天使で悪魔
決勝戦
相手を侮ってはいけない。
それが敗北への第一歩となるのだから。
クヴァッチ闘技場。
最後まで勝ち残った者はグランドチャンピオンに挑戦する権利を得る事が出来る。そしてそこで勝利すれば最強の称号を得られるのだ。
賞金。
名声。
思いのままだ。
あたしは別に賞金は要らないけど戦士である以上は名声は欲しい。
それは決して不正義ではない。
戦士の本能だ。
第一戦の相手はノルドの戦士とアルゴニアンの魔術師。
特に特殊能力や技能がある遣い手ではなかったと思うけど総合的に強かった。あたしとマーティン神父との連携は未熟だったから結局個々に
自由に動いたて戦っただけの試合となってしまったのが残念だ。
だけど。
だけど結局それがあたし達の勝利に繋がったのも事実だ。
相手の連携を引っ掻き回したわけだし。
第二戦の相手はアルトマーの魔術師と鎧の騎士。
強かった。
こんな能力者がいるのかってぐらいに強かった。
ブラックウッド団本部で戦った『黒の派閥』も確かに強かったけど、世の中には色々な強い相手がまだ沢山いる事をあたしは知った。
いつかそんな強者の中に数えられたらいいなぁ。
そして。
一日が過ぎた。今日は決勝、そしてそこで勝てればグランドチャンピオン戦だ。
さあ頑張るぞっ!
さあっ!
決勝。
既に観客は満員、席は満席。
あたし達は沢山の視線を一身に受けながら相手のペアと対峙していた。
見知った相手だ。
ウザリールさん&ノル爺。
ウザリールさんの実力のほどはよく分からないけど……カジートのノル爺はかつてハンニバル・トレイブンの教えを受けた高弟の1人であたしが
尊敬しているフィッツガルドさんの兄弟子にあたる人らしい。手ほどきもした人らしいし。
邪神ソウルイーター戦で見せた卓越した魔法も侮れない。
うーん。
対魔法戦においては油断できない相手だと思う。
だけどあたしにはマーティン神父がいる。ノル爺やフィッツガルドさんが使う魔法とは異なる異質な系統の魔道の遣い手みたいだけど、それでも
卓越した魔術師なのは確かだ。
ペアとペアの戦い。
決して1人で戦うわけではないのだからノル爺の強力な魔道を恐れる事はないと思う。
「楽しみじゃのぅ」
「あたしもです」
まだ戦闘開始のゴーサインは出ていない。
向かい合いながら、対峙し合いながらも雰囲気は柔らかだ。雑談してるし。
「ノル爺」
「何じゃな?」
「どうして大会に?」
「この歳になると毛玉を吐くのが辛くての。それを予防する為の薬があるのじゃが高いのでな。薬代欲しさじゃ」
「……カジートって毛玉吐くんですか?」
「しーっ! 企業秘密じゃぞ、他の者に言うではないぞ」
「……」
カジートって虎かと思ってたけど猫なんだ。
まあ、確かに同じ猫科だけどさ。世の中って意外性に満ちてるなぁ。
ともかく。
ともかくノル爺は薬代か。
ウザリールさんは……まあ、聞くまでもないかなぁ。
「金ーっ!」
「……」
既に人となりは金の亡者だと判明しているし。
戦士ギルド→ブラックウッド団→傭兵という生き方をしてる人。色々と渡り歩いてるなぁ。
その時、アナウンスが響き渡る。
『さあっ! 二組の強者が集いましたっ! 今日、片方がグランドチャンピオンに挑戦する事になりますっ! どちらが勝つのか、どちらが勝ち残る
のか、我々は時代の目撃者となるのです。言葉はこれ以上要りませんね。後は戦いあるのみでしょう。試合開始っ!』
『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
バッ。
あたし達は一斉に間合いを取る。
お互いの顔から笑いが消えた。
あたしは純粋に戦士としての名声を得る為に戦ってる、マーティン神父はロリコンで有罪になったから賠償金の為(泣)。ノル爺は毛玉吐くのが辛い
から薬代の為に戦ってるしウザリールさんは家族を養う為だ。
……。
……あれ?
もしかしてあたし以外は皆お金の為だったりしない?
ま、まあいいかぁ。
ともかく。
ともかくあたし達はそれぞれの思いの為に戦ってる。
そこに馴れ合いなどあってはならない。
馴れ合いは相手に失礼だ。
全力で相手と戦う、それこそが礼儀だとあたしは考える。
「ノル爺、ウザリールさん、全力でお相手しますっ!」
「うむっ! よく言ったのっ!」
あたしは雷の魔力剣を構える。
真剣?
真剣です。
戦いってそういうもんだもん。
もちろん殺すつもりなんてない。鎧の騎士の時は……ま、まあ、色々と不可抗力があったけどさ。だけどあれって回避不能っぽいかも。
マーティン神父も構える。魔法を放つ構えだ。
少しワクワクする。
ノル爺とマーティン神父、どちらが強いんだろ。
その時……。
「すまんアリス許してくれっ! 俺には家族がいるんだよっ! ……頼むから殺さないでくれー……」
「えっと……」
ガバ。
その場に土下座するウザリールさん。
これって降参って事?
あたしはマーティン神父と視線を合わせ、それからノル爺と合わせる。一同動きが止まった。
そりゃそうだ。
だってウザリールさんが降伏っぽい事してるもの。
この場合どうなるの?
あたしはアナウンスを待つ。
「ふはははははははははははははははははははははははははっ! 甘いなアリス、俺には家族がいるんだっ! だから何しても許されるんだっ!」
「……っ!」
土下座状態のウザリールさんがあたしに何かを投げ付けた。
何かが顔を覆った。
「けほけほっ!」
砂だ。
砂を顔に投げ付けられたんだ。
「くっ!」
目が見えない。
周囲は闇だ。
ウザリールさんの声が響く。
「悪いなアリス、砂鉄入りだ。しばらくは視界が利かないだろうよ。すまないな、俺には家族がいるんだっ!」
「ウザリールさん最低っ!」
叫び返すもののどうにもならない。
音で判断しようにもウザリールさんに対する観客の大ブーイングで相手の動向がよく分からない。
ただ……。
「……カジートの魔術師、一緒にそこのボズマー戦士をフルボッコにして息の根を止めた方が世の為人の為、まさに正義ではないか?」
「……そうかもしれんのぉ」
とりあえず。
とりあえずマーティン神父とノル爺の間に奇妙な連帯感が生まれた模様。
あたしが狙われる事はないみたい。
よかったよかった。
視界が利かないのに襲われたのでは防ぎようがない。
その時……。
「俺には家族がいるんだよっ!」
「う、うわっ!」
ブン。
何かが空を切って通り過ぎる。
何となく動いただけです、それで結果として避けれただけです。……すいませんウザリールさん、真剣で切ってきました?
……。
……こいつ最低っ!
ぷち☆
うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぶちきれたぞあたしはーっ!
「こんのぉーっ!」
あたしは鞘を振り回す。
さすがに真剣だとやばいという配慮ぐらいは出来る。……ウザリールさんとは違います。
気配を呼んで鞘を振るう。
そこだっ!
チィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
……あれ?
今の、なんか変の一撃だったなぁ。鞘を通して伝わってくる感触が変。……気のせいかな?
「ア、アリス君」
「マーティン神父?」
震えるような神父の声。
あっ!
まさか誤爆っ!
ウザリールさん狙ったつもりなのに失敗だーっ!
「ごめんなさいっ!」
「……気にするな。これで、私は、二度と訴えられる事はないだろう。……ははは。不能となれば問題ナッシング……これからはマー子神父と呼びたまえ」
「はっ?」
「……ぐはぁ……」
「はっ?」
パタリ。
マーティン神父、死亡?
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!
どこに当たったの?
どこにーっ!
アナウンスの声が響き渡る。
『これは痛いっ! モグラっ娘の一撃はロリコンダーの股間に誤爆っ! ある意味で悪は潰えた、幼女の両親はこれで安心だ、グッジョブっ!』
『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
「ごめんなさいーっ!」
「……」
何か悪い事した。
何か悪い事したーっ!
謝るもののマーティン神父は沈黙したまま。
返事がない。ただの屍のようだ(ドラクエ風味)。
ウザリールさんの声が響く。そして彼をたしなめようとするノル爺の声も。
「おいおいアリス、男殺しのアリスって改名したらどうだ? はははっ!」
「いい加減にせんかっ!」
そこかっ!
ブン。
鞘を投げ付ける。
声で大体の位置は掴めた。
そして……。
「ふにゃーっ!」
猫っぽい意外に可愛い声が響き渡る。それはノル爺の声。
またドジった?
あたしってばやっちゃった?
「……アイリス殿、お約束じゃな……基本を護る、良い子じゃ……」
「ノル爺?」
「……ぐはぁ……」
「ノル爺ーっ!」
「……」
返事はない。ただの……以下略。
何気に一気にあたしとウザリールさんの一騎討ちになったような気がする。
視力はまだ戻ってない。
相手の正確な位置が掴めない。
身近に聞こえるのはマーティン神父&ノル爺の呻き声、盛大に響き渡るのはウザリールさんに対する観客のブーイング。あたしはまだまだ
未熟だからウザリールさんの位置を把握する事が出来ないでいる。
どこ?
どこにいるの?
「……」
鞘を投げてしまったから、今構えているのは抜き身の雷の魔力剣。
迂闊には振るえない。
視界が利かないから手加減が出来ない。
結局それでウザリールさんは動きを止めているのだろう。迂闊に動けば一刀両断にされちゃうわけだし。
「……」
こうなれば心眼だ。
心の眼だ。
神経を研ぎ澄まし心を解放しよう。そうしたら相手が見えるっ!
……。
……と思う。
見えないなぁ。あたしにはそんなスキルはない模様。
今後も修行しないと。
だけどそれは先の話。今はまだ未熟な状態。
いつか『見えるっ! 私にも敵が見えるぞっ!』という台詞を言ってみたいなぁ。
さて。
「ウザリールさん、どこ?」
返事はない。
次第にではあるけど視力が戻ってくる。ぼんやりとだけど見えてくる。
ウザリールさんがいた。
あたしの丁度真向かいに立っている。距離は10メートルほど。何かを地面に描いている。それは魔法陣だった。
一心不乱に描いている。
何なの?
「ウザリールさん」
「一足遅かったぜ。魔法陣は完成したっ!」
「魔法陣?」
「俺自身は魔法が使えない。だがな、魔法陣さえ描けば、正確に描けば俺だって召喚魔法が使えるのさ。……契約も済ませたしな」
「くっ!」
バッ。
少し飛び下がる。間合は充分だったけど、念の為だ。
視力がまた戻ってくる。
万全な視界だったならば一気に間合いを詰めたところだけど今は視力が弱い。無理はしない方がいい。
それにしても召喚魔法。
ウザリールさんが?
意外だ。
何を呼び出すんだろう。気になる。
……。
……だけど召喚魔法って魔法陣さえ正確に描ければ簡単に使えるのか。
意外だ。
「俺は帝都の闘技場と契約したんだ、アリス」
「帝都の?」
「ノルドの女チャンピオンを知ってるか?」
「ノルドの……?」
「そいつを倒した奴と契約したのさ。トレーナーのオーウィンに料金ふんだくられたけどな。ともかく、召喚魔法にもルールがあるらしくてな。契約
を交わしていないと召喚できない。少なくとも、俺にはそれしか召喚の方法がないってわけだ。元々魔法の才能なんてないしな」
「ふぅん」
よく分からないけど帝都の闘技場チャンピオンを倒した相手を召喚するらしい。
確かノルドの女チャンピオンって……マイナーだったような……。
闘技場ファンのあたしですら名前知らないし。
……。
……あれ?
確かノルドの女チャンピオンを倒したのってフィッツガルドさんじゃなかったっ!
嘘っ!
ウザリールさんってばフィッツガルドさんを召喚するのっ!
まずいっ!
まずいよこれはーっ!
そ、そりゃ邪神ソウルイーター倒したりと最近は活躍してるつもりだけど……フィッツガルドさんとまともにやって勝てるほどの腕前とは思ってない。
瞬殺されそう。
瞬殺。
「契約により我召喚すっ! 時間と時空を越えて汝ここに招来せよっ!」
「……っ!」
ウザリールさんの足元に描かれた魔法陣が深紅の光を宿す。
カッ!
そして……。
「ピギー」
「……イノシシ?」
魔法陣の上に出現したのは帝都闘技場の覇者グランドチャンピオンであるレディラックの称号を持つフィッツガルドさん……ではなかった。
イノシシです。
イノシシ。
……。
……待てよー?
確か前に誰かから聞いた事がある。フィッツガルドさんはデステストの最終戦でイノシシとペアを組んだとか何とか。
あのイノシシが、そのイノシシ?
ま、まあ、そういう流れの動物なら……ま、まあ、チャンピオン倒したというのも有りなのかなぁ。
ともかく。
「行けポークチョップっ!」
「……」
ノロノロと動き出すイノシシ。
頼りない動き。
鈍いし。
ウザリールさんはワアワア騒いでいるけど正直オーウィンという人に騙されたんじゃないの?
相変わらず無駄に物事を引っ掻き回す人だなぁ。
「ポークチョップ、電光石火っ!」
「ピギー」
ポケモンの見過ぎです、ウザリールさん。
ぶわっ!
そう思った瞬間、怒涛の如くのスピードでイノシシが突っ込んできたーっ!
「うひゃーっ!」
ひゅー。ぽと。
あたしはイノシシに撥ねられてその場に引っくり返る。
「痛い……げふっ!」
ガン。
起き上がろうとした瞬間、今度は踏まれる。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああきっと顔に蹄の痕ついたーっ!
もう嫌、この展開。
「ふははははははははははは見たかアリス、これがレンタル料金の金貨2000枚の力、俺の実力だっ!」
「……お金の力じゃん」
「甘いっ! 金の力=俺の力、金は全部俺のもの、そうさ、俺には家族がいるんだっ! その為には仲間の屍超えていく、それが正義だっ!」
「……」
かっちーんっ!
もう容赦しないぞウザリールっ!
お前が……。
「正義語るなーっ!」
「ほほう? ならばどうする? ポークチョップ、電光石火だっ!」
「来なさいっ!」
雷の魔力剣を構える。
いくらあたしでも油断さえしなければイノシシに負ける事なんてないのだ。
上段に剣を構える。
爆音を立てながらこちらに向かってまっすぐ突っ込んでくるイノシシ。
そして……。
『はっ?』
あたしとウザリールさんの声がはもった。
突然消えたのだ。
イノシシが。
……。
……えーっと、この緊迫した空気はどうしたらいいの?
けし掛けてたウザリールさんは呆然としているし、あたしはあたしで標的が忽然と消えたのでどうしたらいいやら分からない。彼は叫ぶ。
「ちくしょうっ! レンタル時間終わったのかっ!」
「……」
はあ。
こんな人とまともに戦おうとしたあたしが間抜けみたいじゃん。
足を進める。
ウザリールさんに向って。
「待ってくれアリスっ!」
ガバ。
土下座するウザリールさん。あたしは彼の目の前で足を止めた。足元に彼がひれ伏している。
「すまなかった許してくれ俺には家族がいるんだよっ!」
「……」
「なぁんてなっ! 食らえ目潰しっ!」
「……煉獄」
ドカァァァァァァァァンっ!
足元に……ウザリールさんに向けてじゃないよ、ともかく足元に小さな火の玉を叩きつける。
小爆発して爆風がウザリールさんがあたしに放った砂鉄入りの砂を吹き飛ばす。
「それで?」
「い、いやぁ。アリスは相変わらず美しく、そして強い。まさに戦士の鑑だな。はははっ!」
「えへへ。そう?」
「ああ、その姿はまさに戦士そのものだぜ。いやぁ尊敬しちゃうぜー……なぁんてなっ! 今度こそ食らえ目潰しっ!」
「何度も何度も聞くかボケーっ!」
ウザリールさんをあたしはグーで殴った。
「こんのぉーっ!」
「ぐはぁっ!」
顔面にグー。
これぐらいさせてください。
「ウザリールさん、家族は誰にだっているんです。あなただけの専売特許じゃないんですよ」
「……」
気絶したのかな?
だとしたらひ弱だ。
ウザリールさん戦闘不能。現在この場に立っているのはあたしだけ。最後まで立っている者がいるペアの勝ちだ。
つまり。
つまりあたし達は決勝を突破っ!
次はグランドチャンピオン戦だ。
ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
観客席。
セエレとリリスの会話。
「……あのボズマーの卑劣さ、卑怯さ、厚顔無恥……なかなか素敵じゃないですか、リリスさん?」
「確かに暗躍向きね」
「ああいう性格の方が暗躍には向いている。ふぅむ。黒の派閥に新たに創設される暗殺部隊に彼を抜擢するように若に進言してみましょうかね」
「ご勝手に」
「クールですねぇ。相変わらず興味があるのは彼女だけですか?」
「ええ。奴は嘘をついたしね」
「嘘を?」
「誰にでも家族はいると言った。だけど私にはいない。奴が奪ったのだからね。……必ず殺してあげるわ、アリス」