天使で悪魔






オークのマゾーガ




  レヤウィン。
  帝都の南にある都市ブラヴィルのさらに南にある都市。シロディールで最南端に位置する場所。

  さらに南に行くと別の地方であるヴァレンウッド。ウッドエルフ、ボズマーの故郷だ。
  「ここが、レヤウィンかぁ」
  生まれて初めての地だ。
  感慨深いんだけど……湿気が多いなぁ。沼地も密林も多い。土砂降りも突然やってくるし。
  そういう土地だからか。
  ここにはアルゴニアンが多い。アルゴニアンの故郷ブラックマーシュと気候風土が似ているらしい。
  その次に多いのがカジート。
  大体比率は人間種と亜人種、半々だ。
  ここの伯爵夫人が大のアルゴニアン嫌いだからか、差別的に見られている。そういう劣等を覆す為にアルゴニアンやカジート
  は連帯感を持っているらしく、戦士ギルドの天敵となりつつあるブラックウッド団の構成員は基本、亜人種だ。
  ブラックウッド団は日の出の勢い。
  戦士ギルドは既に落日だ。
  ここレヤウィンでブラックウッド団は足場を固め、既に基盤は出来上がっている。
  戦士ギルドはかつての勢いを失いレヤウィンではもう仕事はないらしい。
  叔父さんの……ううん、戦士ギルドの意向であたしは派遣された。
  レヤウィン戦士ギルドへの出向?
  ……違う。
  目的は白馬騎士団への仕官。
  「騎士かぁ。いつかはなりたいと思ってたけど……うふ、うふふ……まさかこんなに早くだなんてなぁ……うふふぅ……」
  白馬騎士団。

  それはレヤウィン近辺で勢力を伸ばしているブラックボウという賊の集団の討伐、と同時に治安維持。
  その為に士官を募っている。
  マリアス・カロ伯爵……レヤウィンの領主の名前ね。
  伯爵は傘下の都市軍からは騎士団を募っていない。実力、経験、才能のある者達を一般から仕官するという。

  あたしも騎士に、仕官に来た。
  もちろん騎士になりたいしそれもまた、英雄の道だ。しかしそれ以上にあたしは戦士ギルドの任務として、騎士になるのだ。
  ブラックウッド団の監視。

  「金持ち様は俺達貧民に金を与えるのが義務じゃねぇのかよぉっ!」
  ……?
  なにやら騒動のようだ。
  粗末な服を着たカジートの三人が、品の良い服を着こなしているアルトマーの青年に難癖をつけている。
  その青年、荒々しさがない。

  どこか品というものが漂っているような気がする。
  その青年の背後にはノルドの巨漢が、控えていた。用心棒か何かだろうか?
  市民達は遠巻きにそれを見ている。
  「その言い分。確かに貧しき者を救うのは貴族の義務。なれど貴方達は働くのが嫌なだけ。意味が、違いますね」

  ぽろろーん。
  手にしている銀の竪琴を奏でる。……へ、変な人。

  「それにお金をあげたくとも僕には既にない。僕は没落貴族、今の職業は吟遊詩人。……この恰好を見て金持ちに見えるので
  あればそれは誤解だ。この服装をする、それはあくまで貴族としての誇りから纏っているだけだ」

  「けっ、おかしな野郎だぜ」
  「ははは。世の中人それぞれ。では皆様、御機嫌よう」
  「待てよ。じゃあ貴族としての誇り、置いてけ」
  「それは出来ないなぁ」
  「てめぇっ!」
  最初からカジート達は強盗目的だ。話し合いで終わる相手じゃない。
  あたしが剣を掴もうとした瞬間、カジートの1人が吹き飛んだ。
  「ぐぁっ!」
  「きょ、兄弟っ!」

  「て、てめぇ、デガブツがぁっ!」
  ノルドの男性があっという間に素手でカジート3人を叩きのめしてしまう。さすがは戦士系の種族。
  アルトマーの青年は髪をかきあげながら、あたしの方を見て頭を下げた。
  「助勢、ありがとうございます」
  「い、いえ結局何も……」
  「いえ、助かりました。ヴァトルゥス、君にも迷惑をかけたね」
  「旦那様の為ならば」
  ヴァトルゥス……ノルドの男性の名前だ。深々と青年の前に跪くと……青年は慌てて彼を立たせる。
  「もう僕は君の主人ではない。父上の浪費で家は潰れた。立場上では僕は貴族ではない」
  「しかし自分の主人でございます」
  「それをやめよヴァトルゥス。……いや、ヴァトルゥス卿。我々は騎士になる為にここに来たのだ。君も騎士だ、胸を張れ」
  騎士?
  この人達も白馬騎士団に加入する為に来たのか。
  レヤウィン戦士ギルドの人とコロールからここまで来たけど、騎士団に入ろうとするものはいないという話だった。
  盗賊ブラックボウは敵として大き過ぎるらしい。
  それにレヤウィン伯爵は人は利用するもの、という性格らしく使い捨てにされるのがオチだというのが世間一般の白馬騎士団に対
  する見解だ。レヤウィンに来て、あたしもそれには納得していた。
  白馬騎士団に対する話題性はあったけど、それ以上ではなかった。
  ここに来て、初めて見る入隊希望者達だ。
  パチパチパチ。
  拍手が響いた。
  ボズマーの老人だ。彼が着込んでいる鎧も老人の年同様にかなりくたびれている。背中には弓矢を背負っている。
  「なかなか麗しい主従だの。お若いの、なかなか出来たお人のようじゃな。いやはや、これは良き騎士仲間になりそうじゃ」
  騎士仲間?
  「ワシはオーレン。ヴァレンウッドから来た、見たとおりのボズマーじゃ。向こうでは白馬将軍という異名を轟かせた軍人でな。退役し
  て隠居しておったが白馬騎士団とかいうのがシロディールで創設されたと聞いて飛んできた。ワシの騎士団じゃ♪」
  「あっははははは」
  「可愛いじゃろ、ワシ♪」
  「ふふふ、はい。あははははは」
  あたしは思わず、笑った。
  なんて可愛いおじいちゃんなんだろ。白馬将軍と呼ばれていた彼にしてみれば、同じ白馬の名を冠するこの騎士団はまるで自分
  の騎士団、つまり白馬将軍率いる白馬騎士団、みたいなノリなんだろうなぁ。
  「お嬢ちゃんも騎士希望かの?」
  「はい。あたし、アイリス・グラスフィル。戦士……じゃない、冒険者です」
  戦士ギルドは伏せておかなきゃ。
  一応、あたしの使命はブラックウッド団の監視。白馬騎士団に戦士ギルドの密偵がいるのがばれると面倒だ。
  「皆さん、騎士希望ですか。僕は……そう、レノス。貴族の名は棄て今はただのレノスです。よろしく」
  「自分はヴァトルゥス。レノス様の下僕」
  「……道の真ん中で喋ってるんじゃないよ。邪魔だよ、邪魔」
  騎士志望の者達の会合に、不釣合いの艶っぽい女性が立ち止まった。慌てて道を開けるものの、立っている。
  はぁ。女性の口から溜息が一つこぼれた。
  「どうもここの騎士団、ろくなのがいないようだね」
  ぽろろーん。
  レノスさんが竪琴を奏でる。それから、女性に一礼。インペリアルの美しい女性だ。
  ……性格きつそうだけど。
  「僕はレノス・レス・スフォルツェンド。帝都の名門貴族の生まれの者です」
  「……調子のいい小僧じゃの。貴族の名前は捨てたんじゃなかったのかい。のぅ、おチビちゃん」
  「……ですよね」
  華麗に一礼するレノスさんを見て、女性は鼻で笑う。心底軽蔑しきった笑いだ。
  「悪いけど愛を語る吟遊詩人は嫌いなのよ」
  「僕は愛は語りませんよ。語るのは詩だけです。愛は、愛すべき人にしか囁きません。……愛しき人の耳元でしか……」
  か、かゆい。何か体がかゆいんですけどー。
  ……あのー、何となく同意します。
  多分ろくなのがいない、の中にはあたしも含まれてると思いますけど、多分そんな感じですねー。
  「私はシシリー。シシリー・アントン。アルケイン大学で破壊魔法を専攻していた。……どーぞよろしく」
  投げやりな口調。
  変な感じだけど、ここに白馬騎士団の仕官希望者が五名、集まった。別にここが集合場所でもなんでもないし道の往来だし。

  アイリス・グラスフィル。種族ダンマー。戦士ギルド所属。
  オーレン。種族ボズマー。退役軍人。
  レノス・レス・スフォルツェンド。種族アルトマー。没落貴族の吟遊詩人。
  ヴァトルゥス。種族ノルド。レノスさんの用心棒。
  シシリー・アントン。種族インペリアル。魔術師ギルドアルケイン大学所属。

  ここにいるのは、あたしの騎士仲間……の予定。
  まだ仕官できると決まったわけじゃないけど、皆良さそうな人でよかった。
  「ここで話し込んでいてもなんじゃな、そろそろ行くとするかの。せっかく推薦状もらったのに時間は無駄に出来んしの」
  「そうですねオーレン公。行くとしようか、ヴァトルゥス。……ああ推薦状は?」
  「はい、旦那様、自分が大切に持っておりまする」
  「大学で推薦状書いてもらうのに苦労したのに、確かにここでアホ話してても仕方ないわね」
  ……?
  す、推薦状?
  「どうしたんじゃ、おチビちゃん」
  「ボ、ボズマーの貴方にチビ呼ばわりされるのはどうかと思いますけど……推薦状って、何……?」
  「推薦の書類じゃ」
  「……」
  ええーっ!
  推薦制度なわけ、聞いてないってそんなのっ!
  ……で、でも考えてみれば騎士になる、というのは当然の事ながら衛兵になるよりも難しい。
  騎士は華であり、衛兵よりも上であり、領主の剣であり盾だ。
  普通に考えれば世間に公募しているとはいえ、何らかの組織に推薦された人材が好ましいだろう。
  ……で、あたしは……?
  ……。
  ま、まずい。
  あたしは戦士ギルドの密偵、目的はブラックウッド団の監視。だから、戦士ギルドの後押しは、後ろ盾はない。一介の冒険者を
  装わないとブラックウッド団に監視が気付かれるわけだし。
  ど、どうしよう?
  「まさか貴女、推薦状をお持ちでないの?」
  「な、ないです、シシリーさん」
  「呆れた。どこの馬の骨かも知れない者を騎士にする酔狂な領主はおりませんわ」
  「あぅぅぅぅ」
  ぽろろーん。
  竪琴を鳴らしながら、レノスさんが口を挟む。
  「しかし公募の際に推薦状が必要、とは公言されていませんでしたよ。僕……ああ、僕達、ですね。仕官する者が多いと想定した
  上で、少しでも有利になるように推薦状を書いてもらったに過ぎません。そんなに気にしなくてもいいと思いますよ」
  「で、ですよねっ!」
  「確かに人数少なくて推薦状意味ないかもしれませんけど決めるのは伯爵ですわ」
  「あぅぅぅぅ」
  「ともかく、じゃ。まずは目通りしてみるのが一番じゃないかの」
  これで仕官出来なかったら任務失敗。何の収穫もなしにコロール戻ったら叔父さんに怒られる。
  ……きっと叔父さんに拳骨もらうんだろうなぁ。
  あぅぅぅぅぅ。





  レヤウィンの領主であるマリアス・カロ伯爵。
  人を利用するのがうまいらしい。
  結局、今回の白馬騎士団創設も外郭部隊でしかない、というのが一般的な評判だ。
  叔父さんは、『じゃあ新選組みたいなもんか、がっはっはっはっー』とか笑ってたけど……新撰組って何?
  ともかくも、あたし達は伯爵の前に深々と頭を下げた。
  鷹揚な口調で、伯爵は言う。
  「その方達の誠忠、まことに嬉しく思う」
  ははぁー。
  「ニベイ河流域に巣食うブラックボウを初めとする賊どもは多い。此度の白馬騎士団創設は、レヤウィンの剣となり盾となる、そん
  な忠誠心溢れる者を召抱える事が目的である。レヤウィンの為に励んでくれぃっ!」
  ははぁー。
  頭を下げつつも、あたしは内心でヒヤヒヤしていた。
  あくまで今は、お眼で通りが叶っただけで当然の事ながらまだ騎士に召抱えられたわけではない。
  伯爵の手には推薦状の束。
  ……あたし以外の人の、ね。
  あぅぅぅぅぅぅ。
  駄目だったらどうしよー。叔父さんに、叔父さんに怒られるぅー。
  「レノス・レス・スフォルツェンド」
  「ははっ」
  「そなた、シェイディンハル伯爵からの推薦らしいが……」
  「はい。伯爵様のご子息とは友人の間柄でして。……お忘れですか、マリアス様」
  「……おお、そなたか。レノス、久し振りじゃな。十年前に会ったきりだが、元気そうで何よりだ」
  「マリアス様も、御壮健で何よりです」
  「家が没落したそうだが……」

  「貴族としての再興は叶いますまい。その為、騎士になりたいのです。騎士もまた、民を護る誉れにございます」
  「うむ。その通りだな」
  レノスさん、採用。
  レノスさんの従者ヴァトルゥスも採用。
  次の推薦状はオーエンさんが持参したもの。
  「さて、その方は……オーレン……おお、ヴァレンウッドの白馬将軍殿かっ!」

  あっ、本当に有名なんだ。
  あたしが知らないだけで実は凄いおじいちゃんだったのかぁ。

  「そなたの武勇、聞き及んでいるぞ。白爪砦の戦いの話、聞く度に胸の内が熱くなる。是非とも我が騎士団にっ!」
  「ありがたき、幸せにございます」
  オーレンさん、採用。

  次はシシリーさんの持参した推薦状。
  「シシリー・アントンにございます、伯爵閣下」
  「この推薦状は……」
  「私の師、カラーニャ評議員からのものにございます」
  「ほう、アルケインの。確かカラーニャ殿はマスターの次席。ふむ、高名な魔術師の弟子であるそなたの仕官の理由は?」
  「人々の度肝をする事を成したい、それだけにございますわ」
  「はっははははははっ! 剛毅よな、気に入った。気に入ったぞっ!」
  シシリーさん、採用。
  次はあたし。
  でも当然の事ながら、伯爵の手にはあたしの推薦状はない。
  「そなたは推薦状を持参しておらぬが……」
  「は、はい」
  「確かに推薦状は必要はない。必要はないが、騎士団を烏合の衆にするわけにはいかぬ。それなりの名声が必要となる」
  「は、はい」
  「そなた、冒険者であると、拝謁の前に執事に告げたらしいが……何を成した?」
  ……何を成した。
  ……うー、基本的に戦士ギルドの任務は、皿洗いに犬の散歩、猪退治にモグラ退治、たまに農村の害虫駆除。
  ……い、言えない。
  こんなの言えないよぉー。
  「どうした、述べよ」
  「こ、これといって……あっ、帝都でブラックウォーター海賊団を退治しましたっ!」
  「聞いた事がない海賊だな。他には?」
  「アンヴィルで同性愛者の盗賊団を内偵し味方の振りをしたその後に潰しましたっ!」
  「……どんな内偵をしたかは、気になるな。他には?」
  「コロールでゴブリン退治に行き、その……結果として追い詰められて負けました……」
  「話にならんな。……衛兵、この娘以外を宿舎に案内せよ。我が最愛なる騎士達だ、丁重にな」
  四名の新規騎士は、あたしを残し衛兵と共に宿舎に。
  不採用?
  ……そりゃ、あたしは経験がまだまだで、名声だってない。俄かに騎士になれるとは正直、思ってなかったけど、やっぱり悔しい。
  こんな程度なのかな、やっぱり。
  叔父さんに騎士になれ、と言われた時はやっとあたしの伝説が始まる、と思ったけど早かったんだ。
  ……コロールに帰ろう。
  「お待ちくださいマリアス様」
  「レノス、何だ。……まさかこの娘も騎士にせよ、とは申すまいな?」
  「そうは言いません。しかし機会だけでも」
  「……そうじゃなぁ。わざわざコロールから来たんだ、おチビちゃんもこれでは帰れないであろうな」
  レノスさんとオーレンさんがあたしを支持してくれた。
  考え込む伯爵。
  考えて、考えた結果、こう、切り出した。
  「よかろう。その者にも機会を与えよう。やや特殊な任務をそなたに与える。その結果次第では、騎士に取り立てよう」
  「ありがとうございますっ!」
  嬉しかった。深く、礼。
  頭を上げた時、レノスさんはあたしにウインクした。そのまま宿舎に向う一行を見て、あたしも頑張らなくては、と思った。
  「そなた、マゾーガという者と話をして欲しい」
  「マゾーガ?」
  「オークのマゾーガ。実は白馬騎士団創設の話の前から、この城の控えの間に毎日現れてな、騎士になりたいと申しておる
  のだ。白馬騎士団創設の今ならば、理由次第では取り立ててもよいのだが、取次ぎの者に聞きに行かせても返答はせぬ」
  「はぁ」
  「伯爵にしか話さん、この調子でな。かといってわざわざ私が行くのも、別の者に伯爵代行として行かせるのもどうにも面白くない
  のでな。そなた、聞いて参れ。必要であればマゾーガの要求もこなして参れ。終わり次第、騎士に取り立てる」
  「ははぁっ!」
  おかしなオーク。
  どうも体よく厄介払いされてるような気が……あたしも……その、マゾーガも。
  まあ、いいや。
  あたしは一礼し、マゾーガの元に向った。





  「あのー」
  「お前が伯爵か?」
  「いえ、違いますけど」
  「ならば用はない」
  レヤウィン城控えの部屋。領主に対して陳情してくる者達の為の部屋であり、市井の窓口。
  そこに仁王立ちしているオークの女性。
  鋼鉄製の武具に身を纏い、左手に盾、腰に鉄のロングソード。
  誰が見ても陳情に来たわけではないのが丸分かりなこのオークが、マゾーガなのだろう。
  「あのー」
  「お前が伯爵か?」
  「……」
  ま、まさかこの会話がエンドレス?
  試しに肯定してみよう。
  「はい、あたしが伯爵です」
  「お前は嘘つきだ。伯爵は男だ、下がれ」
  「……」
  ム、ムカつくーっ!
  最初からあたしが伯爵ではない事を知ってるなら……そもそも常識的に考えてもそんなの分かりきった事じゃないの。
  は、腹が立つ。本気で腹立つ。
  「あのー」
  「お前が伯爵か?」
  「……」
  こ、こいつわざとか?
  緑の体で光合成してるからって誰もがペコペコすると思ったら大間違いよこの葉緑素百%めぇーっ!
  ……叫びたい。ダンマーらしく口汚く罵りたいっ!
  ……で、でもあたしは礼儀正しいダンマーの女の子目指して頑張ってるんだから、我慢我慢。
  それにこのマゾーガを何とかしない限りは、あたしは騎士になれない。
  そうよ、これは任務。任務よ任務。
  ……でもムカつくなぁ……。
  あぅぅぅぅぅ。
  「あの、あたしは伯爵の使者です。貴女がここにいる理由を聞くのがあたしの任務。それと、あなたの要求も可能な限り、手伝えと伯
  爵から仰せつかっています。それで、ここに居座る理由は何ですか?」
  「貴様」
  「き、貴様ぁー?」
  「貴様、騎士に対する口の聞き方がなってないな。ならば教えてやる。何をなさればよいでしょうかマゾーガ卿。言ってみろ」
  「あ、あんたねぇーっ!」
  「言ってみろ。マゾーガ卿、だ」
  「……何をなさればよいでしょうかマゾーガ卿……」
  「それでいい。騎士である私に対する礼節を忘れるな」
  「あの、でも貴女は騎士ではない……」
  「士官は出来ていない。しかし心は騎士だ。そこに何か問題はあるか?」
  「い、いえ」
  「それで用件は何だ? 伯爵はなんと言ってた?」
  用件……微妙に立場違わない?
  あたしが、マゾーガにここに居座る用件を聞く立場なのにぃー。
  「伯爵は貴女を騎士に取り立ててもいいと。……あっ、でもここに居座ってた理由次第、だそうです。……マゾーガ卿」
  「……ふむ。お前でいいか。ウィーバム=ナーを探してここにつれて来い」
  「はっ?」
  「アルゴニアンの狩人だ。ガイドでもある。つれて来い」
  「あの、でも理由が……」
  「つれて来い。主人である私に対して口答えするな従者」
  「……っ! ……ぅぅぅぅぅぅ、はい、マゾーガ卿」
  ムカつくっ!
  ムカつくよぉーっ!




  オークのマゾーガ。
  白馬騎士団創設の為の仕官募集以前から、レヤウィンの伯爵の下に通いつめていた女。
  何が目的なのだろう?
  伯爵曰く、今なら……騎士団創設したから、今なら理由次第では取り立ててもいい、らしい。
  ……なのだが、何故自分から伯爵の元に行かないのだろう?
  まさか伯爵の方から出向いて欲しかった?
  まあ、それはいいんだけど……騎士に固執する理由、なんだろう?
  あたしは城を出て街に向い、衛兵に訪ねたものの……収穫なし。結構この街、亜人種に対しての差別が強い街だからかな。
  通りすがりのアルゴニアンに聞いてみた。
  アルゴニアンは見た目で性別分からないけど、服装から見て女性……に、聞いてみた。
  ビンゴ。
  この女性、ビジーンはウィーバム=ナーの恋人。
  きっと今まで清く正しく生きてきたから、こんなに運がいいんだよねー。
  あたしはウィーバム=ナーを紹介してもらい、彼を伴い城へと戻る。ガイドの仕事として雇いたい、と言って口説き落とした。
  マゾーガの口振りからして、ガイドが欲しいみたいだし。
  ……でも。
  「アルゴニアン、私を猟師の野営地に連れて行け」
  「はあ?」
  「お前は騎士に対する答え方がなってない。かしこまりましたマゾーガ卿、だ」
  「お前喧嘩売ってるのか?」
  ……そうですよね。喧嘩売ってますよね。
  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ何なのこの自己中女っ!
  ガイドとして雇わずに……それならそれでもいいけど、せめて言葉遣い何とかなんないの?
  「アルゴニアン、私は急ぐ。順番が逆ではあるが、騎士になるのだ」
  「知るかそんな事」
  順番が逆?
  彼女としては、猟師の野営地に行く前に、というかそこで何かする前に騎士になりたかったのか。
  ……?
  「もういいお前にこれ以上頭下げるのはやめだ。場所を教えろ」
  いつ頭を下げたの、いつ。
  マゾーガ卿は思いっきり踏ん反り返ってたりする。
  あぅぅぅぅぅ。
  話は物別れ。そりゃそうだ。ウィーバム=ナーは怒って帰ってしまった。
  「あの男は何を怒っている。……まあ、いい。場所は分かった。お前、先導しろ」
  「はっ?」
  「仰せのままにマゾーガ卿、だ」
  「……仰せのままにマゾーガ卿……」
  「それでいい」
  な、なんてムカつく奴だーっ!
  一瞬、礼儀正しいダンマーになる、という主義主張を棄てそうになる自分。て言うか棄てていい?
  あぅぅぅぅぅ。





  猟師の野営地。
  ニネベイ河の下流、東岸にある……らしい。集落ではなく、野営地。まあ、キャンプ地みたいなもんか。
  レヤウィンから徒歩で6時間ほど。
  「……」
  「……」
  無口なマゾーガ卿を伴い、あたしは歩く。何故かあたしが先頭……ああ、何故、という事はないか。
  うっそうと茂る背丈ほどもある草を切り払いながら進む。
  腕が、腕が痛い。
  「……」
  「……」
  これでまだ会話があれば気晴らしになるんだけど自称騎士はむっつり黙ったまま。
  あたしもお喋りな方じゃないけど、喋るのは嫌いじゃない。
  ……嫌いじゃないけどまた叱責飛ぶもんなぁ。
  「あのマゾーガ……卿。何しに行くんですか?」
  「無駄口はいい。さっさと草を刈りながら進め。先程からペースが落ちているぞ」
  「じゃあ代わってよっ!」
  「騎士に対してその口の聞き方は何だ」
  「……あのさ」
  足を止める。
  これも任務これも騎士になる為、そう思って何も言わなかったけどそろそろ我慢の限界。というかあたし切れたっ!
  「何であたしがあんたの命令に従わなくちゃいけないのっ! あたしは貴女の何っ!」
  「……」
  「貴女には貴女の目的があるんでしょうけどあたしにだってやりたい事はあるのっ! そうよ騎士になるの、あたしは騎士にな
  って叔父さんに自慢したい。馬鹿みたいに正しい事をする英雄に、あたしはなりたいのっ!」
  「……その為に剣に誓いを立てたのか?」
  「そうよ、あたしは自分の剣に誓った、あたしの信念を誓ったっ!」
  「……お前の名、聞いていなかったな」
  「アイリス・グラスフィル」
  「グラスフィル卿、行くぞ。……お互いの信念を貫きにな」
  「……あっ……」
  この人、本気なんだ。
  ただの自己中心的な奴だと思ったけど……洒落や酔狂だけで騎士を名乗ってたわけじゃないのか。
  ……少し、自分でも言いすぎたかも。
  「ごめんなさい」
  「構わん。……ああ、それと先に言っておくがモゲンズは猟師の野営地にいる。私が話す、私が話し終えるまで相手の歯を
  へし折ったり首を落としてはならん。腸を引きずり出しても駄目だ。分かったな」
  「よく分かんないけど……それに反したら?」
  「私が話し終わるまで我慢しろ。その後は、お前の好きにしたらいい」
  ……?
  結局、意味不明なんですけど。そもそもモゲンズって誰?



  6時間。
  結局、まともに言葉を交わしたのは一度だけだった。
  あたしは草を刈り、前進。
  ……結局、一度も交代してもらえなかった。
  あぅぅぅぅぅ。
  ともかく、あたし達は着いた。猟師の野営地。でっかいキャンプファイヤーを灯す集団。数は四名。
  マゾーガは臆する事なくそこに近づいていく。あたしも後に続く。
  半裸の男性の前に止まり、睨みつけた。
  「何だ、お前?」
  「私の名はマゾーガ。お前は私の親友ラヴィンドラを殺した」
  「知らんな」
  ……そういう事か。
  他の3名の動きにあたしは注意する。マゾーガの詰問している内容に反応して、誰もがすぐに剣を抜けるように身構えてい
  るのがありありと分かった。こいつら盗賊?
  「嘘つきの悪党め。ラヴィンドラの仇を討たせてもらうっ!」
  その言葉が終わる前に、モゲンズの仲間のカジートが襲い掛かる。しかしマゾーガは平然と、抜き打ちで斬って捨て、抜刀し
  たモゲンズと切り結ぶ。強気なだけある、彼女ものすごく強いっ!
  マゾーガはモゲンズと。
  あたしは残り2人の仲間と対峙していた。1人が声を張り上げ、叫ぶ。
  その叫びに触発され、別の1人が斬りかかって来る。
  キィィィィィィィィンっ!
  あたしは下から掬い上げるように斬り、相手の顔面をそのまま真っ二つに切り上げる。
  ……と同時にもう一人が突きを入れてくるものの、体を捻ってかわし、一閃。相手の首は落ちた。
  「はあはあ、終わった、かな」
  あたしが二人を斬り捨てた時、マゾーガも戦いを終えていた。
  倒れ、荒い息遣いをしているモゲンズの喉元にトドメを入れる。こちらは傷一つない。なかなか、良いコンビかも。
  「そろそろ、教えてくれない?」
  「誓いは果たした。……そうだな、お前にだけは話してもいいだろう」
  静かに微笑むと、彼女は剣を鞘に戻した。
  そこにいたのは自己中女ではなかった。穏やかな微笑を浮かべる、騎士。
  「モゲンズ達は盗賊だった。旅人を専門に襲う、な。私の親友ラヴィンドラがそれを目撃し衛兵に訴え出た。しかし衛兵はミ
  スった。モゲンズ達は逃げた。奴は逃げる前に、告発したラヴィンドラを斬殺した。私の親友を奴は殺した」
  「……」
  「友の亡骸の前で、私は自らの剣に誓った。その日、私は騎士となったのだ。自らの誓いを違えぬのが騎士」
  それで彼女は騎士を名乗ってたのか。
  ……そうね。自らの剣に誓った事は、絶対。それこそが騎士が騎士である、象徴なのだ。
  「私は各地を彷徨い、モゲンズを探した。そして辿り着いたのがレヤウィンだ。まず私は正式な騎士となった上でモゲンズを討
  つつもりでいた。立身などに興味はない。正式な騎士となり討つ事で、親友に対する手向けにしたかった」
  「どうして伯爵のところに自分で出向かなかったの?」
  「会ってもらえなかった」
  「はあ?」
  ……ああ、そういう事か。
  あの伯爵め、最初から会う気なかったんじゃん。利用するのが好き、というより小ずるい性格の伯爵なのかも。
  「お前は私の為に尽力してくれた。感謝している。……お前は私の真の友だ」
  「光栄ですわ、マゾーガ卿」
  「はははははっ」
  「ねぇ、一緒に騎士になりましょう。伯爵はこの件が終われば騎士にしてくれると確約してくれた。貴女も理由次第では騎士に
  取り立てる、と伯爵は言っていたわ。マゾーガ卿、レヤウィンに戻りましょう」





  「敵討ちとは見上げた行為。ふむ、マゾーガ卿、そなたは今日から白馬騎士団。そしてそなたもだ。今後はレヤウィンの平和の
  為、民衆の平穏の為に尽力してくれぃっ!」
  騎士への叙任。
  今日からあたしもマゾーガも、白馬騎士団の一員だ。
  目的は盗賊ブラックボウの討伐及びレヤウィン近郊の治安維持。総勢6名の騎士団だけど、頑張ろう。
  騎士団長にオーレン卿。
  騎士団員にレノス卿。ヴァトルゥス卿。シシリー卿。マゾーガ卿。そしてあたし、アイリス卿♪
  くっはー、あたしも今日から騎士だぁ♪
  あたしの目的はブラックウッド団の監視役だけど、騎士の仕事は仕事でこなす。
  ふふふ。騎士である事が嬉しい。
  そしてあたし以上に舞い上がっているのがマゾーガ卿。
  「言って♪ 言って♪ 御機嫌ようマゾーガ卿って言って♪」
  「御機嫌ようマゾーガ卿」
  「あっはははははっ♪」
  意外に可愛い性格かも。
  今後、彼女とあたしの間に強い絆が生まれちゃったりするのだから、世の中分からない。
  ともかく、あたしの英雄伝説に新たな1ページ♪
  叔父さん、あたしやったよぉー♪