天使で悪魔






そして伝説は始まった






  伝説も最初から伝説だったわけじゃない。
  伝説を築こうとする意思がない限りそれは語り継がれるものではないのだ。

  だから。
  だから懸命に生きていこう。
  それがいつかきっと伝説になると信じている。伝説もまた日々努力。
  あたしはそう思っている。






  地獄の雷撃。
  灼熱の業火。
  そのコラボによって虫の王マニマルコはついに滅んだ……はずだった。しかし奴は復活する。勝ちを確信したあたし達の心を奴は容易に打ち砕いた。
  消耗が激し過ぎた。
  あたしは接近戦を挑み過ぎて肉体的に疲労が蓄積し、フォルトナちゃんは魔力に糸による魔剣ウンブラのコントロールで精神力が限界を向え、アルラ
  さんは火の精霊王サラムスの召喚で魔力の残量が既にない。これ以上の連戦は不可能だった。
  だけどただ1人だけ。
  彼女だけはそうじゃなかった。
  凛として態度で。
  凛とした口調で。
  こう言った。

  「虫の王、決着を付けましょう、2人きりでね」
  「決着を決しようぞ、希代の魔術師よっ!」

  もしかしたら最後の最後まで勝利を疑わないのはフィッツガルドさんだけなのかもしれない。あたしは虫の王の復活で一瞬、心が折れた。
  フィッツガルドさんは言う。
  あたし達に外に出るようにと。
  従おう。
  史上最強の魔術師に。
  そしてあたし達の最高のリーダーに。






  ひらりひらりと、あたしは回避する。
  骸骨戦士の剣を避ける。
  スケルトンだ。
  山彦の洞穴の外には、入り口付近にはアンデッド軍団が布陣していた。ゾンビ、スケルトンの混成軍団。ゴーストやリッチは混じっていなかった。
  死霊術師もいない。
  ある意味でやり易いと思う。
  数が多くても肉と骨のアンデッドは組み易い相手。
  「やあっ!」
  魔剣ウンブラを一閃。
  闇雲に剣を振るって突進してきたスケルトンを薙ぎ払う。これでまた一体沈めたっ!
  展開は既に乱戦。
  あたし、アルラさん、フォルトナちゃんは善戦中。
  どんなに消耗しててもゾンビやスケルトンに遅れを取る事はない。かなり体がだるいけど、特に剣の振るい過ぎで腕が重たいけど負ける事はない。
  他に仲間もいるしね。
  それはアントワネッタ・マリーさん達だ。
  前にスキングラードで会った事のある、フィッツガルドさんのお義姉さんだ。そして他の義兄弟の人達もいる。どういう経緯で今回参戦する事にした
  のかは分からないけど、皆が皆、凄い腕の持ち主。非常に頼りになる戦力だと思う。
  やっぱり家族だから参戦したのかな?
  家族っていいなぁ。
  「煉獄っ!」

  ドカァァァァァァァァンっ!

  小爆発。
  迫り来るゾンビの頭を吹っ飛ばした。それでもゾンビの歩みは止まらない。牽制にすらならない、か。
  ……。
  ……まあ、相手は生きてないからそもそも『牽制』という単語に意味はないけどね。
  だけど魔法のセンスはないんだなぁ、あたし。
  修行すれば大丈夫?
  うーん。
  あたしの場合フィッツガルドさんのように剣術も魔術も両立出来るほどの才能はない。
  天才ではない。
  だったら中途半端に両立するよりは剣術に磨きを掛けたいな。
  幸いにも手にしている剣はオブリビオンの魔王ですら滅ぼす可能性のある魔剣ウンブラ。伝説級の武器。超一流の戦士に相応しい武器を探す手間は
  これで省けた、あとはあたしが超一流の戦士になれば良いだけだ。もちろんそれにはまだまだ月日は必要だけど。
  先は長いなぁ。
  「そこですっ!」
  魔剣ウンブラで頭部を失ったゾンビを屠る。
  魂を食らう魔剣。
  しぶといアンデッド系も簡単に屠る事が出来る。また一体、敵が減った。しかしどこから来るのか次から次へと湧いて来る。
  麓からかな?
  魔術師ギルド連合軍と黒蟲教団の軍勢はまだ激突してる。激戦の音がここまで響いてくる。
  どっちが有利なのか。
  どっちが不利なのか。
  ここからでは判別が出来ない。ここからでは見えないから。

  ガシャ。ガシャ。ガシャ。

  スケルトンの戦士達がこちらに向ってくる。数にして10。大した数ではない。しかし手には弓矢が握られていた。
  横一列に並んであたしを射殺すつもりらしい。
  この程度の知能はあるのか。
  なるほど。

  タッ。

  あたしは思いっきり地を蹴る。
  相手の緩慢な動作が完了する前に、矢を引き絞る前にあたしはスケルトンの戦士達に肉薄。魔剣ウンブラを振るって次々と撃破する。相手はあたしが
  接近し過ぎて矢を放てないでいる。どうやらすぐには状況判断が下せないらしい。剣を振るっては倒し、倒してはさらに振るう。
  全部倒すのに5分も掛からなかった。
  だけどまだ終わりじゃない。
  おかわりは大量にいる。
  仲間達はそれぞれ自分の問題に手一杯。苦戦はしてないけど数が多過ぎて周りの戦況に果てが回らない。とくにあたし達山彦の洞穴突入組は連戦続
  きだったからやっぱり動きが鈍ってる。苦戦はしないもののすぐには状況を終了させるだけの余力はない。
  その時……。
  「なっ!」
  突然、蒼い光が地面を這う。
  あたしは硬直する。
  何かの未知の魔法だと思ったからだ。……ま、まあ、大概魔法はあたしにとって未知なんだけど(苦笑)。
  仲間達も硬直した。
  蒼い光は足元を広がっていく。
  光は山彦の洞穴の入り口から溢れていく。そして地面を覆う。
  「……」
  視える。
  これは何かの魔法だ。
  それが何かは分からないけど害はない。あたしの直感はそう感じていた。
  ……。
  ……何なんだろうな、この感覚。
  虫の王は『鷹の目』とか言ってたけど不意に覚醒した妙な能力。後でフィッツガルドさんに聞いてみようかな。
  蒼い光はどこまでも広がっていく。
  あたし達を通り過ぎ、さらにどんどん広がっていく。
  何の効果かは分からない。
  だけど害はない。
  少なくともあたし達にはね。

  ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。

  蒼い光に触れたアンデッドは次々と崩れていく。ゾンビは死体に戻り、スケルトンは骨に戻る。本来のあるべき姿に戻る。
  対アンデッド用の魔法なのかな?
  呆然としているあたし達を導くかのように凛とした声が響いた。

  「行くわよっ!」

  フィッツガルドさんだ。
  ここにいる。
  それはつまり虫の王マニマルコを倒したんだっ!
  凄いっ!
  賞賛の言葉をあたしは言おうとしたもののフィッツガルドさんは既に走り出している。どこに行くんだろ。あたしも、いや、あたし達も後に続く。
  向った場所は絶壁。
  雪原の決戦を見渡せる場所だ。
  そして見る。
  「……」
  思わず言葉に詰まった。
  勝敗は決していた。
  眼下に広がる決戦の場では完全に勝敗が決していた。見事なまでに壊滅している黒蟲教団のアンデッド軍団。
  さっきの蒼い光が眼下の場も覆ったんだ、きっと。
  アンデッド軍団は壊滅。
  蒼い光は生身には効かないみたい。つまり人間には無効。死霊術師は今だ健在だけど……いつの間にか魔術師ギルド連合の陣容はさらに膨れ上
  がっていた。あれはシェイディンハル、ブルーマ、スキングラードの衛兵の武装。三都市から都市軍が遠征してきたみたい。
  戦士ギルドの増援も来たらしい。人数増えてるし。
  あっ。
  シェイディンハル支部のバーズさんだ。
  既に人間の数でも魔術師ギルド連合が大きく上回っている。さらに言うならば黒蟲教団は総帥を失い、幹部である四大弟子も全滅。
  事ここに至ると劣勢を跳ね除ける事は出来ないだろう。
  つまり。
  つまりあたし達の……。


  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  うっわびっくりしたっ!
  アルラさんが突然天に向って雷撃を放った。その音が眼下の軍勢の耳にも響く。眼下の魔術師ギルド混成軍、黒蟲教団、双方がこちらを見る。
  無数の眼が集う。

  
ごおおおおおおおおおおっ!

  後方で突然凄い音がした。
  振り向く。
  すると山彦の洞穴があったであろう場所の方向から1本の蒼い閃光が天に向って柱のように立ち昇っていた。
  な、何この出力っ!
  凄い魔力エネルギーだ。蒼い光の柱は美しかった。
  「綺麗ですね。アリスさん」
  「そうだね。フォルトナちゃん」
  囁き合う。
  死霊術師達は自分達の敗北を悟り武器を捨て、魔術師ギルド連合軍からは勝利の喚声が上がった。フィッツガルドさんが武器を高らかに掲げると
  さらに喚声は高まる。あたしは主役にはなれなかったけど、フィッツガルドさんの傍らに立てれただけで嬉しかった。
  虫の王は滅んだ。
  そう。
  これはあたし達の勝利っ!


  今日この日、新たな歴史が綴られた。
  そして伝説は始まったっ!