天使で悪魔
レヤウィン支部長
戦士ギルド、新体制。
帝国の転覆を謀ったブラックウッド団のとの抗争を終えて新たな時代を迎えた戦士ギルド。
ギルドマスターは交替。
ガーディアンも新たに1名任命。さらにレヤウィンに新たに支部長が据えられた。
そして……。
レヤウィン。
運命なのか偶然なのか……それとも治めている領主の運の悪さが招くのか。
この都市は2度に渡り動乱が通り過ぎた。
1度目は深緑旅団戦争。
ヴァレンウッドを追放されたロキサーヌ率いる深緑旅団が南方都市レヤウィンに侵攻、街は戦火に包まれた。
2度目はブラックウッド団。
街の被害といえば実質的にはブラックウッド団の本部施設の徹底的な破壊行為(誰がやったかは不明になっている)のみで終わったものの、帝国への
蜂起を画策していたとも知らずにレヤウィン領主マリアス・カロ伯爵はブラックウッド団を援助していた。
爵位の剥奪こそされなかったものの、伯爵は意気消沈している。
アルゴニアン王国のバックアップ、抱きこんだ元老院議員からの特権移譲、軍部からの人員の斡旋。
ブラックウッド団はまさに絶対的な権勢を誇っていた。
それが壊滅。
本部施設は謎の破壊行為により指令も幹部も全員死亡。
帝国への疑念と不満を持つ市民達の感情を回避すべく帝国軍はようやく思い腰を上げて各地の支部施設を襲撃。
ブラックウッド団はここに壊滅した。
そして新体制。
ギルドマスターはフィッツガルド・エメラルダ。
チャンピオンには先代のマスターに追放処分を受けていたモドリン・オレインが再び就任。
ブラックウッド団の権勢の前に、そしてマリアス・カロ伯爵の命令により閉鎖していたレヤウィン支部の再始動。
その支部長に任命されたのが……。
「皆、おはよう」
『おはようございます。アイリス・グラスフィル支部長っ!』
朝の訓練している戦士ギルドの面々に朝の挨拶をすると、全員直立不動になって挨拶を唱和。
既に一週間になるけどこの瞬間がたまらない。
どういう意味?
簡単よ。
つまり、あたしはレヤウィン支部長として皆に敬愛されてるって事だもん☆
新体制発足の一環によりレヤウィン支部を任される事になった。
階級はガーディアン。
この地位を持つ者はアンヴィル支部長のアーザンさん、シェイディンハル支部長のバーズさん、そしてレヤウィン支部長のあたし。今のあたしは階級で
言えばナンバー3(実際の発言力は他のガーディアンの2人に劣るけど)なのだ。
思えば出世したもんだ。
ふふふー☆
……。
……もちろん、その出世はたくさんの犠牲の上に成り立っているのをあたしは忘れていない。
ブラックウッド団との抗争でたくさん死んだ。
向こうに寝返った人達も、帝都軍の一斉捕殺により大半は死に、大半は監獄に送られた。あたしの今はたくさんの犠牲の上にある。
それを忘れた事はない。
そう。
ヴィラヌスやフォースティナの犠牲の上にあたしは生きているのだから、忘れちゃいけない。
絶対に?
絶対にだ。
絶対に……。
「支部長に敬礼っ!」
『敬礼っ!』
初老のインペリアルの戦士の敬礼の号令と同時にメンバー達もそれに習う。このインペリアルの人は叔父さんがあたしの補佐として派遣してくれた人。
任務中の後遺症で右足に障害があり隠居していたのを叔父さんが特に頼んで現役復帰してもらったらしい。
今はあたしの補佐として。
そして訓練官として見習い達を指導している。大切な仕事だ。
実はレヤウィン支部には熟練の戦士が1人もいない。……まあ、あたしはそれなりに熟練だし、補佐役のルベウスさんも熟練だ。
ともかく。
ともかく他の構成員は全員新規メンバー。
元々いたレヤウィン支部の面々は閉鎖と同時に他の支部に転属となり、今は新しい支部で頑張ってる。
最初は元の職場に、つまりここに戻すつもりでいたらしいけど人材が不足しているのでそのまま今の支部に残留となった。ブラックウッド団との抗争に
おける人材不足は今だ継続中。
大勢殉職したからメンバーが足りてない。
さて。
「支部長、今日の任務の概要です」
「ありがとう」
ルベウスさんが書類を渡してくれる。
もちろんその間も構成員は直立不動のまま。
ペラ。
ペラ。
ペラ。
「……」
あたしはルベウスさんが纏めてくれた書類に眼を通す。
眼を通す?
まあ、読むだけだね。
ルベウスさんは綺麗に、合理的に、適材適所に。ともかく現在ある任務を構成員の実力に合わせて宛がっている。殊更あたしが口を挟むまでもない。
既に任務の振り分けは出来上がっているのだから。
あくまであたしの裁可を仰いでいるに過ぎない。
……。
……面白くない?
そんな事はないよ。
いきなり支部を完全に任されても困る。ルベウスさんみたいな出来る有能な人が補佐してこその支部長だ。
もちろんそれに甘んじるつもりはない。
あたしはあたしで成長していく。
支部長として恥かしくない能力を育ててくれる、ルベウスさんはそういう意味合いで叔父さんが引っ張り出してきた人だ。人生の先輩だね。
頑張らなきゃ。
「支部長、何か問題は?」
「完璧です。この方針でお願いします」
「かしこまりました」
恭しく一礼。
あたしを軽んじているような節は見られない。
元々は叔父さんの後輩らしい。
「それでルベウスさん、あたしの任務は?」
「任務ですか?」
「うん」
支部長は椅子にふんぞり返っていればいい、という概念は平和な時だ。今は人材不足。支部長といえども実戦に出て働かなきゃね。
それにあたしが目指すのは立身出世ではない。
腕を磨きたい。
ブラックウッド団との戦いでは何とか役に立てたけど、黒の派閥との戦いではあたしはまるで無意味な存在だった。
ブラックウッド団の幹部。
黒の派閥の幹部。
まるで能力の桁が異なる。
はっきり言ってフィッツガルドさんのお荷物でしかなかった。ブラックウッド団は壊滅したけど黒の派閥はまだ健在だ。皇帝暗殺犯であり黒の派閥と同盟し
ている深遠の暁もいる。今のままでは絶対に駄目だ。
もっと腕を磨かなきゃ。
もっと。
「支部長にも任務は当然あります。まずは花の水遣り、皿洗い、ネズミ退治に……そうそう、買出しもお願いします」
「ルベウス補佐官、確かトイレが詰まってますが……」
「おお。それは支部長のお仕事ですな。よろしくお願いしますぞ、支部長。支部長のトイレ掃除は一級品ですからな。そうだろ、皆っ!」
『はいっ! こびり付いた汚れもしっかり取る腕前、感服しますっ!』
「では支部長、頑張ってください」
にこやかに笑うルベウスさん。
この時あたしは思う。
「……」
これ新手の職場イジメ?
はぅぅぅぅぅぅっ。
「支部長」
「はい?」
一段落終えて執務室(あたし専用の豪華な部屋☆)で寛いでいると……ああ、もちろんただ寛いでるわけじゃないよ。報告書類に眼を通してた。
あたしは支部長。
あたしは支部長。
あたしが、ここの支部長。
うふふのふー☆
「支部長」
「あっ、はい」
執務室に入って来たのはレッドガードの魔法戦士。ギルドマスター(フィッツガルドさんの事だ)の名声を慕い、所属したばかりの人だ。
能力は下の上といったところでまだまだの腕前。
……。
……ま、まあ、あたしもそんなに威張れる力は持ってないけどね。
それでも並よりは上だと自負してる。
ブラックウッド団との最終決戦では足手纏いだったけど、それは比べる人が間違ってる。フィッツガルドさんと比べる事自体が誤りだと思うなぁ。
まだまだあの人には遠く及ばない。
今はまだ、ね。
さて。
「アガタと名乗る人がお見えですが」
「アガタ?」
「はい」
聞き覚えがある名前。
深緑旅団戦争、ブラックウッド団にあたしが再起不能にされた時にお世話になった人だ。
魔術師ギルドのレヤウィン支部に所属の女性。支部長であるダゲイルさんの補佐として卓越した事務能力を振るう才女。
実際、支部長に相応しいのは彼女だと思っている人が魔術師ギルドのレヤウィン支部には多いらしい。だけどアガタさんは派閥を作る気も取って代わる気
もないらしく職務に忠実に日々を過ごしている。
ともかく。
ともかくレヤウィン支部の実力者だ。そんな人が使いではなく自らここに来る。
何しに来たんだろ?
「ここにお通しして。それと何か飲み物を用意してね」
「はい」
「ご苦労様」
「ああ、そうだ支部長」
「……?」
「トイレがまた詰まったんですよ。後で対処お願いします。今度はもっとしっかり掃除してくださいよ」
「……」
あ、あたし支部長だよね?
まるで叔父さんの家にいるような感じがするのは気の所為かな?
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ支部長になっても雑用押し付けられるのかーっ!
……。
……人生って残酷だ。
きっとこれはイジメだ、世間でも問題になってる職場でのイジメだっ!
はぅぅぅぅぅぅぅっ。