天使で悪魔







初戦





  戦いが始まる。
  戦いが。

  クヴァッチ闘技場で行われる大会、始まるのはその戦い。
  この時、まだ気付かない。

  その戦いが黒の派閥との戦いの始まりだという事に。
  まだ気付かない。
  まだ……。






  本選開始。
  既にCブロックの戦いは完結した。決勝進出は何気にウザリールさん&ノル爺だ。Aブロック&Bブロックは残っている。
  何故残っている?
  シードの関係上だ。
  あくまであたし達がシード権を得たのはマーティン神父のロリコン裁判の関係だ。
  別に特別待遇で権利を得たわけではない。
  だから。
  だから先にCブロックが完結した。
  あたし達は連戦となる。
  Aブロック一回戦の勝者と戦い、その後にBブロックを勝ちあがった勝者と戦う。
  連戦だ。
  それがシードとして前半をのんびりしたツケというか、まあ、そんな感じ。

  マーティン神父は裁判から戻って来た。
  試合開始だ。
  最初の相手は、Aブロックを勝ち残ったノルドの戦士とアルゴニアンの魔術師。その戦いをあたし達が勝ち残れば、その次はBブロックの
  勝者であるアルトマーの魔術師と謎の鎧騎士だ。騎士の方は顔まで隠しているので何者かは不明。
  さあ戦おう。
  さあっ!
  





  闘技場に立つ。
  感無量だ。
  予選でも立ったけど、あれは戦いというよりは運が良かっただけ。ただそれだけの勝利でしかない。
  今、あたしは戦士としてここに立っている。
  歓声が包み込む。
  この場に立つのは4名だけ。
  あたしとマーティン神父、そして対戦相手であるノルドとアルゴニアン。2人との戦いはAブロックの覇者を決める為のものだ。
  負けられないっ!
  「……」
  心が高揚していくのが分かる。
  ワクワクする。
  試合は当然全て観戦してた。だから分かる。あの2人は強い。
  飛び抜けて強い能力者達とは言わないけどバランスは取れてる。そして息もピッタリだ。あたしは知らなかったけど名のある冒険者ペアらしい。
  昔ながらの冒険者仲間らしいから意思の疎通は完璧。
  それに対してあたし達は?
  ……。
  ……未知数だなぁ。マーティン神父の魔道技術はノル爺曰く『マスタークラス』らしい。
  つまり。
  つまり強い。
  だけど戦いは能力だけでは何ともならない場合がある。こういうタッグ戦の場合は尚更だ。総合的な能力が必要不可欠。
  「マーティン神父」
  「アリス君」
  頷き合う。
  あたし達の連携次第では……この戦い、苦戦するだろう。
  だけど負けられない。
  だってCブロックを突破して決勝に進出したのはあたしの仲間達。
  ウザリールさん&ノル爺だ。
  ここで負けたら顔向けできないし……それ以前にウザリールさんよりも劣るって感じがして嫌だーっ!
  絶対勝とうっ!
  「アリス君。魔術師は私に任せたまえ」
  「マーティン神父が?」
  「我々には連携がない。お互いに知り合ったばかりで未知数だ。ならば連携は最初から捨てるべきだ。個々の能力で勝つ。それしかあるまい」
  「はい」
  深いなぁ。
  確かにその通りだ。
  戦士と戦士の戦い、魔術師と魔術師の戦い。連携ではなく分けて考えるべきだ。
  ……。
  ……そうか。マーティン神父はロリコン……と思わせて置きながら実は凄い人なんだ。あたしは騙されてたんだ。能ある鷹は爪を隠す。
  きっとそういう類の人なんだなぁ。
  人を見る目を養わないと。
  人生は日々勉強です。
  その時、アナウンスが高らかに響き渡る。

  『さあ皆さんっ! これよりAブロック勝ち抜けの為の戦いが開始されますっ! ノルド&アルゴニアンのチームは既に紹介した通りっ! しかしシード権
  を得ていたダンマー&インペリアルのチームは皆様にご紹介しておりません。ではご紹介しましょうっ!』

  そうか。
  あたし達はこれが本選最初の戦いだから紹介されてないんだ。
  何て紹介されるんだろ?
  楽しみ。

  『まずはインペリアルの男性。現在裁判中なので匿名希望ですっ! クヴァッチ在住の幼い娘さんを持つ親御さん、どうか聖堂に娘さん1人を行かせない
  ようにしてくださいねっ! 娘さんの人生狂っちゃいますからね、絶対ですよっ! 彼こそがクヴァッチの悪夢、ロリコンダーっ!』

  「……」
  マーティン神父、凄い言われようだなぁ。
  というかロリコンとか裁判はネタじゃないんだ。
  やっぱ危ない人なのかーっ!
  そして何気にクヴァッチでは有名な名物男……いえ、迷惑男らしい。何であたしはこんな人と組んでるんだろ?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  観客のブーイングが続く中であたしの紹介が始まる。
  何て紹介されるんだろ?

  『ダンマーの少女、名はアイリス・グラスフィル。……モグラ退治に命を懸けるその少女は両親をモグラに惨殺された過去を持つそうです。そう、モグラ退治
  は彼女にとって復讐、復讐なのですっ! 倒したモグラは千を越えるとか。畑を荒らすモグラを滅する農家の味方、モグラっ娘アリスっ!』

  「……」
  すいませんこれこそネタですよね?
  モグラっ娘(モグラっこ)。
  それって眼鏡っ娘と同じ語感ですか?
  うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああもっと格好良い事言ってよーっ!
  あんまりだ(泣)。
  帝都の闘技場で覇者になったフィッツガルドさんは『レディラック』として慕われてたのにー。
  なのにあたしはモグラ娘。
  ついでに言うならペアの人はロリコンダー。
  ……。
  ……モグラっ娘&ロリコンダー、どんなペアよ(泣)。
  嫌がらせだと思えて仕方ない今日この頃。
  悪意を感じるなぁ。

  『Aブロック最終戦、スタートっ!』

  ……って、ええーっ!
  落胆している暇はないらしい。ノルドとアルゴニアンはこちらに向かって走ってくる。
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  アルゴニアンの魔術師、雷を放つ。
  あたし達は回避。
  その動作の隙を衝いてノルドの戦士が突進してくる。
  ヴォン。
  ノルドの戦士が抜いた剣が怪しく光る。
  「何かの魔力剣のようだな」
  「はい」
  「私がアルゴニアンを犯る。君はノルドを犯ってくれたまえ」
  「……すいません字が変じゃないですか?」
  「ニュアンスは気にするな」
  「……」
  やっぱり変な人だ。
  まあいい。
  魔術師の相手はあたしでは出来ないのは確かだ。マーティン神父に任せるとしよう。彼は魔術師に指差しこう呟く。
  「どちらの魔力のコントロールが上か確かめないかね?」
  「いいだろうっ!」
  アルゴニアンは受けて立った模様。
  そして。
  そしてそのまま向かい合ったまま動かなくなる。
  何なの?
  「モグラっ娘、構えがなってないぞっ!」
  ノルドの戦士が切り込んでくる。
  雷の魔力剣を引き抜いて何とか受け止める。
  くぅ。重いっ!
  「モグラっ娘、ここで終わってもらうっ!」
  「その名で」
  「モグラっ娘っ!」
  「その名で呼ぶなーっ!」
  押し返す。
  もっと格好良い通り名が良かったの、あたしはっ!
  モグラっ娘。
  モグラっ娘。
  モグラっ娘。
  何度も何度も連呼するなーっ!

  「はあっ!」
  刃を振るう。
  相手の魔力剣とあたしの魔力剣が交差する。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  凄いっ!
  相手のノルドの戦士の剣筋は叔父さんを越えるっ!
  ……。
  ……まあ、フィッツガルドさんほど神懸かった剣筋ではないけど、あたしにとっては充分脅威だ。これは気が抜けない。
  油断=敗北、もしくは戦死だ。
  精一杯全力で戦って散るのが戦士として潔いとはあたしは思わない。
  「くっ!」
  ブン。
  あたしが大きく飛び下がると同時に相手の豪剣があたしのいた場所を通り過ぎる。
  あ、危なーいっ!
  「煉獄っ!」
  飛び下がりながら相手に叩き込む。
  ドカァァァァァァァァンっ!
  小爆発。
  顔に直撃を受けたノルドはよろめく。
  ダメージ?
  ほとんどないと思う。
  あたし程度の威力では一撃必殺にはならないし、さほどのダメージではないだろう。あくまでよろめく程度だ。少し痛いだけかな?
  それでも。
  それでも牽制程度にはなった。
  相手は追撃せずに剣を構えながら数歩後退した。
  向かい合う。
  「……」
  「……」
  ノルドの戦士、戦い方に華やかさはない。
  そういう意味では地味だ。
  地味だと失礼かな?
  堅実。
  そうだね。堅実が相応しいだろうと思う。
  彼は強い。
  油断出来ない。
  その頃、マーティン神父とアルゴニアンの魔術師は見えない戦いを継続していた。魔力と魔力のぶつけ合い。精神の集中が解けた時、その
  人物は敗北する……のだと思う。魔術師の戦いはよく分からないけど……これこそ結構地味だなぁ。
  炸裂する魔法。
  それが魔術師の戦いだと思い込んでたみたい。
  どうやらマーティン神父とアルゴニアンの魔術師はフィッツガルドさんとはまた異なるタイプの魔術師らしい。
  フィッツガルドさんは凄い魔法をビシバシと操るしね。
  どっちかというとあたしもフィッツガルドさんのような凄い魔法を使える魔法戦士に憧れるなぁ。
  ともかく。
  ともかく魔術師の戦いはマーティン神父に任せよう。
  あたしは戦士の相手。
  剣と剣の応酬、これこそが戦士と戦士の戦いだ。
  「……」
  「……」
  ジリジリとお互いに静かに動きつつ牽制し合う。
  相手の力量は分かった。
  腕力は上、豪剣の遣い手だけど……難もなる。敏捷性に欠ける。もしもあたしの相手がフィッツガルドさんなら最初の一撃であたしは真っ二つになってる。
  そう。
  ノルドの戦士にはフットワークが足りない。
  あたしにはそれがある。
  少なくとも、彼よりも身軽に動けるのは確かだ。もちろんその分腕力では劣ってるけど戦いは機転だ。
  「……」
  「……」
  マーティン神父の案は今のところ上手く行ってる。相手もそれに上手く乗って来てる。
  連携の分断、上手く行ってる。
  ノルドの戦士とアルゴニアンの魔術師の連携が健在なら、あたし達は苦戦していただろうと思う。しかし今はそれぞれにサシで勝負してる。
  「……」
  「……」
  構える。
  構える。
  構える。
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  相手が焦れたっ!
  タッ。
  地を蹴って突進してくる。
  「死ね、モグラっ娘っ!」
  「くっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  豪腕から繰り出される一撃を何とか受け止める、お互いに硬直した体勢。
  だけどあたしはその体勢に固執する事なくそしてその剣を手から離し、護身用のナイフを引き抜いて相手の懐にあたしは踏み込んだ。
  その動作はわずか数秒の出来事。
  もう1つ相手よりも勝ってた事があったね。
  それは眼の良さだ。
  見切りも上。
  「……スカイリムの勇者と謳われたこの俺が……そんな……馬鹿な……モグラっ娘になんて負けるなんて……」
  「モグラっ娘言うなーっ!」
  「……不覚……」
  ドサ。
  呻きながらノルドの戦士は引っくり返った。急所は外してある。死ぬ事はないだろう。……多分。
  「あー」
  安堵の溜息を吐く。
  疲れる戦いだったなぁ。
  ノルドの戦士は強かった。だけどあたしが尊敬する人よりも弱い。つまりあたしはまだまだかぁ。
  ヒヨッコなんだなぁ。
  その時。
  「ふぅ」
  溜息を吐いてマーティン神父は伸びをする。アルゴニアンの魔術師はまだ構えたままだ。
  ……?
  「あの人はどうなったんです?」
  「魔力を使い果たして気絶している。……ああ。正確には、魔力を使い果たしたところに私の魔力を奴の精神にぶつけた、というわけだ」
  「へー」
  「つまり……」
  ゆっくりと歩を進めるマーティン神父。
  ツン。
  アルゴニアンの魔術師を指で軽く押すとそのまま引っくり返った。
  なるほど。
  本当に気絶してるんだ。
  アナウンスが叫ぶ。

  『Aブロック突破はモグラっ娘&ロリコンダーで決定だーっ!』
  『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

  勝利っ!
  勝利っ!
  勝利っ!
  連戦で次はBブロック勝ち抜けの相手との大戦だけどあたしの心は晴れやかに高揚していた。
  疲れ?
  感じませんっ!
  次の戦いに勝てばあたし達は決勝進出っ!
  ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪










  観客席。
  セエレとリリスの会話。

  「あの魔術師、なかなかやりますね。リリスさん、貴女のご執心の娘もなかなかのものだ。イニティウムに欲しい逸材ですね」
  「それは叶わないわね」
  「ええ、ええ、アイリス・グラスフィルは貴女が殺すわけですからね。それにしてもこれは分からなくなってきましたね。あの2人の実力が本物なら、私の眼
  に狂いがなければグレンデルさんと良い勝負になりそうだ。暇潰しのような試合とはいえ楽しめそうですね」