天使で悪魔




レヤウィンへの旅立ち




  オーディル農場での死闘。
  農作物を荒らすゴブリンの退治が、任務の内容。
  そのゴブリン達は一ヶ月前、戦士ギルドが掃討した部族の残党らしく、わずか十匹にも満たない小勢。
  そこであたしの出番。
  あたし、アイリス・グラスフィルは戦士ギルド準構成員。まだまだヒヨッコ。
  それでも、ゴブリン十匹ぐらいなら何とかできると判断したおば様や叔父さんによって初めて、実戦的な任務をものを与えられた。
  信頼は、応えるものだ。

  あたしは意気込んで、赴いた。
  そのまま行けば何とかできるはずだった。
  ……そのままいけば。
  しかしギルドが把握している……と同時に依頼人ですら想像しなかった事が起こる。
  総勢四十からならゴブリンの軍団だ。
  しかも指揮しているのはゴブリンウォーロード。オーガやミノタウロスともタメを張る怪力ゴブリン。
  懸命に戦った。
  でも1人で蹴散らすには、荷が重すぎた。あたしは死を覚悟した。
  ……初めて死を意識した。
  その時、彼女が現れた。
  フィッツガルド・エメラルダというブレトンの女性。圧倒的な魔法と卓越した剣術でゴブリン達を壊滅させた。
  わずか数分で。
  もしかしたら鼻歌交じりだったかもしれない。
  ゴブリンを敵としていない。
  あたしはその強さに反感を覚え……しかし気付く。それは嫉妬だと。
  強すぎる彼女。
  弱すぎる自分。
  その相反する事柄に、あたしは嫉妬し、そして……それから反省した。あたしは強くならなければならない。
  街で暮らすだけなら別にいい。
  別の職業につけばいいのだ、街で暮らし、街で死ぬ。そんな仕事に。それが、平穏だろう。
  でもあたしは違う。
  選んだ職業は戦士ギルド。目指すべきは英雄。
  自ら剣を取ったんだもの、あたしは。強くならなければ、剣を取った意味がない。
  あたしは自分の弱さを今日、初めて知った。
  そして思う。
  あたしはまだ強くなれる。自分の弱さを知る者は、明日の強さを得る可能性がある。
  自分は弱い。
  だから、強くなれるのだこの先。
  ……いつか彼女を越えよう。
  今はまだフィッツガルド・エメラルダさんの背中が遥か遠いけど、いつか必ず。
  ……必ず。



  コロールに戻った後、あたしは事の顛末を報告した。
  おば様も叔父さんも驚いていた。
  それはそうだろう。当初の推定数よりも多いゴブリン。それも二倍とかじゃない、四倍。ゴブリンウォーロードまでいたのに、把握出
  来ていなかった事を叔父さんは沈痛な面持ちで嘆いていた。初めて見る、叔父さんの顔だ。
  あのゴブリン達はどこから来たのだろう?
  一ヶ月前にほぼ殲滅したのに、あの数、強敵ゴブリンウォーロードまで現れた要因とはなんなのだろう?
  ……。
  まあ、いい。終わった事よ。
  あたしはそれよりも伝えるべき事があると、二人に言った。彼女の事だ。
  フィッツガルド・エメラルダ。
  クレヨン画が好きな叔父さんに影響されて……あ、あたしは油絵だけど。さらさらさらー、っと彼女の似顔絵を書いた。
  理由は、叔父さんがその人の顔を書けと言ったからだ。
  おば様は何故、と聞く。
  叔父さんは何か思惑があるらしく、にやりと笑った。
  それで分かった。
  戦士ギルドへの加入を勧める気なんだと、あたしもおば様もすぐに気付いた。
  「ヴィレナ。ガーディアンでいいか?」
  「人事一切はあなたに一任してあります。どうぞ」
  ガーディアン。
  戦士ギルドの階級だ。それも上の方。既に幹部の階級。
  戦士ギルドは現在、危機に立たされている。レヤウィンに似たような振興の組織ブラックウッド団が結成されたからだ。
  その関係でギルドには仕事が減りつつある。
  メンバーも次第に脱退し、数も減らしている。
  叔父さんは即座に使える人材を、実戦的で卓越した人材を求めているんだ。
  その時、たまたま顔を出したヴィラヌスが口を挟む。
  「そんな新入りをいきなり幹部クラスで迎えるなんて……前例がないだろう。オレイン、なら俺に仕事を……」
  「悪いなヴィラヌス。ギルドマスターの意向だ。意向に従う義務が我々にはある。それを忘れるな」
  「飼い殺しだこれじゃあっ!」
  「今は堪えろ。それに、新入りの件だがアリスに聞く限りかなりの使い手だ。引き入れるのには、ガーディアンの地位でも安いと俺
  は思う。任務に慣れ次第、チャンピオンに引き上げてもいいと考えている」
  「……っ! アリス、お前はいいのか文句はないのかっ!」
  「あたしは、いいと思う。フィッツガルドさんはものすごく強い。魔法も凄いし、総合的に考えると力量はおば様か叔父さんといい勝負だと
  思う。ヴィラヌス、あたしゴブリンと戦って今日思ったんだけど……」
  「もういいっ!」
  「……ヴィラヌス、下がりなさい。家に帰っていなさい」
  「……はいはいギルドマスター、仰るとおりに」
  結局、話はこれで打ち切り。
  でも叔父さんはフィッツガルドさんを引き入れるというのは基本方針として、おば様と叔父さんの間で成立し、叔父さんはコロール中を
  探し回った。彼女は条件付きで、了承したらしい。
  条件。
  それは自分の意思のみでギルドの仕事に参加する事。
  つまりこちら側からは命令は発せられない。あくまで要請に留まるのみ。それを受ける受けないは彼女次第。
  傲慢、とも取れるけど彼女はアルケイン大学の重要人物、らしい。
  アルケイン大学。
  魔術師ギルドの総本山であり、一握りの優れた魔術師だけしか立ちいれない聖域。
  そこに在籍している以上、重要人物……かは吹聴なのか真実なのかは決め兼ねるけど、向こうでも必要とされている人材であると
  いうのは叔父さんにも理解出来るらしく、その条件で妥結した。
  あたしは……少し嬉しかった。
  身分も実力も彼女が遥かに上だけど、これからの任務に励みが出てくるのは確かだ。
  いつか必ず、追いついてみせる。
  ……いつか。



  それから、数日が過ぎた。
  あたしはいつものように剣術を磨いたり、任務で皿を磨いたり……あぅぅぅぅ、いつもどおりの毎日。
  その日、畑を荒らすモグラ退治に駆り出され、疲れてヘトヘトになって早く寝た。
  あたしは叔父さんの家で暮らしている。
  故郷であるモロウウィンドから、英雄の血筋の重責に耐えかねて飛び出し、シロディールの叔父さんの家に飛び込んできてもう長い。
  ……今は、決められた英雄じゃなくて自分のなりたい英雄になるんだと、毎日意気込んでいる。
  ……大らかな叔父の感化だ。
  コンコン。ガチャ。
  「こんな夜分に何の用だ」
  叔父さんは、夜遅くに来たお客さんを家に招きいれた。誰だろう?
  あたしはベッドの中で聞き耳を立てていた。
  「わざわざレヤウィンから飛んできたとは、何か大事が起こったか?」
  「はい、オレインさん」
  「そんなにレヤウィンの支部は……」
  「仕事はほぼ全てブラックウッド団に流れています。レヤウィンで仕事を得るのは既に不可能です」
  「……そうか」
  レヤウィン?
  ベッドの中からだから、別室で話をしている相手が誰かは分からないけど、想像するにレヤウィンの戦士ギルド支部の人間だろう。
  ギルド内には二派存在する。
  新興組織ブラックウッド団と共存が可能とする穏健派。
  それに対して排斥しかないと豪語する強硬派。
  ……叔父さんは強硬派だ、そしてその象徴的な人物であり、先頭に立つ人物だ。
  前に叔父さんは酔った時に言ってた。
  ブラックウッド団は混乱を持ち込む存在だと。
  その混乱は戦士ギルドにか、帝国にか。
  戦士ギルドはおば様が長男……ヴィテラスさんを失ってからどこか気力を失っている。
  帝国は皇帝の血筋が絶えた。もしかしたらそれに乗じて……ううん、それはないわね。そこまで話が大きくなるなんてない。
  ……きっと、それは考えすぎ。
  ……きっと。
  「レヤウィンで連中は足場を固めました。今現在は北に伸びようとしています」
  「ブラヴィルか」
  「ここに来る途中、妙な噂も聞きました。帝国元老院は戦士ギルドに対する特権を、そのままブラックウッド団に移譲しようとも」
  「馬鹿なっ!」
  「噂です。で、ですが向こうの勢いは凄まじいものです。対してこちらは……」
  「言うな。それは言うな。ヴィレナも人だ。肉親を失えば、傷つく。感傷だ、それはどうしようもない」
  「……はい」
  「レヤウィンは……そうだな、一時的に放置するしかない」
  「そ、そんな我々を斬り捨てる……」
  「そうは言ってない。こちらに入っている仕事をそちらに回す。お前達はそれを受けろ。誠心誠意働けよ、がっははははははっ!」
  「はい、お心遣いに感謝を。ですが連中に対する監視は……」
  「そうだな。任務に全力を注げば必然的にそちらが手薄になる。……確かレヤウィンでは騎士団創設の話があったな」
  騎士団?
  レヤウィンで?
  今現在あたしが知る限りでは、領主が騎士団を有しているのはシェイディンハルだけ。
  騎士は都市軍の花形。
  でもその反面、衛兵よりも一等上だから維持が大変。その為、大抵の領主は有していない。
  「よくご存知ですね。確かに、レヤウィンではその話で持ちきりです。加盟希望は、いませなんが」
  「その目的は何だ?」
  「設立の、ですか。盗賊ブラックボウに対する対抗策、とでも申しましょうか。それに最近ヴァレンウッドから追放された『深緑旅団』と
  いう名の賞金首の集団が流れてくる、という噂もあります。その抑え、ですかね」
  盗賊ブラックボウ。
  黒塗りの弓を象徴としている、レヤウィン最大の賊の集団だ。
  出所不明の潤沢な財力を背景に、その装備は都市軍と同等とも言われている。
  深緑旅団は……知らないけど。
  「……その手でいくか」
  「……と、申しますと?」
  「こちらから騎士団に人材を送り込む。素性を伏せてな。そうすればブラックウッド団も警戒しない。監視は容易だ」
  「な、なるほど」
  「それに盗賊ブラックボウを潰した際に、戦士ギルドにも所属していますとそいつに名乗らせれば知名度もおのずと上がる。レヤウィン
  での地盤強化にも繋がるし、うまくいけばレヤウィン領主も抱きこめる。後見人となれば、なおありがたい」
  「うまい手です」
  「しかし最初から戦士ギルドとばれると、ブラックウッド団に警戒されるからな。あまり名の売れていない、腕の良い新人がいい。実は
  1人、恰好な奴がいる。まずはそいつを騎士に仕立て上げる。それから、人数をその騎士団に送り込む」
  フィッツガルド・エメラルダさん、だね。きっと。
  あの人は対外的に……名が売れてるかは知らないけど、戦士ギルドとしては無名だ。
  ブラックウッド団も警戒しないだろう。
  それに腕は申し分ない。
  あんなに凄い人が冒険者してるだけなんて……もったいないよなぁ。
  その気になれば名前なんか売れまくりなのに。
  「アリス、起きてるんだろう。さっさと来いっ!」
  「は、はぃっ!」
  「いまからお前はこいつと一緒にレヤウィンに向え。いいかヒヨッコ、騎士になってお前の人生の経歴を煌びやかにして来いっ!」
  あ、あたしが騎士になるのっ!
  あ、あたしがぁーっ!