天使で悪魔







予選突破の夜





  人は日々進歩していく。
  速度の差はある。

  それでも。
  それでも人は確実に進歩していく。そして成長を。
  変化と進歩は人生の友だ。





  予選突破。
  予選はある意味で生き残りゲームだった。いかにティラノサウルス・レックスとの戦いを避けて生き延びるかのテスト。
  突破したのは30名。
  だけどペアの相手が気絶している場合は、その者は除外される。
  結果として本選進出は22名。
  ペア数にすると11組。

  予選はこれでお終い。
  本日は終了。
  本選は明日。
  そして明日からトーナメントが開始されて結果として2組にまで絞られる。
  3日目に決勝、その後にグランドチャンピオン戦に突入。


  超過密な3日間の日程だ。
  とりあえず今日は終了。
  さあ。
  お祝いだ☆

  ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪





  宿屋の一室でドンチャン騒ぎ。
  一緒に騒いでいるのはあたし、マーティン神父、ノル爺、ウザリールさんの4人だ。
  本選決定したお祝い中。
  ウザリールさん達も登録していたようでちゃっかり予選にいた、そして突破。いずれは本選で戦う間柄だ。でも本選は明日。今は楽しもう。
  「うふふー☆」
  ビールを飲みながらあたしはニコニコする。
  酔ってる。
  酔ってますとも。
  大のビール党であるあたしはビールが大好物。クヴァッチのビールは味わいが良い。
  だからご満悦?
  もちろんそれもある。それもあるけど、嬉しいのは予選での出来事だ。
  ティラノを倒した。
  それが嬉しい。
  戦いらしい戦いはまるで行ってない。ティラノサウルス・レックスはあくまであたしと接触しただけに過ぎない。だけどティラノはその存在の特性上、魔力
  がゼロになったら消滅するという存在だった。奴はあたしと接触、そして消滅。
  つまり?
  つまりあたしの魔力がティラノを上回った。
  マーティン神父曰く『マスタークラスの魔力の持ち主』らしい。フィッツガルドさんとも肩を並べれるかも。
  うふふ☆
  始まる、始まるよアリス最強伝説がいよいよ始まるっ!
  ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
  「うふふー☆」
  「アイリス殿」
  スローターフィッシュの干物を食べながらカジートの老魔術師ノル爺が言い辛そうに声を掛けてくる。
  ……。
  ……言い辛そう?
  何故に?
  「アイリス殿」
  「なんですか?」
  「水を差すようで悪いのじゃが……」
  「水を差す」
  「そうじゃ。言って置くが魔力の高さと魔道の素質はまったく別物じゃからな」
  「そ、そうなんですかっ!」
  「うむ」
  「そんなぁ」
  「確かにマーティン殿の言われるように魔力は高いようじゃがな。もしもアイリス殿が強力な魔道の遣い手を目指すのであれば魔道修練を積ま
  ねばならぬ。あくまで魔法を行使するのに必要な魔力が豊富、という意味合いじゃから勘違いせぬように」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅーっ!
  何かテンション下がったーっ!
  フィツガルドさんのように魔法をビシィィィィィィィっと使えるようになるには修行が必要らしい。
  ……。
  ……ま、まあ、そりゃそうか。
  例えば、どんなに凄い剣を手に入れたとしてもそれで剣の腕がアップするわけではない。それと意味合いは同じだろう。
  そっかぁ。
  高い魔力を十二分に活用するには修行しないと。
  千里の道も一歩から。
  ガンバっ!

  「一番マグリールっ! 歌いますっ! ……世の中いつも金次第ーっ! それが親父の鮭茶漬けーっ!」

  「……」
  突然歌いだしたウザリールさん。
  なんですかその歌は?
  親父の鮭茶漬けの意味が分かりません。
  ウザさがますます増幅していくウザリールさん。本選で対戦したら思いっきり殴りたいなぁ。
  あれ?
  「組み合わせはどうなるんでしょうか?」
  本選突入は11組。
  つまり。
  つまり1組だけシードになる。そもそもどんな組み合わせになるんだろ。
  明日直前に発表されるのかな?
  「我々がシードだ」
  「マーティン神父」
  タヌキの信楽焼きの置物……じゃなかった、マーティン神父はワインをチビチビと飲みながらそう言った。
  何気に最近あたしって口が悪い?
  いやまあ直接口にしてるわけじゃないけど心の中で『ウザリール』『ウザリール』『ウザリールっ!』って連呼してるし。
  反省しよう。
  お茶目で気の良いダンマー娘に戻らないと。
  ……。
  ……第二部始まってからウザリールさんの世話で気が立ってるのかなぁ。
  うーん。
  疲れ気味かも。
  さて。
  「マーティン神父、あたし達がシードなんですか?」
  「そうだ」
  「えっ、もしかしてトーナメント編成の為の抽選とかあったんですか?」
  「初耳じゃのぅ」
  スルメを齧りながらノル爺は呟く。
  あれ?
  猫がスルメはまずいんじゃなかったっけ?
  ともかく。
  ともかくノル爺は知らないらしい。
  「えっと、つまり抽選とかしてないのにどうしてあたし達がシードなんです?」
  「私の問題だ」
  「はっ?」
  「明日は初公判なんだ。……マロンちゃんめ、裏切りおって……」
  「……」
  「我々の試合までには何とか戻って来れると思う。大会委員もそれを考慮して我々をシードにしたのだ。はっはっはっ」
  「……」
  すいませんそんな貴方と一緒にシードにされるあたしはあたしでなんか屈辱なんですけど?
  嫌だなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「金くれーっ!」
  夜は静かに……じゃないけど、過ぎていく。
  明日が本選だ。







  その頃。
  城塞都市クヴァッチ市内にある古美術商の店。しかしそれは表向きであり実際は黒の派閥のクヴァッチ支部。
  その店の一室。
  「リリスさん。上からの承認が取れましたよ。若からの勅命があるまではリリスさんは自由に動いていいそうです」
  「それは助かる」
  「それでこれからどうなさるんですか?」
  「とりあえずはお遊びの戦いを鑑賞するわ。アリスの戦いぶりを見て置きたい」
  「ふぅん。何だかんだで買ってるんですね、彼女を」
  「……」
  「グレンデルさんには勝てると思ってますか?」
  「当然」
  「まあ、いいですよ。どっちにしてもこんな遊びの大会に勝ち残れないのであればグレンデルさんは若には相応しくないですからね」
  「……アリス、私が殺してあげる……」
  「やれやれ。勝手に世界作って浸ってますね。……結構危ないですよ?」


  黒の派閥、傍観。