天使で悪魔
予選開始
クヴァッチ闘技場での予選開始。
ルールは簡単。
本選に必要な規定の人数が残った時点で終了だ。残りすぎた場合はさらにそこから振り落とされる。
さあ、開始っ!
「さあっ! まずは多過ぎる人数を振り落とすとしましょうっ! 何名が本選に進めるでしょうかっ! ゲートオープンっ!」
『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
アナウンスが盛り上げる。
観客は湧く。
城塞都市クヴァッチ領主のゴールドワイン伯爵の挨拶が終わるといきなり予選開始。アナウンスの人の声は広い闘技場によく通る。
魔法で声量を拡大しているのかな?
チャッ。
あたしは雷の魔力剣を引き抜く。フィッツガルドさんに貰った魔力剣だ。
魔剣ウンブラは背中に背負ったまま。
抜かない?
抜かない。
魂を食らっちゃう魔剣だからあまり使い勝手は良くない。だって魂が食われるって事は、その人は永遠に転生出来ないという事。
存在そのものを抹消するのは、あまり好きではないなぁ。
……。
……まあ、相手にもよるけど。
闘技場には今回参戦する全ての戦士や魔術師、冒険者等がいる。一斉に彼ら彼女らは身構えた。その中にはノル爺&ウザリールさんもいる。
予選で一気に人数を落とすらしい。
つまり。
つまりそれだけ強力な存在が予選の相手なのだろう。
そしてそれは人間ではないのだろう。
闘技場の舞台の正面、つまり北側に一際高い位置する貴賓席の丁度真下に巨大なゲートがある。
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。
そのゲートは開いていく。
何か巨大な足が見えた。オーガの比じゃない。どれだけ巨大な足なんだろ。
足だけしか見えないけど……予想だけど足から推察すると全体は十メートルぐらいありそうな感じだな。
か、勝てるかな?
「下がった方がいいな」
「はい?」
「下がるんだ」
「……?」
帝都とは異なりクヴァッチ闘技場はタッグ戦。
あたしはロリ……じゃなかった、クヴァッチ聖堂で聖職者をしているマーティン神父と組んでいる。かなり変態が入ってる気がするけど強力
な魔道の使い手だ。能力面では信頼出来るパートナー。その彼が下がれと言う。
何かを感じ取ったのだろうか?
素直に下がる。
「どうして下がるんですか?」
「危険だからだ」
「危険?」
「奴は……そうだな、私と幼女が2人っきりで世間とは隔絶された猛吹雪の雪山の絶対開錠不可能な扉を持つ小屋にいるという設定ほど、危険だ」
「はっ?」
「今夜の私は野獣だぜ、という決め台詞がぴったりなほどに危険だな」
「……」
すいません例えがよく分からないんですけど。
それにしても思うのはこの人ってまさか本気で犯罪者なのかもっ!
ネタ?
最初はそう思ってた。
実際はただのお茶目な人だと思ってた。
だけど何気にノンフィクションかも。
……。
……まともな男の人に会った事がないのは気のせいかなぁ。
あたしの杞憂?
あたしの誤解?
世の中ってまともな人の確率が低いのかもしれない。特にシロディールには個性的な人が多いのかも。
だけどマーティン神父の場合は個性じゃ終わりそうもないなぁ。
うーん。
ウザリールさんも大抵困るけど……マーティン神父の方が性質が悪いかも。
ガチャンっ!
ゲートが開ききる。我に返って、あたしは見る。
ゲートの向うにいた奴を。
『……』
全員、沈黙。
そこにいたのは巨大な奴だった。あたしの予想は当たってた、そいつは十メートルはある。
アナウンスが高らかに叫んだ。
「さあっ! 本日お集まりの観客の皆様、そして予選参加者にご紹介しましょうっ! ティラノサウルス・レックスですっ!」
『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
ティラノサウルス・レックスっ!
……。
……って何?
よくは分からないけど物語に登場するドラゴンみたいかなぁ。少なくとも邪神ソウルイーターよりはドラゴンっぽい。
ソウルイーターはどっちかというと蛇だったし。
参加者は全員どよめいた。
そりゃそうだ。
あんなの誰も予想してなかった。というか予想できるもんかーっ!
あたしここで死んだかもっ!
はぅぅぅぅぅっ。
「だけどマーティン神父、どうして下がった方がいいと知っていたんです?」
「あれを造ったのは私だからな」
「貴方が?」
だとすると凄い。
この人、ロリコンだけど魔道に関しては凄い才能と実力を持っているらしい。
「ルオオオオオオオオオオオオっ!」
吼えるティラノサウルス・レックス。
それに怯えた魔術師の1人が魔法を放つ。それが合図となり各々がテンでバラバラに攻撃を始めた。
小うるさそうにティラノは首を振る。
そして地を蹴った。
巨体が物凄い勢いで突進。
進行方向にいた人達は全員その場に引っくり返る。
……。
……あれれ?
その場に引っくり返る?
「気になるのか?」
「はい」
マーティン神父が説明してくれる。もちろん身構えながらだ。
まあ、ティラノサウルスは中央で大暴れ、あたし達2人は戦闘区域から離れているので問題ないだろう。
「あれは魔力の塊だ」
「魔力?」
「魔力を寄せ集めて造った存在に過ぎない。突進を受けても跳ね飛ばされる事はない」
「じゃあどうなるんです?」
「気絶する」
「気絶」
「触れた瞬間に、触れた者の魔力が奴の魔力と相殺される。一時的に触れた側はゼロになる。魔力が底を尽きると気絶する事ぐらいは知っているだろう?」
「相殺って……えっ? つまりティラノも魔力が減ってる?」
「そうだ」
「つまりー……」
「つまり奴が暴れて予選に参加している者達を粉砕するほどに奴は弱体化していくという寸法だ」
「へー」
それで下がった方がいいと言ったのか。
ティラノサウルスは戦えば戦うほど、相手を倒せば倒すほど弱体化していく。あたし達はそれを遠巻きで見ていればいいのか。
ずるい?
まあ、観客からしたらそう見えるかもしれないけど、あれとまともにぶつかるのは問題ありだろう。
だけどそれってあり?
なしです。
「煉獄っ!」
豆鉄砲でしかないけど何もしないのもあれなのでティラノに放つ。
ドカァァァァァァン。
可愛い音。
フィッツガルドさんの煉獄だと派手な爆発なんだけど……あたしも魔法を本格的に習おうかなぁ。だけど魔法の才能はあんまりなさそうな気がする。
もちろん勝手な憶測。
だけど今まで剣ばっかり鍛錬してきたのに急に方向転換しても……うーん、どうなんだろ。
今度フィッツガルドさんにあったら聞いてみよう。
「ルオオオオオオオオオオオオっ!」
激しい咆哮が響く。
煉獄が痛かったからではないだろう。あの程度の攻撃でちょっかいを出してきたあたしに対する怒りだろうか?
はぅぅぅぅぅぅっ!
もしかしたら余計な事はしない方がよかったかもーっ!
ギョロリ。
こちらを見る。
一瞬、静止した。お互いがだ。
静寂。
静寂。
静寂。
間が長い。
行動可能な予選参加者達も凍り付いたかのように停止している。ティラノ、あたしの魔法が気に食わなかったらしい。そんなーっ!
「……」
ザッ。
一歩下がるあたし。その足音に反応したのかティラノは天高く吼えた。
「ルオオオオオオオオオオオオっ!」
突進してくる。
あたしに向ってっ!
「いかんっ!」
印を切るマーティン神父。
「光……っ!」
あの夜、突然襲ってきた邪神復活犯人の女を吹っ飛ばした光の魔法を放とうとするものの……躊躇した。
意味は分かる。
ティラノは他の選手達を吹き飛ばしつつ突っ込んでくる。
余波が生じて他の人達にもダメージを与える可能性があるから躊躇っているのだろう。ライバルではあるけど他の選手達は敵ではない。少なく
ともこの予選ではね。それにティラノの魔力と相殺されて気絶している。
そんな状況下で余波を受けたら?
その人達は死ぬかもしれない。
だから。
だからマーティン神父は躊躇っているのだ。
「来るなら来なさいっ!」
身構える。
逃げる?
そんな事はしない。
真正面から迎え撃ってやるっ!
「あれれ?」
ティラノの速度は次第に衰えていく。
何故?
……。
……ああ。そうか。
ティラノは魔力の塊。誰かと接触する度に、その誰かの魔力と相殺されていく。相殺された人は気絶するけど、その度にティラノの魔力も削れていくわけだ。
そうかこの予選は逃げ回ってれば勝ちなんだ。
接触する→いずれティラノの魔力がなくなり消滅→立っている者達が本選決定。
振るい落とすとはそういう意味か?
「ルオオオオオオオオオオオオっ!」
予選の趣旨を気付いたのが遅かった。
気付いた時にはティラノは肉薄していた。肉体的ダメージはない(魔力が相殺されるだけ)んだけどこれだけ肉薄されると怖い。
あたしは目を瞑った。
そして……。
「……あ、あれ?」
意識がある。
足の感覚もある。あたしは闘技場に立っている。不意に静寂になった。
恐る恐る目を開く。
「……?」
ティラノサウルス・レックスの姿がない。
前方にも。
後方にも。
周囲をキョロキョロと見回すものの巨体の姿は消えていた。
あれー?
アナウンスが高らかに宣言する。
「これは驚きですっ! ティラノサウルス・レックスを倒す者が現れましたっ! 今回の大会は大波乱間違いなしだっ!」
『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
倒した?
……。
……そうか、あたしとティラノが接触する際に誰かが魔法で倒したんだ。
それでか。
それであたしは無事なんだ。奴と接触した際に自身の魔力が相殺されず、気絶せずに済んだわけかぁ。
アナウンスは続ける。
「残ったのは30名っ! なおペアが気絶している者は失格となりますので、本選へと進めるのは11組です。おめでとう、勇者達っ!」
『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
片方が気絶してても駄目なのか。
あたしとマーティン神父はどちらも健在。……あっ、ウザリールさん達も本選決定かぁ。
「ふぅ」
結局良い見せ場がなかったなぁ。
まあ、いいか。
予選はともかく時間内を生き延びる(正確には気絶せずに立っている)事が出来れば勝利であり本選へと進める条件だ。
あたし達は本選へと進む権利を手にした。
ともかく。
ともかく勝利だ。
やったー☆
「アリス君」
「はい?」
少し難しい顔をしながらマーティン神父が近付いてくる。
何だろう?
……。
……あー、最後にみっともないところを見られたからかな?
確かになぁ。
誰かは分からないけど助けて貰わなかったら確実にあたしは気絶してたし。
格好悪いよなぁ。
「アリス君」
「すいませんでしたっ!」
「……? 何故謝る?」
「何故って……」
「謝る意味はよく分からんが……剣士としての素質は私には分からんが……そうだな、魔術師としての素質はあるようだ」
「はい?」
「ティラノサウルス・レックスの魔力はまだ5人くらい分はあった。君は奴と接触した、その次の瞬間に奴は消えた。分かるか意味が?」
「いえ。皆目」
「君の魔力が奴を上回ったのだよ。……マスタークラスの魔術師の魔力を君は有しているようだ。いささか驚きだよ」
「……」
えーっと。
それはつまりあたしの魔力は滅茶苦茶高いという事?
魔力が高いからといって強力な魔術師になれるってわけではないけど……魔力はたくさんあるらしい。
つまり?
つまりっ!
あたしはフィッツガルドさんに近付けるかもしれないって事だっ!
魔法と剣が得意な魔法戦士アリス誕生間近っ!
ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
熱狂に包まれる観客席。
黒の派閥の幹部であるイニティウムの2人の会話。セエレとリリス。
2人は冷めていた。
特に大会に興味があるわけではないからだ。
なのにここにいる。
その理由は……。
「ふぅん。リリスさんが狙うだけあってなかなかに腕が立つようですねぇ。だけど甘そうな娘だ。勝ち残れますかね?」
「……」
「それにまずいのはリリスさんはアリスというダンマーが勝ち残って欲しいと思ってらっしゃる。ご自分が殺したいからね。そうでしょう?」
「だったら何」
「それはつまり我々の同僚のグレンデルさんがここで死ぬという事だ。それは困ります」
「そうかしら」
「と、言いますと?」
「奴は若のご命令である『マーティン抹殺』を放棄している。背反よ、これは」
「確かに」
マーティン。
それが先帝ユリエル・セプティムの最後の遺児の名前。
黒の派閥はまだ名前しか掴んでいない。
だから。
だから同じ名を持つ者達を無差別に始末している。それぞれの街にいるマーティンを抹殺して回っている。しかしクヴァッチをテリトリーとして仕切っ
ているグレンデルはその任務を放棄している。
セエレがここに来たのもその為だ。
何故任務を放棄しているのか、それを確かめる為にここまでやって来た。
リリスはあくまでアリスを追って来ただけだが。
2人がここで会ったのはあくまで偶然。
セエレは溜息をついた。
「まあいいでしょう。大会中は大会を楽しむとしましょう。グレンデルさんが生き残るのかそれともリリスさんご執着の彼女が生き残るのかは、まあ、分
かりませんけど楽しむとしましょうか。それにこの程度の大会で負けるようならグレンデルさんは若の親衛隊として相応しくないわけですし」
「決まりね」
「ええ。この大会の結末をグレンデルさんの処分としましょうか。ここで死ぬようなら……」
「死ぬようなら?」
「無用の長物というわけですからね」
「ふふふ」
「見極めには丁度いい。これから若が開始するのは乱世。こんなお遊びの大会で負けるようなら死んだ方がマシですしね」