天使で悪魔






儀式と魔術師と不審な女






  物事は単純明快ではない。
  世の中は善と悪ではないからだ。そして善と悪も容易に逆転し、あるいは変質し、変化する。
  何故?
  何故なら物事は単純明快ではないのだから。





  「偉大なる邪神ソウルイーターよっ! 我らの願いを聞き届けて復活せよっ! 我が意に従い悠久なる時のまどろみから目を覚ませっ!」
  叫んでいる。
  叫んでいる。
  叫んでいる。
  一段高い台座に立っているボズマーの男が叫んでいる。
  そのボズマーの眼下にはローブ姿の魔術師達が一心不乱に祈っている。数にして50名。それなりには多いと思うけど……魔術師系の組織の第三勢力に
  なるには少ないだろう。他の魔術師系の組織は主流派の魔術師ギルド、魔術師ギルドと分派した死霊術師達だ。
  もちろんあたしは当事者ではないからよくは知らない。
  ノル爺に聞いた言葉だ。
  まあ、ここに来るまで暇だったし。
  「あれがファシス・アレン殿じゃ」
  「へー」
  物陰に隠れながらあたし達は儀式を見ている。
  ファシス・アレンは鎧に身を包んでいた。1人だけ鎧姿は目立つ。……まあ、台座に立って叫んでいる時点で目立つけどさ。
  それに奇妙な像の前で叫んでいるのも目立つ。
  巨大な羽蛇の像がある。
  まるで生きているような像だ。精巧過ぎる像だと思う。
  冒険小説とかだったら『石化されて封印されてるんだーっ!』的な展開だろう。それが今回の状況に当てはまるかはあたしには分からないけど精巧な像だ
  とは思う。石化しているのでないとすれば、本物を見て誰かが作ったのだと思う。それだけ精巧だ。
  隠れたままヒソヒソ話。
  「あれが邪神ソウルイーター?」
  「そうなるかのぅ」
  「そうなるかも……って……」
  「仕方あるまい。今の今までその存在を知らなかったんじゃから。それにこの展開、想定したわけではないしのぅ」
  「まあ、そうですよね」
  そりゃそうか。
  今回の任務はあくまでファシス・アレンの調査。最近妙な行動をしているので、まあ、素行調査的な感じだ。
  つまり。
  つまりこの展開は誰も想像していなかった。
  邪神ソウルイーターの存在そのものを知らなくても問題ないし、そもそも想定出来る方がすごいと思う。
  だけど当たったなぁ。アガタさんの心配。
  ファシス・アレンは旧時代の神を復活させようとしている。
  「邪神かぁ☆」
  「……ときめいている場合じゃない気がするがのぅ」
  「そしてあたしはアリアハンから旅立ち行方不明になった勇者オルテガの娘☆」
  「……まあ、そんな設定はそもそもなかった気がするが……ともかく何とかせねばのぅ」
  「ネクロゴンドの洞穴目指せーっ!」
  「……」
  あの羽蛇の像がおそらくは邪神ソウルイーターの姿なのだろう。
  ただの彫像なのかリアルに本物なのかは分からないけど羽蛇の姿なのはおそらく正しいだろう。
  ファシス・アレンが何故邪神を復活させようとしているのか、どうして第三勢力を形成しようとしているかは当然ながら分からないものの、どう考えたってろく
  な展開ではないだろう。何度も繰り返したけど、ろくな事じゃない。それは確かだ。
  さて。
  「ねぇノル爺」
  「おお。現実に戻って来たのじゃな妄想娘アイリス殿」
  「妄想?」
  失礼な。
  「それでなんじゃ?」
  「あれって神様なんですよね?」
  邪神ソウルイーターを指指す。
  今まで聞いた事のない神様だったから気になった。
  「純粋に神様ではないのぅ」
  「そうなんですか?」
  「この世界で神と呼ばれるのは『九大神』『オブリビオン16体の魔王』『闇の神シシス』だけじゃな。あの邪神ソウルイーターとかいうのはあくまでアイレイドの
  超文明で創造された、人工的な邪神に過ぎんよ。あの時代にはああいう奴がゴロゴロしていたらしい」
  「へー」
  アイレイドの超文明。
  今の魔道技術よりも遥かに進んでいたらしい。
  ……。
  ……それにしても何という迷惑な遺産。
  それにファシス・アレンはその邪神を復活させようとしているのだから迷惑この上ない。
  何考えてるんだろ?
  まさか制御出来る事前提じゃないよね?
  ああいう邪神を復活させる奴は大抵は死亡フラグ立ってます。復活させた邪神に殺されるってパターンだね。
  そんな場面に立ち会うあたし。
  まさに勇者だよね☆
  くっはぁー☆
  「で? いつまで見てるんだよ? 復活しちまうぜ?」
  「ですよね」
  マグリールさんが行動を催促する。
  とっとと鎮圧しろと言っているのだ。それはそうだ。わざわざ復活するのを待つ馬鹿はいない。
  ここに至るとファシス・アレンの討伐は正当だ。
  その時……。
  「侵入者ですっ!」
  ざわり。
  甲高い女の声に魔術師達は動揺する。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  「くっ!」
  あたし達が潜んでいた場所に炎の魔法が叩き込まれた。
  瞬間、魔術師達はあたし達の位置を把握する。
  その反対に女の姿もどこから攻撃して来たのかも分からない。女が炎の魔法を放ったのかすら分からない。どこにいるのだろう?
  「始末しろっ! 我ら『黒き炎』に歯向かう者に死を与えよっ!」
  ファシス・アレンが壇上で叫ぶ。
  魔術師達は魔法を各々放ちながら間合を保つ。
  振り注ぐ魔法の数々。
  炎。
  氷。
  雷。
  無数の攻撃魔法が隠れている場所に放たれる。
  
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  「つっ!」
  爆音で耳が痛い。
  だけどあたし達には特に損害はなさそうだ。向こうの方が数が多いので手数は多いけど、威力そのものは大した事はなさそうだ。
  もちろん威力が低いとはいえ全弾受けるつもりはないけど。
  さて。
  「行けアリスっ! カジートの爺さんも頑張れっ! 俺は給料分応援するからなっ!」
  「……」
  はぁ。
  そりゃ意味は分かるけどね。
  マグリールさんは魔法が使えないから、この状況下では役立たず。敵は全部魔術師で距離を保って遠距離魔法を叩き込んでくる。つまりマグリールさん
  の間合いではないのだから仕方ない。にしても『ヘタレな人』だとは思います。
  うーん。
  この人、今回役に立ってない気がする。
  気の所為かなぁ。
  「煉獄っ!」
  物陰から身を剥がしてあたしは炎の魔法を放つ。
  放つ、隠れる放つ、隠れる、放つ。
  この繰り返し。
  あたしの魔力も威力も大した事はないので一撃必殺の攻撃力はない。相手は魔術師なので魔法耐性を上げる術を心得ているのだろう。あたしの煉獄をま
  ともに受けても倒れない。もちろんそもそもそんなに威力ないからだろうけど。
  ただし……。
  「メギドラオンっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  聞いた事のある魔法の名前だし、名前にしては威力は低いものの……それでもそれはフィッツガルドさんと比べてだ。ノル爺の魔法の威力はこの場にいる
  魔術師の誰よりも優れているのはあたしが見ても分かる。魔術師の数人が吹っ飛ぶ。
  その間にもファシス・アレンは儀式を続けている。
  魂胆が分からない。
  魔術師ギルドに取って代わるつもりなのか、ただの知的好奇心を満足させるつもりなのか。
  いずれにしても面倒な展開になりつつある。
  そして……。
  「邪神よ、我が意に従い復活せよっ!」
  カッ。
  一際高い声と同時に光が視界を覆う。そして異質なる音が響いた。
  「シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
  「ふはははははははははっ! 邪神ソウルイーターよ、我が意に従えーっ!」
  ガブ。
  それだけだった。
  狂気なる叫びを発したファシス・アレンの上半身は鎌首をもたげた邪神ソウルイーターの巨大な口の中に収まっていた。
  石像?
  いいや。
  光が消えた瞬間、その羽蛇は生身を取り戻していた。
  台座にとぐろを巻いて鎮座する邪神。
  メキャ。
  嫌な音と同時にファシス・アレンの下半身が転がる。上半身は既にない。ネチャネチャと音を立てて羽蛇は口をモグモグさせている。
  た、食べた?
  ほ、ほらー。
  わざわざ復活させたからって律儀に言う事聞くわけないじゃないのー。
  ファシス・アレンの馬鹿ーっ!
  ……。
  ……で?
  この状況は……どうなるわけ?
  勝手に復活させておいて勝手に死んじゃうなんて……悪役なんて嫌いだーっ!
  本当に自分勝手だ。
  まったく。

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「逃げろーっ!」
  「お助けーっ!」
  「俺達は、俺達はファシス・アレンに騙されてただけなんだ。後はよろしくーっ!」

  ……あぅー。
  魔術師どもは全部逃げたー。
  根性なしばかりだ。
  「シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
  その時、邪神は叫ぶ。
  「いかぬっ!」
  その叫びを聞いた瞬間、ノル爺は血相を変えた。……いやまあカジートの表情は分からないけど、血相を変えたという表情が適切だと思う。
  ブゥゥゥゥゥゥゥン。
  あたし達の周囲を淡い光が包み込む。
  魔力障壁だ。
  咄嗟には何の意味かは分からなかったけど、今なら分かる。
  背を見せて逃げ出した魔術師達は全員倒れていた。
  邪神ソウルイーターは魂を食らう化け物だ。おそらく魔術師達は魂を食われたのだろう。つまり死んだ。
  まったく恐ろしい能力だ。
  声だけで魂を奪えるなんて。
  こ、これって無茶苦茶面倒な展開じゃないかな?
  うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  事態が最悪になるまで放置しようという魔術師ギルドの体制は問題ありだと思いますっ!
  最悪だーっ!

  バサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
  純白の羽毛の翼を羽ばたかせて羽蛇は飛翔する。
  長い鋭利な歯が並んでいる。
  一本一本がショートソード並みの鋭さだ。
  ショートソードのような歯。
  それだけで羽蛇がどれだけ巨大化がよく分かる。
  この集会場は広いものの羽蛇が充分に動くには狭過ぎる。満足に動く事すら出来まい。
  今のうちに攻撃すべき?
  ……。
  ……そうは思うけど、あたしの放てる攻撃魔法は『煉獄』のみ。フィッツガルドさん並みの威力があれば問題はないけど、あたしの『煉獄』はフィッツガルド
  さんの五分の一の威力しかない。それもあくまで対個人用。あの巨大な羽蛇には通用しないだろう。
  老魔術師を見る。
  「ノル爺」
  「……」
  「ノル爺?」
  「奴に魔法はそもそも効かぬ。あの報告の書類は見たであろう。お手上げじゃ」
  「そんなぁ」
  確かに。
  確かにそう記されていた。
  つまり魔術師では勝てないという事になる。
  ノル爺では無理。
  「おいおいアリスありゃこの報酬じゃ無理だ危険報酬も出してくれっ! 俺には家族がいるんだっ!」
  「……」
  マグリールさんも無理かなぁ。
  腕は、まあ、悪くない。あたしも誰かを評価出来るほどの能力はないけどマグリールさんの能力は分かる。この状況を打破出来るほどの能力はない。
  それはあたしもだけどさ。
  「あっ」
  そうか。
  その為の魔剣ウンブラか。
  おそらくダゲイルさんはある程度の未来は予知していたのだろう。もしかしたら予知ではなく直感なのかもしれないけど、魔剣ウンブラが必要な事態になる
  と踏んでいた。事を秘密に出来るという意味合いであたしを指名したんだろうけど、それ以上あたしなら何とか出来ると思ったのだろう。
  魔剣ウンブラ。
  一説では魔王クラヴィカス・ヴァイルが恐れたとされる魔剣だ。
  あの蛇は邪神と恐れられている。だけど結局は人が造りしモノだ。オブリビオンの魔王とはそもそもの差があり過ぎる。
  魔剣ウンブラがあれば勝てないはずはない。
  魂を食らう魔剣だからあたしも使用を控えて来たし、それ以上に魔術師ギルドに禁じられていた。魂が食われればその人は転生できない、つまり永遠に
  その存在を抹消される事になる。あまりにも物騒な特性なのであたしは使用しなかった。
  だけど。
  だけど今回は使用するしかない。
  あんな邪神の魂は砕いた方がいいに決まってる。
  ただ問題もある。
  魔剣ウンブラの威力を引き出せば引き出すほど、あたしの魂が魔剣に支配されかねないという事だ。魔剣ウンブラには意思がある。持ち主を祟る魔剣とし
  て恐れられてもいるのだ。あたしは剣の奴隷に成り下がるつもりはない。
  チャッ。
  「だけど仕方ありませんっ!」
  ブォン。
  魔剣ウンブラを引き抜く。その際に腰に差してあった雷の魔力剣をマグリールさんに渡した。もちろん貸しただけだ。鉄の剣しか持たないマグリールさんで
  はただの足手纏いでしかない。その為の一時的な処置だ。
  フィッツガルドさんがわざわざくれた剣を誰かにあげるつもりはない。
  何故?
  だって剣を与える=信頼の証。
  あたしは雷の魔力剣を大切にしてる。いつも、今も、これからもね。
  さて。
  「邪神ソウルイーターを倒しますっ!」
  高らかに宣言。
  その時、邪神の側にいるローブの女に気付く。フードを被っているので顔は分からないけど……体型で分かる。女性だ。
  女性はあたし達に嘲りの笑み。
  「倒す? この旧時代の出来損ないを? ふふふ。それ笑える」
  「笑っていられるのも今のうちですっ!」
  「面白い。やれるものなら、やってみるがいいっ!」