天使で悪魔






鷹の目






  激戦は終わった。
  チームは解散。
  あたし達はそれぞれの冒険に、生活に戻る事になった。

  あたしは思う。
  あれ以上最高の仲間達はいないと、あたしは思うのだ。






  黒蟲教団との決戦から一週間が既に過ぎた。
  魔術師ギルド連合軍と黒蟲教団のアンデッド軍団との激闘。
  虫の王の腹心&幹部&高弟の四大弟子との戦い。
  虫の王マニマルコとの決戦。
  一週間。
  あれから一週間だ。
  早いなぁ。
  あたしは今、クヴァッチにいる。
  「待たせたのぅ。では始めようかのぅ」
  「お願いします」
  城塞都市クヴァッチ。
  シロディール地方で最大の要衝として知られる城塞都市だ。その鉄壁の防御力は帝都の城壁に匹敵すると言われている。さらにクヴァッチの防備を
  固める騎士団と親衛隊はシロディール最強。まあ、ブレイズ以外では最強、かな。
  帝都以外で闘技場があるのもクヴァッチだけ。
  ある意味で帝都に次ぐ都市。
  まあ、その代わり雅さはないけどね。あるのは武骨さだけ。
  さて。
  「では調査の結果を話すとしようかの」
  「はい」
  場所はクヴァッチ市内にある宿屋の1つ。部屋を借りているのではなく一階の食堂で昼食を摂ってる。別にどこのお店でも良かったんだけどこの宿の
  食事はおいしいと教えられたのでここに入った。あたしの向いの席には老カジートが座っている。
  元魔術師ギルドのメンバーのノル爺。
  邪神ソウルイーターが復活した際に協力してくれた。それ以来の付き合い。
  現在はクヴァッチで楽隠居してるみたい。
  「それにしてもここにいてもいいのかの?」
  「レヤウィンですか?」
  「うむ」
  「辞任しました」
  その時、ウェイターが注文したミートパイを運んでくる。おいしそうだ。
  一口頬張る。
  おいしい☆
  神様、今日もおいしい食べ物をありがとう。幸せです。ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
  「辞任したとはどういう事じゃな?」
  「えっ?」
  「戦士ギルドのレヤウィン支部長の事じゃよ」
  「一身上の都合です」
  ミートパイを食べる手を止める。
  首になった?
  ううん。
  そうじゃない。
  自発的に支部長の地位を降りた。もっとも支部長ではなくなったけど戦士ギルドの一員だしガーディアンという称号は称号のままあたしが保持してる。
  レヤウィン支部長の地位を降りただけであって別にそんなに問題ではないと思う。
  降りた理由。
  要はまだ早かったと思う。
  それに実力でなったというよりはフィッツガルドさんの好意で与えられた地位に過ぎない。もちろんフィッツガルドさんの行動と決断はただの私情では
  終わらない。あたしはレヤウィンに白馬騎士として赴任していたし、ブラックウッド団絡みでもレヤウィンにいた。
  つまり都市の内情や地理、住人の気質もある程度は知っている。
  だから。
  だから支部長として適任という意味合いも当然あると思う。
  フィッツガルドさんは私情だけで動く人じゃなくて合理的な人だから。だからそういう意味もあるんだと思う。
  その地位をあたしは降りた。
  別にフィッツガルドさんも叔父さんも咎める事はしなかった。自由に動いて自分の望む正義を行いなさいと逆に励まされた。だからあたしは今、クヴァッチにいる。
  放浪の旅であたしは人々をあたし目線で救うんだ。
  ……。
  ……まあ、現在ミートパイ食べている理由は正義とは無縁の私情だけどね。
  虫の王の言っていた『鷹の目』の意味が知りたい。
  だからクヴァッチで楽隠居してるノル爺に聞きに来た。本当はあの決戦の後にフィッツガルドさんにすぐに聞けば良かったんだろうけどお互いに疲労してたし、当
  の本人であるあたしはあたしでついうっかり忘れてた。その後フィッツガルドさんは魔術師ギルドの執務に忙殺されてて聞きそびれちゃったし。
  なのであたしはここにいます。
  さて。

  「一身上の都合、かの?」
  「はい」
  「そうか。任務よりもモグラに心惹かれるというわけじゃな。確かに支部長やっておればモグラに構ってられぬ。全てのモグラを統べるモグラ女王としては妥当
  な判断なのかも知れんのぅ。新たなモグラ伝説を築くべく放浪の旅というわけじゃな。向上心があって大変よろしい。感心感心」
  「……すいませんあたしはモグラ退治のエキスパートであってモグラではないです一応ダンマーのつもりなんですけど」
  「まあ、よいではないか」
  「……」
  何気に世間的にあたしはダンマー扱いされてない?
  はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  モグラの女王って何?
  モグラの女王って何なのーっ!
  誰が流布している噂なのかは知らないけど世間的にダンマー扱いされていないと思う今日この頃(泣)。
  嫌だなぁ。
  「ところであのボズマーの傭兵はどうしたのじゃ?」
  「ボズ……ああーっ!」
  「ん?」
  「い、いえ、何でもないです」
  ウザリールさん忘れてたーっ!
  ど、どうしようっ!
  山彦の洞穴崩壊しちゃったんですけどあそこに放置状態なんですけどーっ!
  ……。
  ……思い出さなかった事にしよう(無責任)っ!
  ま、まあ、後ですぐに戦士ギルドにお願いして探して貰うとしようかな。あれだけタフな人だから無事だと楽観視しよう。……無責任だと思うけど……。
  うーん。
  「どうしたのじゃ?」
  「あっ! そ、そうだっ! マーティン神父は元気ですかっ!」
  「逮捕された。何でも伯爵の娘に……いや、よそう。ともかくそういう容疑で逮捕されちまったぞ」
  「そ、そうですか」
  またあの人なんか変な事をしたんだろうなぁ。
  変質者伝説キターっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「おおっとすまぬな。話を本題に戻そうかの。……歳を取ると無駄に話が長くなって困るわい」
  本題に戻るみたい。
  というかまだ本題に入っていないような気がするのは気のせいかなぁ。
  うーん。
  「まず一言で『鷹の目』を評するのであれば……」
  「はい」
  「森羅万象を見通す者の称号じゃ」
  「森羅万象?」
  「この能力の保持者は古代アイレイドから今の時代までほんの僅かしかおらぬ。アイレイド語で『マジカ』を見通せる能力者として崇拝されたようじゃ」
  「マジカ?」
  「まあ、訳すと……そうじゃな、妥当に訳すと魔力」
  「マジか」
  「それは笑えばいいのかの? ははは。楽しいのぅ。ははは。ははは。ははは。ははは。はっはぁー。……あーあ」
  「……すいません辛いので何も言わないでください」
  うわぁんっ!
  なんか傷付いたーっ!
  「は、話を元に戻してください」
  「うむ」
  辛いので展開を元に戻す。
  慣れない冗談は言うべきじゃなかったなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「鷹の目とはぶっちゃけて言うと魔力の流れが視える能力じゃよ」
  「魔力の流れが視える?」
  「うむ」
  確かに。
  確かに虫の王の瞬間移動先や魔法攻撃の際にあたしには視えた。視覚的に雷撃を捉えるのではなく……何だろ、攻撃範囲まで正確に視えた。もちろん
  視えたから回避出来るというわけではないのはお約束。回避行動に関しては身体能力だから鷹の目とは関係なし。
  ともかく魔法が視える。
  それが鷹の目。
  ノル爺はさらに詳しく、懇切に説明してくれる。
  「魔法の基本概念は知っておるかの?」
  「知りません」
  「人は魔力を行使する、行使した魔力は失われる。これは分かるかの?」
  「はい」
  「しかし魔力は次第に回復する。回復速度は魔道センスによって差が出るのじゃが魔力は確実に回復する。……ああ。精霊座の者はある意味で欠落した
  遺伝子の持ち主故に魔力の自然回復はせぬ。その代価に強大な魔力は有してはおるが、いや、これは話とは関係ないな。ともかく魔力は回復する」
  「はい。ここまでは分かります」
  「よろしい。ではレベルを少し上げるとしようかの。何故回復すると思う?」
  「それは、分かりません」
  「魔法を行使する、その際に使用した魔力は大地に……いや、世界に吸収されるのじゃ」
  「吸収?」
  「雷撃として具現化する、回復魔法として行使される、魔力障壁が展開される、様々な魔法が実行された瞬間に消費された魔力は大地に吸収されるのじゃ。
  そして今度は人が大地から魔力を吸収して回復する。循環じゃ。大地は魔力で活性化して、その恵みを人に還す。全ては循環なのじゃ」
  「あの」
  少しあたしは戸惑う。
  魔法の説明はいいんだけど逸脱している気がする。鷹の目とはまるで無縁に思える。
  それを口にした。
  するとノル爺は苦笑。
  「うぅむ。講義の腕も落ちたものじゃなぁ。フィッツガルド・エメラルダに講義した時は分かり易いと言ってもらったものじゃが」
  ノル爺は先代アークメイジの古い高弟。
  つまりフィッツガルドさんの兄弟子に当たり、フィッツガルドさんに色々と手ほどきをした人。
  今度はあたしが苦笑する。
  「フィッツガルドさんとあたしの頭脳を一緒に考えられると困ります」
  「しかしお主の方が柔軟じゃと思うよ。あの娘は完成されておる。今さら発想の転換は出来まい。考え方が固定化しておるからの。……いや。これは本筋
  とは関係ないがの。まあよい。ともかく世界と人の魔力の関係は分かったかの?」
  「はい」
  「つまり鷹の目とは森羅万象を視る者という事じゃ」
  「……説明がざっくり過ぎるんですけど」
  「至極簡単な理屈じゃよ。鷹の目とは魔力を視る能力。お前さんは『魔力を視る』を『相手の魔法の波動を視る』と誤解しているようじゃ。もちろんそれも
  ある。しかし世界に、自然に、全ての存在に魔力が介在されていると教えた以上、その考え方は変わるであろう?」
  「……?」
  「定義は魔力を視る。それすなわち世界をお前は視れるのじゃ」
  「……」
  「もちろん能力を自らの意思で発動するには時間が掛かるであろう。鷹の目とは攻撃魔法を回避したり空間転移先を知る事ではない。そんなもの瑣末な
  結末でしかない。鷹の目が視れるものは世界。極めれば雨粒が落ちる瞬間を全て視れるようになる。何故なら全ては魔力が介在しているからじゃ」
  「……」
  「相手の動きも視れるであろうよ。お主はどこに攻撃が来てどこが安全かも分かるようになる」
  「……」
  「ただもちろん問題もある」
  「問題、ですか?」
  「身体能力的に限界があるからの、肉を帯びている以上。視えたからといって、回避の動きが可能かと言われればまた別の問題じゃ。ただしこれだけは言える」
  「何ですか?」
  「フィッツガルド・エメラルダは魔法に対して無敵とも言える耐性がある。稀代の天才とはあの娘を言うのであろう。魔力にしても何にしてものぅ。しかしお主には
  全ての魔力が見える。フィッツガルド・エメラルダは天才。天才とは天から与えられた才能。しかしお主はそうではない」
  「……」
  「アイリス・グラスフィル。そなたは天に愛された存在。格としてはお主の方が上じゃよ」
 















  北方都市ブルーマ。
  街に舞い散る雪は美しくはあるもののノルド以外の住人には手放しに美しいとは言えない光景。
  冷気が街を包んでいる。
  もっとも住人の大半が寒冷地方に特化したノルドが多い為、さほど弊害はないわけだが。それでも冒険者や旅行者には耐え難い環境ではあるだろう。
  「くっそ。クソ寒いぜ」
  街を歩きながら苦々しく呟く小柄の男性。
  ウッドエルフ。
  ボズマーだ。
  鉄の兜に鉄の鎧に身を包んだ戦士風のその男の名はマグリール。最近ではウザリールと呼ばれている、空気読めない守銭奴野郎(笑)。
  「くっそ」
  悪態をつく。
  思えばこの男ほど陣営を変えた男はいないだろう。
  戦士ギルド→ブラックウッド団→詐欺紛いの傭兵(元白馬騎士オーレン卿の名を騙っていた)→黒蟲教団の密偵。
  基本的に好かれるタイプではないのは確かだ。
  そもそもアリスが庇わなければフィッツガルド・エメラルダにフルボッコされるか始末されていたであろう人物。ウザリールは山彦の洞穴の最終決戦の
  際に敵側に加担、殺すのは忍びないという理由でアリスに気絶させられていたのだが……そのまま放置プレー(爆笑)。忘れられていた存在。
  洞穴は崩れたものの悪運により生存。
  現在ブルーマで休暇中。
  お金に関しては黒蟲教団からのスカウト料がまだ残っているので不自由しないだけ持っていた。
  それに宝物もある。
  「この珍しい昆虫、誰に売れば高値で買い取ってくれるだろうか? 俺には家族がいるんだ、たくさん金がいるんだよっ!」
  ……。
  ……注意。ウザリールの独り言です(笑)。
  行き交う市民はいますが旅の仲間はいないのであしからず。
  彼はガラスの小瓶を持っていた。
  コルクの栓で封をされた小瓶を大切そうに両手で持っていた。その瓶に中には珍しいフォルムの小さな一匹の蜘蛛が入っていた。虫の王が潰えた後、落
  盤激しい山彦の洞穴脱出時に見つけた蜘蛛。幼少時は昆虫採集にはまっていたので虫には詳しい。
  だがこれは見た事がなかった。新種だとウザリールは思った。
  ブルーマに入り浸っているのは休息の為だけではなくこの蜘蛛が既存の種なのか新種なのかを調べる為でもある。
  そして彼は知る。
  この蜘蛛は今まで発見された事がない新種だと。
  「高く売れそうだぜ」
  後は誰に売るか。
  それが問題だった。魔術師ギルドが一番高く買い取ってくれるだろうがブルーマ支部は現在再建中であり、まだ運営は再開されていない。帝都まで行くには
  遠過ぎる。その間に蜘蛛が死んでしまう可能性もあった。地元の金持ちに売るべきか。しかし普通の金持ちが蜘蛛など買うだろうか?
  色々な思案が頭を通り過ぎる。
  「くっそ。どうするかな」
  呟きながら歩くウザリール。

  カタ。

  コルクの栓が瓶の中から押し開けられた。ガラス小瓶から蜘蛛が這い出てくる。
  だがウザリールは気付かない。
  自身の欲得に忙しいからだ。まるで異変に気付いていなかった。ウザリールの手から腕へと蜘蛛は這い上がっていく。そして首に達する。
  「ん?」
  その時ようやくウザリールは気付く。
  首筋に何かいる。
  もっともそれは感覚的に何かが首を這っているかもという感触であって、蜘蛛が首に這っているとは思っていない。
  「何だ?」
  首を触ろうとする。
  その時、小さな蜘蛛はウザリールの首筋に噛み付いた。
  そして……。