天使で悪魔
危険な依頼
戦士ギルドは危機を脱した。
……一応はね。
だけど異変は戦士ギルドだけではない。
帝国の治世そのものにも影響があるし別の組織にも影響がある。その顕著な例が魔術師ギルド。
内部は混乱している、らしい。
そして魔術師ギルドからの依頼が戦士ギルドに持ち込まれる事になる。
「お待たせしました」
ガチャ。
戦士ギルドのレヤウィン支部にある応接間にあたしは入る。魔術師ギルドからの来客が既に待っていた。
アガタさんだ。
アガタさんは魔術師ギルドのレヤウィン支部長ダゲイルさんの補佐。
もっとも補佐という役目を負っているものの実際には支部長であるといっても差支えがないぐらいの才女。そもそもダゲイルさんには支部長としての
スキルはなく、あくまでアガタさんが補佐しているから今日の地位を維持しているに過ぎない。
何故そこまでして補佐するのか?
あたしはよく分からない。
師事してるから?
尊敬してるから?
……。
……まあ、両方なのかなぁ。
よく分からない。
そこまで立ち入ったことが聞ける間柄でもないし。それでもあたしとしては馴染みのある顔でもある。
色々とお世話になったし。
さて。
「お待たせしました。支部長のアイリス・グラスフィルです」
「……」
「えっと、怒ってます? お待たせしちゃって」
「いえ」
だったらその不審そうな顔は何なのだろう?
あたしが来るまで応対をしていたあたしの補佐役ルベウスさん(この人がいないと支部として成り立たないから、あたしもダゲイルさんと同じかな)が咳払
いをする。咳払いをしつつ、視線を上下させる。上を見ろと言っているのだろうか?
上?
「うひゃっ!」
気付くと同時にあたしは素っ頓狂な声を発した。
白い三角巾被ったまんまだったーっ!
トイレ掃除してたからだ。
あまりにも支部員に『トイレ詰まったんですけどー?』と言われたから今の今までトイレ掃除してた。アガタさんが来てたのは知ってたけど掃除してた。
しかも。
「うひゃっ!」
手にはトイレ用のタワシを装備してるっ!
じーっとアガタさんはあたしを見ていた。
何か言わなきゃ。
何か……。
「アガタさん。あたしが支部長のアイリス・グラスフィルです」
「ふふふ。あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは愉快な支部長さんねっ!」
「……」
笑われたっ!
笑われたよーっ!
何度か既に顔合わせた間柄だけどこんなに大爆笑するアガタさんは初めて見たっ!
……。
……でもそれが喜べないーっ!
別に笑わすつもりは最初からないもんっ!
支部長なのに。
支部長なのにー。
「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「……」
そりゃ笑われて当然だろうねー。
三角巾&タワシ装備している戦士……どこに仕事に行くんだという感じなのは確かだ。
威厳がー。
はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
てかあたしの所為じゃないもんっ!
ルベウスさんに叫ぶ。
「命令ですっ!」
「はっ?」
「いつもいつもいつもーっ! 誰がトイレ詰まらせてるんですかっ! 支部長として命令します犯人捜してーっ!」
「いやしかし……」
「しつこい汚れを落とすのもあたしの仕事じゃなーいっ!」
「了解しました」
あたしの剣幕に恐れをなしたのか。
ルベウスさんは一礼して部屋を後にした。
「ぜぇぜぇ」
息荒いあたしとようやく笑いを沈静化させたアガタさんだけが残る。
アガタさんは静かに言う。
「アリス」
「なんですか?」
「あなた少し臭うのでシャワーでも浴びてきたらどうですか? 私の事はお気遣いなく。待ってますから」
「……」
最悪だーっ!
はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
三十分後。
あたしはシャワーを終わらせて応接間に現れる。
「……支部長のアリスです」
お互いに顔見知り。
改めて挨拶するまでもないんだけど『支部長☆』という役職に浸りたいのでそれを口にしているわけなんだけど……テンションは低い。
そりゃそうでしょ。
支部長の仕事→トイレ詰まりの対策だとばれたわけだし。
……。
……トイレ掃除で妙な臭いを纏ってたみたいだし。
えっと、これってイジメだよね?
職場イジメか。
世間って怖いなー。
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「うん。今はフローラルな香りですね。さっきは……」
「言わないでーっ!」
「ふふふ」
「……」
弄られてる。
弄られてるよー。
アガタさんは微笑しているものの、すぐに表情を変えた。真面目な、いつもの顔だ。あたしも顔を引き締める。
そして……。
「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「……」
思い出し笑いキターっ!
アガタさんの笑いのツボらしい、さっきのあたしの状態。
「笑えるわ貴女のさっきの姿はーっ!」
「あの、出来ればそれ封印してくれません?」
支部長の威厳?
そんな食べ物知らんクマ(ペルソナ4のクマ風味)。
話を元に戻そう。
てかいつまでもこの話題を続けたくないですからーっ!
「アガタさん、お仕事ですよね?」
「ええ」
キリリと表情を引き締める。
もう思い出し笑いはしないで欲しいものです。
さて。
「本来なら魔術師ギルドで片付けるべき任務なのですが……我々では手が出せません。いえ正確には指示が下りて来ない」
「えっと……はい……?」
意味分かんない。
そもそも魔術師ギルドの内情はよく知らないんだけどさ。
話を促す。
「もっと詳しくお願いします」
「実はファシス・アレンというブラヴィルの魔術師に問題があるのです」
「ブラヴィル?」
ここはレヤウィンだ。当然アガタさんはレヤウィン支部に属している。
管轄が異なる。
ブラヴィルの魔術師ギルドの支部が動くべき事であり口にする話題。何故アガタさんがするのだろう?
次の言葉を待つ。
「当然これはブラヴィル支部長グッド・エイの管轄。レヤウィン支部が口出すべき事ではないのですが……実は彼女の意向でもあるのです」
「……?」
「ファシス・アレンの話をしましょう。簡単な人物像をお伝えします」
「お願いします」
「ファシス・アレンはブラヴィル支部のメンバーなのですが……正確には元メンバーです。今現在はブラヴィル領主に仕えています。要は伯爵付きの
魔術師として活動しているのですけど黒い噂が絶えません。自分の塔に魔術師ギルドから睨まれている連中を集めているとか」
「はぁ」
相槌を打つものの意味が掴めない。
アガタさんは進める。
「最近魔術師ギルドは死霊術師の一派と抗争してましてね。内部体制も盤石ではありません。魔術師ギルドの上層部である評議会ではいざこざが
あったらしく世情に詳しいラミナス・ボラスが解任され、世情に疎い学者肌のクラレンスがラミナスの後任になりました」
「……」
「クラレンスは評議会の番犬でしかない。耳に入れない方がいい事、入れるべきでない事はその場で握り潰している。ブラヴィルからの報告も握り潰して
しまった。ファシス・アレンを伯爵家に売り込んだのは評議会、つまり……」
「つまりそんな人が面倒な事を企んでいるわけがない?」
「正確にはそう思い込もうとしている。問題が起きてない以上、起きるまで放置する気です。もしかしたら起きないかもしれないという適当な価値観でね。上
としては表沙汰にして暴露したくないというのが評議会の意向でしょう。クラレンスはそれを見越して、握り潰している」
「そんな……」
魔術師ギルドの内部、腐敗している?
もっと高潔だと思ってた。
フィッツガルドさんを見ているからもあるけど、もっと志の高い集団だと思ってた。そう、フィッツガルドさんのように。
……。
……あれ?
「あの」
「何か?」
「バトルマージがいるんですよね?」
魔術師ギルドが保有する魔道兵団。
強力な私設軍隊だ。
「支部はバトルマージを抱えていないんですよ。それに動かすには評議会の決定が必要です。即座にはどっちにしろ動かせない」
「そうなんですか?」
「ええ」
「そっかぁ」
世間の認識と実際の認識は異なるらしい。
バトルマージは使えない。
つまり。
つまり魔術師ギルドの支部って基本的に戦力を有していない?
「あの、動かせれる人はいないんですか?」
「支部内に?」
「はい」
「今回の件に関してはブラヴィル支部と連携していますけど……研究肌の魔術師はいるのですけど戦闘タイプはいないのですよ。ブラヴィル支部長の
妹のような存在の女性も評議会に睨まれているらしく身動きが取れない状況だとか。それに今はどこにいるか分かりません」
「へー」
確かそれってフィッツガルドさんの事だよね。
前に聞いた事があるから知ってる。
だけどフィッツガルドさんも睨まれてるって……魔術師ギルドも大変なんだなぁ。
「そこで依頼です。この件、貴女にお任せしたい」
「ではルベウスさんと相談して誰かを……」
「貴女にお任せしたい」
「あ、あたし?」
「はい」
「支部長自ら?」
「事は魔術師ギルドの暗部であり恥部。貴女となら情報を共有しあっても問題ありませんが他の者の耳に入れるのは出来れば避けたい。それに貴女は
魔剣ウンブラの所持者です。万が一の際にも貴女なら独力で打破できるはず」
「……」
沈黙。
別に1人での任務が怖いわけではない。
魔剣ウンブラだ。
多分というかおそらくアガタさんはダゲイルさんの指示で動いているんだろうけど魔剣ウンブラの脅威を教えてくれたのは他でもないダゲイルさんだ。
魂を食らう魔剣だから使用には気をつけろ。
そう言われた。
悪人だからといって魂を砕いていいわけではない。魂がなくなれば転生できない。
それだけ物騒な魔剣なのだ。
それを知っているはずのアガタさんがウンブラを口にする。
つまり。
「危険な依頼なんですか?」
「ええ」
「……」
「ファシス・アレンは元々悪魔崇拝の傾向が強かった。何らかの儀式に乗り出す可能性もあります。……もちろん仮定で依頼しているのでありません。少な
くとも奴は魔道法ほ犯している。また、賞金首である魔術師達を拾い集め、仲間に加えている。依頼としては既に成り立ってる。受けてくれますね?」
「分かりました」
そう答えるしかない。
少なくともまっとうな内容である以上、依頼を受けるのは戦士ギルドの義務だ。
アガタさんは微笑した。
「よかった。……魔術師ギルドとしては表立っては動けませんが魔術師ギルドから引退した魔術師を同行させます。あと傭兵を一人雇いました。彼は連
れて来ています。何でもヴァレンウッドで白馬将軍の異名を取ったボズマーなんですが……」
「えっ!」
それってオーレン卿だっ!
レヤウィンにいたのか。
久し振りだなー。
「入ってらっしゃい」
ガチャ。
アガタさんの言葉と同時に扉が開く。入ってきたのはボズマーの……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!
「俺がヴァレンウッドの白馬将軍……ってまたお前かよ」
「マグリールさんっ!」
またこの人?
名前と身分を詐称してるし。
……恥というものがないのかこの人はーっ!
何ら恥じる事無く生きてるご様子。
お得な性格な人だ。
「さて仕事に行こうぜ。俺には家族がいるんだ。給料日万歳っ!」
「……」
はぅぅぅぅぅぅぅっ!