天使で悪魔






限界への挑戦






  限界を作るのは誰?
  限界を作るのは常に自分。

  知るべきだ。
  自らの今の限界を。そしてその為の努力をするべきだ。

  今後伸びるつもりなら。






  「……?」
  一瞬、ここがどこか分からなかった。
  薄目を開ける。
  暗い。
  あたしは暗く湿った洞穴の中で仰向けに転がっていた。
  黒いローブを着た、骸骨で出来たような杖を手にしたアルトマーの老人がスケルトンを召喚している。
  こちらに対してけし掛ける為に?
  「……」
  そうじゃないみたい。
  アルトマーの老人が指を鳴らすとスケルトンは趣味の悪い白骨の玉座へと変じた。
  あれは誰?
  あれは……。
  「ん」
  体が痛い。
  体を横に向けてみる。
  視界にフィッツガルドさんが倒れているのが飛び込んできた。フィッツガルドさんだけではない、アルラさんもフォルトナちゃんも倒れている。
  どうして?
  少し記憶を遡ってみる。
  確か四大弟子のファルカーを倒した、それでその後でアルラさんと合流、その際に四大弟子のパウロを撃破、そしてアルラさんと四大弟子カラーニャ
  を倒したフォルトナちゃんと合流。洞穴の最深部で虫の王と1人で対決しているフィッツガルドさんに加勢する為に急いだ。
  それで……えっと……どうしたんだっけ?
  ……。
  ……そうだ。思い出したっ!
  決戦の場に3人で飛び込んだはいいけど虫の王の雷撃の直撃を受けたんだっ!
  皆は意識を失ってる。
  「くっ!」
  立ち上がろうとする。体が痛んだ。
  立ち上がれあたしぃーっ!
  「ほう? 起き上がるか? たかが雑魚の戦士にしては頑張るな」
  白骨の玉座に身を沈めながらアルトマーの老人は笑った。
  虫の王マニマルコだ。
  「何故立ち向かう?」
  「負けられないからですっ!」
  「お前はもしかして正義の味方のつもりか?」
  「そのつもりです」
  「下らんな。世界は闇が本質だ。つまり余こそが世界の真理たる存在。正義の味方とは光であろう? ならばお前は世界にとってただの幻想でしかない」
  「えっ?」
  どういう意味?
  虫の王はからかうように喋っている。
  馬鹿にしている?
  そうかもしれない。
  「お前は考えた事はないのか? 世界とは闇なのだ。そうだな、光と闇について語ろう。お前は光とは何だと思う?」
  「この世界を照らすものです」
  「本当に?」
  「はい」
  「だとしたらお前は世界の真の姿を見えていない。世界とは闇なのだ。そう、真実この世界は闇なのだよ。本当の世界のあり方は常に真っ暗な闇が続
  いている、光とは脳が作り出す幻想、そして人は光があると信じて景色を見た気でいる。だが本当は闇が続くだけの世界なのだよ」
  「……」
  「誰かが言った。闇が真実であり光は幻想だと。光など脳が妄想しているに過ぎん」
  「何を言って……」
  「話は簡単だ。余は闇であり真実、しかしお前は光であって幻想。幻想が真実に勝てるかということだ。……お前の知識では理解できぬかな?」
  「……」
  くくくと虫の王は笑った。
  「余には3000もの魂がある。余を完全に殺したいのであれば全ての魂を破壊せよ。ただしこの虫の杖にも同じだけの魂が封印されている、そして余は杖
  から常に魂を吸収できる。合計で6000回殺してみよ。そうすればお前の勝ちだぞ?」
  「くっ!」
  「さあ。始めるか。……お仲間の為にも時間稼ぎがしたいのであろう?」

  フッ。

  「だが残念。お前はここで死ぬのだ」
  「……っ!」
  まったくの突然だった。
  把握するより早く開いてはあたしの目の前に空間転移していた。杖を振りかぶっている。

  「果てろ」
  「……っ!」
  杖を振る虫の王。その一撃は早いっ!

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「ぐはっ!」
  まともに虫の杖の一撃を受ける。腹部にだ。
  鉄の鎧のお腹の部分が砕けた。
  簡単に。
  おそらく鉄の鎧がなければ内臓が破壊されていた可能性がある。一応、鉄の鎧が直接的な攻撃力は防いでくれたけど……衝撃は当然伝わってくる。
  響く衝撃。気持ち悪い。
  よろけるようにあたしは数歩下がる。
  虫の王は嘲る様に笑った。
  「なかなか手入れの行き届いた良い鎧だな。死に損なうとはお前にとって今日は実に良い日だな」
  「馬鹿にしてっ!」
  「馬鹿にしてはおらんよ。見下しているだけだ」
  「同じですっ!」

  タタタタタタタタタタタタタタッ。

  走る。
  走る。
  走るっ!
  手には鋼鉄のロングソード。人を倒すには充分だけど虫の王相手にはどこまで通じるか。
  間合いを詰めるべくあたしは全力で走る。
  「剣で戦うしか芸のない戦士に余に勝つつもりか? 愚かな事だな」
  「誰が剣だけと言いましたっ! 煉獄っ!」
  「ほうっ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァンっ!

  小爆発。
  あたしの煉獄はフィッツガルドさんの五分の一程度の威力。虫の王を倒すほどの威力は当然ながらない。狙ったのは相手の足元、爆風が虫の王を包む。
  目潰しだ。
  「はあっ!」
  煙に包まれた虫の王に対して、滑り込むように斬り込む。
  刃が直撃。
  思いっきり薙いだ。
  「それで?」
  「くっ!」
  鋼鉄のロングソードの鋭い刃が相手の腹部を薙ぐ。
  だけど相手は動じない。
  よろけもしない。
  傷も瞬時に回復する。
  「今のは余を殺すほどの一撃ではなかったな。悪いがその程度の傷は瞬時に回復する。もっと鋭い一撃で余を殺さぬと魂のカウントは減らぬぞ?」
  「そこっ!」
  剣で突く。
  相手の戯言をわざわざ聞くつもりはない。
  「その程度か。ならばそろそろ殺すとしよう。遊ぶのは飽きたからな」
  「……っ!」

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「無益」
  煩わしそうに虫の杖を振るう虫の王。杖の一撃を剣で防御するものの、軋んだ音を立てて剣は砕けた。刀身の部分が砕けた。
  破片が飛び散る。
  虫の王は次の攻撃のモーションに移っている。
  あの杖の一撃をまともに受けたら死ぬ。
  かといって退ける間合でもない。後ろに飛び下がっても杖の間合からは逃れられない。
  逃げれない。
  ならばっ!
  「……」
  あたしは宙を舞う剣の破片を見る。
  切っ先の部分に狙いを付ける。

  バッ。

  左手を伸ばして切っ先の欠片を掴む。
  掴んだ際に手から血が出る。当然か。砕けているとはいえ真剣なわけだし。
  「虫の王、これでどうですかっ!」
  「小癪っ!」
  切っ先を虫の王の脳天に突き刺す。普通なら血を吹き出して倒れるけど……虫の王、よろけただけ。
  まだまだぁーっ!
  「はあーっ!」
  「……っ!」

  ザシュ。

  刀身は砕けたものの刃は半分残ってる。切っ先ないから刺す事は出来ないしリーチは短いけど剣は剣。斬れる。
  虫の王の首筋に一閃。
  頚動脈を切り裂く。
  やったぁっ!
  虫の王に一矢報いたっ!
  「不届きっ!」
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  虫の王が杖を地面に打ち付けると突然地面が裂けて礫が飛び散る。
  あたしは礫と同時に吹っ飛んだ。
  どさぁ。
  地面を滑りながらあたしは倒れた。
  「つっ!」
  痛む体を我慢しながら立ち上がる。砕けた鋼鉄の剣はもう使い物にならない。捨てた。
  とうとう魔剣ウンブラを使う時が来た。
  相手はあたしの切り札に気付いた節はない……多分。
  「ほう? 立つか。しかし相手にするのも飽きたな。死んでもらうとしよう」

  フッ。

  消えたっ!
  これが空間転移とかいう能力っ!
  ……。
  ……あれ?
  「後ろからっ!」
  「ほうっ!」

  ブン。

  背後から来る杖の一撃をあたしは回避。
  振り向きつつ、回避しつつ、背にある魔剣ウンブラに手を掛ける。まだ抜いてはいない。

  フッ。

  また消えた。
  だけどなんだろ。何となくだけど相手の出現位置が分かる気がする。
  今度は……。
  「右斜め前っ!」
  「ほうっ!」
  魔剣ウンブラを引き抜く。
  賞賛にも似た声を発していた虫の王の顔がこの時初めて硬直した。魔剣ウンブラを恐れてるっ!
  「ウンブラだとっ! どこでそんなものをっ!」
  「はあっ!」
  「ちっ!」

  フッ。

  消えたけど……逃がさないっ!
  分かる。
  分かるよ、相手の動きがっ!
  あたしは走る、今度の相手の出現位置はあたしの前方三メートル先っ!
  出現した虫の王。
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……っ! 貴様、魔力の波動で位置が分かるのかっ! ちぃっ! 見た目に似合わず器用なっ!」
  相手の叫びなんかどうでもいい。
  斬り込む。
  魔剣ウンブラを相手の胸元に叩き込む。
  響く絶叫。
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  よしっ!
  手応えがあった。
  そして完全に苦痛に満ちた絶叫が響く。
  「小娘今ので余が百回は死んだぞ身の程知らずが貴様も死ねぃっ!」
  「……っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  カウンター的に放たれた雷撃の洗礼を浴びてあたしは吹っ飛ぶ。
  強烈な一撃。
  だけど相手にも強烈な一撃を与えれた。
  相手がどれだけ魂があるのかは知らないけど……魔剣ウンブラなら効率的な倒せる。例え倒せたとしてもこれはあたしの実力ではなく魔剣ウンブラの性能
  のお陰だけどそれはそれでいい。あたしが虫の王を倒せるかは分からないけど、皆が復活するまでの時間稼ぎは出来る。
  だから。
  だからあたしは倒れちゃいけない。
  「ま、まだですっ!」
  立ち上がる。
  虫の王、冷静さを取り戻したのだろう、冷笑を浮かべた。
  半ば呆れ顔だ。

  「そんなに嬲り殺しにされたいわけか。よかろう、ならばっ!」

  コン。

  杖で大地を突く。
  すると虫の王の周りに無数の剣が宙に浮かんだ。
  「死ね、ダンマーよ」
  「……っ!」
  無数の剣があたし目掛けて飛んでくる。
  これってファルカーの技っ!
  確か『剣の舞』とかいう名前の技だったと思う。確かファルカーは『猊下から特殊能力を1つ貰った』とか言ってた。ファルカーの得た能力は念動、ファルカーに
  その能力を与えた虫の王は当然ながら念動の遣い手なのは当然かな。
  刃が飛んでくる。
  だけどっ!
  「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  的確に。
  的確に飛んでくる刃を魔剣ウンブラで弾き返す。
  卓越した身体能力?
  ううん。
  そうじゃないかな。
  さっきのファルカー戦でもそうだったけど何となく軌道が分かる。
  虫の王が吼えた。
  「やはり貴様は魔力の波動が読めるようだな。顔に似合わず器用な奴だ。しかし残念だな、ただの戦士風情にその能力は宝の持ち腐れだっ! 雷光の調べっ!」
  「……っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷撃をまともに浴びる。
  飛んでくる剣を弾くのに体力を使い過ぎた。そして一番最初に食らった雷撃のダメージが多過ぎた。回避できない。あたしはまともに受けて、吹っ飛んだ。
  「終わりだな」
  「……くっ……」
  「魔力の波動が読める。なるほど、念動で操った剣の軌跡が分かるはずだな。しかしお前はただの戦士。せめて魔法戦士なら余に一矢報いれたかもな」
  「ま、まだです」
  よろよろと立ち上がる。

  「しつこいな。何故そこまで立ち向かう? 何故だ?」
  「負けられないんです」
  「何だと?」
  「あたしはっ! ヴィラヌスの為にも最強の戦士になる必要があるんですっ! 逝ってしまった彼の分も頑張る必要があるんですっ!」
  そして。
  そして仲間の為に戦いたい。
  フィッツガルドさんの為に頑張りたい。
  だからこそ。
  「負けられないんですっ!」
  「無益」
  見ててヴィラヌス。
  あたしの生き様をっ!





  その頃。
  冒険者の街フロンティアの酒場。

  「おー。ヴィラヌス、なかなか行ける口だなっ! ホステス2人も侍らせるとはまさに男の鑑だぜっ!」
  「兄貴ほどじゃないですよ。いやぁ。今日も迷宮で頑張った分、命の洗濯が楽しいですね」
  「だなっ!」
  「兄貴。そろそろ王様ゲームしましょうっ!」
  「お前も好きだなぁ。よぉし。やるか、王様ゲームっ!」
  「はいっ!」
  ヴィラヌス、カガミと一緒に人生を謳歌中(笑)。


  ブラックウッド団の後のヴィラヌスのその後に関しては『アルディリア迷宮編』を参照してください。