している事は反旗なのかも知れないが、目的はそれではない。あくまで生きる為にピエット卿を倒す。それだけだ。
  「放てっ!」
  あるだけの矢は使い切るつもりで放つ。
  カイリアスが叫ぶ。
  「大将、そろそろっ!」
  頃合か。
  戦いは勢いだ。緻密な計画を立てたら後は迅速に進むのみ。
  戦いは勢いだ。
  私は頷いた。
  「よっしゃっ! 狼煙を上げろっ! アイスマンに知らせろっ!」


  「アイスマンっ!」
  「ええ。見えてますよ」
  「だったらさっさとしなっ!」
  「……はいはい」
  溜息。
  クレメンテの姉であるマデリーン・ダールは気風が良い姉御肌のカジートではあるものの……アイスマンにしてみればただの横暴な
  女傑に過ぎない。嫌いではないものの、肌合いが合わないのは確かだ。
  狼煙は見えている。
  一条のか細い黒煙が天に登っている。
  カイリアスが悪態を吐きながらあげているのだろうと思うと、笑えて来る。
  同じインテリでも自分とはタイプが違う。
  彼の知識を認めている以上に、その性格の違いが楽しくて仕方がない。
  アイスマンは見た目ほど冷徹でも怜悧でもなく、実は愉快なモノには眼がない。からかうのも好きだ。
  さて。
  「始めましょうかね」
  場所は川の上流。
  貴族の砦に流れる川は、実は2つある川が途中で合流している。アイスマンは農民を引き連れて山から流れる川の上流にいた。
  既に村に戻るつもりはない。
  全ての財産は持ち出してここに置いてある。
  率いている農民も女子供や老人や病人……つまり戦力的に弱い面々を率いている。
  「アイスマンさん」
  農民の1人が促した。
  川は塞き止めてある。それでも帝国軍が怪しまなかったのは、塞き止めてあるのが1本の川だけだからだ。つまり2本塞き止めれば
  水攻めを警戒するものの、1本だけだから気付かない。
  豪雨がなければ水量がおかしいと気付くかもしれないが、豪雨の影響で水量は増している。1本塞き止めてあっても気付かない。
  異変に気付き難い。
  「解き放ってください」
  静かに宣言。
  途端、戒めのなくなった水は濁流となり下流へと驀進する。
  それでどうなる?
  ……答えは簡単だ。
  火を消す為に帝国軍は川に群がっているだろう。薄い石の壁など突き破り、川辺にいる帝国軍を飲み込むに違いない。
  「ふふふ」
  声を立ててアイスマンは笑う。
  恐れ入ったと思った。
  「水攻めと火攻めの合わせ技とは……恐れ入りますね。至門院の入学テストの回答としては間違いですが」
  本来なら別に区分される水攻めと火攻め。
  それを組み合わせる。
  反乱推奨組織と皮肉を言われる至門院出身の自分でも思いもつかない戦法だ。
  「マラカティさん。貴方は何者なんでしょうね」
  興味深い人物だと思った。
  ……マラカティのこの先の生き方を見てみたいと素直に感じていた。



  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっ!
  「やったねっ! 神の奇跡に感謝をっ!」
  信心深いエルズが喚声を上げる。
  川を驀進する濁流は石の壁を突き破り、敷地内に流れ込んだ。兵士達が大騒ぎしているのが聞える。
  相手の意表を突く。
  それが戦略の基本だ。
  ……。
  まあ、どこで得た知識かは知らないが。
  計画立案したのは私だし、指揮したのも私。それでもこの知識をどこで得たのか気になる。
  「別にいいか」
  アイリーンの仇を討つ。
  それが今回の目的だ。だからこの知識がどこから来たものかはどうでもいい。
  この知識の刃に感謝したいぐらいだ。
  「矢は?」
  「まだまだ存分にあるぞ。それにしても感服じゃな。そなたのその戦略、敬意に値する」
  「……使わないに越した事はないとは思いますがね」
  「……そうじゃな」
  死んだ者は帰らない。
  アイリーンは2度と帰ってこない。それが世の定めなのだ。
  貴族の暴挙も世の定め?
  ……認めない。
  「行くぞっ!」
  『おうっ!』
  草原を駆ける。
  火矢はもう使わない。油の壷をその場に置き去りにして私達は走る。
  私、カイリアス、クレメンテ、オーレン卿、エルズ、そして壮健な農民達30名。全てを見届けるつもりのユニオも駆ける。
  戦いは勢いだ。
  士気の低下している今こそ攻めなければ勝機は失われる。
  まともにぶつかれば完全武装の帝国軍の方が勝るに決まっているからだ。
  走る。
  走る。
  走る。
  「カイリアス扉をぶち壊せっ! オーレン卿は予定の通りにっ!」
  「おっしゃっ!」
  「了解じゃ」
  私はカイリアス、クレメンテ、エルズの3名を連れて鉄の扉に向って走る。オーレン卿は農民達を横に展開、壁に取り付かせる。
  カイリアスの手に炎が宿る。
  「鬼火っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  鉄の門扉を吹き飛ばす。
  爆炎と黒煙が巻き散る。その隙に私達は門だった残骸を越えて、止まる。
  晴れていく黒煙。
  兵士達が遠巻きに見ていた。
  この砦に駐屯していたのは聞くところでは50名。……10名ほど欠落しているようだ。思ったより被害は大きかったようだ。
  私は静かに告げる。
  「私の最愛の女性を奪った代価を払って貰いに来た」
  「農民風情がぁーっ!」
  兵士の一人が叫ぶ。それを合図に生き残っていた兵士達が剣を手に一斉に突き進んでくる。
  計画通りだ。
  戦いに勝つもう1つの方法。それは相手を挑発する事だ。
  相手はそれに乗った。
  こちらは準備万端。
  つまり、勝利への布石は見事に成り立った。相手はもうこちらをただ闇雲に切り倒すしか考えていない。帝国兵に既に勝機はない。
  ただ……。
  「ま、待てっ!」
  見た感じ士官クラス……おそらくは衛兵隊長だろう。レッドガードの衛兵隊長は警告する。
  なかなか良い判断だ。
  しかし遅いっ!
  オーレン卿達が壁から身を乗り出し、矢をつがえた。
  ぎょっとした顔で急いで回れ右して逃げようとするものの既に兵士達は我々の間合に入り、罠に掛かっている。
  無数の矢が放たれる。
  帝国軍の標準装備の鎧は普通の冒険者や戦士が身に着けるモノよりも一等上ではあるものの、そう何本もの矢に耐えられる代物
  ではない。兵士達は剣を振るう事も出来ずにバタバタと倒れ伏す。
  絶命。
  絶命しない者も緩慢なる死が訪れる。
  いずれにしても死神の腕からは逃げられない。
  等しく死神の餌食だ。
  残ったのは1人だけ。衛兵隊長のレッドガードだけだ。
  「……」
  「……」
  悠然と男は立っていた。
  どんな剣豪でも1人でこの危機は脱せられないはず。……魔道師なら別だろうが。
  なかなか出来るな、こいつ。
  男は口を開く。
  「……次は自分か?」
  「降伏すれば危害は加えない」
  今更だが。
  兵士は全員片付けた。今更虫の良い警告ではあるが、逃がしてもいいと思っている。
  レッドガードは腕組みしている。まだ剣に手を掛けてもいない。
  「お前は何者だ?」
  「マラカティ」
  「そうか。マラカティ。……自分はバクター。衛兵隊長を務めている。先程最愛の女性と言ったな?」
  「ああ」
  「それで反乱か?」
  「それもある。……しかし生きる為の戦いだ。生きる為には、戦うしかない。そのように追い込んだのそちらだ」
  「確かに」
  バクターは認めた。
  ピエットがまともなら私達はこんな反乱は起きなかった。
  もちろん自分達を正当化する気もない。
  「お相手願おうか」
  「……正気か?」
  すらり。
  バクターは剣を引き抜く。
  その時、私の帯刀している刀に気付く。アカヴィリ刀は高価で滅多に手に入らない代物だと聞かされている。
  どこで手に入れたのだろう?
  自分でも分からない。
  「良い剣のようだな。どこで手に入れた? ……盗品?」
  「知らない。私には記憶がないのだ」
  「ふぅん」
  「退いてくれ。あんたは敵じゃない」
  「役目は役目だ。自分はそれを果たすのみ。……それに部下全員を殺されて黙っているわけにも行かない。それに剣には自信がある」
  「……やるしかないか」
  すらり。
  私はアカヴィリ刀を引き抜く。
  剣を抜くと自然と落ち着く。
  「……」
  「……」
  じりじりと間合いを詰めるバクターではあるものの、その動きは緩慢だった。まるで地面に足が張り付いているようだ。
  私は動かない。
  常に敵の真向かいの位置を崩さない。それ以外には動かない。
  それがプレッシャーとして感じるらしい。
  相手は次第にじりじりと下がりだす。それでも意地があるのか、叫びながら切りかかって来た。
  「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  そして……。
  ドサ。
  私の剣が一閃。バクターの胸元を切り裂いていた。自らの血溜まりに沈むバクター。
  「……」
  数語何かを口走るものの、聞き取れない。
  やがて事切れた。
  兵士は片付き、衛兵隊長も伏した。残るはピエット卿のみだっ!


  「本気かよ大将っ!」
  「ああ」
  地べたに這い蹲るのはインペリアルの醜い豚だった。
  インペリアルの男性。
  この辺りに君臨していた絶対君主は、今は這い蹲って命乞いする哀れな虜囚だ。
  カイリアスの憤慨は終わらない。
  農民達もそうだ。
  「この男は殺さない」
  「正気かっ!」
  「正気だ」
  「殺す為に来たんだろうがっ!」
  「違う。生きる為に来た。殺したら意味がない」
  ぺっ。
  這い蹲って命乞いするピエットに唾を吐き棄てるカイリアス。
  それでもカイリアスが殺さないのは、村人達が嬲り殺しにしないのは多少なりとも私に対して畏敬があるからだと思う。
  そうでなければ殺しているはずだ。
  もちろんそれを誇るつもりはない。ただ、規律が護られている以上は反軍に落ちる事はない。
  「大将、やっちまおうぜっ!」
  私はそれを無視する。
  「クレメンテ」
  「……なんだよ兄貴」
  不機嫌そうな声だ。
  それはそうだ。
  アイリーンを殺したこいつに対する憤慨はおそらく弧の中の誰よりも私の方が強い。私自身でさえ殺意を抱いているのだ。
  クレメンテ達に殺意を抱くなというのは間違いだ。
  貴族は殺せない。
  しかし、殺したくないとは意味が違う。
  全然違う。
  「クレメンテ。こいつの服を剥げ」
  「……はっ?」
  「まあいい。カイリアス、こいつの服を脱がせろ。痛めつけても構わんが殺すなよ」
  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお落ち着け大将っ!」
  動揺するカイリアス。
  何故に?
  「どうしたカイリアス?」
  「大将はやっちまえ発言を間違えてるぞ殺っちまえであって犯っちまえじゃないぞ俺様にはそんな趣味はないからなーっ!」
  「……」
  凄い事を言うなこいつは。
  呆気に取られているとユニオがピエットの服を剥ぐ。騎士道精神としてパンツは勘弁したようだ。
  宝石の類も剥ぎ取る。
  「これでいいんだろ?」
  「ああ」
  身震いする白豚。
  見ていると憎悪が込み上げてくる。こんな奴がアイリーンを玩具にした挙句に殺した……こんなただの愚者にっ!
  アイリーンは懸命に生きていただけだ。
  なのにどうして死ななければならないっ!
  腕がムズムズする。
  腰にある剣を抜いて首を刎ねろと指図する。
  「くそっ!」
  ガチャァァァァァンっ!
  鞘ごとアカヴィリ刀を地面に叩きつけた。
  殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいっ!
  殺したいんだよっ!
  「……はあはあ……」
  自然、息が荒くなってくる。
  しかし殺すわけには行かない。
  最初は殺すつもりだった。何故なら1人でやるつもりだったから。
  砦に潜入し暗殺する。そのつもりだった。
  私は異邦人。
  村に責任はない。実行したのが異邦人の、流れ者の私なら村の責任は問われないと思った。だから殺す気でいた。
  そこに村が関わった。
  村人全員が蜂起した。だから、殺すわけには行かない。
  ここで殺せば完全なる反乱だ。
  もちろん砦を落とした時点で反乱ではあるものの、帝国兵50名殺すのと貴族1人殺すのでは意味が違う。
  命は平等?
  ……違う。
  帝国の法律として貴族の命の価値の方が重いのだ。
  ここでピエットを殺せば、この白豚を貴族に任命した帝国元老院を敵に回す事になる。
  いつまでも追討が続く。
  いつまでもだ。
  だから殺せない。殺せないんだっ!
  「……はあはあ……」
  そう、自分に言い聞かす。
  村を危険にしては駄目だ。それはアイリーンが望む事ではない。それは……。
  「全員聞いてくれ。我々はもうヴァレンウッドにはいられない。だがら旅立つ為の旅費と食料を確保してくれ」
  『はいっ!』
  村人達は散る。
  この砦は農民達の血と汗で出来ている。……アイリーンの命で出来ている。
  正当性は我々にある。
  正当なる権利も。
  略奪に理由をつけ正当化するのもおかしいが……ここの財産は村のものだ。その思想は揺るがない。
  さて。
  「ユニオ。指輪をくれ。……そう、奴が嵌めていた元老院から送られる貴族の証明の指輪だ」
  指輪を受けとる。
  ぽちゃん。
  私はそれを川に流した。貴族の証明の指輪もなく、パン一ならこの人物がピエット卿だとは誰も思うまい。
  確認にも時間が掛かる。
  「行け」
  「行け……とは……?」
  「逃がしてやる。行け」
  「……」
  「どうしたここで死にたいのか?」
  「……せ、せめて何か着るものを……」
  「甘えるな」
  そこまで妥協する気はない。
  それに我々が手を下さない限りには問題がない。どこかで野垂れ死にしてくれるなら、それはそれで願ったり叶ったりだ。
  「カイリアス。そいつの重い尻を蹴り上げてやれ」
  「よっしゃっ!」
  ガンっ!
  「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  ドタドタドタ。
  醜く走って逃げる。
  パチパチパチ。
  拍手。ユニオだ。
  「何の賞賛だ?」
  「あんたを誤解してたよ、マラカティ。……あんたは思慮深い。よく耐えた。……これなら帝国の追討も緩慢になるだろう。その間に逃
  げられる。あんたは村人を護った。それはとても素晴しい事だ。あんたは偉大だよ、マラカティ」
  「違う。それは違う」
  「……?」
  「私は誰よりもあいつを殺したかったっ! だが、だがそんな事和すれば村人は皆殺しになる逃げる時間もなくなる追討が激しくなる
  迅速になるっ! だから殺さなかっただけだだから殺せなかっただけだっ! 誰よりも私が殺したかったっ!」
  「……」
  「私は卑怯だ。殺すなというくせに、誰よりも殺したかったんだから」
  「……」
  ユニオは静かに俺の目を見た。
  カイリアス達は静かに沈黙を保つ。
  「マラカティ」
  「……何だ」
  「やはりあんたは偉大だよ。英雄だ。……きっと良い村が作れるよ、あんたならな。……アイリーンの意思を継ぐべきではないか?」


  この後、アイスマン達と合流。
  一人の死傷者も出さなかった私の手腕をカイリアスは大袈裟に語り、アイスマンも大袈裟に称える。
  ともかく脱出だ。
  「シロディールに行こうぜ。シロディールの……そうだな、レヤウィンなら大分気風が緩やかだ。住み易いだろうぜ」
  「シロディール……帝国中央にか?」
  「私もカイリアスさんに賛成ですよ。帝国に懐に入るべきです。相手の意表を突き、追討をかわせる」
  2人の意見でシロディールに行く事にした。
  もうヴァレンウッドにはいられない。
  村人達も新しい村作りに意気を上げている。そしていつの間にか私には村長の役職が与えられていた。
  資金。
  食料。
  全て砦から持ち出した。村作りには事欠かないだろう。
  その時オーレン卿が進み出た。
  「ワシは深緑旅団を探している。……一緒にはシロディールには行けんよ。寂しいがここでお別れじゃな」
  「色々とありがとうございました」
  私は頭を下げる。
  オーレン卿の世慣れした物腰や考え方はいつも参考になった。人生の師と言っても過言ではない。
  人にはそれぞれの道がある。
  私には私の。
  彼には彼の。
  私には……。
  ……。
  私の道か。
  それは一体どのようなものなのだろう?
  それは分からない。
  まだ、明かされていないのだ。いずれは明かされていくモノ。人はそれを運命と呼ぶ。
  この戦いも運命?
  「……神は無情で残酷、か」
  「何か言ったかの?」
  「いえ。どうぞお元気で」
  「そちらもな」
  寂しく、悲しくはあるものの私達はオーレン卿と別れた。
  感傷には浸ってられない。
  既にカウントは刻まれているのだ。
  「行こう、皆」
  村から全ての物資は持ち出してある。もう村に戻る必要はないし、戻れない。
  ピエット卿が別の貴族に援助を求めるのも時間の問題だろう。
  追撃のカウントは刻まれている。
  ……殺すべきだった?
  心情としては殺したかった。しかし私個人の行動ではなく、既に村全体の連動した行動の反乱になった以上は殺せなかった。
  殺せばいつまでも追討が続く。
  帝国元老院のメンツとして私達が全員死ぬまで追討を仕掛けてくる利は明らかだった。
  だから殺せなかった。
  「私もお供しますよマラカティさん。貴方のすべき事、する事、見てみたくなりました」
  「大将、俺もだぜ」
  「私も付き合うわ。神のご加護があるように、いつも祈ってる」
  本来なら村とは関係ないよそ者であるアイスマン、カイリアス、エルズも賛同してくれる。同行してくれる。
  仲間。
  そうだ、いつしか私達は仲間だ。
  背中を預け合える、そんな仲間だ。
  「皆、シロディールで新しい村を作ろう。良い村を。素晴しい村を」






  ピエット卿の砦は陥落。
  マラカティの温情……いや、思慮により本来もっとも殺したい相手であるピエット卿は放逐された。
  この後マラカティ達は蓄えられていた財宝と食糧を持ってシロディールに流れる。
  帝国の中枢の地に。
  そして後に《選ばれしマラカティ》と呼ばれる反乱組織は表舞台から消えた。








  「ピエットの砦が陥落した……まさか奴が絡んでいるのではなかろうな?」
  「まさか。奴は瀕死だった。生きてるとは思えない」
  「だが死体がない。不意打ちを受けながらも我々の同志五名を斬って捨てた相手だぞ。……甘く見るべきではない」
  砦陥落から半日。
  小高い丘の上から砦を眼下に見下ろす三人組。
  「どうしますか?」
  「どうしますか……馬鹿かお前は。奴を追うに決まっている。生きていてはいけない奴だからな。それが規律だ」
  「逃がさんぞ、レヴァンタン」