天使で悪魔
終わりの始まり
一度失う事を知った人物は、怖くなる。
どんなに楽しい物事の裏にも。
どんなに楽しい物事の後にも。
次第に終わりが這い寄って来るからだ。失う恐れを知った者はその裏とその後に来る喪失感を極度に恐れるようになる。
今幸せ?
ならば恐れよ。
それは、終わりの始まり。
「はっ!」
キィィィィィィィィィィィンっ!
短い気合と共にアカヴィリ刀を横に一閃。ブラヴィルから派遣されて来た衛兵の持つ剣を切り落す。
斬り飛ばされた刃が宙を舞う。
乱戦。
「殺すなっ!」
私は叫ぶ。
「鬼火っ!」
カイリアスが炎の魔法。……おいおい。言ってる事は理解しているんだろうな?
魔法で衛兵を薙ぎ倒す。
連中の絵も思惑がよく分からない以上、殺すのはまずい。
確かに我々はヴァレンウッド地方で事実上のクーデターを敢行した。反乱組織『選ばれしマラカティ』として決起した。そのように名乗
ったわけではなく、どこかの誰かが名付けたに過ぎないのだが。
しかし偶然は怖いな。
私の名が冠しているのだから。
さて。
「行くぜ兄貴っ!」
「クレメンテくれぐれも殺すなよっ!」
「おりゃーっ!」
ガンっ!
大槌で衛兵を殴り飛ばすカジートのクレメンテ。……だからお前ら、言ってる事は理解してるのか?
衛兵の数は総勢で20名。
クーデターの首謀者として派遣されたのであれば数が少なすぎる。それに派兵されたのがブラヴィル都市軍だというのも頷けない。
動くのなら帝都軍だろう。
まあ、確かに各地の都市軍も厳密に言えば帝国軍の一部であるから問題はないけど……動くなら帝都軍。その帝都軍からの指示
であるならばわざわざブラヴィルから派兵させずに地元のレヤウィン都市軍が動く。
それに、繰り返すが数が少な過ぎる。
だとしたら別件か?
……多分、そうだな。別件だ。
先発隊にしても数が少な過ぎる。しかしだとしたら、別件とはなんだ?
まあいい。
今は倒すだけだ。
「何をしている、敵はわずか4名だっ!」
衛兵隊長は声を励ます。
4名。
そう、戦っているのは私、カイリアス、クレメンテ、そして……。
「はあっ!」
鉄製のクレイモアを容赦なく衛兵に振り下ろす、エルズ。この計4名以外は手を出していない。余計な怪我人は不必要だからだ。
ドサ。
エルズは元冒険者。
戦いに関しては熟練だ。基本的に冒険者の大半は衛兵よりも戦闘の場数を踏んでいるので戦闘慣れしている。
特にエルズは強い。
ノルドで基本的に筋力の高い、また長身から繰り出される一撃の威力も相乗し相手をバッタバッタと切り伏せる。
心強い仲間だ。
ただ……。
「エルズっ! 殺すなよっ!」
「安心してよマラカティ。私はあんたの言う事なら何でも聞くわ。殺しちゃいない、峰打ちよ」
「両刃だろうがそれはっ!」
「あっ」
……はあ。こいつら全員私の言う事を全然分かってない。
勝敗は決した。
ブラヴィルから出張ってきた衛兵隊の総勢は20名。迎え撃つは私、カイリアス、クレメンテ、エルズ。わずか4名とはいえ腕に覚えの
ある私達にしてみればそれほど激しい戦いでもなく、厳しい戦いでもない。
殺さずに叩きのめす事など容易い事だった。
……。
アイスマンとマデリーン?
2人は戦闘要員ではない。アイスマンは純粋に知識人。マデリーンは……まあ、『やっておしまいっ!』的な振る舞いが好きな高飛車
なカジートの女性。結構強いのだろうが、基本的に戦いを煽る方が好きのようだ。
さて。
「それで? 結局てめぇら何なんだよ?」
ひっくり返っている衛兵達にカイリアスが高圧的を言葉を降り注がせる。
ひっくり返っている衛兵は3人。
その内の1人は衛兵隊長だ。にも拘らず他の衛兵達はさっさと逃げてしまった。主従関係、今の時代では流行らないらしい。
「く、くそ」
誰も殺していない。
誰も。
皆殺しするつもりなら、もっと簡単だった。村人全員動員したら簡単だったし、殺そうと思えば自分達でも出来た。
正直な話、殺さずに倒す方が疲れる。
しかし自分達の目的は殺戮ではない。そんな事をしたら再び村が潰される。
だからこそ。
だからこそ、村人達を避難させた。
万が一面倒な事になっても責を負うのは自分達だけで済む。
「カイリアス、黙っててくれ」
「了解、大将」
素直に引き下がる。代わりに私が前に出た。
衛兵隊長は傷を負っているものの、切り傷はない。打撲だ。私は峰打ちに終始していたし、他の皆も殺すような行動はしていない。
……まあ。骨は折れてるかもしれないが。
ともかく、衛兵隊長は苦悶の表情を顔に浮かべながら私を睨みつける。
構わず私は話す。
「私を何故狙った? 私が、狙いなんだろ?」
「この結婚詐欺師めっ!」
「結婚詐欺師?」
私が結婚詐欺師?
記憶がないのでどのようにリアクションしていいのかよく分からないが……結婚詐欺師、ね。
それにしては衛兵を動員し過ぎている気がする。
名のある結婚詐欺師……ま、まあ、表現が変だが……ともかく、結構有名な結婚詐欺師なのだろうか?
だとしたら衛兵20名を動員した意味も分かる。
「私の姪を食い物にしたこの悪党めっ!」
「……」
私怨かよ。
職務熱心じゃなくて私怨か。まあ、それでも任務の一環ではあるだろうが。
「結婚詐欺師マルヴァめっ! 覚悟しろっ!」
「マルヴァ? それが、私の名なのか?」
「白々しいっ!」
「いや、私は……」
弁解しようとするものの、弁解する過去が私にはない。
だが一抹安堵もある。
この村の古い住人(新たな移住者と区別する意味合いでの表現として)が世間で評判の『選ばれしマラカティ』に関係している事が
発覚していないのは、確かだろう。この衛兵隊長は結婚詐欺の捜査で来ているのだから。
……。
それにしても誰が付けた名称なんだろうな。
迷惑な話だ。
「私の可愛い姪が……まるまると可愛らしい子豚ちゃんのような姪がお前のような……くぅぅぅっ! 絶対に死刑にしてやるからなっ!」
「……」
まるまると可愛らしい子豚ちゃん、ね。
ま、まあ、いい。
姪が可愛いのは人として正しいのだろう。……だけど子豚ちゃんかぁ……。
「マルヴァは元老院議員の娘に手を出そうとして終身刑ですよ。今じゃあ地下監獄で腐ってますよ」
「な、何っ!」
声の主に一斉に視線が集中する。
アイスマン、ではない。
落ち着いた口調で語るのはユニオ。……訳分からんな、ユニオは。冷血発言かと思えば熱血発言、そして今は冷静発言。
一貫性がない口調と態度。
謎だらけだ。
「そ、それは本当かっ!」
「調べればいい」
「……」
「ともかくブラヴィルに帰られよ。私が、同道します。……マラカティ、この件、私が処理をする」
「あ、ああ」
私は要領を得ないまま、頷いた。
夜道。
川辺近くの街道を歩く無数の人影。
それはブラヴィルから派遣されて来たルベイン衛兵隊長と、その部下2名。そしてブラヴィルへの釈明と説得を申し出たユニオ。
他の兵士達は追い払われた時点でブラヴィルに逃げ帰った。
つまり隊長を見捨てたわけだ。
今頃、自分達の都合の良いように報告しているに違いない。
場合によってはブラヴィルは報復の為に都市軍を派遣して来るかもしれない。その場合、グレイランドはレヤウィンの管轄にある為
都市間の紛争に発展する場合もある。
ユニオにしてもルベイン隊長にしても責任は重大だ。
どうしても真相を伝える必要がある。
「本当に申し訳ない」
「貴方の所為じゃないですよ」
何度繰り返された弁解だろうか。
いずれにしてもルベインは通報を受けたに過ぎない。それが誤報であり、ろくに調べずに踏み込んだ行為がある以上謝るのは
当然だが、あまりにも生真面目そうに何度も謝られるので逆にユニオの方が恐縮してしまっている。
「誰からの通報なんです?」
「行商人だ。情報料をくれとうるさかった。真偽を確かめるまで情報料を支払うつもりはないと言ったからまだ兵舎にいるだろう。いや
逃げ帰った連中が支払ったかもしれん。いずれにしても迷惑な話だ。……まあ、我々もそうか」
「もういいですよ。誤報だと認めてくれるのなら」
「それは分かってる。すぐに手配は取り下げる」
「それは助かります」
ユニオ、静かに微笑を浮かべながら受け答えをする。
それはいつもの彼とは違う。
少なくともグレイランドでマラカティ達と接する時とは違う。どちらが本当の顔なのだろう。
「誰です?」
「どうなされた?」
立ち止まり、闇に目を凝らすユニオ。腰にある護身用の短剣を抜き放つ。
闇。
闇。
闇。
目の前には闇がわだかまるだけ。
衛兵の1人が松明をユニオが警戒する方向に掲げる。もう1人の衛兵は、ユニオに習い身構える。最も何も見えない。
ただの杞憂だろうか?
それとも……。
「勘が良いなお前」
バッ。
前に立ち塞がる、三人組。
黒衣を纏っている。
「何だ貴様らはっ!」
「我々はブラヴィル衛兵隊だ。任務中である、道を開けろ」
それが衛兵の最後の言葉だった。
血煙。
三人組の内の2人、中央に立つ者の両脇を固めていた2人が抜刀、衛兵2人を斬り捨てる。絶命している。
一刀の元に切り伏せるというのは容易ではない。
際立った腕前。
まるで人を斬るのに慣れているような、そんな腕前。
「なななななななななっ!」
ルベイン衛兵隊長は動転。
「……」
それに対してユニオは冷たい眼差しを三人組に向けている。
冴えた瞳。
中央に立つ黒衣の男が口を開く。その他の2人は血刀を下げたまま無造作に立っている。無造作、ではあるものの隙はない。
「お前達にはここで死んでもらう」
「何故ですか?」
衛兵隊長は使い物にならない。完全に動転している。代わってユニオが応対。
その冷静ぶりに一瞬、黒衣の男は怪訝そうな顔をするものの気を取り直して続ける。
「グレイランドが平和な村じゃ困るんだよ」
「……何?」
「レヴァンタン……ああ、マラカティとか言ったか。あいつは反乱分子だ、名実ともにな。ヴァレンウッドでの反乱も然り。……しかし
まあ、そこはいい。問題は我々ブレイズを敵に回している事だ。奴は生きるに値しない」
「……」
「奴だけ殺してもいいが、知識と思想は伝達する。奴が村を組織化している事実は否めない。いっそ村ごと潰す」
「この件、手を引け。捜査規定により我々に指揮権がある」
「……?」
ブレイズ、と名乗った男達は怪訝そうな顔をする。
捜査規定?
ユニオは冷たく、淡々と、それでいて断固とした口調で命令する。
それは自身の素性を明かすものだった。
「私はユニオ。帝国元老院直轄組織アートルムの捜査官だっ! ブレイズ、お前達の行動は越権行為……っ!」
「都合なんか聞いてねぇよ」
ザシュ。
剣を振り下ろす。剣は、アカヴィリ刀。
かつてシロディールに侵略してきたアカヴァルの固有装備。現在、皇帝直属の親衛隊であり諜報機関であるブレイズの標準装備。
血煙を上げながらユニオは倒れた。
「……っ!」
「元老院がどう関わっているかは知らんが、まあ、これだけは言えるな」
「……くっ」
「任務ご苦労。後はこちらで引き継ぐ。すぐに死ね」
「……」
そのまま、動かない。
血は止まる事無く流れ続ける。
アカヴィリ刀は細身の刀身ではあるものの、切れ味に関しては全ての武器を凌駕する。
斬られて助かる者はいない。
「殺せ」
残った衛兵隊長を始末するように指示。
断末魔が夜の闇に響く。
「まさかあの村に元老院の諜報機関が派遣されていたとなると……レヴァンタンの正体がばれているのでしょうか?」
「馬鹿か貴様は。ばれているなら、今頃はこの件を逆手に取っている」
「確かにな。陛下を強請るには良い材料になる。だがその気配はない。だとすると、アートルムは別件だろう」
全ての殺戮を終え黒衣の三人組は……いや、ブレイズは次の行動を思案していた。
ブレイズは皇帝直轄。
アートルムは元老院直轄。
どちらも同じ帝国の機関ではあるものの、ブレイズは容赦なくアートルムの捜査官ユニオを始末した。そこに特に感情は籠もって
いない。邪魔だから殺した。その程度の感情でしかない。
元々組織の性質として相容れない関係ではある。
元老院は皇帝の権限を少しでも削り、自分達の勢力を伸ばそうと躍起になっている節が確かにあるからだ。
ブレイズは皇帝派。
元老院直轄のアートルムは性質的に相容れない。
さて。
「それでどうなさいますか?」
「馬鹿か貴様は。すぐにでもブラヴィル都市軍も討伐に動くだろう。しかし先を越されるわけには行かない」
「確かにな。帝都軍を動かして先を越すぞ。レヴァンタンは我々が殺してこそ意味がある」
レヴァンタン=マラカティ。
彼らは同一人物だと認識している。
「ヴァルガは、どうでしょう?」
常に馬鹿者呼ばわりされている若いブレイズの1人の名を提示する。
ヴァルガ。
帝都軍の衛兵隊長。
吝嗇で女好きとして有名な野心家の青年将校。野心家でもあり、将軍の椅子を狙っている。
帝都軍は帝都軍総司令官を頂点に、将軍、衛兵隊長、という席次になる。もちろん将軍、衛兵隊長と一言で言ってもその中には
様々な席次がある。
ヴァルガは衛兵隊長の中では中間に位置する階級だ。
……。
なお、帝都軍とはシロディールに存在する軍、という意味。特に区別する必要もないのだが帝国軍という名称は帝国全体の軍と
いう意味。各地に駐留する将軍が指揮する軍団も帝国軍に含まれる。
さて。
「ヴァルガか。良い案だ。奴なら将軍の椅子を提示すれば動くな」
「はい」
ブレイズの特権の1つ。
それは帝都軍総司令官を通さなくても軍を動かす事が出来るという事だ。
そういう意味ではブレイズは全軍の頂点に立っている。立場的には帝都軍総司令官の方が上ではあるものの、それはあくまで建前
であり実際には階級に関係なく命令を発する立場にある。
「ヴァルガの動員出来る兵力は50。農民300を狩るには充分な戦力。直ちにヴァルガに指示します」
「急げよ。時間との勝負だ」
「確かにな。レヴァンタンの存在は否定しなければならない。何故ならば」
何故ならば?
「全てはユリエル・セプティム皇帝陛下の御意思。奴の存在は、帝国の根底を揺るがす。奴の痕跡は全て消す。……村ごとな」
補足。
アートルムとはラテン語で『黒』という意味。
私は基本的に名称で詰まると、ラテン語から持って来てます。
フラガリアは『イチゴ』であり黒の派閥におけるデュオスの親衛隊イニティウムは『始まり』。ユニオは……まあ、内緒。正体ばれ
ちゃうので。気になるお方はお調べくださいませ。
ちなみにウンブラは『影』みたいですね。
開発元もラテン語から名前を持ってきたのかな?
なお全て私が調べた限りでは訳がそうだった、だけです。
実際には違う場合もありますがそこはご容赦を。