天使で悪魔
魂を食らう魔剣と魂を食らう邪神
魂魄。
魂がある限り転生は続く。
輪廻転生。
生死は回り続ける。
だが。
だがその魂自体が砕かれればどうなるか?
その者は未来永劫存在が抹消される。
その者は……。
「はあはあっ!」
「年寄りに階段ダッシュは、はあはあ、堪えるのぅー」
「運動には水分補給、俺様には給料支給っ! なあアリス、俺が倒れる前に給料くれーっ!」
タタタタタタタタタっ。
階段を走る。
走る。
走る。
走る。
レヤウィン城の階段。
あたし達は屋上目指して走る。
あたし達……それはあたし、ノル爺、マグリールさん、そして無言で付き従うアガタさん。彼女の師であり魔術師ギルドのレヤウィン支部長であるダゲイル
さんの指示で同行しているんだけど……この人、実は凄い人なのかも。
全力の階段ダッシュであたしは息が上がっている。
にも拘らずアガタさんは同じペースで後ろを走っているし、そもそも涼しい顔をしている。息すら上がってない。
凄いなぁ。
あたし達は階段を走る。
住人の避難に全兵力を投入しているので城内は静まり返っていた。
文官や使用人達も退避したらしい。
無人。
……。
……玉座もね。
既にレヤウィン領主であるマリアス・カロ伯爵は戦闘開始直前に逃走した。
深緑旅団の時もそうだったなぁ。
あの人、今度こそ失脚するんじゃないかな。
まあいい。
今はその事はどうでもいいし、それに今のあたしは戦士ギルドの支部長。マリアス・カロ伯爵に召抱えられていた白馬騎士団とは違う。
当時とは立場が違う。
出来る事をしよう。
出来る事を。
「見えたっ!」
光が見える。
屋上だ。
邪神ソウルイーター。
どういうわけかレヤウィン上空を飛び交っている。ここから動くつもりはないらしい。
時折叫び声を上げているものの既に住人の退去は完了しており魂を奪われる者は、犠牲者はいない。少なくとも今現在は。出現当初は犠牲者が出た。
住人の避難は完了。
レヤウィン都市軍、魔術師ギルド、戦士ギルド、流れの傭兵や冒険者達も全て撤退完了。
街は完全なる無人。
……。
……いいや。
まだ残っている者達がいた。
わずか4名。
邪神ソウルイーターに挑む最後の4人。
「いたっ! ……って、高っ!」
レヤウィン城。
伯爵の私室のバルコニー。城で一番高い場所だ。
この街でここより高いところは……ああ、聖堂の屋根の上か。だけどさすがにそんなところで戦うとなると足場がないし。
そもそも邪神はレヤウィン城上空に留まっている。
城に何かあるのかな?
よくは分からないけど、ともかく邪神はあたし達の頭上にいる。
さて。
「届きませんよね、あれじゃあ」
「そうじゃのぅ」
一番高いところに登った。
だけど。
だけど敵はまだあたし達よりも遥か上空にいる。
命を奪う咆哮はダゲイルさんの魔力障壁のお陰で今のあたし達には一時的に効かないけど……攻撃が届かないのであればどうしようもない。
攻撃が届かないのであればただの徒労だ。
弓矢?
この中では誰も帯びていないし4人で連続で放ったとしても撃墜は不可能に近い。
あたしなら標的に当てられる。
マグリールさんも戦士の端くれだから弓矢の技術もあるかもしれない。だけどノル爺とアガタさんに弓矢の心得があるとは思えない。狙撃は簡単な事と
思う人も多いけど正式な訓練が必要だ。そしてそれに見合う技量と修練も。
それに……。
「でかいなぁ」
羽蛇は、邪神ソウルイーターは巨大。
数本の矢が直撃したところで撃墜は不可能だ。
そしておそらく一本でも当たれば邪神は報復の為にここに急降下してくるのは必至。そしたらバルコニーと一緒にあたし達は吹っ飛ぶ事になる。
それは避けたい。
この場所では逃げ場ないもの。
今は気付かれていないだけでも感謝しないと。
おそらく標的に認定されたら猛スピードで体当たりしてくるだろう。
どうする?
……どうしよう?
ただ幸いなのが敵は邪神しかいないという事だ。
そこが深緑旅団の時とは異なる。
あの時は首領ロキサーヌの軍勢であるトロルがたくさんいたから疲れた。今回は邪神だけだ。……いや邪神の方が面倒?
面倒かもー。
「はぁ」
小さく溜息。
とりあえず街の避難は完了してる。邪神ソウルイーターは上空を飛びまわっているだけ。レヤウィンに留まる気かは知らないけど、この街は何故か
あいつを引き付けている。今のところは問題ない。対処の方法を考えなきゃ。
静かに。
静かに。
静かに。
物音を立てないようにしながら対策を練ろう。
物音を……。
「アリス早く給料を払ってくれよっ! 労働基準法をちゃんと護れよサービス残業させる気かーっ! 待遇改善っ! 待遇改善っ! 待遇改善っ!」
「……っ!」
うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこいつ使えないーっ!
マグリールさんが叫ぶ。
状況分かってるのかこのボケボズマめぇーっ!
「アイリス殿っ!」
警告のノル爺。
意味は分かる。マグリールさんの叫びに反応して邪神ソウルイーターが眼下に眼を向けているのだ。爬虫類の冷酷な瞳が光る。
見つかったーっ!
「アリスが早く給料払ってくれないから悪いんだぜっ!」
お前の所為だーっ!
わざわざお邪魔虫……じゃなかった、マグリールさんを雇ったのはアガタさんだ。当のアガタさんは涼しい顔をしている。冷静なのは評価出来るし尊敬
出来るけど少しは責任というものを感じて欲しい今日この頃。
……。
……だ、駄目だ。
今日は少し愚痴っぽい。
マグリールさんが執拗に付き纏ってる……じゃなかった、仲間として同行しているからかな?
少しイライラしてる。
イライラー。
「来るわ」
アガタさんが呟く。
邪神ソウルイーターは上空でグルグルと旋回をし出している。勢いを付けて突撃してくるのは明白。
あの巨体。
あの高度。
そこから繰り出される一撃はあたし達を容易に弾き飛ばすだろう。
「来るわ」
もう一度繰り返す。
あたしは魔剣ウンブラを抜き放つ。
多分この魔剣なら斬り裂けると思う。わざわざダゲイルさんがアガタさんを通じて『任務にはウンブラ持ってってねー☆』と示唆したのだから効くのだろう。
予知能力があるダゲイルさんのお言葉だ。
きっと意味がある。
ただこのままだと相打ちだろう。あいつを倒せれる一撃を浴びせれるかもしれないけど確実にあたしは潰される。
「皆さん、退避っ!」
逃がすべく言う。
マグリールさんにはあたしの雷の魔力剣を貸してあるけど……凄まじい勢いで突っ込んでくるであろう邪神を迎え撃つには心許ない。いや仮にウンブラ
が二振りあったとしても逃がしただろう。2人して潰される理由も意味もないからだ。
その時、邪神が体を躍らせながらこちらに向かって急降下してきたっ!
速いっ!
一直線に。
一直線に。
一直線に。
数十秒であたし達を体当たりで潰すだろう。いやもしかしたら数秒かも。
もはや回避も出来ない。
もはや……。
「ノルツェ」
「疲れるのは嫌いなんじゃがのぅ。まあ、仕方あるまい。……ぬんっ!」
バッ。
アガタさんの呼び掛けに応えてノル爺が両手を邪神ソウルイーターに向ける。魔法は通用しないはず。何をするつもり?
それよりもっ!
「早く避難を……っ!」
「ぬんっ!」
老カジートはお腹の底から出るような力強い唸り声を上げる。
両の手のひらに宿る雷。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
放たれた雷が邪神ソウルイーターを絡め取る。
……?
……何をしてるの?
魔法なんて効かない……。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
次の瞬間、邪神ソウルイーターが絶叫を上げた。
あたしの推測を裏切るように。
苦痛の叫びを上げつつデタラメに動き回ってから上昇、そしてそのまま力なく落下していく。デタラメに動いたからあたし達の真上にいるわけではない
のであたし達のところには落ちてこない。そのまま中庭の方に落ちていく。
何をしたのっ!
というかノル爺ってもしかして凄い人?
「……」
ポカーンとしているとアガタさんが不思議そうな顔をした。
「ノルツェ、話していないのですか?」
「まあ、よいじゃろ」
「まったく。……アリス、彼はマスター・トレイブンの弟子の1人ですよ。貴女のよく知ってるフィッツガルド・エメラルダの兄弟子でもあります」
「まあ、昔の話じゃ。ひよっこエメラルダは大きくなったかのぅ」
凄いカミングアウト。
つまり。
つまり。
つまりーっ!
この人はアークメイジの直弟子であり高弟。
そして口振りから察するとフィッツガルドさんに魔法の手ほどきをした人物でもあるわけだっ!
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!
そ、そうか。
そういう意味でこの人はあたしに対する『保険』なんだっ!
凄腕魔術師。
ノル爺が……意外だー……。
「あの、魔法効かないんじゃなかったんですか?」
「古代アイレイドの魔道文明が常に魔道の最高峰ではないという理屈じゃよ。ブーストして魔力増幅すれば造作もない事じゃ」
「へー」
理屈は分からないけど、まあ、そういう事なのだろう。
理屈?
聞きたいとは思わないし聞いても分からない。
ブーストの意味も分からないし。
ブーストって何?
うーん。
「アリスっ!」
鋭い警告の声。
今度はマグリールさんだ。空気を裂くような音が響いてくる。意味は分かった。邪神が再び急上昇してきたのだろう。
落下こそしたものの地表に落ちた際の激突音はしなかったし。
バルコニーの下を覗き込む。
ビンゴ。
邪神ソウルイーターが急上昇してくる。
巨大な口を開いて威嚇的に牙を見せつけながら一直線に向ってくる。ただノル爺の魔法が効いているのか速度が落ちている。
チャッ。
魔剣ウンブラを構える。
一刀両断にしてやる。
「アリスっ!」
「任せて」
「アリス、俺には家族がいるんだっ! 何としても突撃して倒せーっ!」
「……はっ……?」
ドン。
誰かが後ろからあたしを押した。
誰かが……ってマグリールさんに突き飛ばされたーっ!
ひゅー。
あたしはバルコニーの上からに突き飛ばされて落下していく。丁度邪神ソウルイーターの真上だ。
これって事故ですか?
てか邪神ソウルイーターが避けたらあたしは中庭に落下ですよね?
このままあいつが避けないにしても……仮にウンブラで倒してもあたしも一緒に落下は必然的に強制的に決定ですよね?
あはははは、どう転んでも死ぬのか。
それ笑えるー☆
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいつマジ無駄だーっ!
死ぬのか。
ここであたしは死ぬのかーっ!
……。
……人の命って儚いなぁ。
はぅぅぅぅぅっ。
ガッ。
「くっ!」
結局。
結局あたしはウンブラを振るわずに邪神にしがみ付いた。向こうは向こうでノル爺の魔法が効いているらしくフラフラ。あたしを丸呑みする軌道を維持
出来ずに不規則な動きで急上昇。ヌルヌルする鱗に護身用のナイフを突き立てて何とかしがみ付いている。
ウンブラを刺せ?
無理。
だって精神的にそんな余裕なかったもん。
しがみ付く為に刺したのであって倒す為ではない。あの状況で魔剣を振るう事は出来なかった。余裕なかったし。
まさか突き落とされるとも思ってなかったし。
「うひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
邪神はてんでデタラメに動き回る。
Gが。
Gが凄いーっ!
目が開けてられない。
ノル爺の魔法が効いているのか邪神ソウルイーターの動きはどこか頼りないものの、それでも凄いスピードであたしを振り落とそうとしている。
上に。
下に。
右に。
左に。
そこらを飛び回る。
段々と酔って来たし眼が回ってくる。このままではあたしは振り落とされるだろう。
そしたら即死。
地面に叩きつけられるだろう。
運が良ければ元の場所、つまりバルコニーに無事に落ちるかも知れないけどまず墜落死は確定。だったら一矢報いてやるっ!
このままではどうせ死ぬのであれば。
「たあっ!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
ザシュ。
魔剣ウンブラを邪神の背に刺す。
絶叫を上げながら邪神は猛スピードで飛び回る。あたしはもう眼が開けていられない状況でどこを飛んでいるのかすら分からない。
そして……。
ドボオオオオオオオオオオオオオンっ!
盛大な音を立てて邪神は何かに突っ込んだ。
ぷかぁと浮かぶあたし。
……。
……浮かぶ?
水の中だった。鎧着込んでいるから次第に沈みつつあるけどここは海……えっと、二ベイ湾?
ブラヴィル方面まで飛んできたのか。
「あいたたた」
全身がズキズキする。
骨が折れてる?
それは分からないけどあの状況の結末からすると軽傷過ぎる。どうやら悪運が強いらしいね、あたし。対岸は近い。そのまま泳ぎ、地に足をつける。
倒したのだろうか?
ウンブラはあたしの手にある。まずは上首尾か。
邪神は倒したのだろうか。
邪神は……。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「やばぁーいっ!」
水面を裂いて上昇する邪神ソウルイーター。
丈夫だ。
それでもダメージはあるらしいけど……それはあたしもだ。
その時。
「ふふふ。面白い展開ね。混ぜてもらおうかしら」
黒衣の女っ!