天使で悪魔





ブレイズ




  ブレイズ。
  皇帝直属の親衛隊であり諜報機関。
  帝国最強の組織。
  現在ブレイズの指揮権を有しているのはブレイズ・マスターであるジョフリー。
  ジョフリーは皇帝の腹心であり、相談役、懐刀。
  一説では帝位継承権にすら口出し出来るほどの権勢を有しているらしい。

  武具はアカヴィリ製。
  アカヴィリ製の武具はブレイズ正式装備として有名(刀に関しては高額ではあるものの市場に出回っている)だ。
  武の集団。
  智の集団。
  双方を併せ持つ最強の精鋭集団ブレイズ。

  しかし真の脅威はその諜報機関としての一面にある。
  モロウウィンドでの陰謀は実に有名だ。
  モロウウィンドは帝国の権勢よりも、旧時代の神々への信仰が勝っていた。ブレイズはそれを逆手に取り、英雄を作り出した。
  英雄は古き神々を打ち倒した。
  民衆は今度は英雄を祭り上げた。
  古き因習と神々、信仰を打ち砕き、モロウウィンドに帝国の栄光を押し付ける為だけの偶像の英雄が真の英雄になった時、帝国は
  自らが作り上げた《モロウウィンドの英雄》であるヴァルダーグを暗殺した。

  全ては帝国の為。
  全ては皇帝の為。
  ブレイズは全ての帳尻を合わせる為に死を振り撒いている。
  そして……。






  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「ちっ」
  舌打ちをして我々は大きく間合を保った。
  私はアカヴィリ刀を突きつけるように構えながら下がり、ブレイズ三人組は中段に構えたまま間合を保つ。
  中央の奴、キルレインと名乗ったブレイズは剣をだらりと下げている。
  ……。
  なるほど。
  私が斬り込んでも、次の瞬間には名前すら知らん2人が瞬時に私を斬り伏せるという事か。
  いや、もしくは自身で簡単に私を殺せるという絶対の余裕か?
  まあいい。
  「レヴァンタン。何のつもりだ? 何故、そんな冒険者のような戦い方をする? 素人の戦い方をする意味は何だ?」
  「……?」
  「我らを嘲るつもりか?」
  「ふぅ」
  小さく溜息。
  まだ三合斬り結んだだけだが正直しんどい展開になるだろう。
  ブレイズの力量?
  さあな。
  記憶させあればどの程度の力量を有しているかを知っていたかもしれないが……今の私には過去の記憶はない。もちろん記憶の中
  にブレイズの力量の程度が判明するようなものがあったかは知らんが、今の私の認識はあくまで書物だけ。
  帝国最強の組織。
  それだけだ。
  注意深く相手の動きを見守り、私は左右にステップを踏む。
  右に移動。
  左に移動。
  ブレイズ達はそれに対応して動く。動きこそするもののお互いに間合を詰めているわけではない。
  「……」
  「……」
  こいつら出来る。
  私は油断ならない相手を前にしつつも、どこかで相手の動きに懐かしさを感じていた。……もちろんその懐かしさは心温まるもの
  ではない。血と鉄と死の臭いのする間柄の懐かしさ。
  私はこいつらを知っている。
  私は……。
  「……」
  「……」
  向こうは向こうで私の腕を侮れないと見ているのだろうか?
  数に任せて向かってくる事をしない。
  ブレイズ3人。
  実戦的な能力なら、3人で帝国兵の小隊を圧倒出来るはず。なのに何故私を圧倒しない?
  私を買い被ってくれているのか?
  ……実に光栄だ。
  「はっ!」
  タッ。
  地を蹴り、踏み込む。
  それを待ってましたとばかりにブレイズの2人が左右に展開、キルレインは動かない。
  丁度私を三方向から向い撃つ様な陣形を取る。
  押し包まれて斬る気か。
  向かうは地獄。
  何故なら相手はそれを待っているから。この陣形とやり合うにはかなり分が悪い。三方向からの斬撃を全て弾くのは無理だ。
  防御には適さない。
  ……。
  包囲されている?
  そう、三方向から。しかし四方ではない。つまり後ろが開いている。
  後ろに引けばいい。
  後ろに……。
  「くっ」
  私は急いで後退する……と見せかけてさらに大地を蹴り、前に突っ込む。
  「なっ!」
  キルレインの顔に余裕が消えた。
  他の2人もそうだ。
  後方への後退は実はブレイズが望むべきところだった。そう、ここで途中で引けばどうしても勢いがなくなる。そこがブレイズの
  付け入るべき戦略だった。
  私はこれを知っている。
  私はこれを……。
  「はっ!」
  小さく叫び、アカヴィリ刀を横に一閃。
  年若いブレイズの首元を薙ぐ。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫。
  キルレインと巨漢の攻撃もあり、私も腕に軽く一撃を受けた為、大きく飛び下がる。
  だからトドメまでは出来なかったものの、あの若いブレイズの傷は致命傷だ。首の出血は止まらない。
  数分で死ぬ。
  私の傷は……大した事がない。
  軽く左腕に刃が通ったものの、出血は大した事はない。腕の感覚もある。痛みがある以上、問題はない。麻痺するような傷であれば
  まずいものの、この程度なら戦闘続行は可能だ。
  「……」
  チャッ。
  再び突きつける刀を形で私は後退する。一定の間合を保つ、止まった。
  ブレイズは三人一組。
  それは今の陣形の為だ。四人一組にし、包囲陣形を形成するよりも一角をわざと空ける方が戦略的に都合が良い。何故なら人間ど
  うしても逃げ道があればそこに縋りたくなるからだ。
  ブレイズはそこを巧みに突いている。
  それ故の三人一組なのだ。
  私はそれを知っていた。……何故かは知らんが、知っていた。だからこそ引かなかった。
  逆に間合いを詰めた。
  だからこそブレイズは慌てた。そして対応が遅れたのだ。
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 死ぬぅっ! 死ぬぅっ! キルレイン殿、助けて、助けてぇーっ!」
  「……」
  ザシュ。
  無言のままキルレインは年若いブレイズを始末する。
  「どういうつもりだ」
  「どういうつもり? ……ふん、戦えないブレイズになど用はない。ブレイズは長い間使えぬ駒、不必要な駒は始末して来た。必要な
  犠牲として処理して来た。お前もそうだったではないか、レヴァンタン。俺がそう、育成した」
  「私がブレイズ?」
  「おい。今更とぼける……まあ、いい。どの道お前も始末する」
  「それにしてはお粗末だな。私がブレイズなら、お前達の戦略など意味がないだろう?」
  「……小賢しい事を」
  「皇帝暗殺は失敗した。しかしお前達は殺す」
  グレイランドの仇を討つ。
  それがそもそもの皇帝暗殺の目的だ。
  「……くくく。あっはははははははははっ! 面白い理屈だな、レヴァンタン」
  「何がおかしい?」
  キルレインは愉快そうに笑う。身構えてすらいない。
  もう1人の巨漢は私の動きを警戒しているものの、キルレインは気にも留めていなかった。何なんだこの余裕は?
  既に1人欠落した。
  つまり陣形の一角が崩れた以上、脅威は事実上半減した。
  にも拘らずこの余裕。
  何なんだ?
  ……。
  もちろん私の置かれた状況を考えれば、決して優勢ではない。
  ブレイズが私を倒すという取り決めがあるのか近くに帝都兵や近衛兵はいない。少なくとも気配を感じ取れる範囲内には誰もいない。
  アイスマン達を追撃しているのは確かだろう。
  しかしここは王宮。
  手近に兵士がいないにしても私の方が分が悪いのは確か。
  キルレインの余裕は、いざとなったら兵士を介入させるという意味か?
  それとも……。
  「お前が皇帝陛下を暗殺するだと?」
  「そうだ」
  「あっははははははははははっ!」
  「無理だと言いたいのか?」
  「いいや。……あー、今回は失敗したから無理だな。しかし愉快、愉快だな。お前が陛下を殺すとは……」
  「……?」
  「そして陛下もお前の死を願っている。くくく。人事とはいえ、哀れみを感じるよ。そして皮肉もな」
  「どういう意味だ?」
  「答える義理はないな」
  「なら喋るなっ!」
  気合の声と同時に刺撃を叩き込む。狙いは巨漢。
  キルレインは身構えていない、巨漢は構えている。こういう場合、無構えな相手のほうが怖い。誘い水の場合もあるからだ。
  だから。
  だから、巨漢を狙った。
  それがキルレインの読みの内ならそれはそれでいい。私が巨漢を狙えば、必ず来るレインを動く。
  体勢が静よりも動ならさほど怖くない。
  「はっ!」
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  巨漢、雄叫びを上げて私の剣を弾く。瞬間、私は体勢を崩す。馬鹿力めっ!
  まともに撃ち合うのは危険か。
  その時、殺気と闘志が膨れ上がる。右方向からキルレインが斬りかかって来る。
  右か。
  なかなか用意周到な戦法だな。
  右の場合、咄嗟に私は横に剣を一閃するしかない。それが一番手軽、そして咄嗟に出る行動。
  ならばっ!
  タッ。
  私は前に踏み込む。
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  これはこれで向こうの思う壺だろう。
  巨漢はアカヴィリ刀を大きく振りかぶる。私は受け止める構え。
  巨漢、ニヤリと笑う。
  それもそのはずだ。受け止めれるはずがない。アカヴィリ刀の特性は斬撃や刺撃には向いているものの、その半面防御には向かない。
  それに巨漢の腕力の相乗して、私では受け止められない。刀ごと寸断されるだろう。
  見極め。
  見極め。
  見極め。
  ……いまだっ!
  ガッ。
  「なっ!」
  私は相手の太刀筋を見極め、寸前で左方に回避する。紙一重で。
  この場合、攻撃力が高過ぎるのも考えものだな。
  巨漢の手にあるアカヴィリ刀は石の床に深く突き刺さっている。……どんな攻撃力だよ。まったく呆れるぐらいの攻撃力だ。
  「く、くそっ!」
  ググググググッ。
  引き抜かずに間合を保つべきだったな。それだけの敏捷性がないのかもしれないが、剣など諦めて間合を保つべきだった。
  剣の固執したのが命取り。
  「斬っ!」
  「……っ!」
  私のアカヴィリ刀が巨漢の首を襲う。
  ザシュ。
  その瞬間、首はまるで別の生き物のように宙に舞った。これで2人目っ!
  「死ねレヴァンタンっ!」
  仲間を悼む気持ちはないらしい。
  仲間の死すら、相手の隙を作る為の道具か。背後から迫るキルレイン。
  「はっ!」
  「……っ!」
  アカヴィリ刀は私の手を放れ、キルレインの胸に吸い込まれる。
  ザシュ。
  「……そ、そんなはず……」
  「……」
  普通、武器を投げるなんてしない。
  普通の者ならしない。
  何故なら武器を失えば、つまり投げた武器が外れれば、必然的に無防備になる。特に私は別の武器は持っていない。相手もそれ
  を理解していた、だから投げるという行動は予測していなかったに違いない。
  だから避けれなかった。
  だから。

  「……う、嘘だ……」
  「終わりだ」
  胸板に私の投げたアカヴィリ刀を刺したまま、キルレインが数歩後退する。
  致命傷。
  心臓はわずかに逸れているものの、あの一撃を受けた以上は助かるまい。
  高位の医療魔法でも難しい。
  数歩。
  数歩。
  数歩。
  ドン。
  後退したキルレインは背に壁をぶつけて、そのままズルズルと崩れ落ちた。
  「グレイランドの復讐はさせてもらった」
  「……復讐ぅ……?」
  「そうだ」
  「……愚かな、実に愚かな……全てはお前の所為なんだよ、レヴァンタン。……あー、いやー……くくく、同情するよ、お前には。心底な」
  「何が言いたい」
  「何が言いたい? ……くくく、知らないとは幸せ……」
  「何が言いたいっ!」
  「……お前には罪はないが……チルドレンである以上は、罪人だ。お前は帝国を敵に回してる、回してるんだよ」
  「……」
  意味が分からない。
  大量の血を吐くキルレインの顔には次第に死の影が濃くなる。
  こいつはもうすぐ死ぬ。
  ググググ。
  「……ぐぁ……っ!」
  力を込めてアカヴィリ刀の刃を引き抜く。
  血塗られた刀は私の手に戻る。
  抜いたところでもう助かるものではない。キルレインはそれは理解している。さすがにブレイズの一チームを仕切ってだけはある。
  取り乱しはしなかった。
  「……くくく……」
  凄まじい笑みを浮かべるキルレイン。
  この根性、評価する気はないが、大したものだとは思う。
  「レヴァンタン」
  「……」
  「同情するよ、本当にな。……す、既にお前の報告はジョフリー様にしている。俺を殺したところで何も変わらぬ……何も……」
  「……」
  「どこまでも追討の手が掛かるぞ、ど、どこまでもだっ!」
  「……」
  「お前の死に様、あ、あの世で見下ろしてる……」
  「はっ!」
  ブン。
  アカヴィリ刀を横に一閃。
  ざぁぁぁぁぁぁぁっ。
  首から上を失ったキルレインから大量の血が噴出す。足元に、首が転がった。その首はまだ何かを喋ろうとしたまま事切れている。
  私は首を蹴飛ばした。
  「見下ろせるのは天国に行ったものだけだ。貴様は地獄行きだ。私の死に様を下から見上げろ」