天使で悪魔






強欲なる妄執






  強欲。
  全ての物を欲し始めたら、その者は業火に焼かれるだろう。
  自らの強欲の炎に。
  そして自身の欲によって自滅するのだ。






  背中に背負った鞘に魔剣ウンブラを戻す。
  腰の剣はどうしよう?
  あたしの持っていた銀の剣は使い物にならない。だけど武器には困らない。このファルカーの部屋には剣が無数にある。
  大半は魔剣ウンブラで弾いた際に壊したけど何振りかはまだ使える。
  「これにしよ」
  剣を拾い上げる。
  鋼鉄製の剣。
  魔力も何も帯びていないけど質は悪くない。
  頑丈。
  これをこの先も使い続ける事はないけど……とりあえずこの戦いはこの鋼鉄製の剣を主力にしよう。
  魔剣ウンブラ?
  極力は使いたくない。
  何しろ魂を食らう魔剣。食らわれた相手は二度と転生できない。魂が失われるからだ。虫の王相手には使うつもりではいるけど、それでも極力は使わない。
  もっともこの場合は相手の意表を衝く為であって虫の王の転生に対する配慮ではない。
  さて。
  「ファルカー、約束は守ります」
  死顔の彼に対して約束する。
  彼の願い。
  それは悠久の呪縛を終わらせる事。
  あたしはカッと目を見開いたまま果てているファルカーの側に近付いて屈み込み、彼の目をそっと閉じた。それから両手を胸元で組ませる。
  剣と剣を交えた相手に対する、剣士としての礼儀だ。
  「約束します」
  もう一度呟く。
  ある意味でファルカーもまた犠牲者なのだと思う。
  最初は虫の王に自分から仕えたのかもしれない(違うかもしれないけど)けど虫の王は彼の魂を弄んだ。死んでも死んでも蘇生されて部下として使われてきた。
  虫の王は魂を弄んでる。
  許せないっ!
  あたしは立ち上がる。
  阻む者はいない。
  そしておそらくこの先に敵はいないだろうと思う。最高幹部である四大弟子が待ち構えていた、わざわざ出迎えてまで待ち構えていた。
  虫の王は演出が好きなのだろう。
  多分雑魚はいない。
  何故?
  悪の帝王としての演出を楽しんでいるから。
  幹部を配置して盛り上げた、その先に雑魚は配置しないんだろうなぁー……と勝手に思ってます(笑)。
  「フィッツガルドさんと合流しないと」
  急がないといけない。
  急がないと……。
  「よう。アリス」
  「えっ?」
  警戒する。
  洞穴の闇に阻まれて誰かは分からないけど……声は知ってる。
  でもどうしてここにいるんだろう?

  ザッ。ザッ。ザッ。

  足音が近付いてくる。
  身構えたままあたしは足音の方向を見据える。
  「……」
  やがて暗闇の中から1つの姿が浮かび上がる。
  鉄の鎧に身を包んだボズマーの男性。
  「ウザリールさん」
  「よう」
  お金大好きボズマーのウザリールさんだ。
  クヴァッチ闘技場終了後に姿を眩ましたこの人がどうしてここにいるんだろ。外の魔術師ギルド連合の内訳は魔術師ギルド、戦士ギルド、シャイア財団。
  もしかしたらウザリールさんは傭兵として雇われたのかな。
  現在の彼は傭兵だし。
  「どうしてここに?」
  「待ってたんだ」
  「待ってた?」
  「ああ」
  これはおかしい。
  援軍に来たなら分かる。……まー、ウザリールさんの性格上、ここまで危険な場所に足を踏み込むかどうかは謎だけど。
  だけど待ってたって何?
  四大弟子という幹部がいる洞穴内、その支配者の虫の王もいる。
  待てるわけがない。
  洞穴の奥で待っていれるわけがないのだ。
  敵っ!
  すらり。剣を引き抜く。
  「おいおいアリス。俺だよ、俺」
  「知ってます」
  「だったら何で剣を構える? 何で剣を向ける? 俺達は仲間だろう? ビバ友情だろう?」
  「……」
  偽者決定っ!
  ウザリールさんは絶対にそんな事は言いませんあの人はビバお金ですっ!
  「あなた何者なんですかっ!」
  「仲間……」
  「ウザリールさんはその単語は使いませんっ!」
  「……」
  そう。
  ウザリールさんの行動の基本はお金。彼はお金にとても忠実。
  もちろんそれが悪いとは言わない。
  お金は生活の基盤だからだ。
  ……。
  ……ま、まあー、出来たらもう少し控えて欲しいとは思いますけどねー(切実)。
  ともかく仲間発言はウザリールさんらしくない。
  前述に戻るけど彼の行動の基本は金銭。だからこそ戦士ギルド→ブラックウッド団→傭兵、そういう流れで現在生きている。
  仲間発言。
  少し胡散臭い。
  別にウザリールさんを否定するわけではない、彼のキャラ性としてありえないと思うだけだ。
  もちろんまだ疑っている程度で確信はない。
  「何者ですか」
  「何者ですか? ……ちっ。勘の良い女だ。こうも簡単に気付くとはな。まあいいさ、どっちにしろお前はこの体に手出しは出来ないんだからな」
  「……」
  口調が変わった。
  だけど声の質はウザリールさんそのもの。
  「何者ですっ!」
  「肉体は奴のものさ。魂も共存している。俺は乗っ取っているだけだ。……というか一度見知ってるはずだがな、同族よ」
  「同族」
  つまり。
  つまりウザリールさんの体を乗っ取っているのはダンマー?
  そして俺という一人称だから多分男だろう。
  男のダンマー。
  というか思いっ切りざっくり過ぎる説明でしょ、それっ!
  分からーんっ!
  「山彦の洞穴前ではあのブレトンに真っ二つにされたのはこの時の為。奴の太刀筋など回避しようと思えば出来た、そして返り討ちも可能だった」
  「じゃああなたは……っ!」
  「我こそは虫の狂者ボロル・セイヴェルなりっ!」
  ええーっ!
  新しい四大弟子戦開始っ!
  洞穴前でフィッツガルドさんに倒されたのも演技らしい……って……。
  「嘘でしょ、それっ!」
  「……っ!」
  タッ。
  一気に相手に肉薄する。嘘つき嫌いっ!
  鋼鉄の刃を一閃。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  相手も剣を引き抜き、防御。
  交差した瞬間に金属音が響き渡った。その際にウザリールさんの体を乗っ取った嘘つきは体を大きく後ろに揺らした。よろけてる。
  よろけたのはウザリールさんの肉体の性能が影響してるのかもしれない。
  だけど。
  だけどーっ!
  「剣の腕、大した事ないですねっ! 体の反応速度が元の体とは違うのかもしれません、だけど動きそのものが稚拙ですっ!」
  「くっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  あたしは容赦なく攻め続ける。
  攻める。
  攻める。
  攻めるっ!
  この程度の腕でフィツツガルドサンと張り合える的発言するの?
  笑止ぃーっ!
  「フィッツガルドさんに勝てるもんか、こんな程度の腕でっ! あたしの憧れの人に対して謝れーっ!」
  「何っ!」
  鋭い一撃で相手の剣を弾き飛ばす。
  既に勝利に必要な間合にあたしは入っている。
  勝ったっ!
  「この肉体がどうなってもいいのか俺を殺せばこのボズマーも死ぬんだぞっ!」
  「……っ!」
  バッ。
  あたしは大きく後ろに下がった。
  そ、そうだった。
  フィッツガルドさんに勝てる的な発言に我を忘れてた。
  あ、あぶなーい(汗)。
  「くくく。ようやく事の重大さが分かったようだな。お前の仲間は俺の手中にあるんだよ。分かるか?」
  「……」
  ジリジリとあたしは下がる。
  ウザリールさんの肉体を乗っ取っている虫の狂者ボロル・セイヴェルは悠然とした足取りであたしに近付いてくる。剣を拾いに行こうとすらしない。
  よほど自信があるのだろう。
  人質の価値に。
  もちろんウザリールさんを見殺しにするつもりはないけど……この状況、やばいかも。
  うーん。
  というか完全にやばいでしょ、これ。
  魔法に精通していれば対処法が分かるのかもしれないけど、あたしには剣術しかない。剣で解決するしかない。
  どうする?
  どうしよう?
  「何が望みですか」
  「そうだな。とりあえずはお前の死だ。その上でお前の肉体を頂くとしよう。……ああ、俺達四大弟子はそれぞれ猊下から特殊能力を1つ下賜されている」
  「特殊能力」
  ファルカーもそんな事を言ってたな。
  確か彼の貰った能力は『念動』。それも生半可ではない強力な念動。
  「カラーニャの能力は空間転移、パウロの能力は肉体変異、そしてこの俺の能力は憑依っ! 肉体などただの入れ物に過ぎんっ!」
  「はあ。なるほど」
  力説してるなぁ。
  そんなに思いっきり力むほどの能力なのかな?
  だけどそれで納得。
  この人はウザリールさんの肉体に憑依している、それがこの人の能力なのだ。
  そしてふと思う。
  下賜されたって事は虫の王はその四つの能力を全て有しているのだろう。
  早くフィッツガルドさんの援護に行かないとっ!
  「アイリス・グラスフィルっ!」
  「何ですか?」
  「この体が心配なら大人しく殺される事だっ! そうしたら悪いようにはしないっ! ふははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  「それ信じるほど天然ではないです」
  手のひらを相手に向ける。
  「煉獄っ!」
  「……っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァンっ!
  あたしの手のひらに生まれた小さな炎の玉が相手に直撃、小爆発した。
  手加減?
  そんなのしてません。
  そもそも手加減できるような威力でもないし。
  相手はよろけただけ。
  憤然と相手は言い募る。
  「何をするっ!」
  「攻撃です」
  「この体を殺す気かっ!」
  「えっと、あなたはあたしを殺す気ですよね? そういう人に非難されるのもあれなんですけど……」
  「人でなしめっ!」
  「……」
  その理屈酷いと思うんですけど。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  ドサ。

  その時、ウザリールさんの体がその場に崩れ落ちた。
  動かない。
  意識がないようだ。
  「罠?」
  「そうではないわこの馬鹿めーっ!」

  ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  衝撃があたしを薙ぎ倒す。
  大した威力ではない。
  すぐさま立ち上がると青白い影が浮かんでいた。
  「その肉体はいらん、お前の肉体を頂くとしようっ! 盾にもならんのであれば必要ないしなっ! 俺は全てが欲しい、そうさ、筆頭の座も俺が頂くっ!」
  「ウザリールさんを解放してくれたのは感謝します」
  「その為には強い肉体が欲しい、お前の肉体を踏み台にしてフィッツガルドの肉体を奪ってみせる、そしていつか俺がポスト虫の王となるのだっ!」
  「えっと、それって規模の大きな話ですか?」
  微妙な気がする。
  どっちにしてもやり易くなったのは確かだ。
  この亡霊は全てを欲している。
  非常に強欲。
  だけどその強欲はただの妄執でしかない。
  亡霊は笑う。
  「その鋼鉄の剣で俺を殺すか? 無駄だな、霊体であるこの俺にそんな武器が通用するものか。すり抜けるだけだっ!」
  「それぐらいは知ってます」
  霊体を斬れるのは銀製の武器もしくは魔力の武器のみ。
  あたしの手にしているのは鋼鉄製。
  理論的に斬れない。
  だけど……。
  「はあっ!」
  間合いを詰める。
  相手は避ける気すらないらしい。あたしは剣を横に一閃、霊体をすり抜けた。

  「残念っ! 効かないと言ったろっ!」
  「あなたの敗因を教えますっ!」
  「何?」
  「野望を語るには小物過ぎる事ですっ!」
  あたしはそのまま鋼鉄の剣の柄から手を離す。剣は闇の中へと消えて行った。剣を離す動作から即座に背にある剣を引き抜く動作に移行。
  その間の時間わずか数秒。
  左手を添えて抜刀、そのまま真一文字に剣を振り下ろす。魔剣ウンブラを。
  「なっ!」
  魂だけの存在となったボロルの声に恐れが奔った。
  どうやらファルカーとの戦いをこいつは見ていなかったらしい。それが命取りですっ!
  「ま、魔剣ウンブラっ! どこでそんな伝説級の武器をっ!」
  「はあっ!」
  「待てっ!」
  相手の囀りを聞くつもりはない。
  一刀両断。
  真っ二つとなったボロルの魂は数秒間は可視出来る状態だったけどすぐに霧散した。
  彼の能力は憑依。
  だけど既に魂すらないのだから憑依も何もあったものではない。
  この世から永久に姿を消した。
  「あたしの勝ちですね」
  魔剣ウンブラを鞘に戻してあたしは倒れているウザリールさんに駆け寄る。いや、もう倒れてない。へたり込んではいるけど意識はあるようだ。
  顔色が悪そうだけど大丈夫そうだ。
  よかったぁ。

  「よう、アリス。頭が少しガンガンするよ」
  「大丈夫ですか?」
  その場にへたり込んでいる強欲な……ううん、満身創痍のウザリールさんを心配する。
  大丈夫かな?
  「ああ。大丈夫だ」
  「よかったです」
  「ところでアリス、俺のこの怪我は……」
  「すいません。あたしです」
  「賠償金払えーっ!」
  「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」
  そう来るかーっ!
  ある意味でお約束キターっ!
  この人、縁起でもないけど虫の狂者ボロル・セイヴェルに憑り殺されてても生命保険払えと言いそう。
  幽霊になってでも取り立てに来そう。
  嫌だなぁ。
  「と、ところで」
  話題を転じる。
  お金の話はあんまりしたくない。別に賠償金云々とかは関係ない、あんまりお金の話はしたくないだけ。
  ウザリールさん、詐欺師みたいな人だし。
  「ところでウザリールさんはどうしてここに?」
  「俺は誘い出されたんだ」
  「そう、ですか」
  策略?
  謀略?
  黒蟲教団にウザリールさんは騙されてここに連れ込まれたらしい。あたし、アルラさん、フォルトナちゃんが関与する事は黒蟲教団は知らないはず。
  というか知らないでしょ、結構あたし達が関与したのは偶然だし。
  つまりウザリールさんを誘い出したのはフィッツガルドさんに対しての備えというか、万が一の際には盾にするつもりだったのだろう。
  ……。
  ……た、盾になるかな?(汗)
  フィッツガルドさんなら1発で敵ごと吹き飛ばしそうだなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「ウザリールさん、どういう形でここまで連れ込まれたんです?」
  「クヴァッチで闘技場が終わった後に死霊術師に幹部待遇でスカウトされたんだ。魔術師ギルドの動きを掴んだりと2つ3つほど仕事をこなした後で報酬を
  支払うからと言われてここまで来た。そしたら特別料金払うから迎え撃つ手伝いをして欲しいと言われたんだ。そしたら俺の体を、くそっ!」
  「……」
  すいませんそれって完全に黒蟲教団の手下ですよね?
  完全なる寝返り?
  魔術師ギルドの動きを監視したり……この人最悪なんですけどーっ!
  「酷いと思うだろアリスっ!」

  「……はあー……」
  ウザリールさん、普通に敵側に雇われていた模様。
  誰かこの人を何とかしてーっ!
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  内心ではウザリールさんの無節操さに幻滅しているものの……というかまだあたし信じてたんだ、少し意外かも(苦笑)。
  まあ、彼の事はいい。
  放置しよう。
  これは決定事項ですっ!
  「……」
  あたしは思う。
  虫の操者ファルカー。
  虫の狂者ボロル・セイヴェル。
  四大弟子を1人で2人倒した。当然ながら他の面々は撃破数は1人。だけどあたしだけ2人。
  来てる?
  来てるのかな、あたしの時代っ!
  何気に既にフィッツガルドさんを超えてるのかもしれないっ!
  ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
  「金ーっ!」
  「すいませんウザリールさんうるさいです」
  「俺には家族がいるんだよっ! さあアリス、今すぐ払えさあ払えっ! かーねっ! かーねっ! かーねっ! かー……ぐはぁっ!」
  「ごめんなさいウザリールさん敵に憑依されて蹴っ飛ばしちゃいました不本意ですわざとじゃないですごめんなさい(棒読み)」
  ウザリールさん気絶。
  一緒に連れて行くと厄介だと振り撒きそうだし気絶しておいて貰おう。
  さて。
  「早く援護に向わなきゃっ!」


  四大弟子、虫の狂者ボロル・セイヴェル撃破。
  あと、ついでに金銭戦士ウザリールさん撃破(笑)。