天使で悪魔







本選開始





  闘技場。
  名誉と報酬を懸けて戦い合う場所。

  名誉は虚栄。
  報酬は欲望。

  それでも名誉は欲しい。
  戦士である以上、名誉や栄誉は掛け替えのないものなのだから。





  クヴァッチ闘技場において大会が開催されている。
  一年に一度のみ開かれる。
  本選を勝ち残れば現グランドチャンピオンとの戦いの権利を得られる事になる。
  見事勝利すれば。
  新たなグランドチャンピオンの称号が与えられ、報奨金が与えられる。
  そして。
  そしてクヴァッチ領主であるゴールドワイン伯爵直属の精鋭部隊である『近衛騎士団』のメンバーに抜擢されるのだ。この誘いに関しては断る事も出来る。
  あたしは騎士には興味ないなぁ。
  何故?
  ま、まあ、白馬騎士団で懲りてるし。
  ここではそうじゃないのかもしれないけど使い捨てにされるのはあまり気持ちのいいものじゃないし。
  それにあたしは戦士ギルドのレヤウィン支部長。
  近衛騎士団に所属する時間的余裕はない。ずっとここに留まるつもりはないし。



  クヴァッチ闘技場での大会は帝都の闘技場とは異なりタッグ戦。
  規定はないけど大抵は戦士と魔術師の組み合わせで登録する者が多いらしい。
  あたし達もそうだ。
  あたしのパートナーはこの街で知り合った変態神父マーティンさん。
  ともかく。
  ともかく剣術と魔法が組み合わされば万能。
  そういう意味合いで登録する者は戦士と魔術師の組み合わせが多いってわけだね。


  本選に勝ち残ったのは11組。
  Aブロックに3組。
  Bブロックに4組。
  Cブロックに4組。
  あたし達はAブロック。シード扱いだ。……マーティン神父が初公判の関係でシードになりました。シードはいいんだけど、何か嫌だなぁ。
  戦いの流れは簡単。
  勝ち抜きだ。
  最後に残った2組は次の日に決勝。明日は決勝とグランドチャンピオン戦。


  予選。
  本選。
  決勝、グランドチャンピオン戦。
  合計で3日の流れ。


  あたし達の戦いの流れ。
  Aブロックで勝ち抜いたペアと対決、その後連戦でBブロックを勝ち抜いたペアと対決、Cブロックの勝者とは決勝で対戦となる。
  シードだけど最終的には決勝でぶつかるペアと同じ数を戦うわけだ。
  一応、決勝でウザリールさん&ノル爺のペアと戦う可能性もある。
  そんな劇的な流れはあるかな?
  それはそれで楽しそう。
  全力でぶつかってみたいとは思ってた。ノル爺は強力な魔術師だし。
  ……。
  ……ウザリールさん?
  あの人はどうだろ。
  まあ、一度本気で叩きのめしてみたかったけど……い、いえ、あたしは善良なダンマー娘。叩きのめしたいだなんて心では思っても決して口にしちゃ駄目だ。
  現在本選は開始しされている。
  長い一日になりそう。
  


  剣と剣が交差する。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  金属の鋭い音を響かせながら戦士と戦士は刃を交える。
  一歩も退かない。
  あたしは相手の技量を語れるほどの実力と才能を兼ね揃えた戦士ではないけど、あたしの眼には闘技場で戦い合う戦士は互角に見える。
  双方ほぼ互角。
  勝敗を決めるのは何?
  幸運?
  機転?
  展開?
  いいえ。勝敗を決めるのはもう1人のペアだ。
  互いにペアは魔術師。
  どちらも魔法で援護しようとしては相手の魔法で邪魔されている。
  うーん。
  良い勝負だ。
  「移動してる間に凄い展開になってるなぁ」
  今、あたしは観客席にいる。
  最初は控え室から見てたんだけど、すぐ間近で見れるから臨場感はあったんだけど、あたしとしては観客席から見た方が楽しい。
  観客の喚声と一体感になれてる感じがするからかなぁ。
  どこか座れるところないかな?
  「えーっと」
  マーティン神父は初公判。
  試合は彼がいないと成り立たないけど……うーん、逮捕された方が良いのかなぁ。
  その方が世の為人の為?
  そうかもー。
  「あっ」
  座れる場所見つけた。
  座ろう。
  その席の隣には黒衣を纏った女の人がいた。ダンマーだ。
  歳は近いかな?
  「あの」
  「……お前は……」
  「……?」
  「……」
  驚いた顔を彼女はした。
  どうしてだろ。
  「あの……?」
  「いえ。何でもないわ。本選出場者を見て驚いただけよ。何故そんな人がここにいるの?」
  「こっちの方が臨場感がある気がして」
  「そう」
  「あの、ここに座っていいですか?」
  「どうぞ」
  「ありがとうございます」
  頭を下げて座る。
  ここからだと戦いが良く見える。
  あっ。
  戦士が剣を弾かれた。そこに相手の戦士の剣が……あー、相手の魔術師の援護が……なかなか凄い展開だなぁ。ここから見てて思う事は上から
  見下ろせるわけだから全体像が見渡せるって事かな。
  ここに来て正解。
  「貴女は……」
  「はい?」

  「貴女は何故この大会に?」
  黒衣の女性が話し掛けてきた。
  彼女の視線は試合に釘付け。あたしも試合を見ながら答える。
  「成り行きです」
  「へぇ」
  「神父に誘われたんです」
  「神父。あの光の魔法の使い手ね。何者なのかしら、彼は?」
  「あれ?」
  どうしてこの人はマーティン神父が光の魔法を使う事を知っているのだろう?
  だけど何者かしらと聞く時点でこの人は別の街から来た人だと分かる。だってマーティン神父はこの街では有名人らしいし。
  「あの神父は何者なの?」
  「気になります?」
  「ええ」
  「ロリコンで告訴されている神父です。現在は初公判です。あたしの試合までには戻って来れるそうですけど」
  「ロリ……」
  「ロリです」
  「……そんな変態な奴にこの私がしてやられたのか? この双剣のエルフと称された私が?」
  「……?」
  「いえ。こちらの話よ」
  「そうですか?」
  何か様子がおかしいなぁ。
  まあ、ロリコンという単語に動揺しているのだろうなぁ。あたしだって今でも動揺するもん。ロリコンって本当にいるんだなぁ。
  出来る事ならあたしの人生に関与させたくなかったけど。
  人生の汚点だよー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あっ」

  「決まったーっ! この勝負はエルディン&ルーブルのペアに勝利、勝ち抜け決定だーっ!」
  『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

  勝敗が決した。
  勝敗を左右させたのは、最終的に戦士と戦士の、お互いの意地だった。魔術師は両者魔力切れで気絶して共倒れ。
  気力を奮い起こして片方の戦士エルディンの豪剣が勝敗を決したってわけだ。
  パチパチパチ。
  あたしは惜しみない拍手をする。
  良い戦いだったなぁ。
  「お遊びみたいな戦いだけど、暇潰しにはなったわね」
  「えっ?」
  黒衣の女性は冷笑を浮かべていた。
  それから欠伸。
  不謹慎な人だと思うけど口にはしなかった。人にはそれぞれ価値観があるからだ。あたしの価値観を主張してぶつけるのは容易だけどそれは
  すべきではないと思った。だって人の考え方は人それぞれ。あたしがどちらかに決める事ではない。
  だけどちょっとは腹が立つ。
  命を懸けた戦い。
  それを冷たく嘲笑うのは少し許せない。
  ……。
  ……それでも人の価値観は人それぞれだから文句は言えない。
  あたしは立ち上がる。
  ぺこりと黒衣の女性に頭を下げて踵を返した。
  「せいぜい足元をすくわれないようにね、アイリス・グラスフィル」
  「ありがとうございます。では」
  淡々と返してあたしは歩き出す。
  その際に通路で金髪の男性とすれ違った。その男性はあたしが座ってた場所に座る。腹が立ったから、というのもあるけど戦いのスピードが早い。
  不戦勝にならないように控え室で待ってよう。
  まあ、マーティン神父が戻ってなかったら結局は不戦勝なんだけど。
  それにしても。
  「変な感じがする女の人だったなぁ。なんだろ、この変な感情」






  「今のは……アイリス・グラスフィルでしたね。リリスさん、貴女のご執着のお相手ですね。一体何を話したのですか?」
  「セエレか。戻ったのね」
  「ええ。左様でございます。それで何のお話を?」
  「……」
  「リリスさん?」
  「お前には関係ない」
  「そうですか。まあいいですよ。……ところでグレンデルさんに会ってきましたけど、どうしてマーティンの名を持つ者の抹殺任務を放棄しているかは
  分かりませんでした。いずれにしても楽しい流れになりそうですね。そう思いませんか、リリスさん?」
  「ふん」