天使で悪魔
動き出す黒の派閥
絡み合った糸を解いてみる。
それは無数の糸。
だけど、その意図は実は最初から1つなのかもしれない。
画策するのは一体誰?
画策するのは……。
グレンデル撃破。
元グランドチャンピオンは実は黒の派閥の幹部のイニティウムの1人『鉄壁の鬼人』と称される人物だった。
偶然?
必然?
よくは分からないけどあたしは彼と戦った。
ブラックウッド団本部での戦いではイニティウムの1人である『炎の紡ぎ手』サクリファイスとぶつかった。その時はあたしはまるで歯が立たず、撃破
出来たのはフィッツガルドさんのお陰だ。あたしだけだったならきっと死んでる。
今回も結局はマーティン神父のお陰かもしれない。
だけど。
だけど、慢心かもしれないけど、あたしは思う。
確実に強くなっていると。
確実に……。
『それでは授賞式に……なんだぁ?』
アナウンスの声が素っ頓狂。
それもそうだろう。
突然1人の人物が闘技場の観客席から、戦いの場であるここに飛び降りてきたのだ。あたし達も戸惑う。
「何ですかね、あの人」
「ま、まさかっ!」
「マーティン神父?」
「イリーナちゃんの兄貴かっ! ちくしょう、兄には言うなと口止めしたのにっ! 待ってくれそこの人、あれは……そう、健全な全身運動なんだっ!」
「……」
すいませんこの人最悪なんですけど。
ギャグ?
ギャグなの?
何気に本当なのだと思うあたしは意地が悪いのだろうか?
正統派の性格はいないのーっ!
はぅぅぅぅぅぅっ。
「止まれっ!」
「観客は立ち入りは禁止されている。戻りなさいっ!」
「サイン会は後だ、後っ!」
クヴァッチ衛兵が3人が乱入者を留める。
だけど彼の足は止まらない。
近付いてくる。
その人物、色白のブレトンの男性だ。端正な顔立ちで綺麗なんだけど……どこか冷たい。端正過ぎると冷たく感じるのかな。
無言。
無言。
無言。
ブレトンの男性は包囲して叫んでいるクヴァッチ衛兵に対して無言を通している。
衛兵はさらに奥から何人も出てくる。
取り押さえる為だ。
「邪魔です」
それが合図だった。
瞬間、取り囲んでいた3人の衛兵の首が飛んだ。ブレトンは武器など持っていなかった。
少なくとも最初は。
今は二振りの斧を持っている。
無骨な、それでいて異様な形と文様の刻まれた斧だ。
こういう言い方はおかしいかもしれないけど、端正な彼には似合わない武器だと思った。
「双斧乱舞(そうぶらんぶ)っ!」
手にしている2つの斧を彼は投げた。奥から駆けて来た衛兵達に向って。
それはまるで意思があるかのように衛兵達の首を次々と薙いで行く。
観客達は叫ぶ。
今までのような歓声ではない、恐怖の為だ。
……。
……考えようによってはおかしいかもしれないかな。
闘技の形であれ今の形であれ人は死んでいくのは変わらない。なのに今は騒いでいる。泣き叫んでいる。そういう意味ではおかしいかなぁ。
まあ、あたしの考えは今はいいかな。
ともかく。
ともかく奥から出てきた衛兵達は全滅。
全て首なしとなる。
斧は不思議な事にそれぞれ最後の衛兵を倒した直後に消えた。
何なの?
「召喚と念動の合わせ技か」
「マーティン神父?」
「あれは異界の斧だ。召喚魔法だ。その斧を投げ、念動で操る。なかなか魔道のコントロールが高い。……惜しいな。ここで殺すには。くくくっ!」
「……」
色々と危ない人だな、この人も。
表と裏の境界線が分かりません。強いっていうのは確かなんだけど……二面性があり過ぎかな。
もちろん人には人それぞれの生き方がある。
そして過去も。
正確っていうのはその積み上げだからあたしがどうこういう問題ではない。
さて。
「何者ですかっ!」
グレンデル戦の後にマーティン神父から返してもらった魔剣ウンブラを構えながらあたしは問う。
状況は分からない。
だけどこの場で何とか出来るのはあたし達だけだろう。
衛兵は蹴散らされた。
少なくともこのブレトンの目的はあたし達、もしくはどちらかなのは確かだ。クヴァッチ領主であるゴールドワイン伯爵を暗殺するのが目的なら
わざわざこんな騒ぎを起こす必要はないからだ。この男の実力なら貴賓席に単身乗り込んでもまず暗殺出来るはず。
なのにそれをしない。
目的は伯爵暗殺ではないという事だ。
つまり。
つまりあたし達もしくはそのどちらかが目的となる。
だけどこいつ誰?
あたしは知らない、こんな奴。
何者だろう。
「双斧乱舞っ!」
「くっ!」
放たれる二振りの異界の斧。
これが返答か。
不規則な動きをしつつこちらに向かってくる。あたしはマーティン神父の前に立ち、斧の軌跡を見極めるべく眼を見開く。
念動で操作されている斧。
あのブレトンの意志で動いているわけだから迂闊に動けば軌跡は変更され、不意を衝かれるのは必至。
ギリギリまで引き寄せないと。
近付いてくる斧。
まだだ。
まだ。
まだ。
……今だっ!
「はあっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
魔剣ウンブラで斧を弾く。
この瞬間、マーティン神父が動いた。無数の光の球を宙に従えて。
「光撃・連っ!」
ブレトン目掛けて飛んでいく光の球体群。
その威力、絶大。
「双斧乱舞っ!」
だけど相手も尋常ではない遣い手。
両手に具現化した斧を投げる。
投げる。
投げる。
投げるっ!
投げた瞬間、次の斧が手に生まれている。そしてその斧が光の球とそれぞれ相殺。数十秒後にはマーティン神父の光の球は全て迎撃されていた。
舌打ちする神父。
「ちっ。なかなか魔力が高いな、奴は。私の魔力は連戦で心許ない」
「あたしがいますっ!」
タッ。
地を蹴り、あたしは相手に向って走る。
どんな遣い手でも魔力には限度がある。マーティン神父は魔力を消耗したけどそれは相手にしてもそうだ。
走る。
間合いを詰める間に相手は斧を2つ投げる。
「うひゃっ!」
ギリギリまで引き付けて回避。通り過ぎたところで1つの斧に対して煉獄を放つ。爆発。斧はそれほど耐久力はないらしい。
もう1つの斧が戻ってくる。背後から迫ってくる。
あたしは背中に神経を集中させるが如く注意しながら走り、再びギリギリで回避、そして通り過ぎたところを……。
「やあっ!」
魔剣ウンブラで真っ二つ。
そのまま相手に肉薄した。その時、ブレトンはグレンデルの両手持ちのクレイモアを握っていた。
……。
……何を考えているんだろ。
あの細腕で両手持ちのクレイモアが扱えるわけがない。もちろんまったく無理とは思わないけど敏捷性には欠ける。そしてブレトンの体付きを見
る限りでは振るえは出来るだろうけど使いこなすという事は出来ないはず。
ブレトンは刃を振るう。
「軽羽」
「えっ!」
それはとても鋭くて。
まるで重量などまるで感じないかのように振るわれた。魔法で腕力を強化してるのっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
……あれ?
数合刃を交えるものの……鋭さは感じるけど力はない。腕力を強化しているなら勢いがあって当然なのにそれがない。オークのグレンデルよりも
太刀筋は早いけど力は感じられない。もちろんこの鋭さで来るわけだから一撃は軽くはないけど……グレンデルに及ばない。
軽羽って魔法の効果?
まるで武器の重量を軽減してるかのような振りだ。
あたしは落ち着きを取り戻す。
冷静に見極め、一閃。
バッ。
相手は大きく後ろに跳躍、回避。そのまま間合を保とうとする。
追撃しようとした瞬間、左手に具現化した斧があたしに投げられる。
「光撃っ!」
マーティン神父の援護。
斧は粉砕。
あたしはそのまま追撃、相手に迫る。刃を振るう、振るう、突くっ!
「そこっ!」
「小賢しいですね、まったくっ!」
忌々しそうに叫ぶブレトン。
その時、一隊が出張ってくる。衛兵の鎧じゃない、白い鎧を着込んだ部隊だ。
多分あれがクヴァッチ近衛騎士団だろう。
騎士団メンバーは全て過去のグランドチャンピオン。つまりあれ全員が元グランドチャンピオンか。凄いなぁ。総勢で20名。
あたしは後ろに下がる。
あとは騎士団に任せるとしよう。近衛騎士団はブレトンを包囲する。
「分かりましたよ。負けました」
クレイモアを宙に投げ捨てた。
弧を描いて刃は舞う。
視線がそこに集中した。次の瞬間、黒衣の人物が双剣を手に場に踊りこんでくる。まるで舞うようにその人物は騎士団の間を通り過ぎる。
通り抜けた時、刃には鮮血。
ドサ。ドサ。ドサ。
音は1つや2つではない。無数に響く。
嘘っ!
わずか数秒でクヴァッチ最強の騎士団は全滅した。
驚愕している瞬間にブレトンは大きく跳躍、一気にマーティン神父に詰める。
まずいっ!
援護に向おうとした瞬間、双剣を持つ女があたしに肉薄してくる。こいつはこの間のっ!
「死ね、アリスっ!」
「どうしてあたしの名をっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
相手は二振りのショートソード。おそらく魔力剣。一撃の強さはこちらが強いけど向こうの方が振りが速いし手数が多い。
容易には踏み込めない。
「くっ!」
「死ね、アリスっ!」
「どうしてあたしを狙うんですかっ!」
「どうして? ……ふん、お前には分からない、私の母親を殺し父親を奪ったお前にはなっ!」
「えっ?」
その時、初めて気付く。
この人の顔があたしにそっくりだという事に。歳もそう変わらないだろう。
誰なの?
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
その時、響いた声。
それはブレトンの声だった。間合いを詰められたマーティン神父は血塗れ。
致命傷ではないけど接近戦はからっきしらしい。
援護に入った者達がいた。
それは……。
「忘れてもらっては困るのぅ、我らをの」
「金ーっ!」
ノル爺とウザリールさんだっ!
これで形勢は逆転した。
ブレトンの男性のダメージは大した事はないみたいだけどこれ以上のごり押しは出来ないと判断したらしい。
後退する。
「退きますよ、リリスさんっ!」
「仕方あるまい」
リリスと呼ばれた黒衣の女も下がり始める。
逃がさないっ!
刃を構え直したあたしに彼女は冷笑を浴びせながら呟いた。
「姉をお前は殺せるわけ?」
「えっ?」
「次は殺すよ、アリス。……悪いわね。私はあんたを殺せる。でもねアリス、お前に姉が殺せるかい? ふふふっ!」
黒の派閥の本拠地。
シロディール地方の、あるアイレイドの遺跡がそのまま本拠地となっていた。
「……以上が報告です、若」
「……」
玉座にふんぞり返るのは黒の派閥の総帥であり先帝ユリエル・セプティムの遺児の1人であるデュオス。
皇帝の血筋は少ない。
それもそのはずで、今まで皇帝の意を汲んだジョフリーが率先して庶子である血筋の者達を抹殺して来た。幸運と偶然から生き残ったも
ののデュオスもそんな庶子の1人。
やがて黒の派閥と同盟を結んだ深遠の暁の手により先帝は暗殺、崩御。そんな中で皇帝の正当なる後継者候補である三皇子も殺された。
権力の空白の始まり。
帝国軍部と元老院はそれぞれの思惑の元に次の皇帝を擁立すべく奔走。
それを嘲笑うが如くデュオスは皇帝の血筋を抹殺している。
何故?
簡単だ。
唯一の皇帝の血筋となる為だ。
そうする事で自身の存在の正当性を確立する為であり、そしてより純粋に自分を道具として扱ってきたジョフリー達に対する復讐だった。
「申し訳ありません、若」
「くくく」
玉座の前に必要以上に控えるのは白面の悪魔と称されるセエレ。
クヴァッチ戦の後、ここに舞い戻った。
報告の為にだ。
玉座にて笑うデュオスの隣には腹心であり最強の懐刀であるヴァルダーグが待立している。
デュオスは笑う。
「くくく。グレンデルは自らの力量不足で屈した。それだけの事だ。お前がかしこまる必要はねぇよ」
「し、しかし……」
「お前はお咎めなしだ。問題はあるか?」
「い、いえ」
「むしろ褒美をやりたいぐらいだぜ。良い口実が出来た」
「はっ?」
「セエレ」
「はい」
「リリスに伝えろ。アイリス・グラスフィルを正式なる抹殺対象にするとな。奴にその全権を任せると伝えろ。行け」
「御意のままに」
お咎めなし。
その恩情に内心ホッとしながらも、内心納得出来ないセエレであったものの伝令や密偵は彼の任務。
つまり新たな任務を与えられたわけだからこれ以上ここで悩んでいる場合ではない。
一礼し、退出した。
それから数分後、ヴァルダーグが疑問を発した。
「何故セエレの行動を不問に?」
「奴は別に過ちは犯しちゃいない。それだけの事さ」
「なるほど」
「くくく。それで? 他にも何か言いたい事はあるのか?」
「はい」
「許す。言え」
「フィッツガルド・エメラルダ、グレイフォックス、アイリス・グラスフィル。この3人は強敵です。そして人形遣いフォルトナもいずれは敵として立ち
はだかる可能性があります。問題なのは関連性。この4人はそれぞれ組む可能性はゼロではありません。それは良くない」
「それで?」
「単独でも既にイニティウムのメンバーと張り合える4人が組んだのであれば計画の根底が覆ります。自分にお任せてください。全て殺します」
「駄目だ」
「何故ですか?」
「使えるからさ」
「使える?」
「奴らのお陰でこのシロディールにある様々な組織は弱体化している。……深遠の暁にもその影響を与えてやりたいと思ってる」
「……なるほど」
「くくく」
黒の派閥と深遠の暁。
同盟関係ではあるものの仲良くしているわけではない。
そもそも最終的に目的がまったく異なる以上、最終的には全面対決となるだろう。ただの組織なら捻り潰すものの、深遠の暁の動員兵力はシロディール
最大だ。そしてプッツンしているものの総帥であるマンカー・キャモランはこの地において最強の魔術師。
まともにぶつかれば黒の派閥とて損害は大きい。
デュオスは叫ぶ。
「バロルはいるかっ!」
「ここに」
すぐさまカジートの男性が部屋に入ってくる。
通称『魔眼』と称されるイニティウムの1人で、セエレ同様に密偵であり伝令。
「バロル。直ちにマンカー・キャモランに会ってこう言え。……我々の力では皇帝の遺児マーティンを始末できないのでお力をお貸しくださいと」
「御意のままに」
バロルには行動力がある。
即座に立ち上がり部屋を後にした。再び玉座の間にはデュオスとヴァルダーグが残される。
「くくく。これでいい」
「奴にマーティンを殺させてもよろしいのですか?」
「構わんさ。誰が殺そうと意味は同じだ。メンツなんざ問題じゃねぇよ。最終的には潰し合うんだからな、俺達とキャモランはな。だろう?」
「なるほど」
「諸事派手好きな奴の事だ。クヴァッチごと潰すはずだ。オブリビオンの門を開く実験を兼ねてな。クヴァッチを呼び込んだ悪魔の軍勢で潰
せば各地に震撼が走る。それはそれで効果的だ。必然的に奴らは目立つ、そして我々は闇に潜んで行動できる。だろう?」
「若の慧眼は素晴しいですね」
「くくく。世辞はいい。ともかくこれでより楽しくなるってわけだ。どのみちマーティン抹殺も事のついでだ。……ヴァルダーグ」
「はい」
「どんな展開に発展しようとも要は最後に俺様が立っていればいいんだ。そうだろう?」
「御意」
「そうさ。最後には俺が残る。過程なんざ問題じゃあない。くくくっ!」