天使で悪魔
黒の派閥 〜VS鉄壁の鬼人〜
運命の糸は、誰の意図?
誰もが気付かずに関わっていく、そして巻き込まれていく。
……望む望まぬは関係なく。
クヴァッチ闘技場のグランドチャンピオン。
それは『鉄壁の鬼人』と称されるオークの戦士グレンデル。数年間覇者として君臨しているらしい。
鉄壁の由来。
魔法、武器、全ての攻撃手段がまるで通じないから、らしい。
あたしはマーティン神父とタッグを組んで相手に挑む事になる。数の上では有利に立っている。相手はタッグは組まずに1人だからだ。
それでも。
それでも油断は出来ない。
相手は今までこの条件で常に覇者の座を死守してきた屈指の遣い手だからだ。
油断は出来ない。
だけど臆する必要はない。自分を信じてがんばろーっ!
ファイトっ!
『鉄壁の鬼人、モグラっ娘&ロリコンダー、覇者が集いました。誰が勝ち残り誰が地に伏すのか、最高の試合が始まりますっ! さあ、試合開始っ!』
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
「光撃っ!」
「煉獄っ!」
試合開始と同時にマーティン神父とあたしは魔法をオーク戦士に放つ。
先制攻撃っ!
微々たる威力のあたしの魔法とは異なりマーティン神父の光の魔法の威力は高い。狙いは逸れずに2人の魔法はグレンデルに直撃。爆発。
だけど……。
「ぐふふっ!」
まるで動じず。
なるほど。
確かに鉄壁なのかもしれない。
あたしの魔法はともかくとしてマーティン神父の魔法の直撃を受けてもまるで顔色1つ変えないのだから少なくとも魔法は効かないのだろう。
魔法耐性が高いのかな?
雷の魔力剣を引き抜く。
チャ。
今回、魔剣ウンブラはマーティン神父に預けてある。神父は剣は使えないらしいけど得物なしもまずいと思ったし、あたしはあたしで持ってても使う気
はそんなにない。相手の魂を打ち砕くのはやっぱり罪悪感があるし。輪廻転生の権利は奪いたくない。
そして、それ以上に背負ったまま戦うのは邪魔だし。
グレンデル、大振りのクレイモアを手にしている。淡く、赤く輝いているから炎の魔力剣なのだろう。
軽々とそれを肩に担いで彼はあたし達を面白そうに見ている。
間合を保ったままあたし達は対峙する。
「マーティン神父、奴は魔法が効かない体質なんでしょうか?」
「まだ何とも言えんな」
「あたしが剣で仕掛けてみます」
「任せる。しかし」
「はい?」
「何度か刃を交えたら後退してくれたまえ」
「……? 分かりました」
意味は分からないけど、しばらくは小競り合いして様子見って意味なのだろう。
なるほど。
利に適ってる。
相手はわざわざ鉄壁を名乗ってる。どんな攻撃も効かないらしい。様子見は必要です。
タッ。
あたしは走る。
疾走。
「たあっ!」
「ぐふふ、死ね、前座っ!」
かっちーんっ!
誰が前座だ誰がっ!
まるでグレンデルにとって一番倒したいのがマーティン神父みたいじゃんっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
刃が交差する。
敏捷性があたしが上だけど相手には腕力がある。ダンマーとオークの腕力の差は覆し辛い。
的確に攻めるものの相手も今まで覇者の地位を護ってきただけあって戦い慣れている。
大抵はガードされる。
そして反撃。
「どうした、ダンマー? ほらほらっ!」
「くぅっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
受け止められないっ!
もちろん攻撃は受け止めるだけではない、受け流すという方法もある。あたしは懸命に相手の攻撃を受け流すものの攻撃力に差がある。
受け流すたびに手が痺れる。
バッ。
あたしは大きく後ろに下がった。当然相手は追撃してくる。
「煉獄っ!」
ドカァァァァァァァァァァァァァンっ!
グレンデルの足元に叩き込む。そもそも威力は低いし相手に魔法は通用しない。目くらましだ。舞い上がる爆風と爆煙。
今だっ!
「はあああああああああああああーっ!」
一転して踏み込む。
食らえっ!
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「えっ!」
な、何、今の手応えっ!
雷の魔力剣はグレンデルの体にヒットした。にも拘らず弾かれた。じーんと剣を通じて手が麻痺した。
「くっ!」
下がる。
下がる。
下がる。
そのままあたしは大きく間合いを取った。
グレンデル、笑う。
「どうしたどうした、前座の小娘。もう終わりかよ? ぐふふ」
「くっ!」
侮蔑。
嘲笑。
軽蔑。
グレンデルの視線には様々なモノが込められていた。そして自身に対する驕りもあるけど……今のあたしにはその驕慢を潰す事は出来ない。
少なくとも今は。
踏み込みも体勢も完璧だった、雷の魔力剣はフィッツガルドさんのお手製、攻撃力もまた完璧だ。
なのに通じない。
……。
……鉄壁なのは嘘ではないらしい。
とりあえず現在のところは疑いようがない。
1人ならここで取り乱すかもしれない。だけどあたしはマーティン神父と組んでいる。1人じゃないのだから、組んで戦えば良い。
その強みはあたし達にあって相手にはない。
そこが付け入る隙だ。
「マーティン神父」
「奴はかなり強力な魔法が掛けられているな」
「魔法、ですか?」
「そうだ。魔力の見えない鎧を纏っていると想像してみたまえ。つまりは、そういう事だ」
「倒す方法は?」
「奴に施されている魔力を超える攻撃をすればいい。私の出番だな、アリス君は奴が私に向って接近したら阻んでくれたまえ」
「分かりましたっ!」
マーティン神父、頼りになるなぁ。
戦いは腕だけじゃ駄目って事かな。あたしもフィッツガルドさんやマーティン神父みたく冷静な判断能力が欲しいなぁ。
英雄の道、まだまだ長いようです。
がんばろーっ!
「ぐふふ。ようやく本命登場だな、マーティンっ! 俺様はてめぇを殺したかったんだよっ!」
「……何だと?」
マーティン神父を?
どうしてだろ。
「ま、まさか貴様、ノエルちゃんの親御さんなのかっ! ま、待ってくれ、あれは発声練習の一環で……っ!」
……。
……すいませんマーティン神父、死んでください(泣)。
うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああきっと犯罪のカミングアウトなんだーっ!
嫌だなぁ、この人の犯罪歴。
最悪です。
はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
「光撃っ!」
手のひらを相手に向けて、力ある言葉を紡ぐ。
瞬間、光の球が宿り相手に撃ち出された。
バジィィィィィィィィっ!
「ぐふふっ!」
グレンデル、わずかに体をよろめかせただけ。それだけだ。
まるで効いてない。
それからゆっくりと、余裕のある足取りでこちらに向かってくる。次第に小走りに変わり、そして全力疾走へと移行する。
あたしはマーティン神父の前に立つ。
「邪魔だ、ダンマーっ!」
「……っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
やっぱり受け止められない。
押される。
押される。
押される。
だけどその間にマーティン神父は間を取って印を切っている。安全な場所までさがって別の魔法を試みるつもりらしい。つまり、一応はあたしの防衛
の要としての役目は達成できたわけだ。
ガッ!
刃と刃が噛み合う。
火花が散った。
純粋な力と力のぶつかり合いはあたしは弱い。
ズザザザザ。
押されて、足が滑る。
このままだと一刀両断されるのがオチだ。
……。
……多分、フィッツガルドさんに会わない人生ならこの時点で死んでるだろうと思う。
だけど今はそうじゃない。
あたしは学んだ。
戦いは機転。
別に相手が力で押してくるからといって、力で対抗する必要はないのだ。あたしは力を抜いて体を身をかわした。
「なっ!」
グレンデル、前のめりになる形でよろける。
力の均衡が崩れたからだ。
「はあっ!」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
すれ違い様に雷の魔力剣で相手の脇腹を薙ぐ。
だけど結果は同じ。
やはり切り裂けない。もちろんそれはそれでいい。とりあえず、あたしの今の役目はマーティン神父の援護。そしてそれは達成できた。
間合を保つ。
その瞬間、マーティン神父は叫んだ。
「光撃・連っ!」
ぶわっ!
神父の体の周囲に無数の光の球が具現化される。彼が指を相手に向けた瞬間、全ての光の球体はグレンデルに降り注ぐ。
バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
無数に着弾する光の球の洗礼を受けてグレンデル、吹っ飛ぶ。
やったの?
「おのれぇーっ!」
倒れたのは一瞬だけ。
ほとんど効いていないらしい。グレンデルは立ち上がる。
憤怒の顔だ。
それなりには効いているのかもしれない。
「俺様を誰だと思ってるっ!」
グランドチャンピオンは吼える。
おそらく『鉄壁の鬼人』と称される自分を大地に引っくり返すなんてどういうつもりだ、と叫びたいのだろう。
「俺様は黒の派閥、イニティウムの1人、最強の男だっ!」
「えっ!」
あたしは反応した。
その単語に。
マーティン神父はキョトンとしている。それはそうだろう。あたしだって黒の派閥という組織はつい最近まで知らなかった。完全なる暗躍組織なのだ。
表には出てこない。
その名を知っている者の方が少ないだろう。
いずれにしてもグレンデルはデュオスの手下という事になるのだろう。
「殺すっ!」
タッ。
再びこちらに向かって突っ込んでくる。あたしは構えるものの、マーティン神父がそれを制した。
「アリス君、無用だ」
「えっ?」
「奴がなんだか知らないがこの世の摂理に比べれば塵芥。……ふふふ。久し振りに全力で戦えるな……」
ゾク。
マーティン神父は笑った。
楽しそうに。
この人、もしかしたらとんでもない悪党なのかもしれない。
もちろんそれは憶測だけど……底が見えない人なのは確かだ。どんな前歴の人なんだろ。
マーティン神父はヒモの付いた笛を取り出した。
それを回し出す。
「つっ!」
耳が痛い。
思わずあたしは耳を手で覆った。
マーティン神父は静かに笑いながら呟く。
「音には力がある。人の心を惑わせたりする。心を操作するのさ。……グレンデル君、君の体は……鉛だっ!」
ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「破重音っ!」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ガンっ!
その場にへばりこむグレンデル。
軋みながら屈する。
何なの?
「音で奴の脳に影響を与えた」
「音で?」
「奴にとって引力は倍加されている。……まあ、実際にではなく、奴にとっては、だ。脳にそう作用させた。……お好みならば君の記憶も弄ってあげようか?」
「……」
何気に怖い人だ。
それにしても完全なオリジナルの魔法だ。あたしに分かるのは冷気の魔法だけ。今回は使ってないけど。
光とか音とか。
凄いなぁ。
「グレンデル君」
冷たい口調で彼は言葉を紡ぐ。
氷のような感じだ。
……。
……今までの愉快なマーティン神父が実は偽りなんじゃないかと思うぐらいの、冷たさだ。
そうかもしれない。
そうじゃなきゃこんな風な氷のような言葉の響きにはならないと思う。
どんな半生なんだろ。
うーん。
「グレンデル君。君が何者かは知らんが私は勝ち残って報奨金を得てロリコン裁判で敗訴した賠償金を支払わなければならない」
あっ。そこはマジなんですね。
この人どんな人だーっ!
冷徹なロリ?
初ジャンルの人だなぁ。
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「グレンデル君、悪いが潰れろ。……踏み潰されたカエルの如くな。くくくっ!」
「ふざけるな若造っ! 若の弟だからといって俺様は敬意は表さんぞっ! 何故なら貴様は抹殺対象なんだからなっ!」
はっ?
意味分かんない。
若って……多分デュオスの事なんだろう。ヴァルダーグも『若』と呼んでたし。だけどそれって辻褄として合わないかなぁ。だってデュオスは二十代
後半、それに対してマーティン神父はおっさんだ。マーティン神父がデュオスの弟っていうのは合わないと思う。
デタラメかなぁ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
グレンデル、吼える。
その瞬間、瞳の色が変化した。金色に輝いている。
そしてグレンデルは立ち上がる。
「馬鹿な……」
マーティン神父は呆然と呟いた。
つまりグレンデルは独力で音波を打ち破ったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
吼える。
吼える。
吼える。
その吼え声には理性は込められていなかった。
これってバーサクしたって事っ!
確か『緑色の狂戦士』とか呼ばれる状態だ。つまり『ぷっつん』したって事だ。暴走モードっ!
初号機なのかーっ!
ただでさえ攻撃力高い奴が暴走してさらに強くなるのは困る、そして魔法が通じない……これはまずい……いや、フィッツガルドさんなら……。
「そうだっ!」
フィッツガルドさんだよっ!
あの人ならきっとこうするだろう。その為には雷の魔力剣が失われる事になるけど……それは仕方ない。
「マーティン神父、雷の魔法は使えますっ!」
「雷? 得意ではないが一応は」
「使ってくださいっ!」
「奴にか?」
「いえ。あたしにですっ!」
「よくは分からんが……雷撃っ!」
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
ぱたり。
……。
……そうじゃないです、説明足りませんでした。うー、少し焦げたーっ!
雷の魔法をマーティン神父が得意ではないのが幸いしたのだろう。何とかあたしは立ち上がる。
少しフラフラするなー。
「君はまさか電気プレイが好きなのか? ……意外だな」
ガンっ!
「殴りますよっ!」
「殴ったじゃないか既にっ!」
「あたしの魔力剣に雷の魔法を掛けてくださいって言ってるんですっ!」
「まあ、それなら……」
「待ってください」
切っ先を暴走完了して突っ込んでこようとしているグレンデルに向ける。
「今ですっ!」
「雷撃っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「もっとですっ!」
「雷撃っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「もっともっとっ!」
「雷撃っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!
前に。
前にブラックウッド団本部での戦いの時、フィッツガルドさんは氷の魔法が込められたブルセラの剣に氷の魔法を施した。
そして剣の魔力とフィッツガルドさんの魔力が同調し合い、反応し合い、その結果強力な冷気の魔法となってイニティウムのサクリファイスを倒した。
結果として魔力剣は力を失う。
つまりただの剣になる。
だけど一度きりとはいえ強力な奥の手となる。
そして……。
バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
向けられた切っ先から凄まじいまでの雷撃が放出される。
まっすぐに。
それはグレンデルの体をまともに吹っ飛ばした。
数メートル吹っ飛び、そのまま石の壁に叩きつけられた。戦場と観客席を遮る石の壁にひびが入る。
どんな威力よっ!
だけどその代償としてあたしの持つ雷の魔力剣は魔力を失い、普通の銀の剣と化す。
ごめんなさいフィッツガルドさんっ!
「凄いな。こんな方法があるとは知らなかった」
「フィッツガルドさんの知恵です」
「フィッツガルド?」
「恩人です、そしてあたしが尊敬する人なんです」
「そうか。いずれにしてもその者のお陰で難を逃れたな。……少なくとも奴に施された魔力の防御は消失した。見たまえ」
「えっ? ……うわー。しぶとい」
鉄壁の鬼人、今だ健在。
だけどマーティン神父が言うには魔力の防御は消失した。
つまりただの荒れ狂ったオークの戦士。
……。
……それはそれで怖いかもー。
「光撃っ!」
「きしゃあーっ!」
大きく跳躍して光の球を回避して一気にあたしとの間合を保つ。
早いっ!
「はっはーっ!」
刃を交えるものの、あたしの剣は既に魔力剣ではない。剣は半ばから切り飛ばされた。
嘘っ!
「アリス君っ!」
「小賢しい黙っていろっ!」
ごうっ!
グレンデルの左手から深紅の衝撃波が放たれる。それはマーティン神父を容易く吹き飛ばした。
こんな能力までっ!
「俺様は強いっ! マスターよりも、ヴァルダーグよりもなっ! ここで名を上げて若の、デュオス殿下の腹心となるのだっ!」
「煉獄っ!」
至近距離からオークに炎の魔法。
だけど効いた様子はない。
「まずはてめぇからだ、ダンマーっ! 確か若からウンブラを奪い取ったのは貴様だったなっ! ならばてめぇも手柄首っ!」
「くっ!」
「アリス君っ!」
マーティン神父が叫んだ。
視線が彼に注ぐ。あたしもグレンデルも。
神父の手には抜き身のウンブラ。それを見てグレンデルに一瞬とはいえ迷いが生じる。魔剣ウンブラは元々黒の派閥の総帥であるデュオスの武器。
グレンデルもこの魔剣を知っているはず。
その威力を。
だから。
だから迷っているのだ。
あたしをこのまま殺すのか、それともまずはマーティン神父にするべきなのかを。
戦闘において生死を分けるのは能力だけではない。
戦術眼も必要だ。
このような一瞬の躊躇いは敗北に影響する。
隙はわずかで充分っ!
「やあっ!」
あたしは踏み込む。
相手の油断はあたしの手に持つ剣が魔力を失い、そして半ば刃がなくなっている事も影響しているだろう。しかし武器は武器。見た目の形状だけを
見て判断を誤ったグレンデルに既に勝機はない。思い込みは死に直結する。
それに。
それにグレンデルの体は既に鉄壁ではないのだ。
あたしの刃は彼の右首筋を切り裂いた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ガンっ!
切り裂かれながら彼はあたしを殴り飛ばす。
当たったのは肩。
鎧がある部分とはいえ衝撃は和らげない。そのままよろめいて、下がる。お陰で今のあたしの一撃は不発だ。
つまり無意味?
ううん。そうじゃない。不発というのは一撃で倒せなかった、という意味だ。
もっともそれでも致命傷は与えてる。
「く、くそ。こんなはずは……」
「勝負ありましたね」
「ま、まだだっ!」
「降伏してください」
「舐めるな、小娘っ! この俺様は、黒の派閥最強の男だぞっ! マスターも、ヴァルダーグよりも俺様は強いっ! 殿下の懐刀は俺様だっ!」
よろよろとグレンデルは後退する。
既に鉄壁は崩れている。
出血が止まらない首筋を押さえながら彼は後退して行く。次第に生命の輝きが消えていくのが彼の顔を見て分かった。
殺すのは本位じゃない。
だけど。
だけど彼は黒の派閥。
組織の全容はよくは分からないけど、手加減して勝てる相手ではなかった。
何しろ相手は幹部の1人だ。
手加減して勝てるほどあたしは強くない。
もちろん後悔はしていない。刃を交える以上は命のやり取りだ。
それは理解している。
「これまでですっ!」
「……馬鹿な、こんな馬鹿な……この俺様が……イニティウム最強のこの俺様が貴様のような小娘にぃーっ! 殺してやる、殺してやるぞ小娘ーっ!」
タッ。
地を蹴って突っ込んでくるオーク。
あたしは半身を沈める。
手にしているのは半ば刃のなくなった元魔力剣。今では魔力を失い、さらに折れた銀の剣だ。
相手は無手。
だけどその怪力はあたしの首を容易く折るだろう。
「貴様だけでも道連れだーっ!」
「やあっ!」
交差する体と体。
相手の拳をあたしは回避し、刀身が折れて短くなった刃を彼の喉元を切り裂いた。刀身が短くなったので振りが速い。
ザシュ。
切り裂く。
そして大量の血が噴出した。
「……殿下、申し訳ありませぬ、殿下ーっ!」
ドサ。
そのまま引っくり返った。
巨体が大地に沈むと大きな振動がした。そして動かない。
死んでる。
「はあはあ」
あたしは肩で息をする。
強かった。
マーティン神父と組んでいなかったら、あたし単身だったならば黒の派閥の幹部を倒す事は出来なかっただろう。
だけど、何が目的で闘技場のグランドチャンピオンになっていたんだろ。
偶然?
そうかもしれない。
そもそもあたしはこの組織の全容を知らない。
ただ、黒の派閥の総帥デュオスがレヤウィンの動乱に関っていたのを知っているだけだ。
深緑旅団戦争。
ブラックウッド団の一件。
影で黒の派閥が糸を引いていたのを知っているだけだ。
何を画策しているのかも分からない。
だけどこれであたしの知る限りで幹部2人が倒れた事になる。今回のグレンデル、レヤウィンのブラックウッド本部で倒したノルドのサクリファイス。
確実に敵の幹部2人を倒した。
とりあえずこれでよしとしよう。もちろんフィッツガルドさんにも報告しないと。
色々と何かに巻き込まれつつある気がする。
何か大きな、シロディール全域を巻き込むであろうと大きな動乱に。
……。
……気のせいだと良いなぁ。
英雄にはなりたいけど動乱を望んでるわけじゃないし。
平和ならその方が良い。
平和なら……。
「どうした、アリス君」
「いえ。何でもないです」
「君は英雄だ。新生グランドチャンピオンの誕生だな」
「えへへ☆」
その時、アナウンスが響き渡る。
高らかに。
『決まったーっ! 今年のグランドチャンピオンはモグラっ娘アイリス・グラスフィル、ロリコンダーのマーティン神父に決定だーっ!』
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
歓声。
拍手。
視線。
全てがあたし達に集中する。右手を高く掲げるとさらに声が響き渡った。
「はうー☆」
心地良い響きだ。
これが英雄?
これが勝者?
快感☆
帝都の大会に比べると一等下に見られるクヴァッチ闘技場だけど、クヴァッチ闘技場は帝都とは異なり一年で一度しか開会されない。
そういう意味ではこちらの方がレアだ。
それにペアで戦い抜いたとはいえ称号的にはあたしもグランドチャンピオン。
つまり。
つまりフィッツガルドさんと同格だ。
来たよ、あたしの時代が来たよーっ!
戦士ギルド見習い時代はネズミ騒動とか同性愛者に挑まれたりと色々とあったけど……あたしも成長したもんだなぁ。
グランドチャンピオンの特権、それは名声と報奨金と、そしてクヴァッチ近衛騎士団への加盟。
騎士団に入る気はない。
……。
……騎士団は、レヤウィンの白馬騎士団で懲りてます。ここではそうではないかもしれないけど体よく捨てられたのが、何気にトラウマだし。
拒否権はあるみたいだから拒否しよう。
それに戦死ギルド支部長としての職務もある。ようやく軌道に乗ってきたばかりだしね、レヤウィン支部。
それを放り出すわけにもいかない。
あたしが欲しいのは名声。
報奨金?
マーティン神父にあげる。ロリコン問題の賠償金として必要らしいし。ま、まあ、いっそ逮捕された方がいいのかもしれないけど。
ともかく。
ともかくあたしは勝利に酔いしれる。
慢心は駄目だけど、今日ぐらいは天狗でいよう。
今日からあたしはグランドチャンピオン。
ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
その頃。
歓声に沸く観客席。
「グレンデルさんは奴がマーティンだと知っていた。皇帝の遺児、つまりは若の弟だと知っていた。抹殺対象だとね。では何故すぐに殺さなかった?」
「……」
「答えは簡単ですね。明白だ。グレンデルさんはこのような公の場で殺す事を望んでいた。そうする事で自分の成果だとアピールしたかった」
「……」
無言でリリスはセエレの言葉を聞く。
危ないなとリリスは思った。
紳士的で理知的な口調ではあるもののセエレが内心では荒れ狂っているのが見て取れた。
そして……。
「グレンデルの馬鹿めっ! 奴のお陰で計画に遅延が出ているのだっ! 殺すべきを殺さずに捨て置いた、グレンデルは死んで当然だっ!」
「セエレ」
バッ。
リリスの言葉を聞かずにセエレは立ち上がった。
足を進める。
戦いの場に向って。
「セエレ。何をするつもり?」
「ここで奴を排除します。当然でしょう? 奴が生きている限り若の正当性がなくなる、唯一の皇族の血筋という立場を確立させる必要があります」
「アリスはどうする?」
「殺しますよ。当然ね。それがお嫌なら貴女も参戦するといい。譲りますよ、彼女は。……どちらにしても、クズで無能で下劣な低脳な奴だったとはいえ
グレンデルを奴らは殺したんです。その報いは与えるべき。若の敵には死をっ!」
「仕方ない」
白面の悪魔、双剣のエルフ、動く。