天使で悪魔





グレイランド 〜明日はどこ?〜




  探しモノは何ですか?
  自由?
  愛情?
  それとも昨日?
  ああ、もしかして今日?

  目に映るモノが全て存在する事象。自由も愛情も、眼には見えないけど確かに存在している。それは、確か。
  昨日は過ぎ去った過去、存在してる。
  今日だって存在してる。現在進行形で存在してる。そして常に過ぎ、昨日になる。

  探しモノは何ですか?
  明日?
  ……明日。
  ごめんなさい私には分かりません。実は私も探しているところなんです。そうだ、一緒に探しませんか?
  あっ、あの人に聞いてみましょうか。

  ……明日はどこ……?






  「お互い良い取引でしたな」
  「こちらこそ」
  お互いに椅子から立ち上がり、テーブルを挟んで握手。そのテーブルの上には正式な書類と大量の金貨。
  握手している相手は銀物眼鏡を掛けた鉱山ギルドの代表。
  書類は鉱山の引渡しの条件を記載した書類であり既に調印している。
  金貨はその代金。
  金貨の総額12000枚。決して多い額ではない。
  少なくとも帝都とかスキングラードといった大都市で豪邸を建てるとしたら、とても足りない。しかしそれでも村を潤すには多すぎる額
  であり、それで充分だと思った。
  貧しい村なのでそもそも日常に掛かる必要経費も抑えているのもあるが、この額があれば半年は生きられる。
  もちろん蓄えだけには回せない。
  用水路を整備したり肥料や苗を買ったりする。……そうそう、家畜を買うのもいいだろう。
  村の発展の為のお金は当分は事欠かない。
  鉱山ギルドのメンバー達はニコニコしながら帰って行った。それはそうだろう。アイスマンが金額を値引いたからな。もちろん値引いた
  からこそ即金で全額支払に応じたのは確かだ。駆け引きに卒がない。
  「このお金、どうします?」
  交渉役だったアイスマンが訪ねる。
  相手が帰ったので室内には私、アイスマン、カイリアスだけだ。
  カイリアスが言う。
  「スクゥーマ買おうぜスクゥーマっ! 全額投じて買い漁ろう、俺はカモナ・トングの知り合いがいるしなっ!」
  「却下」
  冷ややかにアイスマンが答える。
  「……冗談だよ」
  「分かっていますが笑えませんね、カイリアスさん。人として恥かしいと知りなさい」
  「……けっ。てめぇに言われたかねーぜ」
  ふて腐れる。
  スクゥーマ、か。確かに全額投じて買い、中毒者達に販売したら……一気に三倍ぐらいの収益になる。だが犯罪だ。
  それにしてもカモナ・トングとは。
  本気か冗談か。
  よくは分からないがモロウウィンドの犯罪組織カモナ・トングと知り合いだとは、物騒だな。
  「アイスマン」
  「はい」
  「村の発展に投じてくれ。何かあったら私に連絡してくれ」
  「了解しました」

  さて。
  会談はお終いだ。今から畑を耕さないとな。



  鉱山ギルドのメンバーと懇意になれた事はラッキーだと思う。
  鉱山ギルドのギルドマスターは帝国元老院の1人だと、会談の後にカイリアスが教えてくれた。元老院とか帝国という言葉を聞くと
  何故か無意識に反感を覚えるものの、カイリアス曰く鉱山ギルドを仕切る元老院議員は穏健派。
  帝国軍の各地への侵略戦争を否定し逆に融和政策を打ち出す穏健派の議員。
  ……。
  まあ、だから何だ……とは思う。
  思うが平和を志す思想の持ち主の議員なら好感を覚えるのは確かだ。
  もちろん……。

  「ふぅ」
  畑を耕す手を止めて太陽を仰ぎ見る。
  帝国の政策なんざ一回の村長の私には関係ない。大陸全土を見る大局観なんかどうでもいい。
  私達はただ、生きる。
  人として生きる。
  そこに懸命なだけだ。それだけで満足だ。
  「今年も豊作だといいなぁ」
  今日も良い天気だ。
  村長といえどもふんぞり返っているばかりでは村は発展しない。鉱山ギルドとの交渉の結果、村には莫大な蓄えが出来たものの
  それを当てにしていたらすぐに底が尽く。
  鉱山の譲渡云々はただの幸運に過ぎない。毎回毎回この幸運が訪れるわけではない。
  蓄えは蓄え。
  そこに胡坐をかいたら備蓄はすぐにでも消滅する。
  一歩。
  また一歩。
  確かな足取りで前に進む必要がある。
  だから、村長とはいえ私も畑を耕して村の発展に貢献する必要がある。そしてそれは自分の生きる為でもあるのだ。
  驕らず一歩ずつ歩こう。
  それが生き残った者の義務だ。
  「アイリーン」
  愛する人の名を口にし、瞳を閉じる。
  彼女は死んだ。
  村の為に殉じた。私は悲しみに暮れた。彼女の死という事実をどうしても否定できなかった。
  だから自分が生きるのも否定したかった。
  でも。
  でも、それは出来なかった。
  アイリーンは死んだ。
  それでも私は生きている。生きている者はこの先も生きていく義務がある。それは否定するのは、アイリーンを否定する事だと思った。
  だから私は生きている。
  だから……。
  「精が出ますね」
  「アイスマン」
  洒落た服を着て飄々としているアイスマン。
  頭脳明晰ではあるものの、肉体労働は基本的に不得手。だから村の収支の帳簿付け関連を任せている。
  もう1人頭脳明晰な男がいる。カイリアスだ。
  カイリアスの場合は肉体労働も出来る、アイスマンと違って人付き合いも出来る。頭脳に関してはアイスマンには一歩劣るようだが、
  いずれにしてもこの村の2人のインテリはまさに光と影、陽と月の対照性がある。
  さて。
  「どうした? 何かあったのか?」
  「いえ。ユニオさんがいません」
  「あいつか」
  苦笑。
  この三年間、あいつの素性は何一つ分かっていない。
  「いないとまずいのか?」
  「いえ。ただ私を監視しているようなのでね」
  「監視、ね」
  「不愉快ではありますよ。マラカティさん、村長として何とかしてください」
  「ははは」
  アイスマンは反乱推奨組織とも呼ばれている、学術機関『至門院』の出身。監視は嫌いなようだ。この村とはさほど関係ないが、帝国
  当局は最近起こっている各地の反乱に至門院が関与していると見て、監視しているらしい。
  その関係もあってアイスマンにしてみれば監視という行為に不快感を感じているのだろう。
  「ユニオには言っておくよ」
  「お願いします。それにしてもマラカティさんも、人気者のようだ」
  「人気者?」

  「マラカティさん」
  「ん?」
  「強制イベント勃発のようですよ。よくよく妙な関わりがお好きな人だ。私は知りませんよ、どうやら貴方の領分ですから」
  「はっ?」
  くすくすと笑いながらアイスマンは離れて行った。
  意味が分からん。
  再び畑を耕すべく鍬を握り振りかぶると、その意味が分かった。振りかぶった際に視線が丁度合う。こちらに向かってくる一団がいる。
  「……」
  無言で私は鍬を大地に下ろした。
  向ってくる一団。
  ここに来るまで数分はあるだろう。一直線に私の方向を目指している。
  「皆、家に」
  短く指示。
  従う村民。簡潔な指示ではあるものの、この村の当初からのメンバーにしてみれば理解出来る警告だ。
  こちらに向かってくる者達は衛兵だ。
  ここはヴァレンウッドでの反乱者の住まう村(全員ではない。シロディール移住時に移り住んだ者も多い)。衛兵を見れば警戒するの
  は当然だろう。査問されたら最後、罪が露呈するのは明らかだ。
  ……。
  一応、痕跡は何一つ残していないつもりだ。
  見つかる事はあるまい。
  それでも。
  それでも警戒するのは仕方ない。
  私とて警戒している。
  さて。
  「何だあいつら?」
  「カイリアス」
  ダンマーのカイリアスが私の側に立ち、向ってくる一団を見据える。
  「どこの都市軍だ?」
  カイリアスは帝都にあるアルケイン大学に所属している。つまり、どこの出身かは知らないもののシロディールの文化に精通してい
  るのは確かだ。
  あの兵隊の鎧は帝国軍ではない。どこか別の都市の兵隊の鎧だ。
  「あの鎧は……ブラヴィルだな」
  「ブラヴィル」
  「ああ。間違いないぜ」
  「そうか」
  ……分からんな。
  反乱絡みで査問に来るなら帝都軍が来なくてはおかしい。レヤウィンの北に位置するブラヴィルの都市軍が出張ってくる意味が
  分からない。我々は帝国軍の管轄の拠点を陥落させた、ならばメンツの為に帝国軍が出張るのが普通だ。
  何故ブラヴィルが出張ってくる?
  「兄貴。アイスマンがこれを差してとけってさ」
  「クレメンテ」
  カジートの鍛冶師クレメンテは一振りの剣を私に押し付ける。
  アカヴィリ刀だ。
  帝国最強であり皇帝の親衛隊&諜報機関であるブレイズ御用達の武器だ。何故私が所持しているかは不明。
  このアカヴィリ刀と指に嵌めている深紅の指輪だけが私の所持品。
  指輪に関しては材質すら分からない。
  ルビーではないようだが……。
  「殺っちまうの?」
  「……過激だな」
  もう1人、私の側に立つ。その女性が口から出した言葉はとても神様に仕える者の言葉ではない。私は苦笑した。
  元冒険者のエルズ。
  ……。
  ユニオ曰く……いや、ユニオから直接聞いたわけではないか。ユニオからクレメンテが聞き、そして私に伝わった話ではあるが、エルズ
  は私に好意を抱いているらしい。
  こういうのを聞くと、特に意識していない相手であっても自然意識してしまうのは仕方ない。
  だから、ぎこちない対応であったとしても私の所為ではないぞ?
  「どうすんだ、大将」
  「私が話す。村長だからな。……相手の出方次第では……そうだな、お帰り頂く」
  どう転んでも分が悪い、か。
  わざわざ出張ってくるのだからこの村に用があるのだろう。ブラヴィルの衛兵の数は20名。
  これがレヤウィンの衛兵なら問題はない、何か用があって来たのだと思う事も出来る。ここはレヤウィンの領土内だからだ。しかし
  ブラヴィルの衛兵なら話は全然違う。この村はレヤウィンの管轄であり、ブラヴィルの管轄ではない。
  出張る意味合いが分からない。
  「……」
  私は無言で足を進める。
  村人は屋内に避難した。ついでに戦闘派ではないアイスマンも。あいつは知識人であり理論派であって、戦闘派ではない。
  「ん?」
  視線を感じ、周囲を頭を巡らす。
  木の上に誰かいる。
  見ると、ユニオだった。探るように、見届けるようにこちらを見ている。あいつは一対何なんだろうな。ヴァレンウッドの頃は帝国の
  間者とかカイリアスが言ってたが、反乱には否定的であり参加していなかったものの、見届けの為に側にはいた。
  間者なら止めるだろう。
  それに反乱を未然に塞ぐ為に報告したはず。
  何者なのだろう?
  今もって不明だ。
  まあ、いい。
  あれで村人に親切で、畑仕事も率先して手伝ってくれている。村の大切な仲間だ。
  さて。
  「ブラヴィルから来たようですね。初めまして。私はこの村の代表の……」
  「この外道めっ!」
  「はっ?」
  「お前のような犯罪者を見逃すつもりはないぞっ! 斬り捨てぃっ!」
  「……問答無用ってわけですか」
  一歩飛び下がり、アカヴィリ刀を引き抜く。衛兵が喚声を上げて突っ込んでくる。
  私は叫ぶ。
  「殺すなよっ!」
  そして……。