天使で悪魔







クヴァッチ闘技場





  名声。
  栄光。
  それらは虚名でしかないのかもしれないけど戦士たるもの、それを目指すのはある意味で必然的だと思う。





  土竜退治の翌々日。
  観光もほとんどせずにあたしは剣の練習を毎日していた。
  突発的なイベントが発生したからだ。
  クヴァッチ闘技場。
  そこで大規模な催し物があるのだ。
  ここ数年不敗を保っているグランドチャンピオンである通称『鉄壁の鬼人』であるグレンデルに対しての挑戦する唯一の機会の催し物。別にあたし達は
  それが目当てで来たわけではないけど、それを知ったからには黙ってはられない。
  偶然知り合ったマーティン神父。
  強力な魔術の使い手である神父と組んであたしは出場する事になった。
  帝都とは異なりここではタッグ戦らしい。
  ……。
  ……そういえばフィッツガルドさんは帝都の闘技場のグランドチャンピオンだったなぁ。
  通称『レディラック』。
  女性初、最年少、そして過去最高の名声を持つ凄い人。
  ここの闘技場のグランドちゃんピンはまだ見た事ないけど評判は悪いらしい。ヒーローではなくヒール的な感じなのかな?
  だけど残念だなぁ。
  フィッツガルドさんがここに参加していたならば。
  帝都とクヴァッチのどちらのグランドチャンピオンが強いのかという夢のバトルになったのに。
  残念残念。
  さて。
  「やあ、待たせたね」
  「いえ」
  あたしは聖堂の長椅子に座って待っていた。礼拝が行われる場所で一般に開放されている聖堂の一番大きな空間だ。
  ローブを纏ったマーティン神父が出てくる。
  土竜退治の翌々日の早朝。
  今日から闘技場で予選が開始される。あたしはマーティン神父とタッグを組んだ。
  ノル爺とウザリールさんはここにはいない。
  実は昨日から見てない。
  まさか2人も参加するのかな?
  グランドチャンピオンを打ち破れば金貨30000枚らしいし。
  もちろんそう簡単には行かないとは思う。あたしがいるから、ではなくグレンデルという人はずっとグランドチャンピオンらしい。つまり今まで負けた事がない。
  それすなわち誰も勝てなかったって事だ。
  運だけではそうはいかない。
  つまり。
  つまりグレンデルは凄く強いのだと容易に想像出来る。グレンデルはタッグを組まずに1人で参戦している。強過ぎるので特例的に認められているらしい。
  常に二対一の状況を勝ち抜いてきたわけだからウザリール……じゃない、マグリールさんでは勝てないだろう。
  ただ正直な話彼の強さは知らない。
  もしかしたら強い?
  それはそれであるかもしれないなぁ。
  「アリス君」
  「はい」
  「準備は万端かね?」
  「当然ですっ!」
  「気合が入っているね。頼もしい事だ」
  「期待の支部長ですからっ!」
  「……意味が分からんが頼りにしてる」
  「はいっ!」
  あたしが燃える理由。
  だって優勝するって事はグランドチャンピオンって事だ。ランク的には帝都の闘技場には劣るという世間的な認識ではあるもののグランドチャンピオンには変
  わりがない。フィッツガルドさんに追い付くには良いチャンスだと思う。
  追い付く、というか認められる。
  そしてあたしは本当の意味での戦友になれる。
  そう信じて戦おう。
  そう信じて……。
  「行こうか、アリス君」
  「あの」
  「なんだね?」
  「どうしてマーティン神父は参加をするんですか?」
  「報奨金の為さ」
  「お金に困っているんですか?」
  「賠償金だ」
  「賠償……?」
  「ロッタちゃんの親御さんに訴えられて敗訴したんだ。何としても纏まったお金が欲しいのさ」
  「……」
  この人最悪です。
  ロッタちゃんに何したのーっ!
  この場で始末した方がいいかもしれないと思う今日この頃。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。



  クヴァッチ闘技場。
  エントリーを済ませてあたし達は闘技場に入った。もちろん観客用の出入り口ではなく剣闘士用の入り口だ。
  帝都とは異なりそう毎日毎日大会をしているわけではない。
  帝都の闘技場は賭け事。
  ここはより純粋に実力を見せ付ける場所。
  賭けではないのでそう頻繁に開く必要はないのだ。帝都は経済政策の一環。しかしここはそうではない。賭けが存在しない以上、そう毎日毎日開催してい
  たのではクヴァッチの経済は傾く。開催だけで結構掛かるみたいだし。
  それに一年に一度大きな大会を開くからこそ人が集まるのだ。
  観客は既に一杯だった。
  満席。

  入場するとあたし達は兵士に整列を命じられた。観客に見下ろされる場所にいるって緊張するなぁ。
  まあ、整列というほど整然とはしてないけど。
  ともかく。
  ともかく言われるがままに貴賓席のある側を向いて並ぶ。居並ぶ者達は全て戦士、魔術師、傭兵、冒険者……まあ、腕に覚えのある者達だ。
  数は全部で100名もいる。
  これからどういう選考があるんだろ。

  『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

  喚声が上がる。
  観客だ。
  多分今大会に参加する全員が集合したのだろう。兵士達が高らかにラッパを吹いた。
  勇ましい音楽だ。
  「……」
  私は無言のまま微笑んだ。内心で楽しみだ。マーティン神父曰く『殺す必要はない』らしいので気は楽だし。
  勝利するには相手を殺すか相手が降伏するか。
  そういうルールである以上相手も追い込まれれば降伏するだろう。
  「あっ」
  「どうしたんだね?」
  「いえ」
  隣に立っているマーティン神父はあたしの低い驚きの声に反応した。
  驚く?
  そりゃ驚く。
  姿消したからどこにいるかと思えばノル爺もウザリールさんもいる。どうやら2人はタッグを組んで今回の大会に参加するらしい。
  ノル爺は元魔術師ギルド。
  アークメイジであるハンニバル・トレイブンの数少ない直弟子であり高弟。
  あたしが尊敬するフィッツガルドさんに魔術の手ほどきをしたらしい。
  つまり強い。
  魔法が通じないはずの邪神ソウルイーターに対して決定的な一撃を与えたのもノル爺だし。
  気が抜けないなぁ。
  ……。
  ……ウザリールさん?
  まあ、色んな意味で恐怖だとは思うよ。
  ウザさとか。
  最近毒舌かなぁ、あたし。
  音楽が鳴り止む。
  観客達も静まる。兵士達が静めて回っている。そして完全に静寂となった。
  貴賓席に豪奢な人物が現れた。
  屈強のオークもだ。
  豪奢な人物はこの街の領主であるゴールドワイン伯爵だろう。
  演説を始める。


  「誉れ高き流浪の戦士達よっ! 知識深き魔術師達よっ! 私がゴールドワイン伯爵であるっ!」

  闘技場の中央にある貴賓席からクヴァッチの領主であるゴールドワイン伯爵が朗々と語る。
  よく響き渡る声だ。
  それに渋い。
  ダンディな伯爵だなぁと思う。
  少なくともレヤウィン領主であるマリアス・カロ伯爵よりは格好良い(断言っ!)。
  伯爵は続ける。
  そんな伯爵の隣には屈強のオークの戦士が控えていた。あれが多分『鉄壁の鬼人』と呼ばれるグランドチャンピオンなのだろう。
  不敵な面構え。
  
  「そなた達は様々な目的があってここに集ったのだろう。隣に控えるグランド・チャンピオンのグレンデル、この者を倒した者が栄光と褒章を得る事が出来る
  のだ。グレンデルは数年間不敗を保っている。グレンデルが王座を死守するのか、それとも新たな王者が生まれるのか。答えは大会後だ」

  今日から3日間の大会。
  マーティン神父に聞くとグランド・チャンピオンになると仕官出来るらしい。
  クヴァッチの近衛騎士団に抜擢されるらしい。
  近衛騎士の年収は一般兵士の十倍。
  ただグレンデルは近衛騎士にはなっていない。士官は断ったらしい。だから大会のたびにどこからかやって来て大会に参加する、という方式を取っている。
  住んでる場所は不明。誰も知らないらしい。
  まあ、別にいいけど。

  「剣技に長けた者、格闘に秀でた者、魔術に精通した者、弓術に特化した者、様々な者がいるだろう。その方達の数々の技を我々に見せて欲しい。そして
  その技を持って我々を魅せて欲しいものだ。勝者は近衛騎士に抜擢する用意がある。最高の誉れとして用意してあるっ!」

  城塞都市クヴァッチ。
  精強なる衛兵で構成された都市軍を保有している。
  近衛騎士団はこの都市で最強に位置するわけだから確かに最高の誉れだろう。
  まあ、あたしは興味ないけど。

  「諸君っ! これより闘技大会を開催するっ!」

  闘技大会、開始っ!
  さあ頂点に立つべく頑張るぞーっ!





  観客席。
  年に一度のクヴァッチでの一大イベント。闘技場の観客席には埋め尽くされていた。
  帝都とは異なり賭けはない。
  ……。
  ……建前では賭けなどはない。
  だが実際には仲間内での賭けは防げないし、シロディール最大の犯罪結社の連合体である『港湾貿易連盟』が裏で賭けを斡旋していたりする。
  賑わいの理由はそれゆえでもある。
  もっとも。
  もっとも一大イベントというのも嘘ではない。
  今日から3日間、クヴァッチは大きな賑わいを見せる事になる。
  そんな観客席に黒衣の2人組がいた。
  黒の派閥のセエレとリリスだ。
  セエレは呟く。
  「参戦すればよろしかったのに。リリスさん」
  「……」
  「アイリス・グラスフィルを殺したいのでしょう? 別に我々は法律など気にはしませんが……闘技場なら合法的に始末できるのに」
  「手温い」
  「ほう?」
  「このような場所では残虐には殺せない。ヌクヌクと生きてきたあの女を殺すにはここは相応しくはない。ここでは殺さない。別の場で殺す」
  「……難儀な性格ですね」
  「黙れ」
  「しかしそれだと困りますね。いずれ殺すという事はグレンデルさんはここで果てる事になる。……いや。というかグレンデルさんに敗れた場合は?」
  「その時はグレンデルを殺す。その上でアリスを殺す」
  「……難儀な性格ですね」
  「黙れ」
  「まあ、いいですよ。リリスさんが言う妙な神父もこの大会に出る。リリスさんが執着する相手もね。……高みの見物と行きましょうか」


  黒の派閥、傍観。