天使で悪魔
緊急任務、発令
世界の運命はやがて1人の女性の手によって紡がれるだろう。
その時あたしはどこにいるのだろう?
城塞都市クヴァッチ。
帝都に次いでもっとも堅牢な城塞都市。
精強な軍隊。
鉄壁の城壁。
豊富な物資。
そして歴史と伝統を有した都市。帝都以外で唯一闘技場を持つのもクヴァッチだけ。
ただ一つだけ帝都に劣るもの、それは雅さ。
どうしても華麗さが劣る。
だけどあたしはそういうのは気にしない性格。クヴァッチの厳格な雰囲気を気に入ってる。だからグランドチャンピオン戦が終わった後も滞在していた。
んー、一週間ぐらいかな。
ここに滞在してるのは。
今は農業地区に出向いて農民達に指導している。この街での滞在費稼ぎでもある。
グランドチャンピオン戦の賞金はマーティン神父にあげちゃったし。
あたしは農民達を前に実技披露をしてる。
「ここでこうやって腰を下ろし、スコップで……こうっ! いいですか、こうです、こうっ!」
『おおーっ!』
農民達からどよめきの声。
現在モグラ退治の実戦披露中。
あたしはモロウウィンドの実家から幼少の頃に飛び出してシロディールに住む叔父さんの家に厄介になった。叔父さんは戦士ギルドの大幹部。あたしも
自動的に、というか流れとして戦士ギルドに関わっていく事になる。その際にモグラ退治を学んだ。ほら、子供の時にトロル退治とか無理だし。
皿洗い。
犬の散歩。
お使い。
ともかくあたしは子供の時にはそういう任務をこなしながら成長して行った。結果としてその類のスキルはマスタークラスだ。
特にモグラ退治はあたしの十八番。
おそらくはフィッツガルドさんですらモグラ退治の腕ではあたしには劣るだろう。
「いいですか、皆さん、抉るように、こうっ!」
「質問があります、モグラ先生っ!」
「何ですか?」
「モグラは日光に弱いって本当ですか?」
「それは誤りです。モグラは土中生活に特化しているので眼が完全に退化しています。見えてすらいません。日光でショック死するのはデマです」
「マジっすかっ! じゃあ外で死んでるのが多いのは何故ですか?」
「餓死です」
「餓死?」
「そうです。モグラは食べ物を求めて日々移動しています。食べ物に対して常に飢えているんです。過酷な生存競争に負けて死んでいるんです。ただ別に
餓死するのは外で、という決まりではありません。たまたま外に出てきて餓死したというだけです。他に質問はありますか?」
モグラ退治の指導を終えて、あたしは宿に戻るべく歩く。
夕暮れが迫ってる。
うー、今日も働いたなぁ。
モグラは農家の皆さんの天敵。それを撃退するお手伝いが出来るのはあたしの誉れ。
最近あたしは真剣に戦士ギルド辞めてモグラ退治の指導を仕事にしようかと考えてる。帝国の農地政策により、農家は税が軽減されている。そういう意味
合いではモグラ退治の仕事は結構需要ありそうだし。
「今後どうしようかなぁ」
歩きながら呟く。
あたし1人だ。
ノル爺は最近はマーティン神父と一緒に魔術の話で盛り上がってるし、ウザリールさんは……多分どっかで『金ーっ!』とか叫んでるんだろうなぁ。
あたし?
あたしは日々モグラ退治の伝授とか剣の修行とかしてる。だけど居心地が良いからといってこのままここにいるのも問題があるんだよなぁ。
カジートの老魔術師は魔術師ギルドの隠居、別に制約はない。
ウザリールさんも傭兵だから特に問題はない。
だけどあたしは一応は戦士ギルドのレヤウィン支部長。お飾りなのは分かってる、実際には補佐のルベウスさんが支部を纏めている。叔父さんがあたし
を支部長に任命したのは補佐役のルベウスさんの実務能力を側で見て学べという事なのだろうと思ってる。
クヴァッチに来たのは一応は仕事だけど現在は既にプライベート、そろそろ戻らないとやばいかなぁ。
ただ……。
「アンヴィルに行ってみたいなぁ」
何度も行った事がある街。
フォースティナさんと会ったのもあの街だったな。今回あたしが切に行きたいと思っているのは追憶の為ではない。もちろん感傷に浸りたいとも思うけど、今回
行ってみたいと思っている最大の理由は預言者。突然アンヴィル聖堂の前に預言者が演説を始めたらしい。
あくまで噂話。
あくまで情報。
当然ながら実際に聞いたわけではないので何を喋っているのかは分からない。ただ、アンヴィル聖堂の壊滅を預言したらしい。
実際には?
壊滅してないよ。そんな展開になったら大騒動になってる。
興味本位ってわけじゃないけど預言者の話を聞いてみたいと思ってる。何か冒険の始まりな感じがするし。
……。
……だけど行けないだろうなぁ。
本気でそろそろ戻らないとやばい。叔父さんにあたしが戻らないと報告が行けば首根っこ引っ掴まれて引き摺られちゃうっ!
ガクブル(泣)。
「叔父さん、かぁ」
最近会ってないな。
聞きたい事があるし一度コロールに戻ろうかなぁ。それとも手紙を出す?
まあ、どっちにしても聞きたい事がある。
リリスの事だ。
彼女曰く『あたしの姉』という事らしいけど……あたしに姉はいない。モロウウィンドを飛び出したのは幼少の頃だから、もしかしたら実家には妹が生まれた
可能性があったとしても姉は生まれないだろうし。生き別れの姉?
うーん。
そういう話は聞いた事がないなぁ。
叔父さんなら何か知ってるかもしれない。
別に『姉』と言っても血縁とは限らない。『姉のような』人物の可能性だってあるわけだし。……まあ、あたしは全然心辺りないんだけど。
「リリス」
誰なんだろ。
現在は黒の派閥の幹部イニティウムの1人、あたしを仇と付け狙うダンマーの女性。通称『双剣のエルフ』という異名を持つ剣士。
生き別れの姉?
姉のような人物?
それともただのデタラメ?
いずれにしても『姉』発言をするのであれば……コロールに住んでたのかなぁと思う。多分あたしが叔父さんの家に厄介になり始めたぐらいかな。あの当時の
記憶はおぼろげ。それ以後という事はないだろう、だってそれ以後はダル、ヴィラヌスと一緒に遊んでた。姉のような存在はいなかった。
叔父さんに聞こう。
叔父さんに。
「支部長っ!」
「えっ?」
突然呼ばれて振り返る。
そこにいたのは初老のインペリアルの男性。補佐役のルベウスさんだ。
どうしてここにいるんだろ?
ま、まさかっ!
「あたしをフルボッコにするように叔父さんに命令されたのねっ!」
「……いえ、そうではないです」
「じゃ、じゃあ押入れに閉じ込めるように指示されたのっ! ……叔父さん昔から悪い事には容赦ない人だからなー……」
「……すいません支部長、そういう次元の問題ではないです」
「えっ? そうじゃないの?」
「はい」
「よかったぁ」
ホッと一安心。
「じゃあここには何をしに?」
「緊急任務が発令されました。支部長は直ちにブルーマの戦士ギルド支部に赴いてください」
「緊急任務?」
「戦士ギルドのギルドマスター直々の緊急任務です」
「ギルドマスター」
フィッツガルドさんからの緊急任務?
何だろ。
「どういう内容なの?」
「魔術師ギルドが山彦の洞穴を拠点に勢力を拡大している死霊術師の組織『黒蟲教団』との決戦を行うそうです。戦士ギルドは精鋭100名を動員、討伐軍に
参加せよとの命令です。なお補足ですが魔術師ギルド&戦士ギルドの総指揮はギルドマスターがお執りになるそうです」
「えっ?」
戦士ギルドは分かる。フィッツガルドさんの組織だからね。
でも魔術師ギルドはどうして?
総指揮権を与えられたのかな。
「支部長、帝都の情勢はレヤウィンには届き辛いので噂程度なのですが、どうやら魔術師ギルドは代替わりをしたそうです」
「代替わり?」
「アークメイジのハンニバル・トレイブン殿が急死。養女であるフィッツガルド・エメラルダ、つまり我々のマスターが後を継がれたと」
「……」
フィッツガルドさんのお養父さん、亡くなったのか。
可哀想だな。
偉いなぁ、フィッツガルドさんは。あたしなら泣き叫んで決戦どころじゃなくなっちゃう。もちろん決戦に挑めるからといって平気ではないだろう、内心では
きっと凄い悲しんでるはず。よし、こんな時こそあたしが力にならなきゃっ!
「ブルーマに直行すればいいんですか?」
「はい。支部に行ってください。既に各支部からも選りすぐりのメンバーが集結中です。全てが集結次第、魔術師ギルドの部隊とともに山彦の洞穴に進撃
予定です。総指揮はマスターがお執りになりますが、その補佐としてモドリン・オレイン殿が任命されました」
「叔父さんが」
ブルーマ支部に来る。
全てが終わって時間が出来ればリリスの事を聞いてみよう。
「それにしても支部長、探しましたよ」
「ごめんなさい」
「緊急任務が発令されたのは2日前ですからね」
「2日前……ええーっ!」
「報告遅れて申し訳ないです。しかし仕方ないですよ、探すのに手間が掛かりましたから」
「……」
あたしの杞憂かな?
何気に決戦に遅れている感がするのはあたしの気のせいかな?
あははははは。
気のせいだよねー。
……。
……うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ叔父さんに殺されるーっ!
急げあたしぃーっ!
……とその前に。
あたしはアカトシュ聖堂に足を向けた。マーティン神父にお別れを言いに来た。
神父の私室に向かう。
もう何度かここに来ているので誰かに案内を頼むまでもないし、教会関係者もあたしがマーティン神父の友人だと認識しているらしく会釈してくれる。不法侵入
として止められる事もない。あたしは私室に向かった。扉は半開きになっていた。
「マー……」
「主よ。お許しください」
入ろうとしたもののあたしはやめる。
マーティン神父は何かを懺悔しているようだ。半開きの隙間から中を見るのは失礼になるので中は見ないけど気配は1つしかない。つまりマーティン神父は
偶像か何かに懺悔しているのかもしれない。懺悔の内容を立ち聞きするのはマナーに反する。
出直すとしよう。
……。
……あー、でも、あたし急ぎの緊急任務が発令されたし。
このまま別れをせずに立ち去る?
悲しいけどそれはそれで仕方のない事なのかも知れない。
内心で葛藤している間にマーティン神父の懺悔は続く、そしてそれはあたしの耳に届いてきた。
「主よ。お許しください。グラドリエルちゃんが風邪をひいているだなんて知らなかったのです。潤んだ瞳、熱を帯びた頬、風邪だとは思わず私に惚れたと思っ
たんです。ですからあれは事故なんです。どうかご両親にばれませんように」
「……」
この人痛い目に合えばいいと思うっ!(断定っ!)
この犯罪者めーっ!
マーティン神父討伐任務が発令させたらきっと蹴っ飛ばしてやるーっ!
「ちょっと。そこ邪魔」
「えっ?」
振り返る。
年齢は6歳かそこらの少女がいた。薄緑色のローブを着てる。ダンマーの女の子だ。蒼い肌の可愛い女の子。
ただその瞳は冷たく冴えていた。
「退いて」
「ここはロリコンの巣窟だから入らない方がいいと思うよ」
忠告。
あたし、マーティン神父は実は演技してるんだと思ってたけどおそらく限りなく本気なのだろう。本気でロリなんだと思うっ!(確定っ!)
「ロリコン?」
「そうだよ」
「興味ないわ、私。それであんた誰? 黒魔術師マーティンの弟子か何か?」
「黒魔術師?」
「私の名はハーマン。世界最強の黒魔術師になる予定よ。サインしてあげようか?」
「別にいりません」
「ああ、そう。そもそもあげるつもりないしね。別にいいわ。バイバイ」
「……」
そのままハーマンと名乗ったダンマーの女の子はマーティン神父の部屋に入った。
黒魔術師って何?
まあ、いいか。
さっきのロリ発言聞いたからマーティン神父にお別れの挨拶する気分じゃなくなっちゃった。緊急任務に向かうとしよう。
一路ブルーマへ。
決戦の地、山彦の洞穴に。