天使で悪魔
反乱へ 〜転落〜
連想した。
私は、ふと、漠然とではあるが連想した。それはまるで神の啓示のように、私の心に不意に浮かんだ。
私達は今どこにいる?
帝都?
いや、それは分かってる。所在地ではなく、立場的な意味でだ。
私は坂道を連想した。
今、我々は転落し、坂道を転がっているのではないだろうか?
……そして行きつく先は……。
「手は組めるのではないでしょうか? 至門院は全面的に、協力しますよ」
円卓を囲む十数名の面々に微笑を浮かべて話すのは、アイスマン。
学術機関・至門院に属する若き天才。
しかし学術機関というのは表向きであり、実際は反乱推奨組織。そしてより純粋に、反帝国を掲げる反乱組織。
「……」
沈黙する、円卓を囲む面々。
ここは帝都波止場地区で、貿易会社が所有する倉庫の中。
その貿易会社の名は《ドレスカンパニー》。
ドレスカンパニーはシロディールに点在する犯罪結社の連合体である《港湾貿易連盟》の盟主的な存在であり、この倉庫は会合場所。
集まっている者達はドレスカンパニーの総帥や連合に加盟する組織の首領や幹部が集っている。
「我ら至門院の要請を受け入れて下さるのであれば、裏切り者の抹殺の方法を教えますが?」
「……」
「貴方達の組織のメンツを保つ為なら、安い申し出だと思いますが?」
「……確かに」
1人の人物が呟く。
この会合の招集を掛けた人物であり、ドレスカンパニーの総帥、そして港湾貿易連盟の盟主。
クローヴァス・ドレス。
ダンマーの中年男性だ。表向きは《帝都随一の貿易会社の会長》ではあるものの、裏の世界ではもっとも恐れられている人物。
大抵の者はその眼光を前にして、口を開けない。
しかし単身乗り込み、接触してきたアイスマンにその威厳は届かなかった。
アイスマンは続ける。
「港湾貿易連盟のお力で、帝都で不穏な空気を作っていただきたいのですよ。つまり犯罪行為をして欲しいのですよ」
「……」
「当然、帝国は治安維持の為に動く。……私はその際に本命の作戦を動かします。陽動ってやつですね」
「……簡単に言ってくれるな」
「簡単に言いますよー。そこは、貴方達の領分です。私は陽動として貴方達を利用しているだけですので」
「……」
「その代わり、至門院は裏切り者の抹殺に手を貸します。……申し訳ないですけど、何度しくじりました?」
「貴様っ!」
「ふふふ」
クローヴァスは叫ぶものの、それ以上でも以下でもなかった。
立場的にはアイスマンの方が上。
そこはクローヴァスにも理解出来ていたものの、盟主としての立場を考慮して叫んだに過ぎない。周囲の首領や幹部に対する体裁
を取り繕ったに過ぎない。アイスマンはそれを見越した上で微笑を続けている。
クローヴァスは歯軋りする。
忌々しいと思った。
この場で叩き潰すのは容易いものの、至門院を敵に回すつもりはなかった。
至門院は裏世界で恐れられている組織。
敵には回したくなかった。
アイスマンは至門院の総意の上で動いている。そのアイスマンを殺せばどうなるか?
……考えるまでもなかった。
至門院の結束は固い。アイスマンを殺せば、どんな手を使ってでもドレスカンパニーを潰すだろう。港湾貿易連盟も結束を崩され、
内部崩壊を促され、同盟組織は次々と食い合い、最終的に潰される。
至門院を敵に回すな。
それは犯罪結社の中での合言葉。
「ふふふ」
アイスマンの微笑はその自信の上に成り立っている。
忌々しくもあり、恐怖にも思う一方で、クローヴァスはアイスマンと至門院を利用出来る事に内心では喜んでいた。滅多にない機会だ。
至門院を利用すれば裏切り者を殺す事も容易だろう。
乗るべきだと思った。
乗った方が、得だ。
「本当に、裏切り者を消せるんだな?」
「もちろん」
「本当に……」
「くどい。我ら至門院は約束は護ります」
「……すまん」
「分かっていただければ幸いですね」
「……」
裏切り者。
それはクローヴァスの実の叔父だった。名をヴァレン・ドレス。現在は地下監獄に収容されている。
罪科の大幅な軽減を条件(それでも現在懲役11年)に組織の情報を売った。
殺さなければならない。
何故ならメンツの問題だからだ。ここで始末しなければ、盟主的な立場を失いかねない。
しかし場所が問題だった。
帝都地下監獄は過去200年、脱獄された事のない鉄壁の監獄。脱獄出来ない=入り込めない……ではないものの、つまり囚人に
仕立て上げて刺客を送り込む言葉出来るものの、今まで三度実行したがすべて失敗した。
看守を抱きこむ?
それも失敗に終わっている。
帝都の監獄の壁は厚い。
「了承していただけるのですか?」
「しよう。ヴァレン・ドレスを消せるのであれば」
「実に結構。……では、他に廻るべき場所がありますのでこれで」
「待て、至門院」
「何か?」
「ドレスカンパニーの幹部として、俺の腹心として仕える気はないか? お前を召抱えたいのだが……」
「気安い」
冷たい目でアイスマンは睨み付ける。
ビク。
犯罪結社の王は体を震わせた。一介の謀略屋と侮っていた他の面々も同じだ。
その視線、まさに氷。
「ではこれで」
アイスマンは着々と計画を進めていく。
サマーセット島から至門院のメンバーが20名、支援の為に渡海して来た。メンバー達はアイスマン同様に美しい。《美しい者》という
異名を持つミスティックエルフかと思ったものの耳の形がエルフではない。
……まあ、種族はどうでもいいか。
シロディールに点在する犯罪結社の連合体である《港湾貿易連盟》と提携を結んだ。
港湾貿易連盟の盟主的な組織《ドレスカンパニー》。
裏切り者である叔父ヴァレン・ドレスを始末する事を至門院が全面的に協力する、という条件で手を結んだのだ。
さらに帝都に存在する、至門院のバックアップの元に存在している反帝国組織をすべて動員する。それがアイスマンの計画だ。
皇帝暗殺の為の下準備。
それは刻一刻と整っていく。
しかし何故だろう、どこか我々は蚊帳の外のような気がした。
アイスマンの思惑はどこにある?
……坂道。
そう、私は坂道を連想した。この先はどうなるのだろうか?
私達は坂道を転落しているのではないのだろうか?
そしてその転落先は……行き止まり……。
「正直どう思うよ?」
タイバー・セプティムホテルの一階で、酒を酌み交わしながらカイリアスは言う。周囲に仲間はいない。2人きりだ。
既に時刻は深夜。
カウンターに先程までいたオーナーのオーガスタ嬢も、他の客も、既にそれぞのの部屋で眠りについている。今ここにいるのは私
とカイリアスだけだ。
「正直、とは何の事だ?」
「アイスマンだよ」
「……ふむ」
その疑問は分かっている。
アイスマンの動きは、至門院の行動基準で動いている。きっかけは私達ではあるものの、既に至門院独自の動きと言っても間違
いではない。私達の思惑とは違うところに行っている気がする。
種としての復権?
アイスマンには、いや、至門院は謎過ぎる。
「大将。連中は、俺達を利用しているんじゃねぇか?」
「利用するほどの人数か?」
笑う。
人数で言えば、わずか五名だ。……いや、利用している場合を考えるとアイスマンを省く事になる、つまりは四名。
私、カイリアス、クレメンテ、エルズ。
利用するほどの人数か?
……。
いや、考えようによっては利用できるのか。
何故なら帝国軍のグレイランド襲撃は私目当てだった。少なくとも『扇動者』はそう言っていた。私の存在は帝国軍を動かすほどら
しい。つまり私は帝国郡にとって的になる。私の存在を利用し、囮にし、至門院は何かしらの行動をするつもりかもしれない。
もちろんただの憶測だ。
それに、そこまで私は自分を評価していない。帝国軍だってそうだ。帝国軍は私を全国手配にはしていないようだ。
囮にするには少し私の存在は軽すぎる。
「カイリアス。私はアイスマンを信じるよ」
「信じる? おいおい、そりゃ無謀だぜ」
「何故だ?」
「信じるのは勝手だけどよ、一応は逃げ道を確保しておいた方がいい」
「逃げ道?」
「至門院は、反乱推奨組織……いや、謀略組織と言ってもいい。皇帝暗殺を阻止する気かも知れねぇ」
「……ふむ」
考える。
それも、あるか。
港湾貿易連盟やその他大勢の反乱組織を纏め上げ、反乱させる。その際の首謀者に私を担ぎ上げる。我々は皇帝を追い詰める。
その時、至門院がそれを阻む。
私達は一網打尽。
私に関しては首謀者として処断される。
結果、皇帝は喜ぶ。至門院は皇帝とお近付きとなるわけだ。その先は……知らん。確固たる地位を確立するのか、最終的に帝国を
乗っ取るつもりなのかは分からないが、そういう謀略もまったくないとは言わない。
なるほどな。
確かに、逃げ道は必要かもしれない。
……。
ただアイスマンを信用しているのは確かだ。そこは否定しない。
だがそれはあくまで個人的にであって、組織は信用しているわけではない。つまり至門院を全面的に信じているわけではない。
ならば。
「逃げ道か」
「ああ。そうさ、大将」
「……どうすればいい?」
声を潜めて、問う。
「エルズとも既に話したんだがよ……」
既に検討済みか。
もう1人の軍師カイリアスもなかなかに抜け目がない。その智謀、頼りになる。
「あの船長に頼んだらどうかと思うんだ」
「あの船長……ああ、海賊か」
「そうさ」
ガストン船長。
エルズの昔の有人らしい。横暴で性格的に相容れないが……船を持っているのは、なるほど確かに利用価値がある。
「海上に逃げるわけか」
「ああ。帝国軍は陸軍主力だ。海の防衛は基本的に、ザルなのさ。……で、そのままモロウウィンドに逃げようぜ。再起を図るにして
もただ逃げるだけにしてもモロウウィンドほど最適な場所はねぇ。俺の昔馴染みもいるしな」
「カモナ・トング?」
「そうさ」
犯罪結社カモナ・トング。
以前カイリアスはその筋からスクゥーマを帝都中に蔓延させる計画を立てた。私が却下したのだがな。
「カイリアス、アルケインは駄目なのか?」
「無理だな」
カイリアスはアルケイン大学所属。
大学は元老院の裁可がない限り帝国軍は立ち入れない。帝都軍総司令官ですら、独断での立ち入り許可を得ていない。帝都に
おいて唯一自治を保っている場所。
「ハンニバル・トレイブンは偉大だが、政治家でもあるんだよ。お尋ね者を庇うほどの寛大さはねぇよ」
「なるほど」
アークメイジは元老院議員でもある。
よほど目に掛けている教え子でない限り、帝国に引き渡すのは当然か。
「この案、進めても?」
「頼む」
アイスマンは信じてる。
しかしその後ろにはある組織に関しては不透明過ぎて信じる事はできない。それは、普通の感情だろう。
逃げ道は必要だ。
なるほど、カイリアスの危惧は正しい。
「大将、万が一の際には船で帝都から離れる。こいつを基本の計画にしとこうぜ」
「ああ」
坂道、転落、そして……行き止まり。
それを心のどこかで確信していた。
しかし今更止まれない。
今更は……。
「まったくっ!」
忌々しそうに、豪奢な椅子に身を預けている人物は吐き捨てた。禿げ上がった頭髪で、歳は大分いっているものの、視線は研ぎ澄
まされた刃のように鋭く、その体躯も逞しい。生半可な若者では太刀打ち出来ないだろう。
その人物、ブレイズマスター。
名を……。
「も、申し訳ありませんっ! ジョフリー様っ!」
ブレイズマスター・ジョフリーの前にまるで硬直したように直立不動に立っているのは、レヴァンタン(マラカティ)を執拗に付け狙って
いたブレイズの三人組。
その三人組のリーダー格だったキルレインは、恐縮して深々と頭を下げた。
ジョフリーは続ける。
「レヴァンタンを見つけ次第捕殺するように帝都兵に通達しておいたが……正直、報告の遅延のお陰でどうなるか分からんよ」
「も、申し訳……」
「何故見つけた際に連絡しなかったっ!」
「そ、それは……」
「ヴァレンウッドで痕跡を見つけた際に、既に知っていたそうだな? 奴がチルドレンだと。……何年前だそれはっ!」
「そ、それは3年前……」
「馬鹿か貴様はっ!」
バン。
机を叩く。
びくんと体を震わす3人のブレイズ。
ジョフリーはさらに激しく詰ろうと思うったものの、ジョフリーの理性がそれを阻んだ。今はそんな事を言っている場合ではない。
深呼吸をし、口調を低くする。
もっともそれはそれで不気味だった。ジョフリーの前で縮こまる3人。
「奴は抹殺候補のチルドレンであったものの、素性調査の際に調べ損なっていたのは確かだ。お前達はそれを調べあげた。見事
と賞賛しておこう」
「あ、ありがたき……」
「しかしだ。奴の素性が明らかになった以上最優先で抹殺すべき対象である。その報告を怠った罪は重い」
「は、はい」
「これが最後のチャンスだ。必ずレヴァンタンを見つけ出して、殺せ」