天使で悪魔
ブラックウッド団 〜決戦〜
確実に。
確実にあたしの中で不快感は育っていた。
ここはレヤウィン。
治療に専念しているので外には出れないものの、ここにはブラックウッド団の本部がある。
彼らに対する不快感。
それはやがて憎悪となり呪詛となる。
……今のあたしは復讐を胸に秘める剣鬼……。
足音を殺して扉に向かう。
一歩。
一歩。
一歩。
レヤウィンには白馬騎士団時代に長期滞在していた。まさかこういう形で再びレヤウィンに来るとは考えた事もなかった。
しかし確実にあたしはここにいる。
現実としてここにいる。
ここに。
「……」
足音。
呼吸。
どちらも押し殺してあたしは進む。
扉を開いて外に出る。
今まで禁止されていた。外に出る事を。もっとも今でも禁止されている。魔術師ギルドのレヤウィン支部長ダゲイルさんにだ。あれから完全に治癒
しているものの外出は止められていた。治療とか後遺症云々の問題ではなくあたしの身の危険の問題だ。
ここは言わば敵地。
魔術師ギルドにいる限りは安全。
何故ならいくら無鉄砲とはいえブラックウッド団でも魔術師ギルドすらも敵に回す事はまずありえないからだ。
しかし外に出れば話は別だ。
ここは言わば敵地。
フィッツガルドさんがダゲイルさん達に『治っても外に出すな』と要請したらしい。
その関係でここに留められていた。
だけどもう限界だ。
あたしは魔術師ギルドの建物の外に出た。
「よろしいのですか師よ。その、行かせしてしまって」
「これが運命です」
「彼女にどんな未来を……?」
「……」
「師よ」
「未来は自分の手で切り拓くものですよアガタ。迫り来る運命の中で彼女がどうなるかは、彼女が決めるものです」
深夜。
完全武装してあたしはブラックウッド団本部の周辺をウロウロしていた。
人影はない。
既に誰もが眠る時間だ。
「……」
あたしはそんな場所をウロウロとしている。
まるで襲ってくれと言わんばかりだ。
実際問題襲って欲しかった。
……。
……う、ううんっ!
別に変な意味で襲われたいわけじゃないからねっ!
と、ともかく。
「ふぅ」
襲撃されるのを待っているのだ。
ブラックウッド団は確かに非道で完全に暴走してる。しかしそれを証明する手立てはあたしにはない。証明出来ない以上、暴走云々は存在し
ない事になる。世間とはそういうものだ。あたしはそれぐらい知ってる。
ヴィラヌスの仇を討つ。
それが目的ではあるもののいきなり本部に突撃するのは道理が立たない。
闇雲に仇が討ちたいわけじゃない。
もちろん闇雲でもあるけど、戦士ギルドの名を傷つける様な行為はしたくない。テロ行為は正しい行いとは言えないからだ。
だから。
だから襲撃を待ってる。
ブラックウッド団も《モドリン・オレインの姪》が魔術師ギルドのレヤウィン支部にいる事を知っているはずだ。
魔術師ギルドを敵に回せないから手が出せないだけで殺したいのは確かなはず。
何故?
簡単よ。
だってあたしは見捨てられし鉱山の唯一の生き残り。
連中の非道を実際に見た。
生き証人。
非道を立証は出来ない、確固たる証拠がないからだ。しかし実際に全てを見た生き証人を消したがってるのは確かなはず。
だから外に出れば。
魔術師ギルドの庇護がなくなれば刺客が来ると思ったけど……甘かったのかなぁ。
「来ないなぁ」
スルーされてる?
だとしたら傷付くなぁ。どうしようこれから?
「予測は結局ただの予測かぁ」
思ってたのと異なる。
あたしはこう考えてた。
刺客に襲われる→刺客を叩きのめしてブラックウッド団の団員だと吐かせる→本部に殴りこむ。……そう思ってた。甘かった?
甘かったなぁ。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
「うひゃっ!」
びっくりしたーっ!
突然爆音が響いた。ブラックウッド団の本部施設からだ。
建物の中から響いた爆音。
何なの?
「……」
耳を済ませる。
断続的に爆発音とか喧騒が聞こえてくる。何をしているのだろう?
宴会?
「あっ」
もしかして誰か殴り込み掛けたのかな?
それはそれでありえる。
色々と敵が多そうだし別の誰かが殴り込みを掛けている可能性はゼロではない。だとするとあたし先を越されたっ!
ここでこのままこうしてるのも芸がない。
まるで無意味だ。
かといって殴り込みに参加するのが正しいかは分からない。
だけど爆音と喧騒はまだ聞こえる。
つまり殴り込み掛けてる人(もしくは人達)はまだ生きてる。大多数のブラックウッド団を相手にして大立ち回りしているのだ。戦ってる人の経緯は
分からないけどこのまま放って置くわけにも行かない。何もしないままブラックウッド団を潰されるわけには行かない。
あたしは心の中で叔父さんに謝る。
戦士ギルドとは無縁の行動。
これはあたしの個人的な行為であり行動なのだと心の中で謝る。
個人的な……。
「……うわー……」
死体が転がっていた。三つ。
結局。
結局あたしはブラックウッド団の本部に突撃した。レヤウィンの魔術師ギルド支部にいる際に知ったんだけど、最近ブラックウッド団は毎晩ドンチャン
騒ぎしているらしい。戦士ギルドに事実上勝利したからだろうか?
その関係で本部からは騒音が響く。
衛兵達ももう慣れっこだ。
それに深緑旅団戦争で治安は悪化しているので衛兵も騒音問題にはわざわざ首は突っ込まない。
それだけの余裕がないからだ。
ブラックウッド団はマリアス・カロ伯爵の後見を受けてるしね。
わざわざ騒音に対して関心は抱いたりはしない。
だから今のところ介入されていないのだ。
殴り込みされているとは気付いていない。あくまで宴会で騒いでいると思っているだろう。
都合は良い。
衛兵の介入がないのはあたしにしても都合が良い。
「……凄いなぁ……」
入り口付近に転がっているトカゲの死体が三つ。
切り口が凄い。
よっぽど剣の腕の卓越した人が始末したのだろう。あたしは思わず感嘆を覚えた。
……。
……感嘆かー。
あたしのものの考え方って既に市民のものじゃないかなぁ。
基本戦士としての考え方だ。
「炎を消せっ!」
「その上であいつを討ち取ろうっ!」
「あ、あいつを……?」
「びびるな俺達はブラックウッド団、たかだか1人にびびるなっ!」
「まずは火を消せっ!」
声が響いてくる。
あたしに対してのコメントではないのは確かだ。声は五つ。
どうやら先客は部屋に火を放ったのだろう。
息を潜めて様子を窺う。
……いたいた。
五人だ。
五人のトカゲが部屋の入り口付近で炎上している炎を見て騒いでいる。先客は多分この炎の先にいるのだろう。
炎の周りには五人以外にもトカゲやネコがいる。
とは言っても生きてはいない。
全て永遠に沈黙している。
大多数の相手を敵に回す、格好良いし口で言うのは容易いけど圧倒的な力量が必要となる。
襲撃者にはそれがあるらしい。
しかも1人。
どんな人だろ?
世の中って広いなぁ。
フィッツガルドさん級の人がまだいるんだから。
「消火だっ!」
「分かってるよっ! 黙ってろっ! ……冷たい洗礼っ!」
トカゲの1人が冷気の魔法を断続的に炎に放つ。
燃え盛っていた業火は次第に鎮火して消える。
「よしっ! リザカール様達を救うぞっ!」
『おうっ!』
エキサイトするトカゲ達。
あたしはその時、動いた。物陰から一気に飛び出し間合いを詰める。
すらり。
間合いを詰めると同時に刃を引き抜き肉薄。
トカゲ達は振り返るものの遅いっ!
『……っ!』
ザシュ。
フィッツガルドさんから貰った雷の魔力剣の威力は凄い。
ほとんど何の手応えもなく相手を両断出来る。トカゲ達は断末魔も上げる事すら出来ないまま床に屈した。全員死亡。
これが正義?
ううん。これは私怨だ。
あくまで私怨。
自分を正義だとは思わない。長い目で見れば正義の行いのかもしれないけど……行動そのものはただの復讐だ。
今、私怨で動いてる。
こんなに誰かが憎いと思ったのはこれが初めてだ。
「何だ貴様っ!」
「……」
声と同時にあたしは反応する。新たに現れたネコの団員の首を刎ねる。
鮮血が飛び散った。
今のあたしは戦士ギルドとしてここにいるわけじゃない。
復讐者としているのだ。
復讐者として……。
「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫。
咆哮。
喚声。
呼び方は何でもいい。
ともかくあたしは叫んだ。気合を込めて叫ぶ。
「まだ別の侵入者がいたのかっ!」
「ジータム=ジー、お前は奴の相手をしてやれ」
ネコとトカゲが現れる。
どちらも団員とは異なる装備だ。余裕もある。おそらく幹部なのだろう。トカゲ……ジータム=ジーは腰の剣を引き抜く。
「お任せをください。指令」
指令?
トカゲはネコを指令と言った。
だとしたらあのカジートがリザカール、ブラックウッド団の総帥だ。
復讐相手っ!
リザカールは階段を登って上にあがろうとしている。完全にあたしは眼中にないらしい。ネコとあたしの間に立ち塞がるトカゲ。
まずはお前からだっ!
バッ。
あたしは踏み込む。
重心を低くして腰を捻るように一閃。
「炎烈弾っ!」
「……っ!」
魔法戦士っ!
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
あたしはトカゲの手から放たれた炎の魔法の直撃を受けてそのまま壁に叩きつけられる。
「つっ!」
腰打った。
「煉獄っ!」
「……っ!」
ドカァァァァァァンっ!
勝ち誇った顔のトカゲ。今度は奴自身が炎の洗礼を受けてその場に引っくり返る。
階段を上がりながらリザカールは笑いかける。
「おいおい副指令殿。お前まで死なないでくれよ。お前が死んだらアルゴニアン王国とま接点が消えるんだからな」
「くっ!」
口にはしないものの、トカゲは悪態をつこうとしていたのは確かだ。
両者の関係は良好ではないらしい。
「せいぜい頑張れよ」
そのまま一瞥もせずにネコは上に。
その場に取り残されるトカゲとあたし。リザカールを討つにはこいつを倒すしかない。
炎の魔法?
ダンマーであるあたしには炎はほとんど通用しない。生まれながらに炎に対する耐性があるからだ。さらにソロニールさんの魔法の装飾品で
炎耐性を増幅してるし、フィッツガルドさんの魔力の指輪でさらに強化されている。
結果として炎はほぼ無効化出来る。
ジータム=ジー?
彼の魔法耐性は知らないけどほとんど損傷はないようだ。
耐性云々よりもあたしの放つ煉獄はオリジナルの威力は五分の一。効果範囲は単体限定。
さほど効いていないようだ。
さて。
「あたしはアイリス・グラスフィル。復讐の為、討たせてもらいますっ!」
「アイリス……そうか、モドリン・オレインの姪か。見捨てられし鉱山の死に損ないだなっ! くくく、改めてここで死にたいかっ!」
副指令ジータム=ジー。
まさかこいつが副指令だとは思わなかったけど、ともかくブラックウッド団の大幹部。
一連の騒動の元凶の1人。
絶対に討つっ!
お互いに剣を構えたままゆっくりと弧を描きながら向かい合う。
トカゲは笑う。
「時勢を知らぬ馬鹿めっ! ……戦士ギルドとの利権争い? お前らは時勢を知らぬ、まるで知らぬっ!」
「……」
「我らアルゴニアンの歴史は帝国人よりも古いのだ、その我らこそが全てを統治するのが天命っ! ……だろう? そうだろうっ!」
「……」
「リザカールなんざただの飾りだ。お前らのとこのヴィレナ・ドントンと同じだ。全てはアルゴニアン王国主導で動いている。分かるか、戦士ギルド
が敵に回せる相手じゃないんだよ我々はな。なのにお前らは雑魚の分際で楯突く。お笑いだな、まったくっ!」
「……よく喋る」
瞬間、あたしは動いた。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
あたしの一閃を、真っ向から白刃を降らせる事で弾く。さらにトカゲは風のようにあたしに肉薄して斬撃を繰り出してくる。
「……っ!」
こいつ強いっ!
辛うじて回避するものの、さらに一撃、一撃、一撃。
二撃まではかわしたものの三撃目は当たった。回避しきれずにあたしのお腹を薙いだ。
あと少し。
あと少し反応速度が遅ければお腹の中身をぶちまける事になっていただろう。
ジータム=ジーの剣は何かの魔力剣。
あたしの鉄の鎧をあっさりと切り裂いていた。
……危ない危ない。
「やっ!」
今度はこっちの番だ。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
刃を交える。
腕は互角かな。大体互角だろう。
だけど機転が大切。
剣を交差させた瞬間にあたしは身を後ろに退いた。力場が狂ってじターム=ジーは前につんのめる。
勝機っ!
「はあっ!」
ザシュ。
横薙ぎに一閃。
副指令の纏う鎧を切り裂き、その下の肉体すらも切り裂いた。
「ちっ」
しかしあたしは舌打ち1つ残して後ろに退いた。
このトカゲ、着ている鎧も魔力装備だ。普通の鎧なら胴ごと両断出来たのにぃーっ!
魔力防具のお陰で薄皮一枚の傷だ。
『副指令ご無事ですかっ!』
ニヤリと笑うジータム=ジー。援軍が来た。
あたしを取り巻く団員達。
その数8名。
とりあえず……。
「煉獄っ!」
「……っ!」
ドカァァァァァァァンっ!
余裕の表情に変わったトカゲを魔法で吹っ飛ばす。……死にはしないだろう。多分。まあ死んでくれてもいいんだけどさ。
全身に怪我を負いつつも2階に逃げ込む。
……元気な人。
もっともそれを見届ける暇はあたしにはない。団員達が襲って来たからだ。
「たあっ!」
迎え撃つ。
あたしは今まで色々な視線を越えて来た。
深緑旅団戦争をも潜り抜けた。
この程度の数ならそれほどの問題ではない。実際問題団員達は質が悪い。質よりも量なのだろう。戦士ギルドとは真逆の体制。別にあたしが
質として高いとは言わないけどこの程度の力量の相手なら問題はまるでない。
雷の魔力剣が猛威を振るう。
あたしは軽やかに行動しながら相手を斬って斬って、斬り続ける。
包囲が崩れた。
「はあっ!」
手近なトカゲを斬り殺す。潮時だ。
タタタタタタタタタッ。
あたしは2階に駆け上がる。追いすがろうとする残りのトカゲ達に飛び蹴りを叩き込んで階段から蹴り落とす。
ゴロゴロゴロ。
トカゲ達はお互いにもつれ合いながら一階に落下。
動いているのもいるものの、行動出来るほどではない。行動不能に陥っている。
よし。
「たあっ!」
ドゴォォォォォォォォン。
二階の扉を破る。
ヒュン。
途端、その扉から鋭い斬撃が襲ってくる。満身創痍のジータム=ジーの攻撃だ。
あたしはそれを弾き、逆に肉薄、相手を部屋に押し込んだ。
「ここまでですっ!」
チャ。
喉元に剣を突き付ける。
「ここまでですっ!」
再び宣言。
ジータム=ジーはゆっくりと後退、逆にあたしは前進。壁際に追い詰める。
ドン。
壁に背をぶつける副指令。
逃げ場はどこにもない。
「……待て……」
「……」
「……待てっ!」
「……」
「こっちに来るんじゃない。近寄るんじゃ、ない」
「命乞いですか?」
「……いいや」
「……?」
「警告さ」
次の瞬間、足場がなくなったような感覚……ええーっ!
足場ないっ!
あたしは落下する。どうやらトラップ、落とし穴だ。あたしは落下していく。
ドォン。
「いったぁーい」
一瞬意識が飛んでいたらしい。
どの程度の時間?
それは分からないけど数秒か数分かだ。
「まったくもう」
到着点はさほど深くない。
二階から一階に落とされた、それだけだ。人一人がいれるだけの小さな場所にあたしは落下。横戸がある。開く。出口は棚だった。……いや棚に
カモフラージュした扉だった。落とし穴というよりは緊急用脱出口なのだろう、幹部用のね。
「……?」
ともかく。
ともかく脱出口からさっきの階段の場所にまで残るとさらに死体が増えていた。
壁にはオブリビオンの悪魔が激突して果てている。
何故に?
「あっ」
リザカールが床に転がってる。
上を見る。
三階の欄干の部分が砕けている。謎の侵入者があそこから突き落としたらしい。
ドカァァァァァァァァァァァァァァンっ!
「うひゃっ!」
その時、爆発音が響く。
侵入者が暴れてる……派手に暴れるなー……。
あたしは音のする方に急いだ。
例え音がなくとも結局そっちの方向に行っただろうとあたしは思った。死体が音の方向に向かってゴロゴロと転がっている。
死体の道標。
そして……。
「ち、ちくしょうっ!」
「ん?」
あたしは物陰に隠れた。
逃げたジータム=ジーを追ってここまで来たけど……あれ、フィッツガルドさんだよーっ!
フィッツガルドさんだったのか襲撃者。
確かにトカゲの死体に残る斬撃の太刀筋、フィッツガルドさんなら可能だ。あれほど鋭く、美しく(というとおかしいけど)出来るのは彼女だけだ。
なるほどなぁ。
今、トカゲの副指令はあたしを完全に忘れてフィッツガルドさんを睨みつけている。
それにしてもフィッツガルドさんの後ろで燃えてるのはなんだろう?
部屋の中で何か燃えてるみたい。
トカゲは吼える。
「やってくれたなっ!」
「ええ。やっちゃった」
「よくもヒストを、ヒストをーっ!」
「ヒストが大事なら一緒にヒストの原木とともに果てればいいさ。でしょう?」
「お、お前のような女に我々アルゴニアン王国の悲願を潰されるとはっ! お前のような女2人にっ! お前なんかの為にっ!」
「2人?」
「ちくしょう殺してやるぞちくしょうっ!」
ヒストって何?
よく意味が分からないけどブラックウッド団にとって大切なものだったのだろう。
憎しみの咆哮と同時にトカゲの副指令は飛び掛る。
フィッツガルドさんに対してだ。
あたしを忘れるなーっ!
「これまでですっ!」
あたしは飛び出し雷の魔力剣を振るう。その刃は無防備な背中をあっさりと切り裂いた。飛んだ瞬間には既に息絶えている。
もしかしたら死んだ事すら気付かなかったのかもしれない。
ドサ。
死体が転がる。
副指令は果てた。これで全ては終わった。
「アリスっ!」
「お久し振りです。フィッツガルドさん」
ぺこんと頭を下げる。
色々と言いたい事がある。助けて貰ったお礼とか色々と言いたい。泣き言とかも言いたい。感傷に浸りたいけど……それだと泣いちゃいそうだから。
とりあえずは我慢だ。
燃える一室の中を見る。巨大な大木が燃えていた。
あれは何?
あれがブラックウッド団の大切なもの?
木が宝物。
うーん。意味が分からない。
「ヒストの原木は燃えた。連中はもうお終いよ」
「はい」
えっと……ヒストの原木って何?
さすがに聞かないけど。
空気は読まないとね。
今、フィッツガルドさんが展開を纏めようとしてるんだからさ。
「悪夢はこれで……」
「悪夢は終わらないっ!」
叫んだのはあたしではなかった。……まあ、あたしが叫ぶわけないけど。意味不明だし。
バッ。
身構える。
カジートが立っていた。手には何かの魔力剣。
リザカールだ。
ブラックウッド団の総帥。
「ここはあたしがやります」
静かに宣言してリザカールと相対する。
こいつはあたしが倒さなきゃ。
こいつはあたしが。
皆が死んだのはこいつが指令を出したからだ。フィツガルドさんには任せられない、あたしがしなきゃならない。
あたしが倒すっ!
そして……。
「はあっ!」
「下らぬっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
強いっ!
三合切り結ぶもののリザカールの腕はあたしを越えていた。だけどまだ、まだよっ!
その時、リザカールが間合を保ったまま動かない。
フィッツガルドさんが動いたからだ。
あたしがやりますっ!
そう言おうとした時、リザカールが哄笑した。
完全に狂気が含まれている笑い。
完全に……。
「悪夢は終わらんぞふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「……」
その顔には狂気が浮かんでいる。
正気じゃない。
「戦乱は確実にやってくるっ! くくくっ! 真に強い者だけが生き延びる戦争が始まるっ!」
「……」
「そうさっ! 真に強い者だけの世界が来るんだっ! 真に強い者だけが生き延びる世界がそこまで来ているっ! 分かるかぁーっ!」
「じゃあお前は不可能だなリザカール」
「えっ?」
それが。
それがリザカールの最後の言葉だった。首を刎ねられて死骸が転がった。あたしじゃない、フィッツガルドさんでもない。
新たなる介入者の仕業だった。
戦士ギルドでもブラックウッド団でもない、黒衣の二人組。
あたしはこいつらを知っている。
以前深緑旅団戦争の際にあった二人組だ。
野性味溢れる男が笑う。
「わざわざ俺様が出向いてみりゃヒストは焼失かよ。使えんネコだったぜ。……まあいいさ。第一級特務部隊とやらは俺様が貰い受けてやる。それ
にしてもヴァルダーグ。使えん奴ほど腹立たしい事はないな。そうだろう?」
「御意に」
「くくく。さて女ども。今度は黒の派閥の総帥自ら相手をしてやろう。この俺様デュオス直々にな」