天使で悪魔







未完の仕事、再び





  戦士ギルド。
  市民達からの絶大な信頼を受けた、ある意味で自警団的な組織。
  帝国元老院から特権を与えられており衛兵と同じ権限を持っている。そしてそれ以上に、この上ない名誉であり権力。
  衛兵が遠慮して捜査出来ない貴族に対しても依頼として持ち込まれれば徹底的に捜査し逮捕も辞さない。
  それは名誉。
  それは権力。
  戦士ギルドはそれを正しく使っていると、自負している。

  しかしそれは変わりつつある。
  ブラックウッド団の台頭により依頼も人材も流れ急速に求心力を失っている。逆にブラックウッド団は勢力を伸ばした。
  その影響により既に戦士ギルドのレヤウィン支部は閉鎖されている。
  権勢は強大になり、噂ではあるものの戦士ギルドの特権は委譲されるのではないかとすら言われている。

  今、戦士ギルドは薄氷の上にある。
  わずかなしくじりも許されない。それが命取りになるのだ。
  わずかな……。
  





  その戦いは青空の下で行われていた。
  場所はコロール。
  「はあっ!」
  「たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  短いあたしの気合の声と、男性の長い気合の声が激突する。
  そして……。

  ガッ。
  刃と刃がぶつかり合い、鈍い衝撃が腕に奔る。
  呼吸と呼吸。
  気合と気合。
  それがぶつかり合う。
  グググググ。
  力と力の押し合い。相手は男性だ、あたしよりも根本的に腕力が強い。押し合えば負けるに決まってる。
  ならば。
  「なにっ!」
  ふっと、あたしは力を抜いた。そのまま前につんのめる男性をひらりとかわし、体勢を崩した彼の首元に刃を突き付けた。
  ピタリ。
  刃の冷たい感触に、彼は身を震わせた。
  「ここまでだね」
  「……くそ」
  静かに勝利宣言をすると、男は剣を手にしていた捨てた。
  戦いは真正面からだけではない。
  虚々実々。
  ただ純粋に己の力だけで立ち向かうのではなく、相手の力を利用する術を身につける必要がある。
  それがフィッツガルドさんから学んだ事だ。
  「アリスの勝ちー♪」
  戦いの場に相応しくないであろう明るい声が響く。
  あたしの大親友であるダルの声だ。
  その声を聞き、男性は……ヴィラヌスは苦々しく呟く。
  「ちっ。最初から俺を応援していないぜ」
  これが女の連帯感というものですよ、ヴィラヌス。
  あたし、ダル、ヴィラヌスは仲良しの幼馴染三人組。しばらくヴィラヌスは腐ってて疎遠だったけど、また関係が復活している。
  幼馴染って心地良いなー。
  ……。
  もちろん剣の刃は、双方とも潰してある。
  模擬戦用の剣だ。
  刃を潰してはあっても、当然骨折などもする事もあるだろうけど……それでもよりリアリティのある戦闘にはなる。
  より実戦っぽい戦闘ね。
  久々の手合わせ。
  あたしも強くなったと思うけど、ヴィラヌスも強くなったなぁ。
  こりゃ油断できない。
  「アリス、もう一戦だ」
  「ごめん。今から仕事があるの」
  「そうか」
  「またね、ヴィラヌス。それとダル、ヴィラヌス慰めてあげて」


  幼馴染二人と別れて、あたしは戦士ギルドに戻る。
  今日は確かゴブリン退治。
  概要だけは聞いてあったけど、任務の詳細はまだだ。戦士ギルドで事務処理をしている叔父さんに聞くべく、顔を出すと……。
  「いいところに来たな。特命がある」
  「特命? ゴブリンは?」
  「そっちは別な奴を回す。事は急ぐんでな、それにお前なら面識もある。奴を探すのには最適だ」
  「奴?」
  「まあ、お前をコロールから追い出す報告をした奴だからお前も面白くないだろうがな」
  「……?」

  「マグリールがまた問題を起こした」
  「マグ……はぁ……」
  溜息。
  本来なら叔父とはいえ幹部であるオレイン・モドリンの前でこんな事はしないし、不敬になる。しかしあたしの心情を察して叔父さんは
  何も言わなかった。確かに面白くないかも。あたしがコロールにいれなくなったの、この人の所為だし。
  復帰出来たとはいえ面白くない。
  「また何かしたの?」
  前も任務放棄したな、あのボズマー。
  「あの面汚しの餓鬼がまた任務を放棄した。またお前に奴の子守を頼みたい」
  「……はぁい」
  拒否は出来ない。
  仕事だもん。
  それに戦士ギルとの対面にも関わる。何とかしないと行けないのは、分かってる。この特命は、責任ある任務だ。
  ……。
  まあ、どんな任務でも責任はあるんだけどね。
  責任に小さいも大きいもない。等しく大切な事柄だ。しかし今回に限り、特別に大きな責任。戦士ギルドは今、存続の危機にある。
  任務放棄はそのまま戦士ギルドの存在理由にまで発展するだろう。
  それは避けなきゃいけない。
  そして任務達成。
  「今回の依頼人はブラヴィルの魔術師ギルド支部だ。依頼人としては大物だ。依頼人の大きさで判断するのはよくない事だが……ここ
  で心証を悪くするわけには行かない。お前が任務を代行しろ」
  「はい」
  確かに大きなの依頼だ。
  破竹の勢いのブラックウッド団も魔術師ギルドには、どこか慇懃に接している。それだけ大きい存在だ。
  何しろトップのハンニバル・トレイブンはアークメイジでありアルケイン大学評議会の評議長であり大物の元老院議員。
  敵に回すには大き過ぎる。
  でも味方にしたらこれ以上大きな存在はない。
  心証を悪くするわけには行かない。
  「叔父さん、どんな状況なの?」
  「ここでは叔父さんはよせ。……いや、そんな事はどうでもいいな。今は、一刻も争う」
  「うん」
  お小言、してる場合じゃない。
  それで?
  「奴はまだ依頼人にすら会っていないそうだ」
  「……嘘ぉー……」
  「お前の今回の任務はマグリールを見つけ出しここに連れ戻す事。もちろん魔術師ギルドの依頼を終わらせた上でだ」
  「はいっ!」
  一路ブラヴィルに。





  叔父さんの命令を受けてブラヴィルに。
  急ぎなので馬を借りた。
  ただ戦士ギルドが所有している馬は全て出払っていたのでブラッサムを借りた。大親友のダルの愛馬だ。……まあ、借りるに当たって
  ブラヴィルのお土産を要求されたけど、まあ、大した手間ではない。
  ブラッサムで一路ブラヴィルに。
  2日後。
  あたしはブラヴィルに到着。
  ここまでの移動時間の間にマグリールさんが仕事をしているようにと祈りつつ、ブラヴィルの戦士ギルド支部に。
  守衛のおじさんに聞いてみる。
  「マグリールさん来てませんか?」
  「マグリール? ……ああ、あのボズマーか」
  「知ってるんですか?」
  「求婚の達人という宿屋に入り浸っている。……何かしたのかい?」
  「何もしていないから問題なんです」
  前にも同じような台詞を言った気がする。
  溜息1つ吐き、あたしはお礼。
  マグリールさんが入り浸っているという宿屋『求婚の達人』に向かう。
  ……。
  ……はぁ。
  結局マグリールさん、また仕事をする気ないんだなぁ。
  怠慢です。
  戦士ギルド会館を出て、求婚の達人に向かう。ブラヴィルはあまり来た事がない。巡回中の衛兵に道を訪ねる。
  「あの、求婚の達人ってどこにありますか?」
  「あの吊り橋の向こうだよ」
  「ありがとうございます」
  「ではまた」
  衛兵に頭を下げてあたしは求婚の達人に。宿の中に入ると客層に思わずびっくりした。
  人数に?
  まあ、昼時を考えると多すぎる人数だけど……それ以上に客の大半は独特の鎧を着込んだアルゴニアン達だった。以前白馬騎士団
  としてレヤウィンにいた時にこの鎧は見知っている。ブラックウッド団の特注の鎧だ。
  レヤウィンで基盤を固めたブラックウッド団。
  今現在は北であるブラヴィルに手を伸ばしているとは聞いてたけど、まさかここまでとは。
  つまりブラヴィルでの足場を固めつつあるのだろう。
  まあ、それは今は関係ない。
  「マグリールさん」
  声を掛ける。
  トカゲだらけだからボズマーのマグリールさんは目立つ。
  「……あっ」
  鎧が鉄の鎧から変わってる。
  ブラックウッド団の鎧を纏っていた。ええー?
  ……。
  と、ともかくっ!
  あたしはあたしの任務をこなそう。
  こほん。咳払い。
  「マグリールさん」
  「また貴様か。まあ、何をしに来たか予想はつくぜ。ギルドの犬め」
  「叔父さんが心配してます。任務放棄したって。……あのですね、あんまり怠慢をすると貴方の立場が……」
  「怠慢? はっ、お前はそれしか言えないのかよ?」
  「……?」
  「俺は今じゃブラックウッド団の一員なんだ。仕事はたんまりとあるし給料もいい。しかもあの老いぼれのヴィレナも口やかましいオレイン
  もいない、そして何より犬っころみたく付き纏うお前もいない。理想の職場だよ」
  「……」
  やっぱり移籍したんだ。
  纏っている鎧からも連想出来たけど、口にされるとやっぱりショック。しかもあたしに対する誹謗中傷もある。
  ボソボソとトカゲの1人がマグリールさんの耳元で何かを囁くもののマグリールさんは首を横に振った。
  何を言ったのだろう?
  ……まあ、想像は付くけどね。叩きのめすか、と聞いたのだと思う。
  多分ね。
  それをマグリールさんは拒否した。まだ、仲間意識はあるのだろうか?
  それとも……。
  「以前お前が俺を庇ってくれたのは知ってるよ。その礼としてこの仕事はお前にくれてやるよ」
  「……」
  「魔術師ギルドのアライヤリィを訪ねな。これでてめぇとは貸し借りがなしの間柄だ」
  「……」
  以前の貸しが今回穏便に事無きを得たわけか。
  目礼して足早にその場を後にした。


  あまり気が乗らないものの、あたしは魔術師ギルドに。
  ここって仲が悪いのかな?
  大体戦士ギルドと魔術師ギルドの建物は隣接している。しかしこの街は、それぞれ大きく離れた場所にある。
  ……。
  気が乗らないでは済まされないのは理解してる。
  任務を放棄したのはこちらだ。
  でもやっぱり当事者でないあたしが罪を引っ被るのは……いや、仕事は仕事だ。悩むのはやめよう。
  「こんにちは。あの、戦士ギルドの者ですが」
  魔術師ギルドのブラヴィル支部に入る。
  滅多に入る事はないから珍しいものばかりだ。コロールの戦士ギルド会館の隣は魔術師ギルドの会館だけど、あまり立ち入った事
  ないから珍しいものに目が行く。
  あれは何に使うんだろ?
  珍しいなー。
  「やっと戦士ギルドのお出ましね。まったく、今まで何してたのよ、愚図っ!」
  「す、すいません」
  反射的に現れる。
  うわぁ目付きの悪い人が来たー。多分この人が依頼した女性なのだろう。
  確かアライヤリィさん。
  凄い剣幕。
  あたしは平謝り。
  不履行したのはマグリールさんだけど彼女にとってみれば関係ない。そこは理解してる、だからあたしは謝るしかない。
  謝るだけ謝ったらすぐに依頼をこなさなきゃ。
  依頼を完全に放置したままにしたら戦士ギルドの信用は一気に崩れる。
  それだけは避けなきゃ。
  それだけは……。
  「いつまで経っても来ないからこっちで入手したわよっ!」
  「す、すいません」
  心臓が締め付けられるような感覚があたしを襲う。
  ……終わった。
  任務失敗……いえ、任務放棄だ。しかも大口の依頼人である魔術師ギルド。これで戦士ギルドの名は一気に地に落ちるだろう。
  あたしは戦士ギルドの看板を傷付けてしまった。
  せっかくコロールに舞い戻れたのに。
  叔父さんとおば様の信用を裏切ってしまった。
  じわりと瞳が潤む。
  ……泣いちゃ駄目だ。あたしはプロだ。
  ……泣いちゃ駄目……。
  「何してんの、アリス?」
  ……えっ?
  あっ。
  フィッツガルドさんだ。緑色のアルゴニアンの女性と一緒に、不思議そうにあたしを見ていた。
  「おやエメラダ坊や。知り合い?」
  「ええ、まあ」
  アルゴニアンの女性はアライヤリィさんを奥に伴い、消える。依頼人は不満そうな顔をしていたものの、アルゴニアンの女性には逆らう
  素振りも見せなかった。つまり階級が上。あの人がここの支部長だろうか?
  フィッツガルドさんはあたしに微笑みかける。
  ……。
  ……泣いちゃいそうだ、あたし泣いちゃいそう。我慢、我慢しなきゃ。
  だってプロだから。
  「何してんの、アリス?」
  「フィッツガルドさん、どうしてここに?」
  「ここ魔術師ギルド」
  「あっ、そうか」
  「誰が任務しくじったの?」
  えっ?
  つまりそれはあたしがしくじった任務でない事を察知したのだろうか?
  あたしを理解してくれている?
  ……やっぱりあたし泣いちゃいそうだ。
  任務失敗者の名前を告げる。
  「えっと、マグリールさん」
  「あいつか」
  「……」
  「どこにいるの?」
  「えっ?」
  「マグリール」
  「えっと、この街にいます。えっと、どうするつもりなんです?」
  「ぶっ飛ばす」
  「だ、駄目ですよ、部外者ですし」
  「部外者?」
  「あの人、ブラックウッド団に移籍したんです」
  「へー」
  亜人版戦士ギルドであるブラックウッド団。今をときめく有名な組織。
  当然フィッツガルドさんも知っている。
  「あのー」
  旧交を温め合うのも、慰めて貰うのも、仕事をしてからだ。
  戦士ギルドのメンバーとしてやるべき事をしなきゃ。
  あらゆる角度から任務を遂行しよう。
  例えば?
  例えばフィッツガルドさんに仲介してもらう。利用するようで良心が痛むけど、背に腹は変えられない。
  看板も護る事もあたしにとって大切な事。
  「何?」
  「何とか、その、取り成してもらえないでしょうか? こんな事を頼むのは気が引けるんですけど……その、仕事、何とかなりませんか?」
  「錬金術の材料の納品?」
  「は、はい」
  「だけどもうこっちで勝手に入手したみたいだけど」
  「そ、そうですけど……その、代金は要りませんから、いえ、当然ですよね。つまり、その、えっと……」
  「代金要らないけど納品だけさせて欲しい、戦士ギルドは仕事をちゃんとこなした、そう認識して欲しい。そういう事?」
  「は、はい」
  「信用商売だもんね」
  「は、はい」
  言わず語らぬ。
  詳しく説明せずともあたしの心をフィッツガルドさんは全て読んでいた。少し恥かしい。それに利用するような考えをしていて自分が浅ま
  しいとは思うものの、戦士ギルドは今、危険な立場にある。任務失敗の風評は避けたい。
  土下座が必要ならあたしは土下座する。
  プライドは大切。
  だけど、戦士ギルドはあたしにとって育った場所。
  そこを護る為なら何でもする。
  そこを護る為なら……。
  コツ。コツ。コツ。
  その時、アルゴニアンの女性が戻ってくる。アライヤリィさんは奥に引っ込んだままだ。……よかった。少し苦手だな、あの人は。
  「グッドねぇ」
  「何?」
  フィッツガルドさんがアルゴニアンの女性を呼ぶ。
  悪戯っぽく微笑み、まるで世間話をするような気安さであたしの懇願を伝えてくれる。
  でもその内容は……。
  「錬金術の材料を戦士ギルドが今後、通常の半値で納品してくれるそうよ。提携結ぶのは、得じゃない?」
  えっ?
  今回の任務は単発的なものだった。つまり一回限りの関係。でもフィッツガルドさんが口にしているのは提携。つまりは今後も続く長期
  的な任務。金額は問題じゃない、提携となれば確実な収入が約束される事になるのだ。
  あたしは唖然としたまま。
  アルゴニアンの女性は満足そうに頷いた。
  つまり、おっけぇ?
  ええー?
  「良い話ねぇ。大学には私から報告しておくわ。良い話だから通るわ」
  「決まった。……そういうわけだからアリス、こっちは了承したわ。コロールに戻ってそう報告しといて」
  長期に渡る依頼。
  それはつまり魔術師ギルドとの関係向上にもなる。
  財政難もこれで解消出来るだろうし、提携により戦士ギルドの信用もさらに強化されるだろう。
  この提携を取ったのは?
  ……フィッツガルドさんじゃない、彼女はあくまで提案しただけ。斡旋しただけ。あたしが取って来た提携という事になるだろう。何故なら
  今回フィッツガルドさんは魔術師ギルドの人間として提案している。
  あたしのを顔を立てる為に。
  あたしの……。
  「……ありがとうございます……」
  「な、泣かないでよー」
  あたしは深々と頭を下げたまま、我慢していた涙が溢れているのに気付いた。
  ポロポロと涙は零れる。
  ポロポロと。
  ……やっぱりフィッツガルドさんを凄いなぁ……。





  フィッツガルドさんの好意に感謝しつつコロールに戻る。
  コロールの街道を歩きながらずっと考え込んでいた。報告する内容を頭の中で反芻していた。
  事は大きくなりつつある。
  レヤウィンで足場に固めたブラックウッド団は北に伸びつつある。
  いや、既に手を伸ばしている。
  その証拠がマグリールさんだ。しかもブラックウッド団の構成員達があの酒場を占領する形で大勢いた。ブラックウッド団の勢力は
  着実にブラヴィルに浸食している。このままで終わるのかな?
  ただの縄張り争い。
  そうも見える。
  だけど……んー、あたしは叔父さんであるモドリン・オレインの影響を色濃く受けている。
  叔父さんほど攻撃的ではないけどブラックウッド団に対して好意は持っていない。
  さて。
  「ただいま戻りました」
  コロールに戻った時、既に夜。
  ギルド会館に行っても叔父さんはいないだろうと思い、そのままあたしは家に帰った。
  「ただいまー」
  「おう。お帰り。飯が出来てるぞ。……だがその前に」
  肉親としての顔ではなくギルドマスターの腹心の顔になる叔父さん。
  プロだなぁ。
  きりりりっ。
  あたしも顔を引き締めて直立不動。
  「叔父さん、報告します」
  「叔父さんはよせ」
  「……」
  少し締まらなかったかなぁ。
  だけどモドリン・オレインさん、報告します……だと余所余所しいし……結構呼び方云々はやり辛いんだけどなぁ。
  まあいいか。
  ともかく報告しよう。
  「マグリールの仕事は片付けたのか? ……いや、そもそもマグリールはどうした?」
  「マグリールさんは……」
  「まさかこんな時間だからといってギルド会館か宿でぬくぬく休んでいるんじゃないだろうな?」
  「マグリールさんは来ません」
  「何? どういう事だ?」
  「ブラックウッド団に引き抜かれました」
  「何?」
  「……」
  「ブラックウッド団に引き抜かれただと?」
  「……はい」
  何を考えているのだろう?
  しばらくあたしの瞳を見据えたまま叔父さんは動かない。
  怒るのだろうか?
  今まで叔父さんが怒るのを見た事がない。ガミガミ言ったり、たまに口うるさかったりするのは、叔父さんの性格であって心底怒って
  いるわけではない。どこか労りがある、それがあたしの叔父さんだ。
  だから。
  だから今まで心底怒った叔父さんは見た事がない。
  「くくく、あっははははははははははっ!」
  哄笑。
  口から出たのは怒りの言葉でなく、大爆笑だった。あたしは唖然とする。
  「お、叔父さん?」
  「……はっ、連中も人材不足か? まあ、惜しい奴じゃあない。良い厄介払いだと思うとしよう」
  あっさりと言い放つ。
  もちろん心底では怒りもあるだろうし、マグリールさんへの仲間としての感傷もある。それを斬り捨てるように、話題を転じた。
  「ブラヴィルでの任務はどうなった?」
  「えっと……」
  最初から話さないと。
  「錬金術に必要な材料の入手が魔術師ギルドからの依頼でした」
  「うむ。それで?」
  「先方は既に必要な材料を入手しており、あたし達の任務の不履行を問題だと叫びました」
  「まあ、妥当だろうな。任務放棄したのは当方だ、激怒は当然」
  「はい」
  「つまりこれで魔術師ギルドとの仲は……」
  「違うのっ!」
  「……?」
  あたしは叫ぶ。
  叫ばずにはいられない。あの人の厚恩を言わずにはいられない。
  「フィッツガルドさんが仲介してくれたの」
  「仲介?」
  「今後、魔術師ギルドは錬金術に必要な材料を戦士ギルドから購入するようにしてくれると。その、通常の半値という条件だけど……」
  「良い条件だな」
  「だ、だよね」
  錬金術に必要な材料。
  それはそこら辺にたくさんある。
  キノコ、花弁、木の実などなど。無料でそこら中にある。つまり元手がまるで要らないのだ。それにモンスターの内臓や爪、角なども
  錬金術の材料になるらしい。別の任務で倒したモンスターがそのままお金になる、そんな感じ。
  まさに一石二鳥。
  ある意味で効率的なアルバイト感覚。
  魔術師ギルドは定期的に安値で材料が購入出来るし、戦士ギルドも定期的に収入源になるし、仕事にもなる。
  双方得をする提携。
  それをフィッツガルドさんが提携してくれた、話を通してくれた。
  その厚意がどれほどのものか考えるまでもない。
  ……泣けてくるよなー……。
  「そうか。フィッツガルド・エメラルダが……」
  「うん」
  前はライバル視してた。
  いつか追いついてやるぞって。
  でも今は違う。
  負けたくないという気持ちは当然あるけど、それ以上に勝ち負けだけではなくより純粋に尊敬していた。
  高潔な人だよなぁ。
  「ありがたい事だな。これで定期的な任務、収入が確保できた。このような状況下で魔術師ギルドとの関係がこじれるのは命取り。
  彼女の仲介はこの上ない幸運。アリス、お前もよくやった。感謝するぞ」
  「はい」





  この一件で傾き掛けていた戦士ギルドは持ち直す事になった。
  魔術師ギルドとの正式な提携。
  それは瞬く間にシロディール全域に広まる。
  その結果、戦士ギルドに加盟してくれる者が少しだけ増えた。魔術師ギルドとの提携があれば、その後ろ盾があれば心強い。
  今、戦士ギルドは慢性的に仕事がないので仕事にあぶれている構成員達は錬金術に必要な材料を収集し、売却。
  わずかとはいえ戦士ギルドの資金は満たされ、装備においてもかつての水準に戻りつつある。
  このまま建て直す。
  誰もがそう思っていた。
  叔父さんもギルドマスターであるヴィレナおば様も。
  誰もがそう思っていた。
  かつての力には及ばないものの勢力を盛り返しつつある戦士ギルドは大きな仕事を計画している。


  「ヴィラヌスやったねっ!」
  「ああ、母さんの承認付きでの大きな仕事のリーダーに俺が抜擢されたっ! トロル退治だ。頼りにしてるぜ、副リーダー」
  「うんっ!」
  「大きな仕事か。俺の新しい一歩だっ!」


  ……そしてその大きな仕事が分岐点となる……。