私は天使なんかじゃない
Nightmare
そこは悪夢と悪意の吹き溜まり。
薄暗い通路。
響く靴音。
道は一本道。
ここはダンウィッチビルの地下……ダンウィッチのはずだ、たぶんな、自信はない。入った時と構造が違うし、天井はない。距離感が分からないが天井は完全なる闇だ。
ダンウィッチではない、か。
現世がどうかすら危うい。
何者かによって別世界に引き摺りこまれた可能性が高い。
「放課後悪霊クラブ、か」
手にしているチケットに確かにそう書かれている。
手作りのようだ。
「やれやれ」
妙な展開になってきた。
警戒しながら歩く。
傷らしい傷はないが、あの妙な四つ腕の聖職者から雷撃を貰ったから幾分か体が焦げている。
くそ。
久々の魔法のダメージだ。
……。
……魔法、だよな?
さすがに能力者という枠ではないと思う。
あんなのまで能力者なら納得行かない。いや納得してもいいが、自分も能力者枠として魔法の力を取り戻したいものだ。
ショックソードは左腰。
自分は右手を剣に沿えながら前に前にと進む。
不意打ちが来たら即座に抜刀できる。
45オートピストルはホルスター。
銃は便利だが自分としては剣の方が頼もしい人生の友だ。
こつ。こつ。こつ。
靴音が響く。
先は見えない。
ただ照明も何もないのに自分の周囲は常に明るい。
立ち止まり、振り返る。
「……」
こちらも先が見えない。
そもそも進んでいるのか?
空間が歪められているのであれば、空間使いが近くにいて自分に術を掛けているのであれば、ある一定進むと元に戻っている可能性がある。
前に移動しようと後戻りしようと常にループしていることになる。
ループ、ね。
……。
……頭痛がしてきた。
つまりは何か?
そいつを探し出して倒さない限りはループが続くってことか?
ああ、いや、向こうの気分次第っていうのもあるわけだ。そろそろループ止めようかなぁという気になるのを祈るよ、切に。
くそ。
面倒だ。
再び歩き出す。
前に。
前に。
前に。
特に意味のないようにも感じるが進まなくてはならない。空間使いがいようがいまいが何らかのアクションがあるだろ。
地下の奴は自分が倒したし、放課後悪霊クラブとやらにも招待された。
たぶんこれが放課後悪霊クラブの催しなのだろう。まあ、そもそも放課後が何なのかはよく分からないが。
だとしたら何らかのアクションがある。
気長にやるさ。
こつ。こつ。こつ。
「アハハ」
「ん?」
立ち止まる。
何か聞こえた気がした。
気のせいか?
気配はしない。
こつ。こつ。こつ。
「アハハ」
立ち止まる。
聞こえる。
確かに聞こえる。
振り返る。
後ろから聞こえた。
「……」
何も見えない。
歩く。
こつ。こつ。こつ。
「アハハ」
立ち止まる。
イライラするな。
銃を引き抜いて撃つ。
銃撃音が反響する。
「誰だ」
返事はない。
「誰なんだ」
返事はない。
立ち上る硝煙以外何もない。
だが確かに何かいるはずなのだ。
いや。
いなくてはおかしい。
ここは誰だか知らないが、誰かが作為的に作った場所なのだ、空間なのだ。戦わせる為なのか迷わせる為なのかは知らないが確かに何かがいるはずなのだ。
「……」
まあいい。
銃をホルスターに戻して歩き出す。
様子見だ。
このままで終わるはずがない。
足を前に進める。
こつ。こつ。こつ。
「アハハ」
こつ。こつ。こつ。
「アハハ」
ボト。
「ん?」
微かな笑い声とは、また違う音がする。
何かが落ちてくる音。
落ちた音。
立ち止まり、振り返る。
何もない。
ふざけた話だ。
ボト。
何かが落ちてくる。
後ろ、つまり先ほどまで進んでいた方向からだ。
どうせ何もないだろ。
振り返る。
通路の床に首のへし折れた死体がある。
人ではない、グールだ。
別にグールが死体と同義というわけではないしそう認識しているわけでもない、死体、つまりは首がへし折れて死んでいるという意味だ。
進展があったな。
だがどっから降ってきた?
上を見る。
「……おいおい」
数メートルほど上に逆さ吊りのグールが闇から吊り下げられている。
わきゃわきゃ叫んでいる。
生きている。
つまり?
つまり、上から降ってきて、叩きつけられて死んだというわけだ。
だが何で降ってきた?
グールは知性がある、そう聞いているしそう認識している、だが頭上のグールはそうではない、得体のしれないことを叫んでいる。恐怖でどうにかなっているのか?
まあ、発狂しているのではあればフェラル・グールと認識していいのか?
定義がよく分からん。
だがこのままここで見物しているのも意味がない。というかこのままで終わらない気がする。
ボト。ボト。ボト。
通り過ぎる度に落ちてくる。
止まると落ちてこない。
一体全体何の冗談だ?
こちらの精神的ダメージを期待しているのか?
だとしたら甘い。
こんなもの恐怖でも何でもない。
闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者である自分に恐怖心などない。
「……ウー……」
「ほう?」
立ち止まり振り返ると首の折れたフェラルたちが立ち上がり始める。
新しい催しということか。
銃を引き抜いて撃つ。
死体は弾が当たるとよろける。当たった部分に穴が開き、肉が吹き飛ぶ。だがそれだけだ。動作は止まらない、立ち上がり、こちらにゆっくりと向かってくる。
「面白い」
もはや完全にこいつらはこの世界の法則を無視している。
グールは外観は失礼ながらゾンビだが、生き物だ。
首が折れて起き上がる?
撃たれても歩く?
ありえない。
こいつらはタムリエル側の法則で動いているように見える。無論タムリエル側の死体も別に怨念で動くわけではない、あくまで術者によって自我の崩壊した魂が寄生しているに過ぎない。
ふん。
やはり何らかの術者がいるな。
地下のあいつか?
だがあの神父は果てた、この催しは別の誰かの作品ってとこだろう。
タタタタタタタタッ。
自分は走り出す。
フェラルたちは宙から落ち、地面に激突し、その後自我の崩壊した魂を規制させられて動きだす。
だが付き合うつもりはない。
走る。
ひたすら走る。
走ることに意味はないのかもしれない、ループしている可能性もある、だが戦わせるにして手が込んだことをしている。ここで戦わせたいわけではあるまい、となると体力の消耗狙いか?
いや、だとしたら強制的に戦わせるはずだ。
まあいい。
思惑など知ったことか。扉が見えてくる。
次のステージってわけだ。
やはり意味が分からないな、扉だと?
進ませたいんだかループさせて留まらせたいんだか、さっぱり分からん。癪ではあるが従うしかないってわけだ。踊ってやるさ、今だけはな。
扉を開け、向こう側に飛び込む。
扉を閉じると殺到してきたゾンビたちが扉にぶつかる音が反響した。
「……」
数歩下がり構える。
来るか?
それとも……。
「……」
音が止んだ。
大量の気配も消えた?
何も感じない。
何も。
不意打ちに備えつつも扉を今一度開けて向こう側を見てみようとする。
グググググ。
動かない。
扉が動かない。
まるで何かすごい力で押さえつけているようだ。大量のゾンビ、いや、気配は何もしない。だとしたら一方通行ということか?
「アハハ」
笑い声、か。
扉の向こうからだ。
踵を返して再び歩き出す。ゾンビに気を取られていたから気付かなかったがまた真っ直ぐに通路が伸びている。通路には無数に扉がある、左右に扉がある、おかしいだろこの数。
立ち並ぶ扉を無視して前に進む。
決定だな、完全にここは現世じゃない。
魔力で歪められている。
こつ。こつ。こつ。
靴音が響く。
今度は靴音だけだ。笑い声はしないし、上も見てみたが何もない。天井は相も変わらず完全な闇だ。
不意打ちはない。
不意打ちはないが、疲れるな。
ギィィィィィィィッ。バタン。
「ん?」
後方で扉が開き、閉まった音。
何かが入ってきた?
構える。
「アハハ」
笑い声。
笑い声だけがする。
抜刀の構えのまま目を凝らす。目が闇に慣れてきている。
視界に何か映る?
古びた人形?
青色の着物と呼ばれるアカヴァルの衣装を着た、人形?
人形だ。
人形なんだが……何だ、あれは?
床に黒い水溜りのようなものがあり、そこから人形が生えている?
……。
……考えないことだ。
これは性質の悪いジョークか何かだ。
斬り込むには距離がある。
銃を撃つ。
銃弾は人形に当たり、人形は揺れた。
ただ、それだけ。
一歩下がる。
「アハハ」
すると一歩人形は前に進んだ。
追尾してる?
そうらしい。
となるとこいつと自分を戦わせたいのか?
誰だか知らんけどな。
それともこの人形がこの歪んだ空間の元凶か?
それはそれでありえる。
地下にいた聖職者と同類の可能性もある。ただ、あの聖職者が神聖な力を発していたのに対して、こいつはどこまでも深い深い闇の力を感じる。属性が真逆だ。
銃弾を全弾叩き込む。
人形は揺れるだけ。
当たっても何もダメージは与えられないらしい。
実際にはダメージが蓄積されているのか、それとも銃がそもそも効かないのかは謎だが外観的には何の損傷も見受けられない。銃を受けているのに穴すら開かない。
付き合ってられるか。
空の弾倉を捨てて新しいのを装填しつつ後ろに下がる。
下がった分だけ追尾してくる。
「アハハ」
先ほど扉が開かなかったのはこいつが押さえていたからか?
さっきは気配は感じなかったが、今はビンビン感じる。
嫌な気配、これは強い怨嗟。
自分は走り出す。
人形は一定の速度、一定の距離を保ったまま追跡……違う、速度がいきなり上がったっ!
走りつつ後ろを見る。
二倍速くなってるっ!
このままではすぐに追いつかれる、くそ、厄介な気はするが……これは左右に立ち並ぶ無数の扉に入れというゲームマスター様の有り難いお誘いなのか?
くそ、遊ばれてるな。
だが選択肢はない。
扉を開けて飛び込み、扉を閉めた。
「トイレかよっ!」
思わず突っ込む。
誰に対してかは知らん。しかも禁断の女子トイレと来たもんだ。6つほど個室トイレが立ち並ぶ。その中の1つ、右から3番目に入り、扉を閉めた。
息を潜める。
ギィィィィィィィ。バタン。
入ってきたか。
剣を静かに抜き放ち、攻撃に備える。個室は狭いので突き限定ではあるが県は自分の手足のようにうまく扱える、問題はない。
さてさて、どう来る?
どの個室から開ける?
どこから来ようと扉越しに、もしくは壁越しに攻撃してやる。
「アハハ」
「……」
神経を研ぎ澄ます。
恐れなどない。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
響き渡る狂気の笑い。
そして同時に足元が吹き飛んだ。壁も扉も全て吹き飛ぶ。気付けば自分は残骸の中に転がっていた。
手足は動く。
脳からの指令は行き届き、実行される、五体は満足。
だが……。
「こいつは、何だ」
人形はせり上がり、狭いトイレ内に頭三つの巨大な化け物がいる。
人形は擬態みたいなものか?
本体は地下にいたのか。
「マハムドオンっ!」
「……っ!」
息が出来ない?
な、何だ?
まるで魂が吸い取られる……力が入らない……剣を振るう余裕はない、だが銃ぐらいなら……。
バァンっ!
「ヌオ」
「はあはあっ!」
真ん中の頭に弾丸が当たると呻きが聞こえる。
こいつには弾が効くのか。
敵は怯んだからかダメージを受けたからか何らかの術の効果が消えたようだ、自分は脇を通り抜けてトイレの外に出た。
……。
……トレイの外、だよな?
広い空間に出た。
果てが見えない。
壁も天井も果てが見えない、確かなのは足元の床だけ。振り返ると扉もない、ただ自分はそんな場所にいた。
「アハハ」
ゾクリ。
寒気を感じる。
背後を見る。
人形が黒い水溜りから生えている。だが今なら分かる、あれは水溜りなんかじゃない、髪の毛だ、地中に埋まっている三段重ねの化け物の髪の毛だ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
頭が地中からせり上がってくる。
見るんじゃなかった。
気味が悪い。
シロディールにもこんな化け物はいなかった。
まるで悪夢だな。
まさかこいつは悪夢を司る魔王ヴァーミルナの配下なのか?
「マハムドオンっ!」
「……っ!」
銃口を向け、可能な限り指を動かして引き金を引く。命中率は芳しくないが的がでかい、半分は当たる。
先ほどまで銃弾が効かなかったのはあの人形がただの擬態、いや、疑似餌みたいにものだったからか、本体である三段重ね頭には弾丸が効く。
体の自由が戻ったっ!
一気に決めるっ!
「はあっ!」
相手の懐に飛び込み、ショックソードを一閃。
必殺の一撃っ!
「ヌォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!」
斬った、という感触が腕に残る。
最高の斬撃の作品だ。
化け物はほぼ真っ二つの状態だ。
「メディアラハンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンっ!」
「何っ!」
傷がどんどんと元に戻っていく。
回復魔法か、それも完全回復系っ!
させるかーっ!
「くたばれっ!」
大きく振りかぶり真一文字に一刀両断。
縦に真っ二つになった三段重ねはしばらくはそのままだったが、ようやく自分の状態に気付いたのかそのまま崩れ落ちた。
倒した、か。
バシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「くそっ!」
今度は何だよっ!
横手から、右側から何かで打ち倒された。さすがに体力が限界に近い。
睨み付けながら立ち上がる。
「あらあらあらぁ? なぁに、その顔はー?」
女?
ドレスを着た女だ。
ただ、やたらでかい。アンクル・レオ殿といい勝負だ、そして横のでかさは気の良い友人をも超える。右手には鞭がある、あれで自分を打倒したのか。
顔がやたらと白い。
白い絵の具でも縫っているのか?
「やめじゃ。歪みが消えつつある。ゲームはやめて、話し合いをせねばならん。こ奴は生き延びた、合格じゃ」
今度は何だ?
杖を持った老人が現れる。
こいつだ。
自分はこいつを追ってきたんだ。何故かは知らないが気になった、だからここまで来た。
女は恭しく頭を下げた。
そして口を開く。
甲高い声だ。
耳障り。
「シェオゴラス様、話と違います」
「話は違うが状況に臨機応変に対応せんとな。このまま戦えば話し合いの時間が無くなってこいつに説明できなくなる、それにお前はあくまでワシの護衛、無駄に戦う必要はあるまい」
シェオゴラスだとっ!
狂気を司る魔王か、どこかで見たと思ったが、シロディールで見た奴を模した彫像か、そっくりだ。しかし何故奴がここにいる?
「さすがは我が王、お優しい」
「褒めてもチーズはやらんぞ」
「ですが」
「うん?」
「ですが我が王と言えどもそれには従がえません。あなたはもう不要なのですよ、ここでは私の方がはるかに強いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
シェオゴラスを鞭で吹き飛ばす。
そのまま魔王は闇の彼方に吹き飛ばされた。
「……やれやれ、力を与えすぎたか……」
何だこの状況?
身構える。
女は高らかに吼えた。
「グレイマーチが迫ってる、シェオゴラスに付こうとジャガラグに付こうと、我が王以外は全て滅ぶ定めっ! ならばこの場で滅ぼすまでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「意味の分からんことを。要はお前が現状自分をここに閉じ込めているということか?」
「あんたはずっとここにいるの、絶対に出さないわよぉーっ!」
「グリン・フィス、参るっ!」