天使で悪魔





騎士の精神





  騎士。
  人は騎士に様々な理想と憧憬を抱く。
  高潔なる者、それが騎士。
  衛兵や戦士とは一等違う存在を、人々は騎士という言葉の響きの中に求める。
  

  しかし世の中は高潔だけでは生きられない。
  いや。生きようとすると齟齬が生じる。
  ……そして無用な争い……。






  帰る。
  それがあたしとヴィラヌスとの一致した考えだった。
  剣術修行と称した気分転換、それがそもそもの目的だった。……まあ、修行もしたけどね。
  このまま帰るつもりだったけど、ヴィラヌスはたまには息抜きしようぜと主張したのであたし達は帰還するのを一日ずらして
  スキングラードに向った。
  そんなに遠くない。
  クマ退治をしたシャルドロックから歩いて2、3時間といったところだ。
  ちなみにシャルドロックはクヴァッチとスキングラードの中間にある。寄る街はどっちでもよかったんだけどスキングラードを選んだ
  最大の理由はフィッツガルドさんの自宅があるからだ。
  もちろんその主張を押し通したのはあたし。
  ……。
  まあ、まだ帰っていない可能性もある。
  ダイビングロック絡みの事件が終わりブルーマで別れた。それっきりだ。
  フィッツガルドさんにはフィッツガルドさんの都合がある。
  偽吸血鬼ハンターの一件が長引いているのであればまだ戻っていない可能性があるのも確かだ。
  ……戻ってない可能性の方が限りなく高いかな。
  まあいい。
  いずれにしても街によって観光するのが基本方針だからスキングラードによる意味はあるのだ。
  「ヴィラヌス大丈夫?」
  「大丈夫? 何がだよ?」
  「クマ退治して疲れたんじゃないかなーって。引き篭もりの貧弱な坊やだし」
  「……ちっ」
  「あはははははっ。冗談だよ」
  スキングラードに続く街道を歩きながら楽しくお喋り。
  ヴィラヌスはおば様の指示で任務を与えられない。だから最近まで腐ってたけど、叔父さんが任務を密かに与えたお陰で顔に
  生気が戻った。
  剣術修行にかこつけて街から連れ出したのはあたしの一存だけど、これもうまく運んだみたい。
  ……。
  まあ、今日は不可抗力でクマ退治を引き受けたけれども、それも万事うまく行った。
  よかったなぁ。
  あたしとヴィラヌスは友達だから、やっぱり心配だった。
  ヴィラヌスはまたよく笑うようになった。
  嬉しいなぁ。
  「それでアリス、スキングラードに着いたら何する? まずは飯だよな。腹減ったし」
  「それより宿を取らなきゃ」
  直に夕暮れだ。
  スキングラードは帝都に次ぐ大都市だから宿屋は多いだろうけど、良い宿を取るとなると競争だ。どうせ泊まるなら良い宿に泊ま
  りたい。熱いお風呂に入って、フカフカなベッドで寝たいのは心情だ。
  あとはおいしいご飯♪
  ……。
  まっ、最悪の場合は戦士ギルドのスキングラード支部に泊まろう。
  所属している者は寝泊り出来る仕組みなのだ。
  「宿か」
  「何か問題あるの?」
  「……なぁ。これは、例えばだ。例えばだぞ?」
  「……?」
  「部屋が一部屋しか借りれなくて、ベッドが一つしかなかったら……どうする?」
  「一緒に寝てもいいけど」
  「マヂでかっ!」
  「……?」
  今ヴィラヌス変な発音したなぁ。マジでか、と言うところが妙に力入っていた気がする。
  立ち止まるヴィラヌス。
  顔中汗がダラダラで、鼻息がフガフガ言ってる。
  「何を興奮してるの?」
  「い、いや、だって……」
  「白馬騎士団時代だって男の人が同じ部屋で寝てたもん。別に問題ないよ。……それにあたし達幼馴染じゃないの」
  「……あー、そういう意味か」
  「他にどんな意味?」
  「……まあいい。この鈍感女っ!」

  「なにぃー?」
  バチバチバチっ!
  視線が激しく交差する。お互いに何かを言おうとした瞬間、金属の触れ合う音が響いた。
  剣戟の音だっ!
  「ヴィラヌスっ!」
  「おぅっ!」
  あたしもヴィラヌスは走る。



  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  その男は、剣を一閃させる。
  「峰打ちだ」
  ドサ。
  低く呟くと相対していた男はそのまま崩れ落ちた。見るからに完全に伸びている。気絶しているようだ。
  あたしとヴィラヌスは小高い丘から傍観している。
  旅人が山賊に襲われた、わけではないようだ。
  「強いな、あのレッドガードの男」
  「うん」
  街道を少し外れた場所で、レッドガードの男性が8名ほどの面々と対峙していた。
  レッドガードの男性は薄汚れたローブに身を包んでいる。
  服装だけを見ると魔術師(シロディールの世間一般的な思い込み。ローブは魔術師の服装という風潮がある)かと思うものの、手に
  している武器は男性が生粋の剣士である事を証明していた。
  アカヴィリ刀。
  男性は特殊な製法で作られているアカヴィリ刀を手にしていた。
  それも普通のアカヴィリ刀よりも若干長刀だ。
  当然重量もある。つまり両手用。
  ……。
  余談ではあるものの、アカヴィリ刀は少数ではあるものの市場に出回っている。
  しかし大抵の者(特に街の外に出ない一般人)はそれを知らないのでアカヴィリ刀を振るう者=ブレイズ、と連想してしまう。
  ブレイズは皇帝直属の親衛隊であり諜報機関。
  さて。
  「貴殿方に我が首を渡すわけにはいかぬ。……欲しければ自身で来るよう、依頼人に告げよ」
  「お前が告げるがいいさ、グレン。生首でなっ!」
  「無益」
  「掛かれっ!」
  相対していた集団は《グレン》と呼称されたレッドガードの男性に切り掛かる。
  グレンは年の頃なら三十前半かな。
  黒い長髪を風に揺らしながら、敵を迎え撃つ。
  敵は敵で賊には見えない。
  かと言って堅気にも見えないけど……チンピラ、そんな感じかな。街の裏道にたむろっていそうなイメージがある。……偏見かな?
  まあいい。
  「ヴィラヌス」
  「分かってるよ。……で? どっちに加勢するんだ?」
  状況はよく分からない。
  ただ、グレンさんの首を狙っているのは確かだ。
  どちらが正しいのかは分からない。
  「加勢はどっちにするんだ?」
  「グレンさん」
  「その心は?」
  「多勢に無勢だから」
  「……簡単な理屈だな。どっちが強いか弱いかにした方がいいんじゃないのか?」
  「えっ?」
  「ほら。見てみろ」
  「……あっ」
  思わず目を見張る。
  グレンさんが剣を振るう度に相手の剣が宙に舞う。そして次の瞬間には峰で叩きのめすのだ。言うのは簡単。実際には途方もない
  力量が必要になる。物の数分でチンピラの剣は全て地に突き刺さり、チンピラは地に屈していた。
  強いっ!
  「……」
  ペコリ。
  グレンさんはこちらに気付いていたらしい。軽く目礼。それからチンピラ達に向って言い放つ。
  「自分の首が欲しくば自ら来いと依頼人に言われよ」
  そのまま立ち去る。
  逃げるのではない。悠々と、背を向けて立ち去る。
  ……。
  世の中広い。
  あんなに卓越した剣術の人がいるのだ。グレンなんて名前聞いた事ない。無名の実力者はたくさんいるのだ。
  あたしの英雄への道は果てしなく遠い。
  でも、その遠さを実感できるだけの実力が備わってきていると自分を弁護したい。
  強くなれる。
  あたしはもっと強くなれる。
  あたしは……。





  スキングラード。
  シロディールにおいて帝都に次に活気のある大都市。
  統治している領主はハシルドア伯爵。強力な魔術師として有名で、不老の術を身に付けているらしい。
  魔術の能力は魔術師ギルドの指導者であるハンニバル・トレイブンと互角だとか。
  街の主な産業は多岐に渡る。
  その中でも有名なのがワインだ。スリリー産ワイン。
  トマトもおいしい街。
  あたしとヴィラヌスはスキングラード市内にあるウェスト・ウィルド酒場で夕食を取っていた。
  「おかわりー♪」
  「……よく食うなお前」
  「だってここのチーズ最高だもん♪ ピザによく合うなぁー♪」
  「まあ、チーズも名産の地でもあるしな」
  ワイワイ。ガヤガヤ。
  部屋ではなく、あたし達は一階の酒場で食事をしている。酒場は、時分的には今からもっとも活気ある時間帯。
  あたしは基本賑やかなのが大好き。
  こういう雰囲気が好き。
  ただフィッツガルドさんは違ったなぁ。
  社交的だし明るい人だからあたしと同じ好みかと思ってたけど、フィッツガルドさんは静かな食事を好んでた。アンヴィルで一緒に
  仕事をした時は部屋で食事してたもんなぁ。あたしと一緒にね。
  フィッツガルドさん曰く、あまり賑やかなのは好きではないらしい。心許せる人と静かに食べるのが好きなんだそうな。
  少し意外だったなぁ。
  ……。
  だけど嬉しいなー♪
  あたしの事を心許せる人だと認定してくれているようなものだもの♪
  くすくす♪
  「何をニヤついてんだお前?」
  「フィッツガルドさんのお気に入りだから♪」
  「はっ?」
  「あの人って凄いんだよー♪」
  「……しつこいぐらい聞いたよ。もう聞き飽きた。まったく、ちょっと強いだけじゃねぇか」
  うんざりしたようにヴィラヌスは呟き、ビールを流し込む。
  ヴィラヌスがフィッツガルドさんと同行した任務は《ダイビングロックの恐怖》だけ。だから本当の実力を知らない。
  戦士ギルドであの人の相手が出来るのはヴィレナおば様ぐらいだ。
  叔父さん?
  叔父さんは結構普通なレベル。あんまり強くない。
  ここ数年は手合わせしてないから断定出来ないけど、多分あたし勝てると思う。叔父さんと戦って。
  ……。
  ま、まあ、精神的に負けるかもしれないけど。
  叔父さんに恥掻かせたら路上生活に追い込まれるかもしれないと思うと気圧される可能性もある。
  さて。
  「なあ。アリス」
  「何?」
  「お前はブラックウッド団をどう思う?」
  「ブラックウッド団」
  亜人版戦士ギルドの名称だ。叔父さんは毛嫌いしている。仕事がなくなるからじゃない、もっと深い意味でだ。
  あたしはレヤウィンで白馬騎士団に加盟していた。
  それだってブラックウッド団を監視する為にだ。
  「あんまり良い噂は聞かないよね」
  「アリス。お前はレヤウィンにいたんだ。やつらはどんな感じなんだ? 俺は噂だけだ。お前は肌で実感してる」
  「そんなに詳しくないけど……」
  苦笑。
  意外に白馬騎士団の任務の方が忙しくて監視が出来なかった。
  でも確かにおかしな点はある。
  「深緑旅団が攻め込んだ時、ブラックウッド団は完全武装してたみたい。まるで襲撃を知っていたかのように」
  「そうなのか?」
  「うん。ただマリアス・カロ伯爵はブラックウッド団の勇敢さを称えた。その結果、伯爵の後ろ盾を得たブラックウッド団はレヤウィン
  を完全に掌握した。逆に戦士ギルドのレヤウィン支部は閉鎖に追い込まれた。……全部偶然かな?」
  「アリスは全て計画的だと思ってるのか?」
  「それは分からないよ。ただ、これは噂だけどブラックウッド団は世情不安を作り出す為に盗賊ブラックボゥを結成したとか……」
  「……」
  「何となくだけど、あたしはブラックウッド団は嫌い。嘘臭くて」
  そう言ってあたしは言葉を止める。
  せっかくの食事が味気なく感じるからだ。
  「ヴィラヌス。食べよ。お互い滅多にスキングラードまで来ないんだから。それに観光なんて、滅多にないんだよ?」
  「そうだな。食おうぜ」
  「うん」
  「それで今日はここで泊まって……」
  「その前に行きたいところがあるの」
  「行きたいところ? 食事終わる時分にはと大体外は真っ暗だぜ? どこに行くんだ?」
  「ローズソーン邸」


  扉を開けたのはノルドの女性だった。
  「どちら様ですか?」
  「あの、あたしはアイリス・グラスフィル。……あの、フィッツガルドさんはご在宅でしょうか?」
  ご在宅……初めて使った言葉だ。
  食事を終えてあたし達はローズソーン邸に来た。既に外は真っ暗。
  こんな時間に訪問した意味?
  特にない。
  特にないけど《明日フィッツガルドさんに会えるかなー♪》というワクワク感を明日に持ち越す場合、寝れない可能性があったからに
  過ぎない。
  あたしの我侭です。ごめんなさい。
  「ご主人様とどのような間柄でしょうか?」
  「えっと、戦士ギルドの後輩です」
  「そうですか。生憎ですがご主人様はお留守です」
  「あっ、そうですか」
  やっぱりまだブルーマから戻ってないんだ。
  それとも偽吸血鬼の一件が終わったから、報告の為に帝都まで行ってるのかな?
  残念。
  「おやお客ですか」
  「ヴィンセンテ様。……ええ。ご主人様にお会いに来たそうです」
  「ほう。接客は私が引き受けましょう」
  「では、お願いします」
  ノルドの女性……多分、メイドさんなのだろう。男性に一礼し、扉の向こうに消える。
  ヴィンセンテさん。
  そう呼称された人物は柔和な笑みを浮かべているものの、あたし達には彼の本質が分かっていた。
  吸血鬼だ。
  ヴィラヌスは慌てて構える。
  あたしは構える事はしなかったけど、思わず表情が引き攣ったのが自分でも分かった。
  しかし吸血鬼の男性は構わずに言う。
  「私の容姿に驚く事はないですよ。私の性質にもね。……私はフィッツガルドの兄としての生き方に満足しています。そして他の弟、
  妹の関係にもね。それを崩すような馬鹿な振る舞いはしませんよ」
  「す、すいません」
  「別によろしいですよ。当たり前の反応です」
  「は、はぁ」
  内心で自己嫌悪していた。
  差別する性格だとは自分でも気付いてなかった。吸血鬼は、病人に過ぎない。
  悪魔ではないのだ。
  魔物ではないのだ。
  なのにあたしは知らず知らずに差別していたらしい。……反省しよう。
  それにしてもフィッツガルドさんのお兄さんかぁ。
  前にゴグロンさん達も義兄弟って言ってたな。本当には血は繋がってないのにアントワネッタさんとも姉妹してたし。
  羨ましいなぁ。
  「妹に用でしたか。しかし妹は……」
  「知ってます。ブルーマで別れましたから。もしかしたら帰ってるかなと思って寄らせてもらいました」
  「なるほど。……食事はお済みに?」
  「はい。さっき」
  「丁度我々も食事が終わったところです。今、食後のティータイムでしてね。貴女達もご一緒にどうですか?」
  そう言ってヴィンセンテさんは微笑んだ。
  さっきより怖くない。
  あたしは微笑して、頷いた。



  ヴィンセンテさん。
  オチーヴァさん。
  テイナーヴァさん。
  ゴグロンさん。
  テレンドリルさん。
  アントワネッタ・マリーさん。
  ムラージ・ダールさん。
  実に個性的なフィッツガルドさんのお兄さん、お姉さんとお茶を飲みながら色々とお話した。
  ここにはいないけど、もう1人フォルトナという末妹がいるらしい。
  楽しそうな家族だなぁ。
  あたしも楽しかった。
  ……。
  ま、まあ、アントワネッタさんには何故か喧嘩売られたけど。

  「来たな泥棒猫めーっ!」
  「はっ?」
  「フィーはあたしと相思相愛♪ ラブラブなのさ♪ ……ふーんだ。絶対に渡さないからねっ!」
  「はっ?」
  「もしもフィーを奪うつもりならっ! ……月のない夜は気をつける事だね暗殺姉妹を舐めるなよーっ!」
  「はっ?」

  ……意味不明トークでしたーっ!
  妹(フィッツガルドさん)が他の人と仲良くしていると、姉(アントワネッタ・マリーさん)は嫉妬するものなのかな?
  よく分からないなぁ。
  ウェスト・ウィルド酒場に戻る道すがら、ヴィラヌスに聞いてみる。
  「ねぇ。ヴィラヌス」
  空には星。
  空には月。
  一時間ぐらいローズソーン邸にいたのかな?
  「……」
  「何だよアリス。続きを言えよ」
  「えっと、何でもない」
  「はあ?」
  「何でもないの馬鹿っ!」
  「……逆切れかよ」
  溜息交じりのヴィラヌス。
  あたしは自分の軽率を恥じた。咄嗟に気付いて良かったと、安堵もした。ヴィラヌスに聞くべき話題ではなかったからだ。
  ヴィラヌスの兄のヴィテラスは任務の際に死亡している。
  なのに兄弟間の嫉妬云々を聞くのは軽率以外の何物でもない。
  「……」
  「……」
  少し気まずくなって、ウェスト・ウィルド酒場までお互いに無言だった。
  あたしは軽率を恥じて。
  ヴィラヌスは内心ではあたしの質問を看破していたのかもしれない。無愛想な顔で彼は歩いていた。
  流れ星は空を流れる。






  「……んー……」
  ベッドの上で伸び。
  ローズソーン邸での茶会の翌日。
  窓から差し込む朝日が眩しい。よく寝たなー♪
  ……。
  ふと、隣のベッドを見る。
  誰もいない。
  「ヴィラヌス?」
  呼び掛けるまでもない。それほど広い部屋ではないのだから、隠れる場所もない。多分もう起きて朝食に行ったのだろう。
  ……起こしてくれたらいいのに。
  相部屋なのは特に意味はない。一室しか空いてなかったのだ。
  まあ、幼馴染だし別に支障はない。
  さて。
  「起きようかな」
  あたしは身を起こす。
  ご飯食べよっと。



  「……?」
  一階の酒場に行くと喧騒に包まれていた。
  昨夜の喧騒とは意味が違う。
  お酒飲んで仲間とワイワイガヤガヤ、ではない。今響く声が怒号と悲鳴。
  そして倒れる人々。
  「ヴィラヌスっ!」
  「よお」
  ……ほっ。
  ヴィラヌスは無事だった。カウンター席で食事をしている。
  店主や店員は腰を抜かしているし、朝酒を飲んでる酔いどれ、冒険者や旅人もまた明らかに動揺していた。
  倒れているのは5名。
  見た感じ、冒険者でもなければ旅人でもない。酔っ払いでもない。
  粗野な感じのする……そう、チンピラ。
  何があったのだろう?
  「ヴィラヌス、何があったの?」
  「なかなか楽しい見物だったぜ。室内での戦闘の役に立つモノを拝見できた。早起きは戦闘スキルの得、だな」
  「ヴィラヌスっ!」
  「まっ、座れよ。朝飯食いながら話そうぜ。……朝食セット、もう一つ頼む」
  あたしの分を注文すると、ヴィラヌスは笑った。
  座る。
  ゆっくりと聞くとしよう。
  誰かが通報したのだろう。もしかしたら騒ぎを聞きつけてきたのかもしれない。いずれにしても衛兵達が店内に入ってくる。
  何があったのだろ?



  ヴィラヌスが朝食していると突然言い争いが始まったらしい。
  興味深く眺めていると、言い争いの人物がスキングラードに向かう最中に出会ったグレンというレッドガードだと分かった。
  絡んでいるのは6人。
  今現在店内に倒れているのは5人。1人は逃げたらしい。
  その1人が首領格。
  その首領格は結局逃げたものの、最初は威勢が良かったらしい。
  言い争いの内容。

  「いい加減あんたにはうんざりだぜっ!」
  「自分もだ」
  「旦那はあんたの首を所望だ。そしてあんたもそれは了承している。なのになんでいつだって俺らを蹴散らすっ!」
  「お前らに渡す首ではない」
  「俺らが旦那に届けてやるっ! だから首を斬らせろっ!」
  「断る」
  「なにぃー?」
  「それでは趣旨が異なる。自分はそれを拒否する」
  「意味の分からん事を……」
  「去れ。そして伝えるがいい。自分の首は雑魚には渡さぬと。ミルヴァン卿自らお出でくださいますようにと」
  「もういいっ! 殺せっ!」
  「無益」

  その結末が、この店内の状況。
  よく分からないけどグレンさんは首を斬られる事には了承しているらしい。
  つまり……ミルヴァン卿?
  その人に正当性があるのを認めているとも取れる。
  だがグレンさんにしてみれば首を渡す相手はそのミルヴァン卿であり、遣わされた手下達ではないのだろう。
  だから蹴散らして追い返す。
  怒ったミルヴァン卿はさらに手下を向わせる、グレンさん蹴散らす、手下、蹴散らす、手下、蹴散らす……。
  その堂々巡りなのだろう。
  何者なんだろう?
  グレンって人。


  「それでヴィラヌスは見過ごしたわけ?」
  ぱくり。
  もぐもぐ。
  クロワッサンを頬張る。焼きたてらしくおいしい♪
  あたしは朝食はしっかり食べる派だ。もりもり食べちゃう。おかわりまでしちゃう。
  あたしは叔父さんの家の居候。
  戦士たる者食事はしっかり取るべきだがっはっはっはっはっ、と叔父さんは豪語する。居候だから逆らうわけには行かない。
  今では朝食食べないと朝は力が出ない。習慣だね。
  ……。
  ちなみにダルは朝食食べない派らしい。
  朝は結構低血圧だ。
  ……トカゲちゃん体温まらないと元気出ない?
  「ヴィラヌスは傍観してただけ?」
  「仕方ないだろ。どっちが正当化分からんのだから手の出しようもない」
  「まあ、そうだけど」
  「しかしさすがは俺だな。腰抜かさなかったぜ? 悠々と食事をしていたさ」
  「ふーん」
  「……気のない返事だな」
  「誉めて欲しいの?」
  「……ちっ」
  拗ねるヴィラヌス。……変なの。
  「それで?」
  「それで? ……ああ、俺は悠々と半熟の目玉焼きを頬張って……」
  「いやその話はどうでもいいの」
  「……ちっ」
  あたしが聞きたいのはそこじゃない。
  室内での戦闘はやり辛いものだ。
  その空間にいるのが自分と敵だけなら問題はない。しかし腰を抜かしているお客もいる。不用意に刃は振るえない。
  どんな戦い方をしたんだろ?
  気になる。
  その時……。
  「ここです。……ちくしょう、逃げやがったかっ!」
  店内に入ってくる男性。
  ヴィラヌスが目配せする。あたしは理解する。多分、あれが首領なのだろう。
  それほど腕が立つようには見えない。
  「何だお前は。現在検分中である。立ち入りは禁じる。……くそ、誰も入れるなと言ったのに」
  衛兵の1人が忌々しげに言う。
  外にも衛兵がいて、立ち入りを禁じているのだろう。
  だけど妙だ。
  どうして入れたのだろう?
  叩きのめされた奴らの仲間だから許可したのかな?
  すると……。
  「私に命令出来る立場ではないだろう、衛兵。私はこの街屈指の名門貴族だからな」
  「こ、これはミルヴァン卿っ!」
  おそらくは私兵なのだろう。
  5名の部下を引き連れた緑色の服に身を包んだ、若いブレトンが店内に入ってくる。
  ミルヴァン卿……つまりグレンさんの首を狙う人物。貴族。
  店内に高らかに宣言する。
  「私に従う者はいないか? 合法の仕事がある。既に元老院の裁可を得ている。……仇討ちの加勢する者はいないか?」
  その声には驕りが含まれているのに気付いた。
  好きではないタイプだ。
  「いいぜ。受けよう」
  「ヴィラヌスっ!」
  「仇討ちは高潔なる行為、騎士の誉れ。……だろ?」



  「……」
  不愉快そうな顔でネチネチとクロワッサンをフォークで突いているヴィラヌス。
  一時はミルヴァン卿の依頼を受けたものの、あたしが撤回したのだ。
  仇討ちは騎士の名誉。
  そうかもしれない。
  でも、あたしはそうは思わない。
  自分が当人なら。仇討ちをする当人ならまた別の感情があるのだろうけど、グレンさんにはまったく敵意がない。そもそも何の為の
  仇討ちかが分からない。討つ理由が分からないのだから受けようがない。
  仇討ちは合法。
  元老院に多額の献金をし、裁可を受ければ、許可さえあれば仇の相手に何をしてもいいのだ。
  逆恨みの可能性だってある。
  気に食わない相手を合法的に殺す為に帝国の法律の裏を掻いた可能性だってある。
  それ以前に討つ者と討たれる者の濃い感情の中に身を投じるのが嫌だった。
  それが拒否した理由。
  既にミルヴァン卿は仇討ちに加勢するのを了承した小銭目当ての冒険者を従えて街を出た。
  多分グレンさんは街の外にいるのだろう。
  「ヴィラヌス」
  「……」
  「そんなに拗ねないでよ」
  「……餓鬼じゃねーんだ。拗ねてなんかねぇよ」
  「はぁ」
  その様子を世間様では拗ねていると表現するんだけどなぁ。
  受けない理由は当事者同士の濃い感情に関わりたくないのもあったけど、達成するのがまずかった。
  ヴィラヌスが言ったとおり見事討ち果たせば騎士の誉れ。
  ミルヴァン卿も絶賛するだろう。
  自然、名前が売れる。
  自然、名声が上がる。
  ……それで?
  それで、コロールのヴィレナおば様の耳にも届く。
  ヴィラヌスは多分喜んでくれると思ってるのだろうけど、そのまま感情的にあたし達は除名されて追放されるのがオチだ。
  一応は剣術修行で旅立った。
  敵討ちに加勢した云々はさすがにまずい。
  それぐらいの思慮は働いて欲しいものです。……まあ、ヴィラヌスの気持ちも分かるけどね。
  おば様を驚かせたいのだ。
  ヴィラヌスは、自分はこんなにも出来るんだぞと誇りたいのだ。そして母親であるヴィレナおば様に誉めて欲しい。
  そういう事だと思う。
  「ね、ねえ、今日はどうする?」
  「別に」
  「別にって……良い天気だから出掛けない?」
  「そうだな。今日は仇討ち日和だよな」
  「……」
  反抗期の子供かお前はーっ!
  叫びたいっ!
  叫びたいけど、あたしは気の良いダンマーを目指して生きている。言いたいけど言えないよー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「失礼する」
  半ば禿げた感じの衛兵が声を掛けて来る。兜を被っていない。一概には言えないけど、恐らくは衛兵隊長。
  一般の衛兵は兜着用が義務。
  被ってないのは衛兵隊長だと思ってまず間違いないだろう。
  ……。
  衛兵隊長と聞くと身分的に低いと思うかもしれないけど、実は低くない。各都市の領主に仕える幹部将校だ。というのも上官が少
  ないから。衛兵隊長にもランクがあるけれども、衛兵隊長以上の階級は存在しないのだ。
  だから都市軍の将校として存在している。
  これが帝都軍だとまた変わって来るけどね。帝都軍の最高司令官は、帝都軍総司令官。その下に将軍、衛兵隊長、衛兵になる。
  まあいいか。
  ともかく、衛兵隊長が声を掛けて来る。
  「あの、何か?」
  「先程ここにミルヴァン卿が来たと部下から報告を受けてね」
  「あっ。はい。それが何か?」
  「断ったと聞いた。何故義挙に賛同しなかったのだ?」
  「……したさ。なのにアリスが……」
  ブツブツとヴィラヌスが口を挟んだ。
  拗ねてるなぁ。
  昔とちっとも変わらないぞこの性格。
  「ほう。君が反対したのか」
  「はい」
  「……ああ、すまない。名乗るのを忘れていたな。デュオンだ。衛兵隊長をしている」
  「アイリス・グラスフィルです」
  「よろしく。それで何故断った? 興味が湧いたのでね、聞きに来た」
  「立ち入るのが得策ではないと思いまして」
  正直な意見だ。
  仇と討つ者の濃い感情に介入するのが嫌だった。
  「ははは」
  「……?」
  「君は正しいよ。正しい。正当な手順を踏んでいるとはいえ、ミルヴァン卿の仇討ちは間違ってる。もっとも彼に賛同し私兵になる連中
  は義挙だと喜んでいるがね。結局のところは街の風紀を乱す原因さ」
  「乱す?」
  「誤解なんだ」
  「……?」
  「どちらも感情が捻れてしまっているんだ。これはもう、修復は不可能だろうけどね」


  デュオン隊長が話してくれた内容。
  ミルヴァン卿には病弱な妹さんがいた。その妹をミルヴァン卿は溺愛した。屋敷に閉じ込めた。
  深窓の令嬢?
  いいえ。籠の中の鳥だ。

  そんな彼女も人の子。
  恋愛をした。
  それが聖堂騎士(ステンダール聖堂に仕える騎士)だったグレンさんだ。2人は恋に落ちたもののミルヴァン卿は許さなかった。
  どちらかを選ぶ事になった。
  しかし妹さんは当然愛した男性であるグレンさんを選ぶ事になる。
  それから数年が経つ。

  彼女は死去。
  元々体の弱かった彼女には外界は過酷だった。それでも愛に殉じたわけだから不幸ではない。
  ……愛の為に死ぬ事が幸福だとは言わないけれども。

  グレンさんは無理をさせた自分の所為だと自らを責めた。苛め抜いた。
  ミルヴァン卿に亡くなった事を知らせた。
  その時、彼は自分の所為だと謝った。
  それが直接の原因だ。
  謝る事によってミルヴァン卿はやはりこの男の所為かと憎しみを燃やしたし、グレンさんはグレンさんで自分の所為だから復讐され
  ても仕方ないと思い込む。敵討ちはそうした感情の捻れから始まったのだ。
  
  空しい。
  空しい。
  空しい。
  そんな、空しいだけの間柄。
  きっとどちらかが死ぬまで終わらないのだろう。不毛であり、哀れであり、滑稽でもある。
  ……空しいね。


  言うだけ言って、デュオン隊長は巡回に戻って行った。
  取り残されるあたし達。
  ……朝から重たい展開だ。
  「ヴィラヌス」
  「まっ、関わるべきではないのは分かったよ」
  「よかったぁ」
  「そんなにホッとする事かよ?」
  「だってこれが原因でまたヴィラヌス心閉ざして引き篭もりにならないか心配だったんだもん」
  「……俺はヒッキーじゃねぇよ」
  「そう?」
  「そうだっ!」
  くすくすとあたしは笑った。
  バツの悪そうにヴィラヌスはソッポを向く。不用意に介入していたら、手痛いしっぺ返しを受けただろう。
  グレンさんの力量云々以上に関わるのは得策ではないのだ。
  濃い感情に関わっちゃ駄目。
  下手に関わるとその仇討ちに組み込まれてしまう。
  「だがお前分かったか?」
  「何が?」
  「何でグレンが仇になるんだ?」
  「妹さんは病死なのに?」
  「そうだ。だっておかしいだろ?」
  首をかしげ意味が分からないといった仕草。
  確かに分かりづらい。
  でも何となくではあるものの、あたしにはその意味が分かった。……ふふふ。あたしの方が大人かも♪
  「例えばヴィラヌス。大切に人が亡くなったとするよね」
  「……俺の兄貴か?」
  「そ、そうは言ってないよ」
  「例えだろ? だったら分かりやすい名前使った方がいいだろうが」
  「そ、そうだね」
  いちいち気を使わなくちゃいけない。
  日々、考えて言葉を選んでる。
  そこは幼馴染とか親友とかは関係ない。触れてはならない話題だから避けるのは人として当然。
  わざわざ穿り出すのは分かり合う事じゃない。
  それはただの性質の悪い傲慢だ。
  さて。
  「じゃあ、例えばあたしが……例えだよ? これは例えだからね?」
  「念を押すな。分かってる」
  「じゃあ、あたしがヴィラヌスの……」
  やはり躊躇う。
  別の例えを使うべきだ。そもそもヴィラヌスが持ち出した事なんだけど。ヴィラヌスは淡々と話を先に進める。
  「アリスが兄貴を死なせた。……それで?」
  「えっと、あたしはヴィラヌスに謝る。申し訳なくて心底謝る。しつこいぐらいに謝る。……どう思う?」
  「腹立たしくなるな。そいつの所為だと思い込むだろうよ」
  「その時あたしは仇になる」
  「……あっ」
  「つまりそういう事だと思う。グレンさんは真面目過ぎたからきっと謝り過ぎたんだと思う。元々グレンさんに面白くない感情を持ってた
  ミルヴァン卿は本気で憎む、恨む、狙う。だから仇の間柄になってしまった。……悲しい感情の捻れだよね」
  「そう、だな」
  ヴィラヌスは静かにそう答えた。

  
  その日はそれから街に出て、観光した。
  有名なパン屋にも行った。サルモのパン屋だっけ?
  焼き立てでおいしかったなー♪
  帝都に次いで大都市のスキングラードだから見所はたくさんあった。羊と触れ合う体験もしたし、ブドウ園で取れたてのブドウを試食
  させてもらったし楽しかったなぁ。牧歌的なコロールもいいけど、大都市の顔を持つスキングラードも捨てがたい。
  そんなこんなで夜。
  宿に戻ったあたしとヴィラヌスは、それぞれの騎士道についてビールを飲みながら(飲酒に関しては自己責任であり帝国の法律では
  未成年云々は関係ない)たくさん論じ合い、大いに盛り上がった。
  そして翌日。
  「……う、ううん……」
  痛む頭を押さえながらあたしは目覚める。
  背中が痛いと思ったら床で寝てたようだ。うー、途中から記憶がないよー。
  昨晩はいつまで飲んだのだろ?
  「んー」
  うわぁ。記憶ないのは初めてだー。
  飲んだ量も不明。
  頭がまだ覚醒していないのかな。イビキが聞える。ヴィラヌスはまだ酔い潰れて寝ているらしい。あたしも同じようなものかな。
  まだ目を瞑ったまま転がってる。
  それにしても背中が寒い。
  床で寝てるから痛いのは分かるけど寒いって何?
  毛布被ってるのに寒い。
  何でだろ?
  「んー」
  大きく伸び。身を起こす。
  今日はコロールに戻る日だ。そろそろ発たなきゃ。
  身を起こして初めて気付く。
  「あー。裸で寝てたのかー」
  毛布は今、腰の部分を覆っているものの……退けてみると、うん、全裸。なあんだ全裸で寝てたのか。寒いわけだ。
  「ヴィラヌス朝だよ」
  「ん? ……おお」
  ヴィラヌスは何も被らずにベッドの上で寝てる。
  ちぇっ。
  あたしは床で寝てたのに自分だけベッドか。しかもあたしは全裸なのにヴィラヌスはあたしの下着を着てるし。
  ブラまでしてる。あたしのお気に入りのブラだ。
  ずるいなぁ。
  「おう。アリスおはよう。……あー、頭痛いぜー」
  「あたしも」
  飲み過ぎた。
  滅多な事では酔わないんだけど、昨晩はお互いに話が弾んで飲み過ぎた。今後は気をつけよう。
  「んー」
  大きく伸び。伸びると気持ち良い。眼が醒めた。頭が醒めた。
  ……。
  ……。
  ……。
  「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  毛布で体を隠す。
  全裸っ!
  何でっ!
  「ヴィ、ヴィラヌスっ! ……よ、酔ってあたしに変な事してないよね?」
  「し、知らねぇよ俺はっ!」
  「本当に本当? あーんっ! どっちにしてもあたしお嫁行けないよーっ!」
  「そ、そんな時は俺貰ってやるよっ!」
  「……えっ?」
  「お、俺がいるぞ」
  しげしげとヴィラヌスを見る。……駄目だ。女物の下着を着用してる奴は信じれない。てか信じたくないっ!
  「この変態っ!」
  「へ、変態? 馬鹿野郎っ! 俺が全裸でも困るだろうがっ!」
  「だからってあたしの下着を何でフル装備してんのっ! まだパンツは分かるけどブラまで着用する意味分かんないしっ!」
  「覚えてないんだよ本気でっ!」
  「あ、あたし全裸だし、ヴィラヌスは女物の下着。……昨晩はあたしどんな事されたのーっ!」
  「アホかてめぇはっ! どんなプレイだよ一体っ!」
  「プレイって何っ! この変態っ! エッチっ!」
  「全裸女に言われたかねぇよっ!」
  「下着男っ!」
  「ま、まあ、少し落ち着け不毛な会話だこれはエンドレスだキリがないぞ落ち着けーっ!」
  ……一理ある。
  すーはーすーはー。
  深呼吸。
  思い出す。思い出す。思い出す。
  変な記憶が蘇っても困るけど、この状況で置き去りなままなのもそれはそれで困る。
  えっと、確か……。
  「俺、思い出した」
  「えっ? 本当?」
  「確かお前が酔った挙句に、今夜は全裸祭りよとか言い出したんだ。……ああ、間違いない」
  「そ、そうだっけ?」
  「ああ。俺も勧められた。むしろ脱がされた。どっちが全部先に脱ぐか競争よとか言ってたな、お前。確かお前の勝ちだった」
  「……」
  「それで確か……ああ、一階の酒場にビールの注文に行くから俺が服着ようとしたんだ。だが酔ってるから思考が変でな、服はいいや
  下着で行こうと思ったんだが俺の下着が見当たらなかったんだ。そしたらお前があたしの着てけと」
  「……」
  「……お、俺は女物の下着で酒場に顔出したのか。どんな変態だ俺は……」
  「……」
  削除しようっ!
  記憶を抹消しようこんなの嘘だ全部夢だーっ!
  「だ、だからってあたしの下着フル装備する必要なんてないじゃないのっ!」
  「逆切れかよっ!」
  「あたし下着なくなったじゃんっ! どうすればいいのよっ!」
  「返すに決まってんだろうがっ!」
  「返されても困るっ!」
  「じゃあ俺のパンツでもとりあえず……」
  「それも嫌っ! 乙女心分かってないっ! どうして男の人が着用した下着をあたしが身に着けなきゃいけないのっ! ヴィラヌスは
  良いよねあたしの女物の下着でニヤデレして喜べるんだからでもあたしは嫌なのっ!」
  「ニ、ニヤデレって……誤解を招く事を言うんじゃないっ!」
  「変態っ!」
  「何だとお前っ!」
  「何よっ!」
  不毛。
  不毛だ。
  「あーっ! もうイライラするっ!」
  立ち上がる。
  パサ。
  床に落ちる毛布。ヴィラヌスの視線があたしに集中する。
  「何よっ! 文句あるのっ!」
  「……ない。完璧です」
  「はあ?」
  「……文句ないです」
  「じゃあ、あたしに言うべき言葉があるでしょっ! ごめんなさいはっ!」
  「……アリス、その、あの、ご馳走様でした」
  「ご馳走様?」
  「……その、あの、この光景は一生の宝物にするよ。だからあまり自分を責めるな」
  「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああみーらーれーたーっ!」
  もう最悪です。
  はぅぅぅぅぅっ。





  その後。
  終始無言のまま、あたし達はスキングラードを後にした。
  ……気まずいなー……。





  「ただいま戻りましたー」
  コロールにある戦士ギルド会館に舞い戻る。
  ふぅ。疲れたなー。
  でも心地良い疲れだ。
  ヴィラヌスは家に戻した。剣術修行からの帰還の報告はあたし1人で充分だと判断した為だ。別に問題ないと思う。
  そんなに大事じゃないし。
  要は《ただいま戻りました》の報告だけだもん。
  執務室に入ると……。
  「……えっと……ただいま戻りました……」
  真剣な表情のヴィレナおば様。
  沈痛な表情の叔父さん。
  そして……。
  「マグリールさん?」
  「よお」
  鉄の鎧に身を包み、鉄の兜を被った小柄のボズマー(基本的に小柄なイメージがあるけれども)のマグリールさん。
  雑な仕事に定評(?)がある見習いメンバーだ。
  以前、仕事放棄した彼を庇った事がある。
  ここで何してるんだろ?
  「アリス、あのな……」
  「オレインは黙っていなさい」
  「……」
  叔父さんの言葉を制するおば様。
  いつになく真剣だ。
  あたしに対する視線も鋭く、表情も険しい。……叱られるのかな?
  でも、どうして?
  「アイリス・グラスフィル」
  「えっ? あっ、はい」
  フルネームで呼ばれたのは久し振りだ。
  あたしを娘のように可愛がってくれているおば様は、常にアリスと呼ぶ。なのにフルネーム。
  思わず緊張する。
  「貴女の様子がおかしいのでマグリールに調査させていました」
  「えっ?」
  顔色が変わるあたし。
  全裸祭りばれたっ!
  「ヴィラヌスを連れ出した真意は、勝手に依頼を受ける為ですか? 失望しましたよ、そんな嘘をつくなんてね」
  ほっ。違った。
  少なくとも生き恥はスキングラードに封印してきた。二度行くもんかスキングラードっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  だけど勝手に依頼を……ああ。クマ退治か。どうしてそれがヴィレナおば様に知られたのだろう?
  まあ、考えるまでもないか。
  マグリールさんだ。
  その証拠にこう言い放つ。
  「クマ退治。悪いけど監視してたんだ。……悪いな。俺には家族がいるんだ、だからチクらせて貰ったよ。良い金になったぜ」
  マグリールさん悪びれず。
  確かに悪くない。
  彼は仕事をしただけだ。だけど腹立つぞこのボズマーっ!
  「アイリス・グラスフィル。貴女は規約に背反しました」
  「そ、それは」
  「黙りなさい。貴女に弁論の余地はない。そして貴女の言葉に対する信頼は既にない」
  「……」
  マグリールさんを見る。
  ニヤニヤと笑っていた。別に不快感は感じない。彼は彼の仕事をした。それだけだ。
  でも、やっぱり面白くない。
  「ヴィレナ……」
  「オレインは黙りなさいっ!」
  「……」
  「本来なら貴方も疑うべきですが、アイリス・グラスフィルが修行に出ると言った時に貴方は彼女を止めた。だから今回の事は彼女
  の独断であると私は判断します。つまりは彼女の勝手な行動」
  「それは……しかしヴィレナ……」
  「黙りなさい」
  「……」
  叔父さんは関係ない。
  そう、あくまで今回に関しては関係ない。……前回のシェイディンハル行きとかは、叔父さんの策謀だけど。
  でもそれをあたしは口にする気はなかった。
  深々と頭を下げる。
  「申し訳ありません」
  「貴女には失望しました。戦士ギルドの規律に照らし合わせて処分します。ヴィラヌスに任務を与えてはならない、それは私が発し
  ている命令です。命令に背く者は等しく厳罰に処します。……アイリス・グラスフィル」
  「はい」
  「除名はしません。しかし今後はコロールの地を踏む事は許しません。この街から出て行きなさいっ!」
  「……はい」





  ……追放……。