天使で悪魔






解き放たれた邪神






  二度ある事は三度ある。
  災厄に愛された街は今一度混乱と混沌に襲われる。
  それを阻む者は……。






  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  凄まじい土煙と瓦礫の雨が降り注ぐ。
  思わずあたし達は耳を塞いだ。
  ……。
  ……いやいやっ!
  そんな場合じゃないぞっ!
  このままじゃあ塔が崩れる可能性もある。生き埋めはごめんだ。
  「ちっ。出来損ないめ」
  舌打ちしたのは黒衣のローブの女だった。
  謎の女。
  ファシス・アレンの仲間なのか、それとも別口なのかはよく分からないけど……まあ、儀式のあった状況下でこの塔にいたわけだからファシス・アレンの
  仲間なのだろう。ただファシス・アレンも他の仲間も既にこの世のモノではない。
  邪教集団『暗き炎』は呆気なく壊滅した。
  さて。
  「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
  羽蛇は叫ぶ。
  邪神ソウルイーターは滞空しながら叫ぶ。
  背には黒衣の女がいる……わけではない。女は台座のところにいる。つまり背に乗っていない。
  そう。
  完全に制御を受け付けない状況なのだ。
  古代アイレイドの文明の邪神ソウルイーターは暴走という形で現世に解き放たれた。直接この女性が解き放ったわけではないけど……命令受け付けない
  奴を復活させるのだけはやめてください。いい迷惑です。
  ほんとに何考えて復活させるんだろ?
  こういうの困るんだよなぁ。
  これだから悪役嫌い。
  前後の見境なさ過ぎで困る。復活させる事『だけ』に専念している節がある。
  困りものだ。
  「アリス俺の能力を全て開放する為には給料が必要だっ! 現金でくれっ!」
  「……」
  こういう『うざい奴』も困りものだけど。
  二倍払っても良いから契約解除したいよーっ!
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  その時……。
  「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  滞空を続けていた巨大な羽蛇は壁を突破る。
  砕けた部分から陽光が降り注いだ。
  えっ!
  あいつ外に逃げたっ!
  羽蛇は奇声を上げながら外に逃走。次第にその奇声が遠ざかっていく。
  外に出て身動きが取り易い場所であたし達を迎え撃つではなくて完全に逃走したっ!
  まずい。
  まずい。
  まずいよーっ!
  あんなのが街に向ったら最悪な事態になるのは必至。
  魂を食らう邪神。
  物騒過ぎる旧時代の邪神が襲う……そんなの許すわけには行かない。そんな展開は絶対に駄目だっ!
  黒衣女を睨むっ!
  「引き返すように命令しなさいっ!」
  「はあ?」
  「早くっ!」
  「あの状況を見れば分かるでしょうに。あの出来損ないは完全に暴走している。儀式を執り行ったのはファシス・アレンであって私じゃあない。それにしても
  不完全な形での復活とは……ファシス・アレンめ。自分を天才だと吼えたにしてはお粗末な出来ね」
  「他人事のようにっ!」
  「他人事よ、普通にね」
  女を睨みつけるもののそれでは意味がない事に気付く。
  確かに。
  確かにこの女が制御しているとは思えない。
  もしも制御出来ているのであればあんな風に邪神が逃走する事はあるまい。仮に女の指示で動いているのであれば、あんな動きはしない。
  何故?
  だって黒衣の女も普通に瓦礫の危険に晒されていた。
  制御しているのであればあんな危険な事はしないはず。つまり邪神は暴走しているのだ。
  本当に厄介な展開だ。
  「私は邪魔しないわ。後はどうぞご自由に。あの出来損ないなんて元々どうでもいいの。邪神がいれば今後が少し楽、その程度の関心だけなのよ」
  「……っ!」
  「怖い顔で睨むわね。でもそんな場合? ほら、行った行った」
  「くっ」
  手をピラピラと振る黒衣の女。
  あたし達も眼中にないらしい。だけどそれはそれでありがたくもある。
  この女を無視は出来ないけど相手をしている時間はない。
  ならば。
  「ノル爺、マグリールさん、あいつを追いますっ!」
  「了解じゃ」
  「だがアリス問題があるぜ」
  「問題?」
  「追撃するには給料が必要になる。現金払いだ、先払いだ、俺には家族がいるんだよっ!」
  「うるせぇーっ!」
  ……。
  ……言っちゃった。
  とうとうあたしはマグリールさんに言ってしまった。だけど仕方ない。だってあたしはそこまで人格者じゃないもの。
  まだまだ修行が足りないなぁ。
  「給料分まずちゃんと働いてから追加報酬の相談しろよこんちくしょうっ! あー、もうっ! 何ならウンブラに魂食らわせるぞこのチビボズマーっ!」
  「生意気言ってすんませんでしたっ!」
  「ぜぇぜぇ」
  これで礼儀正しいダンマーの女の子の化けの皮が剥がれたー。
  だけど。
  だけどマグリールさん素晴しいまでにうざいもんっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。  


  ファシス・アレンの塔を出る。
  あの女は追ってこなかった。あたし達も無理に戦闘する事はなかった。今はその時ではないからだ。
  とりあえずは無差別に、そして広範囲に魂を奪える能力のある邪神ソウルイーターの方が厄介であり問題があると判断した。
  空を見る。
  空を。
  ……いた。
  「南?」
  邪神ソウルイーターは近隣のブラヴィル方面ではなく、南に羽ばたいている。
  なかなかスピードがある。
  既に米粒だ。
  にしても南に向うって……南には南方都市レヤウィンがある。
  もちろんレヤウィンに向っているのではないかもしれないけど進行方向としては少々問題がある。
  ……。
  ……いや。
  少々どころじゃない。
  完璧にまずいっ!
  あんな物騒な能力を持った巨大な化け物が都市に向かうのであれば。
  考えるまでもない。まずいっ!
  それに邪神ソウルイーターは飛行能力がある。それもまた問題ありだ。何しろ邪神ソウルイーターには魔法が通用しない。つまり物理的な攻撃しか通じ
  ないという事になる。物理攻撃向こうとはファシス・アレンへの報告書には記されていなかったし。
  ともかく。
  ともかく物理攻撃有効が前提としての話なんだけど羽蛇が宙にいる限り倒すのは時間が掛かるだろう。魔法が効果ない以上、主力の武器が弓矢になる。
  その場合、ある一定以上の高度をあの化け物が維持したら倒す術がないに等しい。
  まあいい。
  今は対策を講じている場合じゃあない。
  まずは奴と接触しなきゃ。
  「追いますっ!」
  「了解じゃ」
  「お、おう。どうか給料分働かせてくださいっ!」






  「ふぅ」
  玉座に座りながら半ば禿げ上がった男は小さく溜息を吐いた。
  玉座の両隣には側近が立ち並び、男の視線の先には扉がある。男と扉の間には長い長い深紅の絨毯。
  ここはレヤウィン城。
  そして玉座に座る男はレヤウィン領主であるマリアス・カロ伯爵。
  伯爵は退屈していた。
  日々鬱屈している。
  ここ最近はついていない事ばかりだ。
  「伯爵閣下、どうかされましたか?」
  「何でもない」
  煩わしそうに側近に手を振る伯爵。
  側近は黙る。
  別に心底心配しての言葉ではなくあくまで社交辞令、あくまで主従関係上の会話でしかない。元々マリアス・カロは部下から慕われるほどの器量はな
  かったのだが深緑旅団戦争の際に部下と領民を捨てて真っ先に逃げた為にその名は失墜した。
  その後、ブラックウッド団を後援。
  元々差別主義者だった伯爵夫人は亜人を後援する伯爵に腹を立ててコロールに帰った。事実上の離縁だ。伯爵夫人はコロールの統治者の娘ではある
  が本題には関係ないので説明は省略する。
  それでも。
  それでもマリアス・カロ伯爵の不幸は続く。
  自らが率先して後援していたブラックウッド団が実はアルゴニアン王国が送り込んだ先発隊であり帝国侵攻の第一陣であった事が判明。ブラックウッド団
  の本部は謎の壊滅をしたものの伯爵の立場は当然悪くなったのは確かだ。
  立場。
  立場。
  立場。
  それらは既に地に落ちている。
  国内の情勢がゴタゴタしているので元老院も大人しいが、マリアス・カロは本来なら失脚する失態だ。
  これで不幸は終わり?
  いいや。
  それでも。
  それでもマリアス・カロ伯爵の不幸は続く。
  「閣下っ!」
  タタタタタタタタタタタタタタっ。
  慌しく衛兵が謁見の間に駆けて来る。
  息を切らせ、敬礼する余裕すらもないままに大声で報告する。伯爵は眉を潜めるが衛兵は気付かない。切羽詰っているのだ。
  「ほ、報告しますっ! 蛇が、蛇がっ!」
  「報告はしっかりせんかっ!」
  「羽蛇が、巨大な羽蛇がこの街に現在接近中ですっ! あと三十分で街に到達しますっ!」
  「な、何?」
  ずる。
  伯爵は驚愕のあまり玉座から滑り落ちる。
  その状態のまま彼は小さな声で呟いた。
  「……何でこの街にばっかり面倒が起こるんだ……」
  「閣下。対処を願いますっ!」
  「……」
  「閣下っ!」
  「し、しばらく1人になる。シーリア・ドラニコス隊長に全権を任す。そう伝えよ。……後で行くから、先に会議しておけ」
  「……」
  また逃げるのではありませんでしょうね、と衛兵は口にしそうになった。しかしそれは非礼になる。例えどんなボンクラな指導者であってもだ。
  そのまま黙する伯爵。
  手で下がれと合図する。それ以上この場にいるわけにも行かず、またすべき事もある。衛兵は静かに下がった。
  「閣下、どうなされるおつもりで?」
  「……」
  側近の言葉も耳には届かないのか。伯爵は何も言わない。
  何も。

  
  その後。
  マリアス・カロ伯爵は隠し通路からレヤウィンを脱出。
  ブラヴィル方面に逃走。
















  ファシス・アレンの塔。内部。
  先程儀式が執り行われていた場所。
  「ふぅ。暇な任務」
  台座に立つ黒衣の女。
  既にファシス・アレンは邪神に食い殺され、邪教集団『黒き炎』の構成員の魔術師達は魂を食われて全滅。魔術師ギルドと死霊術師の一派の抗争のどさ
  くさに主導権を握ろうとしていた第三勢力は呆気なく壊滅した。
  さて。
  「旧時代の出来損ないは現代に解き放たれた。……このまま帰ってもいいけど……さて、どうしたものか……」