天使で悪魔






邪教集団『暗き炎』






  運命?
  偶然?
  今、シロディールは災厄の渦中に存在する。

  運命?
  偶然?
  いずれにしてもそれらに巻き込まれるだろう。
  シロディールに住まう者達は常に決断を強いられる事になるのだ。
  ……常に。






  「お前らどこ行くんだ? こっちだこっち」
  「あっ。すいません」
  塔内部を進むあたし達。
  ご丁寧に道順を教えてくれるのは名も知らない魔術師。別に同道しているわけではなく脇道に逸れていたあたし達に丁寧に教えてくれているに過ぎない。
  何者?
  よく知らない。
  あたし達はあの後衣裳部屋っぽい場所に入った。
  そこにはたくさんのローブがあった。
  ここに集結しているのは魔術師達。別に魔術師=ローブではないけど魔術師が軽量の衣服を好むのは確かだ。基本的に鎧よりはローブを纏うのが一
  般的でありそういう意味では魔術師が好む服はローブで誤りではない。纏っているのは緑色のローブ。
  ともかく。
  ともかくあたし達は変装している。……変装ってほどでもないけど。
  この塔に来た魔術師を演じている。
  丁度集結中なので特に違和感はない。
  もちろん別に鎧を脱いだわけでなくロープの下には鉄の鎧を着ている。マグリールさんもね。
  ノル爺は元々ローブだから問題ない。
  だけどここにいる集団って統一性がないのかな。
  ローブなら何でもいいらしい。
  赤、白、青、緑、茶などなどのローブを纏った魔術師達がいる。
  もちろん統一性がない方がいい。
  紛れ込むには最適だからだ。
  少なくともローブの色を統一する程度の事でも出来ていないのであれば。
  「急げよ集会の時間は近いぞ」
  「はい」
  こいつら組織化させていないのかも知れない。
  だとしたらやり易い。
  ローブ着用=仲間という概念ならやり易い。
  つまり構成員同士の繋がりも皆無に近いのだろう。もしかしたら全員集合したのも今回が初めてなのかも。だとしたらさらに好都合。当然ながらあたし達
  の任務は『殲滅』ではなくあくまでも『調査』であり『内偵』。だけど事と次第によっては『戦闘』もありえるのだ。
  相手に付け入る隙がある。
  その場合はとてもやり易くなる。何をするにしてもね。
  名も知らぬ魔術師と別れてあたし達は進む。
  同道して集会場所とやらに行ってもいいんだけど別の場所から潜入出来るのであればそれに越した事はない。
  さて。
  「ノル爺、魔力の波動は?」
  「こっちじゃな」
  指差す方向。
  それは別れた魔術師が進んだ通路の方角。集会、ね。
  何をしているんだろ?
  いずれにしてもろくな事ではあるまい。そして魔剣ウンブラを所持した方が良いというアガタさんのアドバイスもあったし……きっと激しい展開になるんだろ
  うなぁ。もちろん儀式なら儀式でもいい。その場合は妙な展開になる前に叩き潰す。
  意味?
  簡単。
  儀式そのものを潰して根源を取り除く。
  「ノル爺、別ルートはある?」
  「しばし待て」
  「はい」
  「ふぅむ」
  眼を閉じて瞑想の老カジート。
  思念だけを飛ばして通路を遠視している。
  頼りになる人だ。
  年齢の関係で魔術師ギルドを引退した人物らしいけど充分現役の人だ。……何故引退した彼を今回同行させたのは今更言うまでもないね。大学が調査
  申請を却下した以上、支部としても正規メンバーを使う事が出来ないからだ。
  だから戦士ギルドのあたしや傭兵のマグリールさん、魔術師ギルドを引退したノル爺を調査に向わせたのだ。
  あくまでブラヴィル&レヤウィンの魔術師ギルド支部の私的な調査という形を取っている。
  さて。
  「こっちじゃな」
  「分かりました。進みます」
  ……。
  ……もちろんこの瞬間もマグリールさんはいますのであしからず。
  黙っててくれて正直助かる。
  口を開けば『給料くれっ!』ばっかりだし静かな方がいい。このまま空気でいてくれる事をあたしは切に切に願います。
  だってマグリールさん煩わしいもんーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。



  コツ。コツ。コツ。
  廊下を歩く。
  途中、誰にも会わなかった。魔術師にもだ。どうやら召集された連中はここは通らないらしい。つまり集会場とやらの最短ルートから外れているのだろう。
  先導はノル爺だけど先頭はあたしが歩いている。ノル爺はナビ役だ。
  「ここを右、そこからはしばらくまっすぐじゃ」
  「はい」
  道を魔法で探査したので迷う事はない。
  魔法は偉大だ。
  あたしはあくまでフィッツガルドさんに伝授して貰ったに過ぎない。魔法の根本や基礎を理解しているわけではない。そういう意味ではあたしは魔法戦士の
  カテゴリーには含まれない。魔法戦士って魔法を理解している戦士を指す名称だからだ。
  うーん。
  魔法って便利だもんなぁ。
  今度フィッツガルドさんにお願いして教えて貰おうかなぁ。
  あたしも一応は支部長の1人として数えられているわけだから今まで以上の向上心が必要だと思う。
  強くなる為に必要な事。
  努力。
  努力。
  努力っ!
  日々精進あるのみだ。
  フィッツガルドさんみたいな天才ならともかくあたしはただの凡人だから毎日頑張って努力しなきゃいけない。もちろん天才にも努力が必要なのは分かっ
  てる。要は努力の量が天才とは異なるって事だ。
  頑張らなきゃ。
  『……』
  コツ。コツ。コツ。
  しばらく無言で進む。
  無言?
  まあ、厳密にはマグリールさんがぼやいている。ブツブツと独り言をぼやいている。
  「……お金が貰えないと人は死んじゃうんだぜー……」
  ウサギは寂しいと死んじゃう的な発言連呼してる。
  正直な話マグリールさん。
  うざいーっ!
  「アイリス殿」
  「えっ? あっ、何ですかノル爺」
  指差す方向。
  そこには部屋がある。扉はない部屋だ。
  「……」
  チャッ。
  腰の雷の魔力剣の柄を握る。あたしは眼でノル爺達を制して1人で部屋に近付く。最近では足音だけではなく気配も消せる。……微妙ではあるけどね。
  足音を忍ばせての隠密行動。
  「……」
  壁に張り付きながら室内を見る。
  1人の魔術師がいた。
  見張り?
  いやただ何かの調べ物をしているだけ。部屋の中は大量の文献がある。多分ここはこの塔の書庫なのだろう。
  フードを被っていない魔術師が椅子に座って調べものの最中。
  あたしに気付いた様子はない。
  後頭部は禿げ上がっている。インペリアルの男性だ。
  ガンっ!
  あたしは鞘ごと腰から抜き放って男の脳天に叩き込んだ。
  「……はぐぅ……」
  「おやすみなさい」
  ドサ。
  そのまま崩れ落ちる魔術師。
  殺した?
  殺してない。
  少し眠ってもらっただけ。あたしは部屋の外に出て仲間達を手招きする。部屋に駆け込む仲間達。他に敵はいないようだ。
  この塔、警備が皆無。
  巡回すらいない。
  もちろん忍び込むしている側のあたし達にしてみれば助かりものだけど……塔の警戒が甘いよなぁ。
  意味は、まあ、分かるけどね。
  ここの塔はブラヴィル領主である伯爵家の管轄であり、塔を与えられたファシス・アレンは伯爵のお気に入り。ここへの侵入は伯爵家を敵に回す行為で
  あり誰も立ち入らない。いいや立ち入れない。だからこそそもそも警備という概念がいらないのだろう。
  ファシス・アレンは魔術師ギルドの高位魔術師でもあるし。
  さて。
  「ふぅむ。これはちとやばいかも知れんのぅ」
  「どういう事です?」
  室内を見渡した後、ノル爺は呟いた。
  あまり声には良い響きは込められていない。むしろその逆だ。様々な文献があるけど、どの題名はあたしでは読めない。
  共通語ではないのだ。
  「どこの文字です?」
  「こいつはアイレイド語じゃな」
  「へー」
  古代アイレイド文明の文字、か。
  読めるはずないよなぁ。
  「ガリウス文字もあるし……おお、あの文献はルーン文字じゃな」
  「へー」
  「文献の内容は異なるがジャンルは共通しているのぅ」
  「ジャンル?」
  「召喚系の本じゃ。それも……あまり良くないものを召喚する為の本じゃ」
  「つまり?」
  「太古の邪神じゃよ」
  「邪神?」
  頭の中で言葉が響く。
  ノル爺の発言した内容が頭の中でグルグルと駆け巡り、そして脳はそれを理解した。
  「邪神ー☆」
  「な、何故そこでテンション上がる?」
  「伝説の勇者登場のノリじゃないですかーっ! そうかぁー。あたしはやっぱり伝説の勇者だったんだぁー☆ きっとロトの末裔だね、あたし。だよねー?」
  「いやぁワシにそんな事聞かれても……」
  「うふふのふー☆」
  「……」
  きっと奥底に待ち構えているのは魔王バラモスだ。きっとそうだ。
  そして意気揚々とレヤウィンに帰還した時、奴が現れて宣戦布告するんだ。
  突如現れた大魔王ゾーマが『バラモスなんか手下の一人に過ぎん。ふはははははははははははぁーっ!』とあたしに宣戦布告する。
  くっはぁー☆
  燃えちゃうな、この展開はーっ!
  「うふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!」
  「……意外に怖いのぅ、この娘」
  1人悦に浸るあたし。
  フィッツガルドさんはこの事を知らないしいくらなんでも突然介入はしてこないだろう。
  つまり?
  つまりあたしがこの物語の主人公っ!
  闇の勢力との最終決戦はあたしに託されている。そう、あたしの双肩にねーっ!
  越えた?
  フィッツガルドさんをあたしは超えたのかもーっ!
  だってあたしは運命に選ばれたもんっ!
  伝説の勇者キターっ!
  「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!」
  「……悦に浸ってるところを悪いが妙な手紙を手に入れたのじゃが……ま、まあ、読む暇はなさそうじゃな」








  ノル爺が手に入れた怪しい手紙。
  その内容。

  『ファシス・アレン様。邪神ソウルイーターに関する報告を纏めました』

  『古代アイレイド文明の魔道技術で創造されたこの邪神の能力は魂を食らう事。半径100メートルに存在する全ての命を瞬時に吸収します』

  『皮膚は魔法耐性を施されており魔法は無効』

  『第三次アイレイド戦争の際に黄金帝に創造された存在。創造された理由は他者の魂を吸収する事で不死の命を得んとした為。吸収した魂を黄金帝自ら
  が取り込む事で不老不死になろうとしていた。しかし創造直後に暴走し各地の国々を滅ぼす邪神として恐れられる』

  『北の蛮勇王を倒し、さらには仮面王を貪り食らう』

  『最終的に魂持たぬ人形の軍勢を従える人形姫によって撃破、封印される。その後悠久の年月を経て封印された邪神を我々が発掘に至りました』

  『儀式により今宵、邪神は時間を取り戻します』

  『注意。完全に覚醒させた場合、無差別に魂を取り込みます』

  『またあのダンマーの女の魂胆も分かりません。ファシス・アレン様、油断なきように』

  『儀式にはお気を付けください』