天使で悪魔
ファシス・アレンの塔
魔術師ギルドからの依頼。
今まで色々とお世話になったし錬金術の材料の売買の独占権を結んでいる関係もあり懇意。
恩には報いよう。
それが今までお世話になってきた人達へのお礼。
「ファシス・アレン? ああ、あの陰険魔術師か。城に詰めているよりは自分の塔に引き篭もっている方が多いよ」
これが。
これがブラヴィルの衛兵に聞いたファシス・アレンの評判だ。
内容はそれぞれに異なるけど一致しているのはただ一つ。『陰険』という事だ。
「うーん」
あたし達は魔術師ギルドのレヤウィン支部に所属しているアガタさんの依頼(正確にはブラヴィル支部長のグッド・エイさんがレヤウィン支部を通し
ての依頼)を受けてレヤウィンの北に位置する街ブラヴィルに来た。
1人で?
ううん。3人で。
とりあえずファシス・アレンの評判を聞く為に午前中は聞き込み。
午後は宿屋『求婚の達人』で昼食を食べつつ今後の計画を立てている。
「評判悪い人ですね」
「だよな」
スローターフィッシュのムニエルを頬張りつつ適当に相槌を打つのは魔術師ギルドがあたしのサポートの為に雇った傭兵のマグリールさん。
マグリールさん。
マグリールさん。
マグリールさん。
同姓同名ではないです、あの『マグリールさん』です。
戦士ギルドからブラックウッド団に乗り換えたものの組織は壊滅(フィッツガルドさんとあたしで潰したんだけど)した後は傭兵として生きているらしい。
それもヴァレンウッドの英雄である『白馬将軍オーレン卿』という偽名を使ってだ。
この人なんでもありだなー。
……。
……ちなみにあたしはスローターフィッシュは食べてないです。
この街の特産らしいけど過去にトラウマがあるので。
スローターフィッシュ怖いー。
はぅぅぅぅぅぅっ。
「ファシス・アレン殿はあまり良い評判ではないですなぁ」
「そうですね。ノルツェさん」
「ノル爺と呼んでくれると嬉しいがのぅ」
「ノル爺?」
「それでいい」
カジートの老魔術師は満足そうに頷く。
ま、まあ、カジートの年齢は見た感じでは分からないからどの程度『老いている』かの外観はよく分からない。
毛づやで分かる?
だったら可愛いかも☆
「いずれにしても街で得る情報には限度がある。ファシス・アレン殿がどんなに不穏な動きをしていても分かるまい。当初の予定通り潜り込むしかない」
「ですね」
「まあ、ワシはあくまでオマケじゃ。アイリス殿に任せるよ」
「はい」
このカジートの老魔術師は元魔術師ギルドのメンバー。
老齢で3年前に隠居した身ではあるけど今回任務に引っ張り出された。正規メンバーは動かせないらしい。
何故?
魔術師ギルドの内情がよく分からないんだけど、どうも体制が不安定らしい。ラミナス・ボラスという人が解任されて組織が傾き始めているらしい。
ラミナスさんは調整能力に優れた人で組織を世間との橋渡し的な役目であり同時に任務の振り分けも公正に行っていた。
その彼が解任された。
よく分からないけどアークメイジの逆鱗に触れたらしい。
後任の人物であるクラレンスさんは有能か無能かは判断しかねるけど、前任者とは異なり上層部に盲従しているらしい。
つまり。
つまり上層部が好まない厄介は手元で握り潰す。そして厄介が存在しないかのように振舞う。
もちろんそれで厄介が消えたわけではない。
いずれは表面に吹き出す問題ではあるものの、それまでは放置しようという魂胆なのだ。
今回の件もそうだ。
魔術師ギルドの評議会がブラヴィル領主の元に送り出した人物ファシス・アレンが奇妙な行動をしているかもしれない、という憶測を握り潰した。だからこそ
ブラヴィル支部もレヤウィン支部も身動きが取れない。
ファシス・アレンの行動が不可解であるから調べて欲しいという申請が却下された以上、これ以上は動けないのだ。
だからこそアガタさん達は戦士ギルドに依頼した。
もちろん内密にだ。
今回の任務を知るのは戦士ギルドではあたしとルベウスさんだけ。ルベウスさんは戦士ギルドのレヤウィン支部を管理する職務がある。つまりあたしが動く
しかない。アガタさんにしてはそれではあまりにも酷だろうという事で2人を付けた。
傭兵のマグリールさん。
引退したカジートの老魔術師ノル爺。
ファシス・アレンが何を企んでいるかは知らないけどあたし達3人で任務を達成しなきゃ。
「食った食った。おいアリス、払っといてくれ」
「はっ?」
「俺には家族がいるんだよっ!」
「すいません自分で勝手にたらふく食べておいてその開き直りの意味が分かりません」
「ちっ! 自腹かよっ!」
「……」
マグリールさん、相変わらず。
逆切れ困ります。
お願いだから戦士ギルドに復帰したいだなんて言い出さないでよあたしの管轄の支部に来ないでよーっ!
最近叔父さんの気持ちがよく分かるあたしです。
人事って難しいよなぁ。
はぅぅぅぅぅぅっ。
ファシス・アレン。
ブラヴィル領主付きの魔術師。正確な所属は魔術師ギルドであり出向という形を取っている。
召喚術のエキスパート。
領主の後ろ盾がある為に権勢を誇っている。
ブラヴィルの都市の外に研究施設である塔が与えられている。
その彼が1つの奇妙な行動を最近取り始めた。
魔術師ギルドを追放された異端の魔術師や賞金首の魔術師を自分の塔に招き集めているという。魔術師ギルドはここ最近死霊術師の一派と激しい抗争
を続けているものの、少なくともファシス・アレンが編成したとされる派閥はそれとは異なるらしい。
塔に近いブラヴィル支部は危険を感じ調査を申請。
だが本部である大学はその申請を却下。
そして。
そしてその依頼がレヤウィン支部を通じて戦士ギルドに回って来た。
何故通じて?
答えは簡単。
レヤウィンの戦士ギルド支部はシェイディンハル、アンヴィルと同じように固定の支部長がいる。支部長が管理する支部なら内密の話がし易いと思ったの
だろう。だからこそあたしの管轄であるレヤウィン支部に話を持ち込んだのだ。
そして……。
昼食後。
あたし達はブラヴィルの街の観光……じゃなかった、聞き込みを終えてその日は泊まった。そして早朝にファシス・アレンの塔に向かった。
彼の塔はブラヴィルの外になる。
少し離れている。
以前はブラヴィル〜レヤウィンの間には大盗賊団ブラックボウが出没していて物騒だったけど今はどうって事はない。
ブラックボウはしばらく前に壊滅している。安全だ。
誰が倒したの?
誰が倒したの?
誰が倒したの?
それは、あたしです☆
もちろん白馬騎士団時代の事だから、あたし以外にも活躍した人がいるんだけね。
皆、元気かなぁ。
さて。
「到着ですね」
「じゃな」
「そろそろ給料くれよアリスっ!」
……。
……すいませんマグリールさんウザいんですけど?
歩いただけで給料貰えるならこの世の中に格差社会は生じませんし誰も悩みません。
アガタさんこの人いないよーっ!
はぅぅぅぅぅぅっ。
と、ともかく。
「これがファシス・アレンの塔かぁ」
あたし達の前にそびえ立つ塔。
大きい。
もちろんわざわざブラヴィル領主である伯爵がファシス・アレンの為に建てたわけではないだろう。帝国が打ち出した軍備縮小の際に放棄された塔を買い
取り改修したのだろうけど、それでもファシス・アレンは伯爵の寵愛を受けている。
ここで何を企んでいるんだろう?
ここで何を……。
「それでどうします?」
「ふぅむ。まさかノックして招き入れて貰うわけにもいくまい。それに魔術師ギルドを介しての交渉も不可能。だとすると……」
「給料を受け取るんだなっ!」
『……』
すいませんマグリールさん話に介入しないでください。
はぁ。
だけどカジートの隠居魔術師であるノル爺は役に立つ人で本当によかったなぁ。
これでこの人まで妙な性格だったらあたし泣くからっ!
さて。
「潜入します」
「それしかあるまいな」
「そして給料日って寸法だなっ! 休日手当ても付けてくれよーっ!」
マグリールさんは無視です。
無視の方向で。
何か企んでいるかもしれないから潜入、というのは物騒かもしれないけど世の中こういう展開が結構多いものだ。あたしの任務の大半もそんな感じだっ
たし。だから殊更、今更驚いたりはしません。精神的な抵抗もない。……まあ、それはそれでまずいのかな?
ともかく。
ともかくあたし達は塔に潜入するとしよう。
「進みます」
今回あたしは魔剣ウンブラを背に背負っている。腰にはフィッツガルドさんから貰った雷の魔力剣。
あまりウンブラは使いたくない。
魂を食らう魔剣だからだ。
だけど。
だけどアガタさんは必要になると言った。だから持って来た。
理由は分からないけど、きっとレヤウィン支部長のダゲイルさんの預言なのだろう。
魔剣ウンブラが必要になるほどの敵がいる?
……。
……あまり考えたくないなぁ。
はぅぅぅぅぅぅっ。