天使で悪魔






内偵





  
  悪意の芽は摘むに限る。
  だが目に映る悪意は限られていて容易には見つからない。
  





  「……」
  「……」
  「……」
  あたし達3人は静かに潜入し、調査し、内偵している。
  どこを?
  ファシス・アレンの塔をだ。
  ファシス・アレンは魔術師ギルドのメンバー。一応は出世頭だ。何しろブラヴィル支部所属の一支部員に過ぎなかった彼は今ではブラヴィル領主である
  伯爵家付きの魔術師にまで出世したのだから。
  今ではただの魔術師ではない。
  相談役でもあるのだ。
  だから。
  だから伯爵も彼を寵愛し、彼もまたその寵愛を後ろ盾にして権勢を誇っている。
  魔術師ギルドに籍を今も置いているので魔術師ギルドが口出し出来る立場にあるものの、伯爵家との軋轢を恐れて何も言わない。そもそもファシス・アレン
  の不審な行動に対して口出せば自分達の監督責任にも繋がる。体面が傷付く。
  以前の魔術師ギルドならそれでも口出ししたとアガタさんは言う。
  だけど今は言えない。
  何故?
  それは外部との折衝役であるラミナス・ボラスさんが解任されたから。
  後任のクラレンスさんは厄介は握り潰している。
  本格的に厄介になるまでは放置の方向らしい。魔術師ギルドの内部は今混乱しているようだ。
  それであたしに仕事が回って来た。
  さて。
  「……」
  「……」
  「……」
  あたし、マグリールさん、ノル爺。
  3人でファシス・アレンの塔の中を徘徊する。薄暗い通路を進む。
  ジメジメする。
  あまりこういう雰囲気は好きではない。
  ……。
  ……ま、まあ、好きでいる必要はないんだけどね。
  てか『こういう雰囲気好きー☆』は人として危ないかもしれないけどさ。
  コツ。コツ。コツ。
  足音が薄暗い通路に反響する。
  少なくとも誰にも会ってはいない。人気がまるでしない。
  どこにいるんだろ?
  そして何をしている?
  アガタさんの依頼では『ファシス・アレンが自分の塔に魔術師達を集めている』との事だった。彼女の言う『よからぬ』のカテゴリーは魔術師ギルドを追放さ
  れた魔術師や悪事を犯した魔術師達の事らしい。死霊術師はこのカテゴリーに含まれない。
  最近の死霊術師の一派とは異なる第三勢力になり得るかもしれないとの事だった。
  ファシス・アレンの目的?
  それは分からない。
  何故魔術師達を纏め上げようとしているのかすらも。
  もちろん闇雲に潜入したわけじゃない。
  「ノル爺。静か過ぎますね」
  「……」
  「ノル爺?」
  「じゃが奇妙な魔力の渦を感じる。これは何らかの儀式をしている際に生じる魔力の流れじゃな」
  「儀式?」
  「儀式じゃ」
  さっすが頼りになるなぁ。
  既に引退しているとはいえ高名な魔術師だったらしい。
  儀式をしているという根拠は魔術師じゃないあたしにはよく分からないけど、魔術師であるノル爺が言うのだから正しいのだろう。アガタさんがこのカジートの
  老魔術師をあたしに付けてくれたのを嬉しく思う。
  それに引き換え……。
  「なあアリス、そろそろ給料の時間じゃないのか?」
  「……」
  「なあなあ。給料だろ?」
  「……」
  「俺には家族がいるんだっ! ビバ給料日っ!」
  「……」
  元戦士ギルド→元ブラックウッド団→現在はオーレン卿の名を騙ってた傭兵。
  何でこんな人を付けたんだろ。
  アガタさんこの人はいらないよぉーっ!
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「ノル爺」
  「なんじゃ?」
  「魔力の大元を辿れば……」
  「ああ。儀式の場所に到達出来る。もちろんそこには大勢集まっているじゃろうな。……何の儀式かは分からんがな」
  「儀式かぁ」
  ろくな儀式ではないのは確かだ。
  まさか『人類博愛化計画☆』ではないはず。『人類補完計画』でもないだろうし『ルビコン計画』でもないだろう。儀式と言われて連想するのは生贄を必要と
  する邪悪な儀式しか連想出来ない。多少の偏見があるだろうけど、あたしはそういう儀式を連想してる。
  ファシス・アレンはここで何をしているのか?
  ここは伯爵が提供した彼専用の塔。
  他の誰も立ち入りが出来ない。伯爵なら立ち入れるだろうけどわざわざ立ち入るはずがない。つまりここは完全なる隔絶された場所。
  何をしてもまず外部に漏れない。
  ただ大勢の人間がここに集えばその程度は分かる。
  ブラヴィルの衛兵達は『大勢の魔術師が集っている』と言っていた。
  何をしているのか?
  それは分からないけど仲良しサークルではあるまい。
  この内偵行為は越権行為?
  いいえ。
  戦士ギルドには衛兵と同じ権限が与えられている。それがブラックウッド団が欲しがっていた特権だ。調べる権限がある。
  ……。
  ……ちなみに魔術師ギルドには魔道法という法律があり魔道関係の事件にのみ捜査権がある。
  いずれにしても合法だ。
  問題はない。
  さて。
  「ノル爺。魔力の流れを教えて」
  「了解じゃ」
  「ビバ給料っ! ……給料まだぁー……?」
  うるさいぁ。
  マグリールさんの存在理由が不明。
  強力な戦士ではなく。
  強力な魔術師……そもそもこの人戦士ギルドでもブラックウッド団でもただのルーキーだった。期待のルーキーってわけでもなさそうだったし。
  傭兵稼業もうまく行ってなさそうだし。
  うーん。
  図太いのが唯一の長所っていうのも微妙だなぁ。
  特に恨みは持ってないけどブラヴィルで魔術師ギルドの仕事をこの人は放棄した、結果としてあたしが魔術師ギルドに謝りに言ったんだけどネチネチ怒
  られて半泣きのあたし。フィッツガルドさんが偶然あの場所にいなかったら大泣きしてたところだ。
  そうそう。もう1つある。
  アンヴィルに左遷されたのもマグリールさんの密告だ。
  ……。
  ……そう考えると殺意湧くかもっ!
  いつもいつもいつもっ!
  会うと迷惑掛けられる。何かの呪いかと思ったもん。きっと前世ではマグリールさんと天敵だった可能性もある。だから相性悪いんだきっと。
  その人が今、側にいる。
  うーん。
  今回もきっと面倒な強制イベントがあるんだろうなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「ハッピーハッピー給料日っ!」















  「儀式の準備が整いました、ファシス・アレン様」
  「そうか。メンバーは?」
  「召集した者は全て揃っています」
  「実に結構っ!」
  ファシス・アレンの塔、内部。
  錬金術の機材や様々な文献が所狭しと置かれている私室にボズマーのファシス・アレンはいた。彼に報告しているのは薄汚れたローブとフードを身に
  纏った女。目深にフードを被り顔を隠しているものの、口元のあたりを見ればその種族が分かる。
  黒い肌。ダンマーだ。
  レッドガードと異なる薄い黒い肌のその女は報告を続ける。
  「同志は全て集まりました」
  「うむ」
  「ファシス・アレン様。儀式の開始をよろしくお願いします」
  「うむ」
  ボズマーはブラヴィルの宮廷魔術師であり魔術師ギルドでも高位にいる魔術師。政治的な権限も持つ為に魔術師ギルドも強硬な手段には出る事が出
  来ない。だからこそ大学はファシス・アレンのブラヴィル支部の調査要請を握り潰したのだ。
  最悪な展開になるまで握り潰そうという浅はかな魂胆。
  事が起きる前に何とかしようという発想は既にない。
  外部と接触を持ち唯一の常識人であったラミナス・ボラスが解任されたからだ。後任のクラレンスは『世間が抱く傲慢な魔術師』像を地で行っている様な
  人物であり今回のような展開は仕方がないといえる。そもそもその器ではないのだから。
  さて。
  「我ら『暗き炎』の台頭が今日この日から始まるのだっ!」
  「御意」
  ファシス・アレンが創設した邪教組織『暗き炎』。
  魔術師ギルドや死霊術師の一派とは異なる組織であり前述の組織以外の魔術師達を掻き集めて結成した集団。死霊術師も元々は魔術師ギルドの一派
  であり両者の抗争は世間からは内部紛争と見られている。そういう意味では『暗き炎』も内部抗争を起こしえる組織。
  魔術師系の組織の第三勢力だ。
  まだ本格的な活動は何一つしておらず水面下での動きでしかないもののファシス・アレンは笑う。
  今日、邪神を復活させる。
  邪神の降臨が自分達の権威を高めるだろうと確信している。
  笑いながら彼は私室を出た。
  1人取り残されたダンマーの女は呟く。
  「……メンバーとは異なる侵入者もいますけどね。ファシス・アレン、君の予測通りに事が運ぶといいわね」
  そこには嘲りが込められていた。
  そこには……。