天使で悪魔






同盟締結





  
  物事は多角的に見なくてはならない。
  今、戦っている者はあたし達だけではない。

  そして新たなる介入者が……。






  「まだ動くか。ふぅむ。なかなかにタフだな」
  「はあはあ」
  立っていられない。
  フィッツガルドさん達はまだ意識を取り戻していない。呻いたり少し体が動いたりしてるから生きているのは確かだ。それは、よかったと思う。心の底から。
  だから。
  だからあたしが皆が元気になるまで耐えなければならない。
  虫の王を阻まないといけない。
  責任?
  そんなんじゃない。仲間としての絆だと思う。そしてあたしの見せ場でもある、かな。
  負けられないっ!
  「魔剣ウンブラを持っていようとも所詮はただの戦士」
  「はあはあ」
  「いかに魔力の流れを読めようとも、それを活かす為の能力がないのであれば宝の持ち腐れ。お前には決定的な力というものがない」
  「くっ!」
  「それがお前の……」

  フッ。

  消えた。
  どこ?
  どこから……後ろっ!

  ブン。

  虫の杖があたしの背後で振るわれる。しかしあたしはその時、前転するように回避。
  だけど……。

  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!

  「……っ!」
  衝撃波が襲ってくる。虫の杖を振るった際に衝撃波を発したのだ。
  直接的なダメージはない。
  だけどあたしは体勢を立て直す事すら出来ずにごろごろと転がった。体勢が保てないのは戦士としては命取り。何とかよろよろと立ち上がる。
  その時、すでに虫の王は消えていた。
  また空間を渡ったっ!
  今度は……。
  「それがお前の敗因だよ、戦士殿」
  「……っ!」
  すぐ後ろっ!
  さわり。
  冷たい手があたしの首筋を撫でた。虫の王は気味の悪い声で、あたしの耳元で囁く。
  「余のモノにならぬか?」
  「……」
  「余は見ていたぞ。お前は四大弟子の3人まで倒した。余の能力の一部を戯れ的に授けたに過ぎぬ連中ではあったが、余の能力を持っていたのだ、そこ
  ら辺の雑魚とは別格。にも拘らずお前に負けた。なるほど、魔剣ウンブラが効果的に作用したのもあるだろう。しかしお前は正直殺すには惜しい」
  「……」
  「トレイブンの養女はある意味で完成されている、灰色狐の小娘の魔道技術も他に例がない、人形姫に関してはまさに古代の叡智の能力の保持者」
  「あたしは?」
  「お前は未完成だ。しかしだからこそ磨き甲斐がある。余のものとなれ。さすればお前は最強の弟子となろうっ!」
  「……」
  「どうだ? 心躍るであろう?」
  「戦士として最強を目指すのはあたしの夢です。でもそれを誰かに手伝ってもらおうとは思ってません」
  「何だと?」
  「聞こえなかったなら言い直します。あたしはっ! あんたなんかに仕えないっ!」
  「では死にたいのだな」
  そのままあたしは前に倒れた。
  敵の攻撃?
  そうじゃない。
  あたし自らの意思。体の比重を前方に掛けてそのまま倒れる。
  受身なんてしない。
  ただそのまま倒れる、そして地面に直撃する瞬間に身を捻って魔剣ウンブラを一閃。
  相手の胴を薙ぐっ!
  「くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「うきゃっ!」
  最初の絶叫は虫の王。
  間抜けな声はあたしです。まともに地面に直撃です。でも相手の意表を突く攻撃だったと思う。ただ普通に身を捻っての攻撃なら殺されるか、回避されるか
  のどちらかだったはず。殺される方の確率が高かったかな。虫の王の叫びは洞穴を駆け巡る。
  虫の王は無数の魂を体内に秘めている。
  それら全てを消し去らない限りは死なないらしい。そして殺すには魔剣ウンブラが一番効率的みたい。
  奴は言った。
  決定的な力がないとあたしを論じた。
  そうだと思う。
  あたしにはフィッツガルドさんみたいに凄い剣術も魔術もないし、アルラさんみたいに強大な魔法も操れない、フォルトナちゃんみたいに不思議な力もない。
  あたしは一番役立たず。
  何の能力もない。
  でも、それでいいんだ、あたしは。
  誰かに価値で対抗する為に戦うんじゃない、あたしは仲間の為に戦うだけだ。
  それでいい。
  「虫の王っ! 覚悟っ!」
  「小娘がっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  刃と杖が交差。
  虫の王は接近戦も出来る。結構な腕前だと思う。魔剣ウンブラが虫の杖と交差する度に、魔剣ウンブラからは禍々しいまでのオーラが発せられる。
  食らっているのだ。虫の杖に込められた魂を。
  「はあっ!」
  「調子に乗るなよ、無能なるダンマーよっ!」
  能力がある。能力がない。
  だけどそれで甲乙が付けられる訳ではない、とあたしは信じてる。あたしはあたし流に英雄を目指す。それでいいんだっ!
  あたしは別に……。
  「何か特別な力を求めているわけではありませんっ!」
  「それが負け惜しみだというのだっ!」

  フッ。

  消えた。
  魔力の波動を感じ取る。
  かなり離れた場所に具現化するようだ。多分距離を保って魔法で一気に決着を付ける気なのだろう。走って間合いを詰めるには少し遠い。
  位置は分かってる。
  ならばーっ!
  「これでどうですかっ!」
  「小癪っ!」
  魔剣ウンブラをあたしは思いっきり投げた。虫の王を倒す為の唯一の手段ともいえる魔剣ウンブラを奴の具現化位置に向って投げた。まさか決定打と
  なる武器を投げるとは思ってなかったのだろう、虫の王の対応はまるでなかった。意表を突いた攻撃ってやつですっ!
  まともに虫の王の胸元を貫いた。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  悲鳴。
  絶叫。
  咆哮。
  虫の王の魂は確実にカウントを減らしている。
  あたしは走る。
  奴の体には魔剣ウンブラが刺さったまま。次の一手の為には何としてもあたしが魔剣ウンブラを引き抜く必要がある。
  何故投げた?
  それはそれが最善だと思ったからだ。
  魔法が使えない、つまり遠距離の攻撃方法がなかったから仕方ない。剣を投げるというのはお粗末な攻撃方法ではあったけど……だからこそ虫の王の
  意表を突けたのもあるかな。虫の王は虫の王で魔剣ウンブラを抜こうと懸命にもがいている。
  刺さっている限りは常に魂を喰われている状況。
  あたしが抜くか、もしくは刺したまま虫の王の魂のストックがゼロになるのを待つか。
  いずれにしてもあたしが剣に到達する必要がある。
  あたしは走る。
  「下がれ、小娘っ!」
  「……っ!」
  強い魔力の流れっ!
  だけど何も可視出来ない、そのままあたしは後ろに吹っ飛ばされた。念動っ!
  ファルカーが使ってた強力な念動も元々は虫の王の能力なわけだから使えてもまるで不思議はない。それにしても魔力の流れは感知できてもそれを
  回避出来るとは限らない、まだまだ使えない能力かな。もうしばらく様子見と経験が必要みたい。
  ともかくあたしは引っくり返る。
  虫の王、魔剣ウンブラを胸元から引き抜いた。
  まずいっ!
  「どうした、その顔は? 完全に勝ち目がなくなってそんなに絶望か? ……勝てると思っていたとは、お前は実に愚かだな」
  「くっ!」
  「お前は実に稀なる能力を秘めているのだが殺すしかあるまい、余に逆らったのだからな。鷹の目かも知れぬが……まあ、よいか」
  「鷹の目?」
  「そうだ。お前を殺し、その目を抉って調べるとしよう」
  「……」
  煉獄を叩き込む?
  それとも体術で挑む?
  どれもナンセンスだ。だけどこのまま何もしないのはあたしのプライドが許さない。
  立ち向かい続けるまでだっ!
  「打つ手なしのようだな。虫けらよ、そろそろ消えるがよい」
  虫の王の手に雷が宿る。
  「余が命じる。このまま死ねぃっ!」
  「……っ!」

  「困るな。こんなところで死なれてはな」

  女性の声がした。
  次の瞬間、虫の王は闇の向うから飛来した無数の異界の斧によってズタズタとなる。もちろん魂のカウントが減っただけで死にはしない、しかし体はよろけた。
  その間に2つの影が虫の王に肉薄、それぞれが手にしている武器を振るって虫の王に斬撃を叩き込む。
  バッ。
  その内の1人、アカヴィリ刀に酷似した剣を所持した女が魔剣ウンブラを奪い取って大きく後ろに飛び下がる。
  そしてあたしの横に並んだ。
  「いっひひひひひひ。大切な剣なんだろ? 大切にしなっ!」
  「あ、ありがとうございます」
  変な人だ。
  誰だろ、この女の人。さっきの声の人じゃない。
  もう1人の人も後ろに飛んだ。多分声の主はこっちの人だろう。
  虫の王はその際には立ち直っていた。手に宿った雷撃を放とうとする。もう1人もまた女性、この人は双剣を手にしていた。
  それを頭上で交差させて、力強い声と同時に振るう。
  「虚空斬波っ!」

  ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「……っ!」
  思わずあたしは耳を塞いだ。
  鼓膜が破るかと思ったぐらいの大気の振動だ。虫の王は体を深く切り裂かれてその場に引っくり返った。
  す、すごい。
  大気を震わせるほどの一撃なんてっ!
  もちろんただの剣術ではない、魔力を感じた。恐らく魔法と剣の特性をそれぞれ組み合わせた一撃なのだろう。その女性もあたしの側まで下がってくる。
  「あの、ありが……」
  「ふん」
  リリスっ!
  あたしを助けてくれたのはリリスだった。黒の派閥のリリスだっ!
  何でこの人がここにいるのっ!
  その時、虫の王は復活。
  「何だ、貴様らは?」
  その問に対してリリスは冷笑を浮かべた。
  リリスの傍らには先ほどの気味の悪い笑いをした女性、そして闇の中から現れる白面の青年。白面の青年は知ってる、クヴァッチ闘技場でリリスと組んでた。
  リリスは高らかに宣言する。
  「我らは黒の派閥っ! そして我々はデュオス皇太子殿下直属の親衛隊イニティウム。私は双剣のエルフ、リリス」
  「ひひひ。虫の王、あんたの血の色が見たくてたまらないぐらいに楽しいよっ! あんたを殺すのは血煙の狂戦士と呼ばれるこの私、阿片様さっ!」
  「ゴタゴタしているこの機に乗じて禍根を断て、それが殿下のご命令でした。白面の悪魔セエレ、ここに推参」
  ……。
  ……あの、あたしの活躍の時間はお終いですか?
  黒の派閥の介入なんてありっ!
  だけどこの構図、興味深いなぁ。
  だって黒の派閥VS黒蟲教団。しかも末端同士の対決ではなく黒の派閥は幹部を3人投入、黒蟲教団側は伝説の死霊術師である虫の王マニマルコ。
  大物揃いだ。
  あたしの入る余地はある?
  「くくく」
  虫の王は笑う。
  「何がおかしい?」
  「デュオスの若造の手下風情が余に勝てるか? 愚か者めがっ! 雷光の調べっ!」
  「回避行動っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  放たれる雷撃。
  あたし達はすぐさま回避行動に移る。しかし阿片と名乗った女性剣士は対応が遅かった。
  まともに受ける。
  「ぎゃひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  絶叫が響く。
  プスプスと煙を発した、焼死体へと変じていた。
  「まずは一匹」
  口元を邪悪に歪める虫の王。
  だけどその笑みが瞬時に消えた。


  「虫の王、お命頂戴」

  虫の王マニマルコの足元の影が突然ムクムクと起き上がるように上に伸び、その黒い物体は鋭利な黒曜のナイフを虫の王の喉元に突きつけていた。
  その黒い物体は冷たく呟く。
  「このナイフには永続性の呪いが込められている。虫の王といえども例外なく呪われようぞ」

  「ほう? これは珍しい。影人か。数代前の皇帝の殲滅政策により絶えたとされる伝説の影の民。まだ生き残っていたか。名乗れ」
  「イニティウムが1人、黒き狩り人」
  「実に珍しい客人だ。だがお前は仕えるべき対象を誤っている。デュオスの小僧の手下などやめて、どうだ? 余に仕えぬか?」
  「笑止」
  「ならばお前も退場するがよい。永遠に」

  コン。

  足元を虫の杖で軽く突く虫の王。
  その瞬間、足元が裂けて四方八方に石礫が飛び散る。影人と呼ばれた存在は石礫が直撃する瞬間に虫の王の足元の影に掻き消えた。
  虫の王の笑いが響く。
  「誰一人とて余には勝てぬっ! お前らは余の糧となる為にわざわざと来たのだ。実に大義っ! くははははははははははははははははははははははっ!」
  「アリス、一時的に休戦だ。我々は虫の王を消す為に派遣された。奴を倒す、不服は?」
  「ありませんっ!」


  黒の派閥、一時的に同盟締結。