天使で悪魔
混沌のレヤウィン
一回目。
深緑旅団によるレヤウィン侵攻。深緑旅団戦争勃発。
二回目。
ブラックマーシュ地方にあるアルゴニアン王国から送り込まれた反帝国を掲げるブラックウッド団の騒動。
三回目。
邪神ソウルイーターの襲来。
「矢を羽蛇に射掛けよっ!」
『はいっ!』
隊長の指示を受けて天高くに弓矢の照準を合わせる。
敵は南方都市レヤウィン上空に突如として現れた巨大な羽蛇。上空高くにいる。城よりも高くを漂っている。
ひゅん。
ひゅん。
ひゅん。
レヤウィン都市軍の一隊が一斉に矢を放つ。
空気を切り裂き鋭い矢が飛来。
だが……。
「ちっ。高過ぎるかっ!」
隊長は舌打ち。
そう。敵の位置高過ぎる。
矢を放ったところでまず届かない。魔道の心得がある衛兵が魔法攻撃を試みるものの対象に当たっても通用しない。もしかしたら効き目があるのかも
しれないがまるで効いた様に見えないのは確かだ。
羽蛇は30分前に突如として現れた。
レヤウィンの都市上空をゆらゆらと漂いながら眼下を見下ろしている。
攻撃を敢行しているのは10人編成の一隊に過ぎない。
他の衛兵達は住人の避難を実行している。
現在レヤウィン都市軍を指揮しているのは才色兼備の女性の衛兵隊長シーリア・ドラニコス。指揮だけではなく全権も与えられている。同格の他の衛兵
隊長達も文句を言わずにその指示に従っている。普通生まれるはずの確執は生まれていない。
何故?
それはレヤウィン領主であるマリアス・カロ伯爵が敵前逃亡したからだ。
部下も領民も見捨てて真っ先に逃げた。
だから。
だから『誰が全権を握るか』で揉めている場合ではないのだ。
皮肉な事に指導者である伯爵不在が部下達の結束を強めていた。
さて。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
羽蛇が吼える。
「い、いかんっ!」
衛兵隊長は顔色を真っ青にしながら両耳を押さえた。
部下に指示を下す余裕すらなく。
次の瞬間、その場に居合わせた者達は地に屈する。どの男の顔にも生気は宿っていない。全員絶命していた。
羽蛇の声の力だ。
羽蛇襲来から既に30分。犠牲は出ていた。
あの咆哮は命を奪う禍々しき能力。
たまたま迎え撃っていた1人の衛兵が耳を押さえれば、つまりまともにあの声を聞かなければ効力が及ばないというの判明している。耳栓をして攻撃を
敢行していた部隊もいたにはいたが、その場合は命令伝達が出来ないという初歩的な問題が生じる。
だから。
だから吼える瞬間には耳を塞ぐ事、それが徹底されている。
「……くそ……」
だがうまくは行かない。
どうしても攻撃に専念すれば攻撃にしか手が回らなくなるのは自然な事だ。
絶命している部下の姿を見て隊長は愕然とした。
まるで歯が立たない。
物理的な攻撃は届かないし魔法攻撃は無効化され、相手の咆哮を聞けば命を奪われる。まさにお手上げだ。
……。
……ただ手がないわけではない。
耳を塞ぐ以外にも手があるにはある。少なくとも防御手段だけはある。魔術師の魔力障壁だ。どうも羽蛇の咆哮は魔法攻撃の類に位置するらしく魔力障壁
を展開すれば、障壁の範囲内にいる限りは羽蛇の攻撃は届かない。
だが宮廷魔術師も魔術師ギルドの魔術師達も、さらには流れの魔術師や魔法戦士達も全員市民の撤退を急いでいる。魔力障壁を展開しつつ市民を非難
させているのだ。衛兵達のほぼ大半もそれに従事している。
どうしても攻撃に転ずる事が出来ないのが現状だ。
人数が足りない。
人数が。
この街にいる傭兵も冒険者も、戦士ギルドも全てこの状況を打破すべく行動しているものの数が足りない。
どうしても避難に人員を向けざるを得ない。
それが街の治安を護るものの責務。
だから。
だから羽蛇を倒す、その行動に全戦力を投入出来ないでいる。
そもそもレヤウィンは衰退している。
深緑旅団戦争だ。
あの一件によりレヤウィン都市軍の軍事力は半減している。この状況下ではどうにも出来ない。
そう。
少なくとも決定打に欠く。
少なくとも……。
「俺達じゃあ駄目だ。俺達じゃあ……くそぅっ! 一騎当千の強者はいないのかっ!」
南方都市レヤウィンの状況。
レヤウィン領主マリアス・カロ伯爵は隠し通路から単身脱出。ブラヴィル方面に逃走。
衛兵の被害者数30名。
市民の被害者数13名。
現在のところレヤウィン都市軍の総指揮を執っているのは女性の衛兵隊長シーリア・ドラニコス。
この事態に際して魔術師ギルドと戦士ギルド提携を呼び掛けて協力を要請。
さらに流れの魔術師や戦士、傭兵や冒険者を一時的に徴発(わずかではあるが手数料は支給される)する事で事態の対処に挑んでいる。
それでも。
それでも手が足りない。
深緑旅団戦争において半減した兵力のレヤウィン都市軍では住人の避難が手一杯の状況。
動かせる兵力ほぼ全てを投入しての住人の避難。
その甲斐もあって住人は街を無事に撤退しつつある。
レヤウィンの街は今、無人になりつつある。
「はあはあ」
息を切らせながらあたし達は……あたし、ノル爺、マグリールさんはレヤウィンに到達。
城門を越えて街に入った。
街は静寂と沈黙が支配していた。
人の気配はしない。
「被害は、少ない方かの」
「……」
少なくとも。
少なくとも生きている人間はいそうもない。
死者がいるだけ。
死者が……。
確かにノル爺の言う通り被害は少ない方だとは思うけど……数は問題ではない。死者が出ているのは確かなのだから。あたしは政治家的な視点で物事
は判断しない。数が問題ではない、数は関係ない。死者が出ている。それだけであたしの胸は締め付けられる。
あの時、倒してればっ!
ファシス・アレンの塔で復活を阻止さえしていればっ!
……。
……悔やみは消えない。
だけど今はそれは忘れよう。忘れてしまおう。忘れて……。
今は。
今は。
今はっ!
「邪神ソウルイーターを倒します」
「文句はない。じゃがどうやってじゃ?」
「そうだぜアリス。……給料があれば俺が倒せれるんだけどな。皆、オラに給料を分けてくれっ!」
倒す手段。
それは分からない。
邪神ソウルイーターは上空にいる、つまり物理的な攻撃は出来ないに等しい。お城にさらに上空だから……まあ、お城の一番上から弓矢でも射掛けれ
ば当たるだろうけどその前に魂を奪う叫びで倒されかねない。
魔法は効かない。
唯一……ではないだろうけど、邪神ソウルイーターを倒す方法はある。あたしはそれを有している。
魔剣ウンブラだ。
魂を食らう魔剣で魂を食らう邪神を倒す。
だけど届かない。
何とかして地上に落とす方法があればいいんだけど……せめて届く範囲にまで引き摺り落としたい。
どうすればいい?
どうすれば……。
「貴女を待っていました」
「えっ?」
女性の声。聞き覚えがある。
あたしは振り向いた。
それはレヤウィンの魔術師ギルド支部長ダゲイルさんだった。傍らにはアガタさんが控えている。
「事態は予知した通りに推移しています」
「……」
すいません予知していたのであればもう少し手を打っても良かったのではないでしょうか?
後手。
後手。
後手っ!
全部後手なんですけど……いやまあダゲイルさんも漠然と未来を見ているに過ぎないのだから文句を言うのは間違いだろう。それにダゲイルさんが
漠然とでも予知したからこそ、あたし達は邪神復活を阻止すべく動く事が出来た。それはとても凄い事だ。
ダゲイルさんに感謝しなきゃね。
あたしは問う。
今は助言が欲しい。
今は。
「何か手はないでしょうか?」
「魔剣ウンブラ」
「これ使わなきゃなりませんか? ……でも、あんな空にいたら……」
「何の為に彼を付けたと思うのです。万が一の為の保険です」
「えっ?」
ノル爺を見る。
引退して隠居したカジートの老魔術師かせ奥の手的な存在?
その時マグリールさんが叫んだ。
「じゃあ俺も実は何かの役目があるんだな婆さんっ!」
「あなたはただの数合わせです」
「……」
マグリールさん沈黙。
というかすいませんダゲイルさん、数合わせなんていりません。邪魔なだけだーっ!
戦闘にお茶目はいりません。
はぅぅぅぅぅぅっ。
「邪神ソウルイーターは魔法は通用しませんが、魔法が直撃した際の反動はあります。つまり当たればよろめく。彼なら引き摺り下ろせます」
「ノル爺が?」
そんなに凄い魔術師なのだろうか?
少し意外ではある。
でもまあ理解も出来るかなぁ。
フィッツガルドさんには及ばないにしても強力な魔術師なのは確かだ。ファシス・アレンの塔で魔術師達を吹っ飛ばした魔術は凄まじいものがあった。
彼は強い。
だけど邪神に通用するほどの腕なのだろうか?
……。
……よく分からない。
あたしは結局魔術には精通していないのでノル爺の力量は分からない。
うーん。
魔術の勉強もしようかな。
そしたらあたしは名実ともに『魔法戦士』と呼ばれる事になるわけだし。
「な、なあっ!」
再びマグリールさんが叫ぶ。
何が言いたいかは分かるけどさ。
「婆さん、俺にも秘められた力が実はあるんだろ?」
「皆無です」
「……」
不憫な人だーっ!
はぅぅぅぅぅっ。
「運命の者アイリス・グラスフィル」
「……」
「貴女は運命に選ばれし者です。しかし運命は曖昧。ここで死ぬ事もありえる。決して情勢を甘く見ない事です。そして過信は禁物」
「はい」
「貴女達に魔力障壁を張ります。数時間は邪神の力も及ばない。だが決して忘れないでください。今から張る魔力障壁はあくまで魔法に対する効力しか
ありません。どんな魔法も通用しない高レベルの障壁ではありますが小石程度の物理干渉すらも防げない」
「はい」
「いいですね。奴の牙を防ぐ事は出来ません」
「はい」
「ふぅん。この街に何の執着があるかは知らないけど、レヤウィンに留まってる。……シロディールに無差別な殺戮を与えればいいのに」
レヤウィンの都市の外。
黒衣の女は街の外から羽蛇を見ていた。
フードを目深に被った女はダンマー。口元には嘲笑が浮かんでいた。
誰がどこで死のうと興味がない。
むしろ。
むしろ斬りたい心境だった。
斬人は訓練よりも効率よく腕が上がる行為。殺人狂ではないが人を殺す事に対しての嫌悪はまるでない。
羽蛇はレヤウィン上空を飛び回っている。
何故この街に固執するのか?
それは女にも分からなかった。
古代アイレイド時代の何かが関係しているのか?
「旧時代の出来損ないめ」
本来なら制御出来るはずだった。
だからこそファシス・アレン率いる弱小邪教集団に入り込んでいたのだ。
成果を奪う為に。
「ふん。口ほどにもなかったわね、あのボズマーの魔術師」
邪神ソウルイーターは暴走する形で復活。
完全に制御を失っている。
完全に。
御する事は既に不可能に近い。
だとすれば処分するしかないのだろうが……自分の手で処分を行うか、それともレヤウィンにいる連中に勝手にやらせるか。
どちらでもよいが邪神の始末は必要な対処だ。
女にしてもあんな邪神がウロチョロと徘徊されては困る。
始末はする。
だが自分でやるか、それともレヤウィンの連中にやらせるか。それが思案どころだった。
「さてさて。どうしたものか」