天使で悪魔






遅れて来た英雄(になる予定)






  戦いが迫っている。
  大きな戦いが。






  冷たい風が吹き荒ぶ。
  ここはシロディール北部、北方都市ブルーマ近郊。さらに北に行けばスカイリムとの国境線がある。
  スカイリム地方では帝国からの独立を謳う地元民ノルド達の反発が強くなっており、スカイリムに駐屯している帝国の軍団はその鎮圧に躍起に
  なっているもののゲリラ戦を挑む地元民達の前に苦戦を強いられているらしい。
  だけどそういう国家間の騒動は今のあたしには関係ない。
  クヴァッチから一直線でここまで目指した。
  この雪原の大地を。
  背にはオブリビオンの魔王ですら恐れるという魂を食らう魔剣ウンブラ、腰には銀製のロングソード、纏う鎧は鉄製の鎧。
  陣形を組み、敵軍と対峙している軍勢。
  あたしはその軍勢の一隊を指揮しているモヒカンダンマーの男性の元に急いだ。
  「遅れました、叔父さんっ!」
  「遅いぞ、ひよっこっ!」
  戦士ギルドのチャンピオンであると同時にあたしの叔父さんのモドリン・オレイン。
  100名の構成員を率いてここに布陣している。
  今回の動員は魔術師ギルドの援護。
  今だ動かぬ敵軍の正体は死霊術師の軍団。確か……黒蟲教団とか言ったかな?
  英雄伝説は好きだけど、あたしの根は戦士だから魔術師系の英雄伝説は知らない。黒蟲教団の総帥は虫の王マニマルコとかいう有名な奴らしいけど
  正直素性がよく分からない。だけど名をあげる好機だと思う。
  そして援軍は大恩あるフィッツガルドさんへの恩返しの意味合いにもなる。
  頑張ろうっ!
  「叔父さん、それで状況は?」
  「叔父さんと呼ぶのはよせ。……まあ、今はそんな事はどうでもいいか。状況は見ての通りだ」
  まだ敵は動いていない。
  数の上では敵の方が圧倒的にも見える。
  かなり距離が離れているからよく分からないけど、死霊術師そのものの数はこちらとほぼ同等……かな。
  大体300ぐらい。
  「叔父さん、こちらの数は?」
  「魔術師ギルドのバトルマージが120、魔術師が100、新興財閥であるシャイア財団の私兵が50、俺達戦士ギルドは100名ってところだ」
  「ふぅん。人間の数で勝ってる?」
  「ああ。敵は300前後だから、まあ、勝ってるな。俺達の後ろにはお客さんがいるしな」
  「あははは」
  思わず笑ってしまう。
  あたし達連合軍の遥か後方には帝国軍が100名出張ってる。何の為にいるかは知らないけど……あれは援軍ではく傍観者だと思う。
  それでも数としては誇示できる。相手に意識させる事ができる。
  ……。
  ……役に立つかどうかはまったく別だけどね。
  ともかくこちら側の方が人間の数では勝ってる。
  問題は人間ではない数では圧倒的に劣っているという事だ。
  死霊術師は死者を支配する魔術師。当然ながら彼ら彼女らの戦力の基本は生者ではなく死者となる。強大な数のアンデッド軍団が死霊術師の
  前面に布陣していた。その数は多過ぎて正確には分からない。だけど2000……ううん、3000はいるだろう。
  数で押されれば勝てない。
  どう対処するのかな?
  「叔父さん、フィッツガルドさんは?」
  見当たらない。
  まあ、緊急任務の内容を来た際に全体的に指揮しているのはフィッツガルドさんだと聞いたから、連合軍の一翼でしかないここに留まる事はなく
  軍全体を仕切る為に今動き回っているのだろう。忙しそうだなぁ。
  あたしも出来るだけ助けなきゃ。
  「マスターは軍を離れたよ」
  「えっ?」
  「現在総指揮を執っているのはアークメイジ補佐役のラミナス・ボラス殿だ」
  「フィッツガルドさんは?」
  「剛毅な奴だよ、あいつはな。敵の総本山に突撃した」
  「ええーっ!」
  「その後を追うように一騎付いていったな。誰かは知らんが……ラミナス殿曰く、シャイア財団総帥のアル何とかという奴らしい」
  「つ、つまり2人で突撃?」
  「そうなるな」
  「ええーっ!」
  す、凄い精神力っ!
  普通は怖くてそんな事は出来ないと思う。クヴァッチ闘技場で名を馳せたとあたしは思ってたけど……フィッツガルドさんの隣はまだ遠いなー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「俺はその行動は正しいと思う」
  「えっ?」
  「敵さんは誘ってるんだ、アークメイジが来いとな。俺は魔術師じゃないから理屈は分からんよ。ただ、敵の親玉は強力な魔術師がご所望らしい。そして
  マスターはそれを知って自ら乗り込んだ。勝つにはそれしかないしな。数で押し合えば負けるだけさ。トップ同士で決着つけるしかない」
  「……そうかー」
  つまり。
  つまり死霊術師にとってこの決戦はそれ以上の意味はないらしい。
  死霊術師の親玉にすれば軍勢を布陣させ対峙するのもある意味では座興なのかもしれない。
  ともかくフィッツガルドさんは動いた。
  虫の王の望みは叶った、と見るべきかな?
  ならば静観はお終い。すぐに軍勢同士のぶつかりあいが始まるだろう。フィッツガルドさんが向った以上、軍を止める意味などないからだ。
  「お前も行け、ひよっこ」
  「えっ?」
  「遅刻してきたお前にここでの居場所なんかねぇよ。布陣は済んだ、今さらお前の持ち場なんざないのさ」
  「つまり……」
  「人にはそれぞれ相応しい居場所がある。行って来い。……いや。本当は行きたいんだろ?」
  「うん」
  あたしは頷いた。
  フィッツガルドさんだけに危険な行為はさせられない。
  行かなきゃっ!
  「こっちは心配するな。行けっ!」
  「はいっ! ……あっ」
  「ん? どうした?」
  「叔父さん、あたしに……姉はいないよね?」
  「姉? お前、自分の家族構成も知らんのか? 頭の中にあるのは脳味噌じゃなくてモグラか?」
  「……」
  頭の中モグラって何っ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「今、それは関係あるのか?」
  「そうじゃないけど……」
  「お前に姉なんざいねぇよ。少なくともモロウウィンドの姉貴からそんな話は聞いた事もない」
  「リリスって名前なんだけど……」
  「そりゃお前火事で死んだ隣の娘じゃねぇのか? 10年以上前の話だが……今、それが関係あるのか?」
  「ないけど……」
  「とっとと行けっ! さもなくば支部長の地位を剥奪してトイレ掃除専門にするぞっ!」
  「それはやめてーっ!」
  ただでさえレヤウィン支部のトイレ掃除はあたしの専門。支部長の役職を失えばただのトイレ掃除に雇われてる人になっちゃうっ!
  それは嫌だーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「アイリス・グラスフィルっ!」
  「はい?」
  「特別任務だ。虫の王マニマルコとその幹部を討ち取って来いっ! いいか、勝つまで帰ってくるなよっ! がっははははははははっ!」
  「分かった、叔父さんっ!」
  「叔父さんはよせ」




  山彦の洞穴。
  そこが黒蟲教団の本拠地らしい。
  あたしは馬を降りて徒歩で山道を歩く。何の気配も感じない。……感じなさ過ぎる。何かの結界が張られてるのかな?
  敵が隣にいても分からないような錯覚に陥る。
  それにしても。
  それにしても何の声も聞こえない。
  雪山とはいえ獣はいるだろう、なのに生命の息吹さえ感じない。死霊術師の総本山らしいといえばそうなのかもしれない。
  死者を操る者と死者の巣窟。
  「……っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  突然脅威を感じたあたしは銀のロングソードを引き抜き、一閃。一本の矢が落ちた。あたしの体は本能的に動いた。そしてそのまま大きく後ろに下がる。
  さっきまで立っていた場所に矢が降り注ぐ。
  前方から矢を放った集団が現れた。
  人ではない。
  厳密には人だった集団、スケルトンだ。数はわずか10程度。手にはそれぞれ弓矢を装備している。
  次の矢を引き絞る前にあたしは地を蹴って間合いを詰める。
  「やあっ!」
  間合いさえ詰めれば弓矢装備の敵は、敵として機能しない。
  銀のロングソードを振り回して骨を弾き飛ばし、打ち砕き、撃破していく。この銀のロングソードは魔力剣ではないけど、銀には元来破邪の力がある。
  対アンデッドに相応しい武器だ。
  骸骨弓兵を撃破。
  「殺せっ!」
  骸骨の刺繍を施したローブを着込んだ男が数名現れて、ゾンビをけしかけてくる。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァンっ!
  小爆発が死霊術師に起きる。あたしの魔法は殺傷能力がないに等しいけどそれでも牽制にはなる。そして爆発と爆音にどうしても人間は反応してしまう。
  少なくともこの場にいる死霊術師達は大した使い手ではないらしい。
  一瞬混乱する。
  それで充分だっ!
  あたしは隠し持っていたナイフを投げる。護身用のナイフだ。
  死霊術師一人の額を貫く。
  その間にあたしは走る。ゾンビの間を走り抜ける。ゾンビはあたしに掴み掛かろうとするもののそれらを全て回避し、何体かは通り抜ける際に斬り捨て、死霊
  術師の数名に斬り込む。接近さえすれば骸骨弓兵同様に敵ではない。遠距離戦に長けた相手は接近戦にはすぐには対応出来ない。
  バタバタとあたしの刃の前に倒れる。
  死霊術師の撃破完了。
  全ての指揮者を失ったゾンビはデタラメにあたしに詰め寄ってくるものの一体ずつ確実に沈める。
  今のあたしは冷静でいられる。
  強くなってる?
  強くなってるっ!
  全ての敵を撃破するのにそれほどの時間は掛からなかった。
  「ふぅ」
  額の汗を拭って剣を鞘に戻す。
  さあ。
  先に進もうかな。


  わあああああああああああああああああああっ!

  喚声が聞こえる。
  「始まった」
  戦いの火蓋がついに切って落とされた。戻って戦うべきかも知れないと一瞬思うものの、今さら戻るのは手遅れだ。
  それに。
  それに戻ったところで意味がない。
  今、しなければならないのは敵組織の上層部を潰す事だと思う。それが最善の方策だと思う。
  トップを倒せば戦いは終わり。
  仮に終わらないにしても展開を有利に運べるのは確かだ。
  周囲を見渡す。
  敵は全て沈黙した。
  死体は死体に、骸骨は骸骨に戻った。それが自然の摂理であり、あるべき姿。
  今まであまり死霊術師やアンデッドとの関りはなかったけど、あたしはその類がどうやらあまり好きではないらしい。死者を冒涜するだなんて腹が立つ。
  そういう意味でも頑張らなきゃね。
  「よし。進もう」
  敵の部隊は撃破完了。
  叔父さん達の準備は万端なのは分かるけど、数の上では圧倒的に死霊術師側の方が上。長引けば長引くほど命の危険が高まる。
  早急に上層部を倒さなきゃ。
  あたしは先を急ぐべく山道を進み始める。
  その時……。

  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  「うひゃっ!」
  凄い音が山全体を包むかのように響いた。
  な、何、今の音は?
  だけど聞き覚えのある音。今のは……雷の魔法の音?
  フィッツガルドさんだろうか?
  ありえない話じゃない。
  だってフィッツガルドさんはあたしより先にこの山に入ったらしいし、もしかしたら近くで現在戦闘中なのかもしれない。
  彼女に追いつくのもあたしの大切な任務だ。
  だけどどこにいるんだろ?
  「うーん」
  立ち止まり周囲をきょろきょろ。
  少なくとも視界には入らない。
  先ほどの倒したスケルトンの一体が持つ武器が不意に気になった。別に大した武器ではない、ありふれた鉄製の弓だ。そしてスケルトンは数本の
  鉄の矢を携帯している。何かの役に立つかもしれない。あたしは来た道を戻ってスケルトンから武器を剥ぎ取って装備。
  矢筒を背負う。
  わずか6本しかないけど、まあ、ないよりマシかな。
  遠距離戦の武器ゲット。
  あるとないととではやっぱりまったく違う。
  その時再び……。


  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  「うひゃーっ!」
  ぺたり。
  驚きのあまり尻餅を付く。
  結構心臓に悪い音だなぁと思う。ともかくフィッツガルドさんは近くで奮戦しているようだ。山全体に響きそうな轟音、そしてその轟音はすぐ近くで
  響いているように感じる。今の音で鼓膜が痛いし。
  あたしは立ち上がり走り出す。
  上に。
  上に。
  上に。
  フィッツガルドさんは山彦の洞穴を目指している。
  ざっと見ただけだけど地図上の地理ではこの山の上層付近にその洞穴がある事になっていた。上に進もうっ!
  数分後。
  喋り声が聞こえた気がした。
  女性と女性の声。
  1つはフィッツガルドさんのものだとあたしは思った。
  走る。
  視界がわずかにひらけた時、甲冑を纏った集団が斜面を滑り降りてくる場面に遭遇した。弓矢を構えている。その引き絞られた矢の先には2人の
  女性がいた。フィッツガルドさんと皮鎧を着込んだ……あれ、確か前にアンヴィルで会った女性?
  ともかく。
  ともかく2人に矢を向けている以上、甲冑戦士達は敵なのだろう。
  あたしは矢を構える。
  「やっ!」
  放つ。


  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。

  矢は標的目掛けてまっすぐと飛んでいく。
  それは吸い込まれるように相手の喉元を貫通、甲冑戦士3人は息絶える。
  あたしは英雄目指して小さい頃から修行してる。武器の扱いに関してはお手の物。それに弓に関しては白馬騎士団時代にオーレン卿に手ほどき
  を受けてるから特別に自信がある。正直な話、主要武器を剣から弓に転向しても結構いけると思う。
  向こう側からはあたしの姿は見えないらしい。
  完全に敵は動揺している。
  だけど。
  だけどフィッツガルドさん達は違う。
  まるで打ち合わせしていたかのように2人とも剣を引き抜き、甲冑集団に向って斬り込む。
  敵との格の差は歴然。
  「はあっ!」
  「そこ、ですわっ!」
  次々と敵を蹴散らしていく。
  ほとんど一刀で切り伏せている。フィッツガルドさんの腕の凄さは知ってたけど、もう1人の女性も剣の腕は卓越したものがある。
  援護しよう。
  ……。
  ……まあ、援護いらなさそうだけど。
  弓矢を構える。
  そして、放つっ!

  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。

  寸分狂わず甲冑戦士3人を射抜く。フィッツガルドさん、アンヴィルで見知った女性(名前は覚えてない)の2人は剣で相手を圧倒していく。
  剣も凄い腕前っ!
  魔法を使う事すらなく次々と相手を打ち倒していく。
  やっぱり強いなぁ、フィッツガルドさんは。
  弓を捨ててあたしも剣を引き抜く。
  背負っている魔剣ウンブラではなく、腰に差している銀の剣の方だ。
  「加勢しますっ!」
  叫びつつ走る。
  甲冑戦士の軍団に向って間合いを詰める。
  フィッツガルドさんは微笑。
  「悪いけどパーティーは先に始めてたわ。今のところ撃墜数は私が上。アリス、勝負しない?」
  「望むところですっ!」
  「勝手に話を進めないでくださるっ! エースはわたくしですわっ!」
  競い合うかのように刃を振るう。
  別に戦いを遊びにするわけではない。ただ、やはり気分としては盛り上がる。相手を押す。押し切る。一気に倒すっ!
  「何をしているたかが3人の女にっ!」
  憎しみの声が響く。
  黒いフードを被った死霊術師だ。
  新手っ!
  その男は手を大きく掲げて従えていたアンデッドの軍団をこちらにけし掛ける。そしてこちらに向かう部隊の首は全て切断された。
  ……。
  ……切断?
  ええーっ!
  な、何で?
  「フィーさん、こちらの敵は一掃しましたっ!」
  少女の声が響いた。
  そしてその姿が視界に入る。あたしよりも幼い。あたしは18歳、だけどその声の持ち主はもっと年下。15歳ぐらいかな?
  色白で線の細い少女。
  フィッツガルドさんの名前を呼んでいるから多分、フィッツガルドさんの仲間なのだろう。
  だけどどうやって敵を倒したんだろ。
  魔法?
  そうかもしれない。
  その時、フィッツガルドさんが最後の甲冑戦士を切り倒していた。
  「行くわよっ!」
  「フィッツガルドさん、御供しますっ!」
  「問題なしです、行けます」
  「勝手に仕切らないで欲しいですわねーっ! 仕切るのは、わたくしですわーっ!」



  もしかして最高の四人組?
  あたしは律儀に立ちはだかる敵の小部隊を蹴散らしながらそう感じつつあった。
  魔法と剣術のエキスパート、フィッツガルドさん。
  フィッツガルドさんと同タイプの能力者であると同時に精霊使いのアルラさん。
  魔力の糸という古代アイレイドの失われし力を駆使するフォルトナちゃん。
  そしてあたし。
  結構凄い組み合わせかもしれない。
  ……。
  ……ま、まあ、あたしだけ『これ』といった能力はない気がするけどねー。
  もっと修行しなきゃなぁ。
  「どいつが愚かなるトレイブンの後を継いだ女だ?」
  ともかく。
  ともかくあたし達は立ち塞がる敵を倒し、倒し、倒し、とうとう山彦の洞穴に到着した。洞穴の入り口にはダンマーの男性が立っていた。
  同じダンマーのあたしが言うのもなんだけど気持ちの悪い色の肌だと思う(泣)。
  緑過ぎるよー、この人。
  わざわざ1人で洞窟の前で立ち塞がる……これってこいつが幹部かなにかって事なのかな?
  あたしが相手をしたい、先鋒戦を担当したいとは思う。
  だけどフィッツガルドさんご指名らしい。
  「私よ」
  ご指名されてフィッツガルドさんは一歩前に出る。
  緑ダンマーは不気味に笑った。
  「そうか。お前が後継者か。思ったよりも雑魚そうだな」
  「あんたに言われたくはないわ」
  「ここまで無謀にも来た。お前は身の程知らずにも虫の王に、猊下に会うつもりか?」
  「いいえ。殺すつもりで来た」
  「謁見したいのであれば俺を殺すしかないぞ。虫の王マニマルコ様の四大弟子が1人、虫の狂者ボロル・セイヴェル。剣には自信がある」
  「あら本当? 試してみる?」
  「くくくっ! ファルカー程度の剣術だと思うなよっ! 俺は随一の剣術を誇っているのだっ!」
  「御託はいいわ」
  剣術が得意な幹部か。
  ファルカーというのが誰かは知らないけど……死霊術師は魔法得意な連中というわけではないみたい。剣術が得意な奴もいるのか。だとしたら
  あたし的には嬉しい展開だ。あたしは魔術師じゃないから魔術師相手だと役に立てない。でも剣術特化の敵もいるなら、役に立てる。
  緑ダンマーの言葉から察するとファルカーという奴も剣術が得意なタイプみたいだし。
  四大弟子かぁ。
  全部で当然4人いる、あたし達も4人いる、つまりあたしも幹部と戦う展開もあるというわけだ。
  そんな展開があるのであれば、その時は頑張ろう。
  「……」
  「……」
  フィッツガルドさん、緑ダンマー、静かに対峙。
  固唾を呑んで見守る。
  凄い。
  敵の動きが『動』ならフィッツガルドさんは完全なる『静』。それでいて物凄い存在感と圧倒感を発している。直接対峙しているわけではないあたしにも
  そのプレッシャーが迫ってくる感じだ。緑ダンマーはニヤリと笑っている。この人、まるでフィッツガルドさんの存在感に気付いていない。
  この人、完全に負けるっ!
  何が四大幹部で随一の剣術を誇ってるのだー……なんだろ。まるで腕の差に気付いてないのによく言う。
  それともフィッツガルドさんとの差が圧倒的過ぎて気付かないだけ?
  そうかもしれない。
  バッ。
  緑色のダンマーが動いた。
  思ってたよりも早いっ!
  鞘から剣を引き抜く。しかしフィッツガルドさんはもっと早い。緑ダンマーは会心の笑みを浮かべて剣を引き抜こうとする。その時、既にフィッツガルドさん
  は背中に背負っていた漆黒のガラスのような材質の魔剣を引き抜いて、敵の脳天に振り下ろしていた。
  敵の悲鳴?
  敵の絶叫?
  そんなものは存在しない。
  勝負は一瞬のうちについていた。相手の脳は痛みや恐れという感情を覚える前に真っ二つとなっていた。
  「……」
  強いっ!
  強過ぎるっ!
  あたしはさすがに声がまったく出せなかった。フィッツガルドさんは何気ない口調であたし達を促す。
  「邪魔は消えたわ。行くわよ、皆」
  四大弟子の一角、陥落。



  律儀に1人で待っていた幹部を倒してあたし達は洞穴内部に侵入。
  洞穴内部は敵で一杯?
  ううん。
  まったくいなかった。ゾンビ一体すらいない。
  罠?
  洞穴にあるのは1つだけ。
  闇。
  闇。
  闇。
  まったく先の見通しすら出来ない。
  「フィッツガルドさん、誰も、いませんね」
  「いえ。いるわ」
  「……何も感じませんけど」

  「ようこそ、子猫ちゃん」

  「カラーニャっ!」
  まるで闇の中から現れたかのように、ドレス姿のアルトマーの女性が闇に浮かび上がる。叫んだフィッツガルドさんの声に緊張があった。
  このアルトマーは強いのだろうか?
  だとしたら四大弟子かもしれない。
  きっと虫の王って冒険小説のノリが好きなのだろうなぁ。最終決戦は幹部との連戦、まさに王道っ!
  虫の王とは気が合うかも。
  カラーニャと呼ばれた女性はあたし達を順に見て、フィッツガルドさんに視線を戻した。
  そのまま彼女は言う。
  「猊下が奥でお待ちよ」
  「そう。待たせて悪いわね。案内して貰える?」
  「早合点ね。私を倒した後に、お待ちって意味よ」
  「ふぅん」
  「ボロル・セイヴェルを倒したようね。だからって調子に乗らない事ね。結局奴は末席。倒したからといって手柄にはならない」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  う、うわっ!
  フィッツガルドさんは突然カラーニャに向って魔法を放つ。顔には嫌悪。よほどこの女性が嫌いらしい。
  カラーニャは静かに呟いた。
  「避雷針」
  えっ!
  雷はあらぬ方向にそれる。
  カラーニャは魔術師かっ!
  そしておそらくフィッツガルドさんが認めるだけの実力を秘めた相手なのだろう。もしくは恐れるだけの力量を持った相手。
  「ご挨拶ね、いきなり攻撃だなんて。相変わらず淑女の礼儀を知らないわね、子猫ちゃん」
  「霊峰の指っ!」
  その時、アルラさんが勝ち誇った顔で雷を放つ。
  わたくしの方が上ですわねー……みたいな感じかな?
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷に弾かれるようにカラーニャは後方に吹っ飛ぶ。
  凄い威力っ!
  フィッツガルドさんの雷よりも凄い勢いだった。カラーニャはザザザザザっと地面を転がる。
  カラーニャ?
  即死だと思う。
  アルラさん、四大弟子を撃破完了。
  「残念ですわね。最近の淑女は先制攻撃するものですわよ?」
  「……あら、それは知らなかったわね」
  むくりとカラーニャは起き上がった。
  嘘っ!
  起き上がったカラーニャも驚きだけど、カラーニャの顔を見てあたしは背筋が凍った。
  何あの顔っ!
  完全に黒焦げ。にも拘らず平然としている。
  「……何あれ」
  あたしは力なく呟いた。
  先ほどまでの声とはまったく別物の、異質な声でカラーニャは笑った。
  声質だけではない、口調も変化している。
  こいつキレたっ!
  「メイクが落ちたかしら? きひひひ。アルトマーの振りをするのは疲れるわぁっ!」
  その声に呼応するかのようにさらに闇の中から2人が現れる。
  勘定としては全てが合う、残りの四大弟子だろう。
  1人はアルトマーの剣士。ミスリル製の防具を身に纏っている。多分この人がファルカーなのだろう。
  1人はローブを着たブレトンの少年。
  「もう本性を現したのか。随分と早いな、カラーニャ」
  「っていうかボロル・セイヴェルはもう死んだ? あのおっさん、随分と呆気ないなー。あはははー☆」
  総力戦だ。
  相手は幹部を出し惜しみする事なく投入してきた。もちろん意味は分かる。ここに至っては出し惜しみする意味などないのだからね。奥には虫の王が
  いる、ここが最終決戦の場となる。出し惜しむ理由も意味もない。そしてやるべき事も全て判明している。
  外で戦っている叔父さん達の為にも虫の王を倒す必要がある。
  敵のトップを倒して戦いに終止符を打つ。
  それが最善。
  ならばっ!
  「フィッツガルドさん、ここはあたし達が相手をしますっ! それぞれ一対一、そうすれば時間のロスは避けられますっ!」
  「アリスっ!」
  残りの幹部は3人。
  この場にいるあたし達は4人。
  既に幹部を1人倒しているフィッツガルドさんはこんな前哨戦をしている場合ではない。
  虫の王と対峙してもらうのがベストっ!
  アルラさんが同意してくれる。
  「そこのダンマー娘の言葉は妥当ですわね。わたくし達も貴女のように幹部を瞬殺してから追いつきますわ。御機嫌よう」
  「同意します。フィーさんは奥にっ!」
  残りの幹部は3人。
  一対一で決着を付けていけば時間のロスは避けられる。ファルカーと思われる人物はあたしを見て薄く笑った。彼の視線はあたしの腰に差してある銀
  のロングソードに向けられていた。剣に自信があるのだろう、だからこそあたしを対戦相手に選んだ、そう思う。
  「こいつは面白い。俺はそのダンマーの剣士をいただく。おい、付いて来いっ!」
  「じゃあ僕はあのおばさん殺すとしようかな、人形劇でねっ!」
  「きひひひっ! では私はそこの餓鬼を殺すとしようっ!」
  あたしだって役に立てる。
  そう。
  フィッツガルドさんとの初対面の時、ゴブリン相手に苦戦していたあたしよりも進歩してる。
  四大弟子戦、スタートっ!