天使で悪魔
反乱へ 〜行き止まり〜
転がる。
転がる。
転がる。
私達は坂道を転がり続ける。もう止まらない、止めようがない。
……行き止まりまで。
「……」
思えば自分の人生はなんなのか、私にはよく分からない。
ヴァレンウッドでアイリーンに拾われた記憶喪失な男。
そこから全てが始まった。
「……」
タイバーセプティムホテルの、借りている一室のベッドの上で深紅の指輪を弄りながら私は考えていた。
私は誰だろうと。
記憶はない。
あるのは、ブレイズの正式装備である一振りのアカヴィリ刀。そしてこの深紅の指輪。
私以外嵌められない謎の指輪。
材質も謎。
ルビーに似ているものの、違うような気がする。
「……紅……」
赤ではなく、紅。
誰にも触らせたくない至宝の指輪。何故触らせたくないのだろう?
よく分からない。
私が誰なのか、それが判明したらブレイズに付け狙われる意味が分かる気がする。全ての答えは最初から私の頭の中にあるのだ。
自分の頭でありながら、脳でありながら、記憶を引き出せないもどかしさが私を焦らせる。
私を……。
「もう、止まれない」
アイスマンは奔走している。
反乱へ。
反乱へと、私達は進んでいた。
至門院の思惑は分からない。至門院を仕切る謎の女性『D』は着々と反乱の準備を帝都で進めていた。下準備は出来ていた。
今回その下準備を全て開放した。
もう止まらない。
……止められない。
コンコン。
「兄貴。皆集まったぜ」
「ああ」
クレメンテが部屋の外から声を掛ける。
最終的に打ち合わせだ。
……いや。
既に準備がなっている以上、ただの事後報告でしかないのは分かってる。
もう止まらない。
もう……。
「では計画を話します」
「ああ」
結局、計画の立案と準備は全てアイスマンが行った。アイスマンと、サマーセット島にある至門院から来たメンツ。
カイリアスは終始仏頂面。
智謀には自信があるものの、まるで蚊帳の外。
そこが気に食わない。
「ちっ」
舌打ちし、ソッポを向いた。
感情的に言い募らないのは、既に計画の準備が成った後だからだ。
今更口を挟んだところでただの悪態にしかならない。カイリアスはそう判断し、口を噤んだ。アイスマンはそんな彼を一瞥し、小さく
咳払いを1つする。
異論がないと判断したのだろう。準備済みの計画を彼は話し出す。
……。
私も、実はカイリアスと似た感情ではある。
アイスマンを信用している。
しかしどこか至門院に上手く乗せられている感は拭えない。
組織力も計画も下準備も全て至門院がお膳立てしたモノ。我々《選ばれしマラカティ》の存在なくとも達成可能な状況。
なのに我々を立てる形で計画が進んでいる。
アイスマンの善意?
アイスマンの好意?
いずれにしても利用されている、という感情は心のどこかにある。私も人間だからだ。
とりあえず。
とりあえず、今は聞くとしよう。
「港湾貿易連盟を抱き込みました。連中には、帝都のいたるところで犯罪行為をしてもらいます」
「何?」
「マラカティさんはスクゥーマを蔓延させるカイリアスさんの作戦を蹴った。なのでこの立案に不満を感じるのは当然。しかし大丈夫
です、犯罪に殺人は含まれませんから。帝都兵の注意を王宮の区画以外に向けさせる、陽動です」
「……」
「さらに今、私の手の者が噂を撒き散らしています」
「噂?」
「噂です。帝都に潜む反乱分子が、下水道を使って王宮に雪崩れ込もうとしていると」
「ちょっと待て」
下水道。
つまりは帝都に地下に張り巡らされている、ある意味で迷宮の場所。
そこには至門院の後押しで成り立っている無数の反政府組織が根城にしている。
つまりは……。
「捨て駒にするのか?」
「いいえ。計画の為に必要な駒、です」
「それは言い方の違い……」
「マラカティさんの考えは高潔ですし分かりますが……皇帝を殺すんです。どうやっても犠牲は出る。それとも犠牲の数が少なけれ
ば良い派ですか? ならばカイリアスさんの作戦を取るべきです」
「……」
「皇帝暗殺。それなりの準備と、犠牲は必要です」
「……」
言葉がない。
私は、皇帝は不必要だと思った。皇帝は世界を地図としか見ていない。そこに住まう人々を無視している。
だから。
だから、ヴァレンウッドで悲劇が起こった。そしてグレイランド。
皇帝を殺す。
それが悲劇の連鎖を断ち切る道だと思った。
……。
もちろんそれは詭弁だ。
あくまで感情のままに、感情的に処理しようとしているだけだ。
皇帝を殺せば各地で反乱は起こる。
無関係な人々がさらに死ぬ。
私のしようとしている事はどんなに大義名分で固めようとも、ただの詭弁でしかない。
それは分かってる。
それは……。
「で、どうすんだ?」
カイリアスはぶっきらぼうに言う。
「どうするとは? カイリアスさん?」
「とぼけんな。犯罪組織使って帝都兵を引っ掻き回す、地下迷宮とも言える下水道に帝都兵を引きずり込む。……それでどうすんだ?」
「さすがはアルケイン大学のインテリ……」
「茶化すな。要点だけ言え」
「失礼」
至門院とアルケイン大学。
扱う知識のカテゴリーが違うものの、カイリアスの頭の回転は早い。私やエルズ、クレメンテは気の利いた発言すら出来ないでいる。
やはりカイリアスは天才だ。
「ここにいる至門院のメンバーを率いて、我々は王宮に突っ込みます」
冷静に言うアイスマン。
ここにいるメンバー。
私、アイスマン、カイリアス、エルズ、クレメンテ、そして支援の為にサマーセット島から来た至門院のエージェント20名。
この人数で王宮を落とす?
ありえない……。
「妥当だな」
カイリアス、いとも簡単に頷いた。
やはり常人とは考え方が違うらしい。何かしらの勝算を見出しているようだ。カイリアスは続ける。
「王宮は一般人の立ち入りも基本自由だ。……まあ、厳ついイメージの王宮にわざわざ立ち入ろうという馬鹿はいないがな。一階と二階、
それぞれ一部は一般人の立ち入りも許可されている。そこが付け入る隙だろ?」
「さすがはカイリアスさん。そうです。兵法は相手の常識の裏を掻く事に意味がある。それで、どうすると思います?」
「二階に立て籠もる」
「実に素晴しい」
「二階に立て籠もり、その部屋の扉を死守する。堅牢な扉だから、10名もいれば死守できる」
「私の概算では8名……」
「うるせぇ。……で、二階のその部屋は一階と吹き抜けで繋がってる。繋がってる場所は帝国元老院の議会場。二階から皇帝を弓で
射殺すのかは知らねぇが、まあ、ともかく二階から降下して議会を制する。制圧。その後は議会場の扉を封鎖、占拠する」
「ふふふ」
パチパチパチ。
実に愉快層にアイスマンは拍手する。
……。
私達は顔を見合わせた。
アイスマンとカイリアスの発想は、常人のモノではなかったからだ。
軍師2人は、やはり並外れた智謀の持ち主だった。
「で? その後はどうする気だ?」
「王宮を一部とはいえ完全に占拠します。あの造りですので、わずか少数でも一月は耐えられます。議会の執り行われている最中を
狙う予定ですので、元老院議員を人質に出来る。これで二月は我々は無事です。皇帝は……その場で始末します」
「で?」
「二月の猶予の間に、各地方に皇帝暗殺を通達します。当然各地方は帝国に反旗を翻す。それにより各地方に駐留している軍団は
身動きが取れなくなる。もしかしたら自らの政権を打ち立てようとする将軍も出てくるでしょうね。いずれにしても混乱する」
「で?」
「我々は同志を募り、少なくとも帝都だけでも制圧します。そしてマラカティさんを皇帝に奉戴し、各地方に自治を認める。共存共栄を打
ち出します。各地方もいきなり帝都に取って代わるだけの勢力はありませんので、乗るでしょう」
「各地方の帝国の軍団はどうする?」
「元老院議員をこちらが手にしているのをお忘れなく。……連中に『平和的に交渉』してマラカティさんの皇帝就任を正当化させます。
皇帝が死去し元老院が裁可した以上、マラカティさんは名実共に皇帝。その皇帝が打ち出した各地方共存共栄の政策」
「はっ、なるほどな。そいつに異論を唱える軍団は反逆勢力」
「そうです。そうなれば弾圧されてきた地方の連中は嬉々として追討する。そして地方と軍団は潰し合い、弱体化する。シロディールに
手が出せなくなる。双方手を組む事はありえませんからね。潰し合っている間に我々は政権を固める」
「シロディールの貴族どもは?」
「そのままの身分で迎え入れます。……まさか元老院のお墨付きのマラカティさんを敵に回す事はしないでしょうよ」
「……悪党だな、お前」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
天才達の問答は続く。
他の至門院のメンバー達は最初から口を挟まないように指示されているのか、挟むべき言葉もないのかただ黙っている。
いずれにしてもアイスマン、カイリアスの智謀は際立っている。
それは確かだ。
「至門院のインテリさんよ。提案があるんだが」
「何ですか?」
「俺の知り合いにロルクミールという奴がいるんだ」
「知り合い……それはまさかカモナ・トング繋がり?」
「そうだ」
「スクゥーマはお断りですよ」
「スクゥーマじゃねぇよ。まあ、そいつはそっちも取り扱ってるが……ともかく、スクゥーマじゃねぇ。魔法の粉さ」
「魔法の粉?」
「アイレイド時代、魔法はアルトマーだけのものだった。奴隷達が独立の際に使った、魔法の粉さ。奴隷の後継である帝国人達は
今じゃ忘れ去ってるし魔道技術の発達で需要もないが……裏は掻ける」
「良い案ですね、それ」
「それにフェイリアンって奴は信用ならねぇ。……奴の知らん計画を盛り込んだ方がいい」
「計画は分かりますが、何故彼が信頼できないと?」
怪訝そうに問い返す。
黙って聞いている私達ではあるものの、そのカイリアスの危惧は何となく分かった。
フェイリアンは貿易商。
サマーセット島にある学術機関・至門院からの伝達を各地方に潜むエージェントに伝える役目を負っている。貿易商として成功
した背景には至門院のバックアップがあるに違いない。少なくとも、一見しただけだが、あの人物は打算で動いている。
だからこそ。
だからこそ、至門院の人間ではないのだ。
あくまで協力者としての立場。
情報面では大分深く入り込んだところにいるのに至門院に属さないのは……いや、もしくは上層部が属させないのかもしれない。
どこまで信用出来るか分からないと。
謀略に関してはアイスマンが上だが、人物評価に関してはカイリアスの方が上なのだろう。
「臨機応変が必要だろう」
私は断を下す。
実質主導権を握っているのは至門院ではあるものの、アイスマンは私を立てている。私の言葉に服した。
「分かりました。フェイリアンには伝えない事にします」
「ああ。……それと」
「はい?」
「何故、私が皇帝なんだ?」
「その資格があるからですよ」
「資格?」
「資格」
曖昧にアイスマンは微笑した。
もしかしたら私の素性を調べあげたのかもしれない。だがここで口にしないのは……何か意味があるのか……いや、あるのだろう。
アイスマンは計画には私情は挟まないと私は見ている。
つまり言わないのは計画の支障になるから。
ならば聞くのはやめよう。
私が誰であれ、皇帝を殺すのに変更はない。今は素性よりも暗殺に全力を注ぐとしよう。
バッ。
私は立ち上がる。
誰が付けた名称かは知らんが……我々の組織名は、ヴァレンウッドの反乱の後に付けられた。
「我ら《選ばれしマラカティ》は皇帝暗殺を実行するっ! 異論はないなっ!」
『はっ!』
賽は投げられた。
既に動くのみ。
既に……。
坂道を転落し、その先が例え行き止まりであっても。
私達は進むしかない。
転がるしかない。
……行き止まりまで。
「キルレイン殿、ですね?」
アルトマーは恭しく頭を下げた。洒落た身なりの美しいアルトマーの青年。
場所は王宮にある、ブレイズの一室。
レヴァンタン(マラカティ)を執拗に付け狙うキルレイン達ブレイズ三人組に宛がわれている一室だ。
今、部屋にいるのはキルレインとアルトマーのみ。
アルトマーの名は……。
「反乱の情報を売りたいらしいな、フェイリアンとやら」
「はい」
「いくら欲しい?」
「貿易特権を頂きたく」
「大きく出たな」
「しかしそれだけの価値はあります。お探しの……マラカティという偽名を使う者の反乱計画です」
「……ほう」
「その見返りに貿易特権を。サマーセット島における事業を私にお任せいただけるのであれば……」
「よかろう。その話に乗ろう」
「ありがたき幸せ」