天使で悪魔





反乱へ 〜坂道〜




  皇帝暗殺。
  それが私達、反帝国組織《選ばれしマラカティ》の目的。
  この世界は必ずしも公平ではなく、完全でもない。
  不公平であり不完全。
  皇帝は善政という名の侵略で各地を蹂躙し、制圧し、支配し、屈服させ、皇帝の権威を強制的に植え付け、統治は素晴しいと騙る。
  ……全て詭弁。

  私は皇帝は必要ないと判断した。
  だから殺す。
  殺す。
  殺す。
  ……殺す。

  しかしアイスマンはそれだけでは駄目でと言う。
  権力の空白は乱世へと続き、結果として帝国の圧政による犠牲よりも遥かに多い死者が溢れる事になると。
  だから貴方が皇帝になるべきだとアイスマンは言うのだ。
  至門院が全面的に支援するからと。

  ……望む望まないに関わらず、私達は運命に飲み込まれつつあった。






  「兄貴、風呂が空いたぜ」
  「ああ」
  風呂上りのクレメンテは気持ち良さそうに体毛を拭きながら部屋に戻ってくる。カジートは、亜人系。まあ、獣人だな。
  毛を乾かすのが大変そうだ。
  断るまでもないがクレメンテは腰にタオルは巻いている。
  「……つまらねー」
  ダンマーは、カイリアスはソファに仰向けになりながら暇そうに呟いた。私も心底では同意するものの、椅子に座って静かに本
  を読み進める。
  私、カイリアス、クレメンテ。それがこの部屋にいる全てだ。
  アイスマンは出かけてる。エルズは彼の護衛として出ている。
  一応私達は『グレイランドで蜂起した農民の残党』としてお尋ね者だから、単独行動は避けるべきだと思いエルズを同行させた。
  この先どうなるのか?
  それを知っているのは計画しているアイスマンだけだ。
  「……つまらねー。せっかく良いところに泊まってるのに、女連れ込めないなんて最悪だぜー」
  良いところ。
  それは帝都で最高級ホテル『タイバー・セプティムホテル』。
  帝都に着いてから、我々はここに既に十日は宿泊している。外出は基本的にアイスマンに禁じられている。当初はカイリアスも
  クレメンテも贅沢三昧に過ごす事を楽しく感じていたらしいものの、今では退屈し切っている。
  さて。
  「ふぅ」
  パタン。
  本を閉じ、私は立ち上がる。別に室内にずっと閉じ込められて憂鬱にはなっていないものの、少し運動不足だ。しかしまあ、まだ
  我慢出来る状況だな。少なくとも酒と食事は最高に美味だ。食事の前に風呂でも入るとしよう。
  「大将どこに行くんだ?」
  「風呂に入る」
  「……風呂かー」
  「何か問題か?」
  「オーガスタちゃんと一緒に入りてぇぜー」
  「……妄想か」
  「妄想言うないずれ必ず来る未来予想図と言えっ!」
  「分かった分かった」
  「ちっ」
  ヴァレンウッドからの付き合いだ。もう長い。私達は既に親友の間柄だ。こういう軽口もまた楽しいものだ。
  事実、私もカイリアスもどこかニヤニヤにしている。
  ……。
  ちなみにオーガスタ。
  年齢不詳のアルトマーの美女で、このホテルのオーナー。
  アルトマーは極めて長命な為、年齢がよく分からない。もしかしたら本人でさえ覚えていないのかもしれない。
  ガチャ。
  「……大将、風呂は無理みたいだな」
  「らしいな」
  開く扉。
  アイスマン、エルズが帰還する。その後ろに続いて室内に入ってくるのは、アルトマーの男性。
  どこか洒落た服装。そして優美な姿と立ち振る舞い。
  誰だ?
  バタン。
  誰だか分からないそのアルトマーは、後ろ手で扉を閉じた。
  「ただいま戻りました」
  一礼するアイスマン。
  何かの報告が始まるようなので、私は再び椅子に体を沈める。

  「それで? 至門院のインテリさんよ、まさかそいつは彼氏じゃ……ねぇよな?」
  「まさか。下世話な勘繰りですよ、アルケイン大学のインテリさん」
  「そいつは安心したぜ」
  「彼はあくまで私の性欲の捌け口、遊びですよ。恋人じゃあない」
  「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「やかましいですね。冗談に決まってるじゃないですか。……ねぇ?」
  私に微笑して同意を求めるアイスマンではあるが、私は困惑。
  冗談にしては性質が悪いだろうが。
  「そ、それでそいつは何者なんだ?」
  改めて私は問う。
  アイスマンは私には逆らうつもりはないらしく、素直に答えた。
  「彼の名はフェイリアン。貿易商です」
  「貿易商」
  見映えの美しいアルトマーの好青年……と言いたいのだが、その瞳の奥にただの貿易商ではない何かを感じ取れた。
  つまり仮の姿という事か?
  「アイスマン」
  「はい」
  「私は何者なんだ、と言った」
  「……その慧眼、恐れ入ります。確かに貿易商は仮の姿。彼は『D』からの指令状を持参した、至門院の協力者です」
  「『D』?」
  おそらく、それが指すのは人物なのだろう。
  それにしても。
  それにしても、至門院の協力者、か。
  つまり所属はしていないという事か。やけに回りくどい。その時、カイリアスが口を挟んだ。
  「おいおい『D』かよっ! 絶世の美女と有名な、あの『D』かっ! くっはぁー。一晩お願いしたいぜーっ!」
  有名人らしい。
  しかも女性、か。アイスマンは不快そうな顔をした。
  「姫様を欲望の対象として見るのはおよしなさい。……それに、部外者の貴方は姫様の容姿は知らないでしょうに。確かに絶世の美女
  ではありますが、あの方は俗世に姿をお見せしない高貴なお方。妙な妄想も、一切遮断させてもらいます。いいですね?」
  「……ちっ」
  有無を言わせないその言葉に、渋々服す。
  姫、か。
  少なくとも至門院においてはもっとも尊い存在らしい。そして公式には姿を現さぬ女性。
  ……何者なんだ?
  至門院は、公式の見解からはサマーセット島にある学術機関。
  しかし実際は反乱推奨組織であり、より純粋に反乱組織。しかし私が感じた印象は、どこか宗教じみていた。
  宗教組織か?
  「マラカティさん。話を進めます」
  「あ、ああ」
  バッ。
  一枚の羊皮紙を広げる。
  朱印が押されている。そして記されている文字。しかしその文字は、読めなかった。共通語ではないのだ。
  カイリアスは覗き込むものの……頭を振る。読めないらしい。
  ルーン文字?
  アイレイド文字?
  それとも未知の文字か?
  いずれにしてもカイリアスでさえ知らないのだから、私に読めるはずがない。
  「至門院の暗号文です」
  なるほど。
  読めないわけだ。
  「フェイリアンが姫様から私に届けるよう指示された指令文です。ここには全ての行動を私に一任すると記されています」
  「で? 何て書いてあるのさ?」
  焦らされてイライラ口調のエルズが呟く。同感だ。話が見えて来ない。
  アイスマンの次の言葉を待つ。
  「私に一案があります。よろしいですか、マラカティさん」
  「聞こう」
  頷く。
  「ドレスカンパニーをご存知ですか?」
  「ドレス……?」
  「ではシロディールを仕切る『港湾貿易連盟』をご存知ですか?」
  「……?」
  「どうやら知らないようですね。犯罪結社ですよ」
  「犯罪結社」
  「モロウウィンドは犯罪結社カモナ・トングに仕切られています。ここシロディールでは港湾貿易連盟……まあ、シロディールにある
  犯罪組織の連合体です。ほぼ全ての組織が加盟しています。ドレスカンパニーは盟主的な組織ですね」
  「ふぅん」
  話が見えて来ない。カイリアスがここでも口を挟んだ。
  「盗賊ギルドはどうなんだよ?」
  おや?
  アルケインのインテリであるカイリアス君の口調はどこか当惑気味だ。しかし分かる気もする。アルケイン大学の彼にしてみれば、社会
  の裏事情は関係ない世界と言ってもいい。アルケインはあくまで魔法とその知識のインテリ集団。
  反乱推奨組織と呼ばれる学術機関『至門院』の扱う知識とはそもそもの系統が違うのだろう。
  「盗賊ギルドは加盟してませんよ」
  「何故だよ?」
  「義賊だからです。アルケインのインテリさんは、世間知らずですね」
  「てめぇっ!」
  「やめろ」
  取っ組み合いを始めそうなカイリアスを止める。目で私はアイスマンも窘める。諍いをしている場合ではない。
  話を元に戻そう。
  「それでどうする?」
  「ドレスカンパニーの総帥の叔父が現在、帝都地下監獄に収用されています。懲役11年。名をヴァレン・ドレス」
  「で?」
  「元々は半世紀は出れないはずだったんですけど、司法取引をして刑期を短縮しました」
  「なるほど。組織を売ったのか」
  「そういう事です。ドレスカンパニーは奴を裏切り者として始末したがっています。そこを利用して、港湾貿易連盟の組織力をこちら
  に引き込みます。さらに近々サマーセット島から我々の支援の為に、至門院のエージェントが帝都に入ります」
  「……大掛かり……」
  「いえ。まだ続きが」
  「何?」
  「帝都の地下には何があります?」
  「……ふむ」
  また、謎掛けか。
  微笑するアイスマンは、どこか飄々として掴み所のない人物に見える。
  ……。
  まあ、私は過去がないから、別の意味で掴み所のない人物か。
  それで帝都の地下?
  記憶がないもののそういう知識はある。
  「下水道」
  「少し答えが足りませんね」
  「ん?」
  「住所不特定の連中です」
  「ああ」
  聞いた事がある。
  盗賊や吸血鬼が巣食っているとかいう噂だ。ゴブリンの類もいるらしい。
  「あの連中は我々至門院の援助を受けている反政府組織です。数にして16の組織があります。連中を陽動に使います」
  「……」
  「帝都は帝国のお膝元。帝国兵も多い。警戒は厳重です。誰もテロなんか出来ないと思ってる……兵法の最大の基本は相手の
  常識の裏を掻く事。動員出来る頭数は充分です。後は我々が王宮に入り込み、皇帝及び元老院を一掃します」
  「……」
  「そしてマラカティさん、貴方を皇帝に。……帝都が陥落した後に、各地方にその情報を流します。当然弾圧されている者達は蜂起
  する、結果として各地に駐留している軍団は身動きが取れなくなる。その隙にシロディールを手中に収め、基盤を固めます」
  「……」
  言葉も出ない。
  何なんだこの男は。
  何なんだ?
  「アイスマン、何を企んでいる?」
  「復権ですよ」
  「復権?」
  「我々至門院は政権などに用はない。政権はマラカティさん、貴方が握るべきです。しかし我々の種としての復権を認めていただき
  たい。貴方は皇帝に相応しい人材だと私は思います。能力的に相応しい」
  「だが……」
  「話はここまでです。明日はドレスカンパニーと接触してきます。……忙しくなってきました」
  「……」
  有無を言わさずに会話を打ち切るアイスマン。どこか嬉々としている感もある。
  私達は沈黙した。
  どこか至門院に利用されている感じも拭えないものの、利害は一致している。
  ……我々は皇帝を殺す。










  「どうなさいますか?」
  「どうなさいますかだと? 馬鹿か貴様は。レヴァンタンを探し出して、殺すに決まってる」
  「同意する。……しかし、これ以上ただの農民蜂起の首謀者として捜索するのでは手が足りないと思いますが……」
  帝都。
  王宮の回廊を歩きながら、3人のブレイズ達は論ずる。
  論ずる内容はレヴァンタン(マラカティ)の事。
  一番目に話したのが新米ブレイズのマディス。
  二番目に話したのがこの中ではリーダー格のキルレイン。
  三番目に話したのが巨漢のリディアス。
  ブレイズは基本的に3人1組。
  「……くそ」
  キルレインは悪態をつく。
  正直、追い込まれていた。帝国軍の一部隊を使ってのグレイランド襲撃、そして殲滅。本来ならここで片が付く筈だった。動員兵力
  は50名であり決して多くはないものの、完全武装の精兵だ。それが返り討ちにされた。
  その後、肝心のレヴァンタンは逃走。
  姿を消す。
  何としても首級を挙げる必要があった。レヴァンタンの首は、手柄首だからだ。しかし公然とは言えない。今理由を口にしたら横取り
  される必要がある。だからこそ今だけは農民蜂起の首謀者として追い、殺す必要がある。
  殺した後にレヴァンタンの正体を皇帝に報告する。
  そうすれば立身出世は思いのままだ。
  第二のブレイズマスター・ジョフリーになれるのだ。ジョフリーは《モロウウィンドの英雄》を殺した功績で、今では皇帝の継承権にすら
  口を挟む事が出来る立場になったではないか。
  何としてもレヴァンタンを殺す必要がある。
  しかし。
  しかし、肝心のレヴァンタンは完全に姿を消した。
  このまま逃がせば帝国の禍根になる。
  ……ならば。
  「マディス。リディアス」
  「なんでしょうか?」
  「キルレイン殿、どうなさる?」
  一瞬、言葉に詰まるキルレイン。
  最大の手柄首ではあるもののこのまま逃がせば、報告しなかった罪で自分達が裁かれる。ブレイズマスターに報告すれば功績の
  半分を持っていかれるのは必至ではあるものの、逃がすよりマシだと自分に言い聞かせる。
  そして……。
  「ジョフリー様に報告するぞ。……抹殺候補のチルドレンを見つけたとな」