天使で悪魔





クマの出没する季節





  食物連鎖。
  必ず食べるモノがいれば、食べられるモノが存在する。その二つの存在により世界は成り立っている。
  動物は純粋だ。
  人とは違い、その連鎖を忠実に実行する。
  人のように無意味な殺戮は好まない。意味がないからだ。

  二つの存在。
  食べるモノと食べられるモノ。しかし必ずしも食べられるモノは、食べられなければならないわけではない。
  誰にだって身を護る権利はある。
  それもまた世界の真理なのだ。






  シロディール地方の西の玄関口であるコロール。
  あたし達はシェイディンハルでの任務を完全に終了させコロールに舞い戻ってきた。
  あたしは任務。
  ヴィラヌスは建前的には剣術修行。しかもあたしとは別行動という事になっている。おば様に知れたら事だ。
  でもどうやら気付いてないらしい。
  コロールに戻って2日経つけど特に何も言われていない。
  「ダルはどうした?」
  「今日は店番だから来れないって」
  「ふぅん」
  「あっ。もしかしてヴィラヌスってダルが好きなの?」
  日差しが心地良い。
  久し振りにヴィラヌスと一緒にオークの木の下にいる。コロール市民の憩いの場所だ。
  葉と枝の間からこぼれる陽光。
  一番のお勧めスポット。
  向かいには戦士ギルド会館があるし、息抜きには丁度いい場所だ。
  隣に座っているのはヴィラヌス。
  最近は腐ってばかりだったからまともに話が出来なかったけど、叔父さんが秘密裏に仕事を回してくれたお陰でヴィラヌスの
  表情に精彩が戻りつつある。元気になってよかった。
  幼友達としては嬉しい限りだ。
  ……。
  あたし、ダル、ヴィラヌス。
  コロールで一番の仲良しの友達。
  さて。
  「なぁアリス。仕事はいいのか?」
  「仕事?」
  「母さんから聞いたぞ。実入りの良い仕事を蹴ったって。……俺に付き合う必要はないんだぜ?」
  「だってヴィラヌス拗ねるもん」
  「……拗ねるか餓鬼じゃあるまいし」
  「あははははっ。本音はシェイディンハルから戻ったばかりだからかな。少し骨休め欲しいし」
  「……」
  「ヴィラヌス?」
  「……そう言ってもらえると助かるよ」
  表情を曇らせた。
  何かまずい事言ったかな?
  話題を変えよう。
  「ヴィラヌス、おば様気付いてないよね?」
  「ん? ああ、多分な」
  シェイディンハルでの任務の事は叔父さんとあたしの秘密。
  おば様には知られては駄目。
  おば様はヴィラヌスが任務を受け持つ事を嫌っている。ヴィテラスのようになるんじゃないかって恐れてる。その危惧は分かる。
  だけど飼い殺しだと思うな。
  戦士ギルドから追放はしない、でも任務も与えない。
  ヴィラヌスの憂鬱も分かる。
  おば様の気持ちもまた分かるけど……どちらを立てる事は出来ない。だとしたらどちらが正論?
  ……ヴィラヌスかな。
  戦士ギルドに所属する以上は仕事をしたいのが普通だろう。
  事務系ならともかくヴィラヌスは戦士なのだ。
  同じ立場になればあたしだって不満を抱く、納得出来ない、結果として腐る。
  それは当たり前の論理だ。
  「楽しかったな」
  「えっ?」
  「仕事さ仕事。……俺達は戦士だ。どんな依頼だって死に直結する。それでも自分で選んだ道だから、戦士として存在出来るの
  はとても素晴しい事だ。オレインとアリスのお陰で久し振りに充実したよ」
  「あっはははははっ!」
  思わず吹き出す。
  怪訝そうな顔をするヴィラヌス。気付いてないのがまたおかしい。
  だってついこの間までいつも逆切れモードだったんだよ?
  いきなり殊勝な事を言い出すのがおかしかった。
  「何がおかしい?」
  「ヴィラヌスがおかしい面白い」
  「なにぃ?」
  「あっはははははっ!」
  友達って良いなと思った。
  いつまでも仲良くしてたいな。この先も、大人になっても、ずっとずっと。
  ……変わらない関係を祈って。
  「がっはっはっはっはっはっ! そこのへなちょこ2人、ちょっとこっちに来いっ! ああ、逢引するなら避妊具用意しろよーっ!」
  「……」
  叔父さん最悪です。
  はぅぅぅぅぅっ。


  叔父さんに呼ばれてギルド会館に。
  コロールの戦士ギルドは、シロディールに展開する戦士ギルドの本部だ。最上階にはギルドマスターの執務室がある。
  ギルドマスターはヴィレナ・ドントン。
  ヴィラヌスの母親であり、あたしを娘のように接してくれる優しい女性だ。
  「……」
  「……」
  沈黙するあたしとヴィラヌス。
  厳しい顔でヴィレナおば様がそこにいた。
  ……まさかばれた?
  ……叔父さんが密かにヴィラヌスに仕事を回した事を、そしてあたしも知っていながら叔父さんの企みに乗った事を。
  ここにいるのはその当事者ばかり。
  まずいなぁ。
  「アリス」
  「は、はい」
  凛とした声。
  最近は少し腑抜け(叔父さんの評価ですっ! あたしじゃないですっ!)ているけれど、その声を聞くと気が引き締まる。
  しかもやましい気持ちで一杯だから、余計に怖い。
  さて。
  「どうして依頼を断るのです?」
  「えっと、帰ってきたばかりですし」
  「では何故ヴィラヌスと一緒にいるのですか?」
  「お、幼馴染ですから」
  「何か企んでいませんか?」
  「ま、まさか」
  どうしてあたしばかり責めるのーっ!
  ヴィラヌスは我関せずという感じだし、叔父さんは《お前何かやったのか?》という厳しい顔だ。
  叔父さんが諸悪の根源じゃないのーっ!
  ……皆嫌いだ。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「おいアリス」
  叔父さんが口を開く。
  ……ヴィレナおば様側の人間みたいな顔はやめてください。
  「お前まさか」
  「……?」
  「ヴィラヌスと付き合ってるのか?」
  「はっ?」
  雰囲気が一気に変わる。
  「付き合ってるって……恋人として付き合うの、付き合う?」
  「他に何があるんだ馬鹿め」
  ……馬鹿って言われた。馬鹿って言われたーっ!
  ふーんだ。
  「おいヴィレナ。嫁が欲しくないか?」
  「ふふふ。可愛いお嫁さんがヴィラヌスに来るのは大歓迎。アリスなら申し分はないですね。……それで交際は本当ですか?」
  空気が和む。
  ……ああ。そういう事か。
  おば様は勘が鋭いから、シェイディンハルでの事をある程度は気付いていたのだろう。
  もちろん確信ではない。
  だからあたしに揺さぶりを掛け、真実の欠片が零れ落ちるのを待っていたのだ。
  そして今の叔父さんの言葉。
  これで一気に雰囲気が変わった。笑いに変えて煙に巻こうという策略なのだろう。
  ……だけど好奇に晒されるあたしはどうなるの?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あ、あたしとヴィラヌスは幼馴染ですっ! それだけですっ! 恋人になんかなるわけないじゃないですかっ! ……ねぇっ!」
  「……あー、そーだなー……」
  放心気味のヴィラヌス。
  何故に?
  「お前容赦ないな」
  「……? どういう意味、叔父さん?」
  「まあ、いい」
  こほん。
  咳払いを一つ。話題を変えるつもりらしい。
  「さてアリス。お前に良い仕事の話があるんだが……受けるか?」
  おば様も身を乗り出す。
  かなりおいしい仕事の話らしい。
  「アリスご指名の依頼です。あなたもかなり名が売れてきていますからね。当然受けますよね?」
  「えっと」
  少し考えてから、首を横に振った。
  仕事はいつでも出来る。
  「叔父さん、おば様。しばらく……と言っても数日程度でいいんですけど……その、修行に出たいんです」
  「おいアリス、修行って……」
  「分かってる叔父さん。良い話なのは分かるけど、あたしもっと強くなりたい。今回の仕事であたしは自分の未熟を知りました。
  シェイディンハルでフィッツガルドさんに出会ったんです。今のあたしの強さは、本当の強さじゃない」
  「それどういう意味ですかアリス?」
  「今のあたしはこの魔力剣のお陰なんです。もっと強くならなきゃ、剣に相応しくない。そう思うんです」
  正直にそう思う。
  オーガですらあっさり切り裂けるのは剣の力。
  あたしの力じゃない。
  今は剣の力で成り上がってるに過ぎない。ここで好い気になると、この先はない。いつまでも未熟なままだ。
  そしていつか勘違いする。
  自分は強いと。
  その時、あたしの目指す英雄への道は閉ざされる。虚像の強さでは意味がない。
  強くならなきゃ。
  強く。
  「分かりました。ギルドマスターとして許可します。任務には、別の誰かを向わせましょう」
  「しかしヴィレナ……」
  「ギルドマスターは私です」
  「……」
  「それに頼もしいではないですか。正しい強さへの探求。頼もしい限りです。……フィッツガルド・エメラルダを迎えたのは正しい判断
  でしたねモドリン・オレイン。アリスを良い方向に啓発してくれているようです。見事な師弟関係ですね」
  「それはそうだが……」
  師弟関係。
  あ、あたしとフィッツガルドさんって師弟関係?
  きゃっほぅー♪
  初めて言われた初めて言われた♪
  嬉しいなー♪
  ……。
  さて、ここで舞い上がってたら話はそこで終わってしまう。前回の教訓を生かそう。
  前回の教訓?
  そう。前回の教訓だ。
  「おば様、叔父さん。そこでお願いなんですけどヴィラヌスと一緒に修行に出たいんです。2人の方が切磋琢磨出来ますし」
  そして……。






  「どうしたのヴィラヌス。そんなんじゃ機敏な戦闘出来ないよーっ!」
  「ぜぇぜぇっ!」
  草原を走る。
  街道は使わずに草原を走る。
  今回の目的は修行であり、安全な街道を歩くのは目的ではない。
  既にコロールを旅立って2日。
  ここはどの辺だろ?
  まっすぐ南に移動はしているものの別に方位磁石は使っていない。だから真南に移動しているわけではないだろう。
  ただクヴァッチ方面に向っているのは確かだ。
  別にどこでもいいんだけどね。
  クヴァッチに行くのが目的じゃないし。
  「ふぅ」
  大きな泉に到着。
  綺麗な水だ。透明度は高い。多分飲めるだろう。
  両手で掬い、口に。
  ごくん。
  「おいしい。……ヴィラヌス、休憩しよう」
  ……。
  あれ?
  「ヴィラヌス?」
  振り返るもののいない。
  あれ?
  ガッチガッチャ。
  金属の音を立てて、ヴィラヌスが大分遅れて到着。顔中汗でびっしょりだ。
  「ぜぇぜぇっ!」
  「だらしないなぁ」
  ドサ。
  その場に倒れる。
  「任務から離れてたから鈍ってるの?」
  「……鎧の重さの差だ」
  「あっ」
  あたしは鉄の鎧。軽量化されている鉄の鎧で、体力のない者でも着込めるほどの重量だ。
  それに対してヴィラヌスは鋼鉄の鎧。さらに盾まで装備している。
  重量の差は歴然だ。
  なるほどなぁ。
  「早く言ってくれたらいいのに」
  「……気付くだろ普通……」
  投げやりな口調のまま、ヴィラヌスは倒れている。
  太陽は高い。
  「今日も良い天気♪」



  剣術修行。
  その名目で……いや、今回は本当に修行のみで叔父さんから任務は与えられていない。ともかく修行の為にコロールを離れた。
  ……ヴィラヌスと一緒に。
  おば様は任務を与えるのは頑なに拒否し、ヴィラヌスに与えてはならないと厳命している。
  しかし戦士ギルドからは追放していない。
  それはつまり一流の戦士になる事を望んでいるのは確かだという事だ。
  その証拠にシェイディンハル行きをあっさりと認めた。
  修行に関してはおば様も異義はないのだ。
  今回もそれを利用した。


  あたしとヴィラヌスは修行に出た。
  草原を走り、襲い掛かる野生動物やモンスターを撃退し、賊を退治し、時にお互いに剣を交えて高めあう。
  夜は夜で理想の戦士像を焚き火を囲んで話し合う。
  気の合う友達って良いな。
  この関係を大事にしたいと最近よく思う。

  今現在いる場所は正確には分からないけど、多分クヴァッチ方面だ。
  もしかしたら東に逸れてスキングラード方面かもしれない。
  まあ、場所はどこでもいいか。
  帰るべき期日は決められているものの、まだ大分余裕がある。
  さあて。
  今日はどんな修行を一緒にしようかなー♪



  「はぁっ!」
  「やぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  昼食後、あたし達は模擬戦。
  もちろん真剣だ。
  危険だけど神経が張り詰めた一戦が出来る。
  ……。
  まあ、本気で殺し合ってるわけじゃない。
  ある程度はお互いの呼吸が分かり合っている関係だから、簡単に防ぐ事が出来る。
  さて。
  「ヴィラヌスの盾の使い方、やっぱりうまいね。マゾーガと良い勝負だよ」
  「マゾーガ?」
  「マゾーガ卿。白馬騎士団時代の仲間」
  「ふぅん」
  「今頃どこで何してるのかなぁ」
  レヤウィン。
  そこの街を襲った深緑旅団との戦争の後、白馬騎士団は解散。メンバーはそれぞれ別の道を歩む事になった。
  マゾーガ卿。
  オーレン卿。
  シシリー卿。
  皆元気だと良いなぁ。今頃はどこで何してるんだろ?
  会いに来たくれたらいいのに。
  「……」
  「……あっ。ごめん。さっ、続きしよ」
  「……」
  「ヴィラヌス?」
  「なんかお前だけ大人になったみたいで、羨ましいな。……俺はまだ歩き出せずにいるのにな」
  ダルも同じような事を言ってた。
  あたしは変わった?
  「少し休憩しようぜ」
  「えっ? うん」
  その場に座る。
  稀にヴィラヌスは陰のある表情をよくする。
  母親であるヴィレナ・ドントンの過保護に対する不満からか、それとも兄であるヴィテラスの死を引き摺ってるからか。
  多分、両方だ。
  あたしが力になってあげなくちゃ。
  あたし達友達なんだから。
  ガサ。
  「ん?」
  茂みの方から音がした。
  瞬時に剣を取り、身構えるあたし達。モンスターや野生動物は多いし、賊もいる。
  気をつけ過ぎて損をする事はない。
  「……」
  「……」
  しかし何も飛び出してこなかった。
  ふぅ。溜息。
  「ここらで休憩は物騒そうだな。……おっ。あれは……」
  「どうしたのヴィラヌス?」
  「建物がある」
  「あっ」
  ほんとだ。
  遠目だからよく分からないけど、家がある。
  「休ませてもらおうぜ」
  「うん」



  そこは個人農場だった。
  シャルドロックという農場らしい。地図で調べると、丁度クヴァッチとスキングラードの中間地点にある。
  農場の主はソアリー・エセルレッドさん。
  頼んで憩わせてもらった。
  「ふぅ。なかなかハードな修行だぜ」
  「明日辺りには帰る?」
  「母さんうるさいしな」
  「あははは」
  ソアリー・エセルレッドさんはあたし達を家に上げてくれた。……まあ、それなりにお金払ってるけどね。
  当の本人は外で畑仕事。
  農業の他に牧畜もしているらしい。羊が五匹ほどいた。……四匹だった?
  個人農場にしてはリッチな部類だと思う。
  農業は国の礎である、そう元老院が宣言し優遇政策が取られている為に個人農場は儲かるのだ。
  それにしても……。
  「凄い柵だね」
  「アリスも気になったか。俺もだ」
  家を囲うにしては物々しい柵だと思った。
  まあ、この近辺までは帝都軍巡察隊も来ないから自警の意味もあるのだろう。野生動物に襲われない為の対策だ。
  壁には弓矢と剣が立て掛けられている。
  ガチャ。バタン。
  建物に隣接している畑から戻ってくるソアリーさん。
  少し憂鬱そうだ。

  「もう少しちゃんとしたおもてなしをすべき何だろうけどちょいと困った事になっていてね」
  「困った事?」
  ああ。
  憂鬱なのは、その困った事の所為か。
  あたし達は顔を見合わせる。
  どう転んでもこれは厄介ごとだ。基本的に回避した方がいい。ただでさえヴィラヌスは任務から遠ざけ……。
  ああ、そうか。
  これは任務じゃない。ただの人助けだ。
  「ヴィラヌス」
  「分かってるよ」
  瞳を輝かせるヴィラヌス。
  戦士ギルドの任務にこだわる必要はない。街の外に出さえすれば、民間人からの頼み事はゴロゴロと転がっている。
  「よろしければお力になりますよ」
  「本当かいっ!」
  「腕には自信がありますので」
  「助かるよ。いや本当に。クマを何とかして欲しいと思ってたんだ」
  「クマ」
  「ただでさえ少ない羊がここの所襲われててね。柵を作れば何とかなると思ったけど、まるで効果がなかったよ」
  「なるほど」
  あの柵はクマ対策か。
  クマも強い部類なのは果てしなく強い。ただの野生動物だと思って侮ると怪我をする。
  モンスターよりも野生動物は弱い、その考えは間違いだ。
  さて。
  「ウェストウィルドのクマの一団が羊を襲って、引き摺って行くところを見たんだ」
  「クマの一団」
  複数か。
  数が増えるとかなり厄介だろう。
  「自分じゃクマ達を撃退出来るとは思ってない。だけど数さえ減らしてくれれば、別の場所に追い払えるんじゃないかと思うんだ」
  妥当な判断だ。
  この広い草原、全てのクマを倒せはかなり無理だ。ある程度の数を減らせばいいのなら、受けよう。
  それなら長引かないだろう。
  長引くとまずい?
  ……まずい。
  あんまり長期でコロールを空けると、おば様に怪しまれる。
  ヴィラヌスの立場の為だ。

  「倒してくれたら報酬も出すよ。条件はこんなのでどうでしょ」
  「はっ?」
  急にオカマっぽくなったぞこの人。
  ……危ない人?


  ひょんな事からクマ退治を依頼されたあたし達。
  冒険者としての仕事だ。
  戦士ギルドを通していないので、勝手に依頼を受けたなー……と追求される事もないだろう。
  ……多分。
  「ふぅ」
  「おーい。何か見えるか?」
  「何にも」
  「待ちはきついぜ」
  ヴィラヌスがぼやく。
  彼は羊の柵の側でクマを待ち構えている。あたしは屋根の上に登り、ソアリーさんに借りた弓矢を持っている。
  当てもなく探し回るのは帰って危険だと判断した。
  ここにいればクマは来るだろう。
  ここに来れば羊が食べれると味を占めているだろう。動物だって学習する。いずれにしても羊狙いでここに来るはずだ。
  羊を全部食べつくしたら?
  ソアリーさんを食べる。
  食べ物がなくなるまでシャルドロックを襲い続けるに違いない。
  ……。
  ちなみにソアリーさんは剣を持って家の中で震えてる。
  羊は柵の中。
  家の中に避難させようとしていたソアリーさんをあたし達は止めた。いつもと違う状況だとクマが警戒するからと。
  実際は嘘。
  餌としてここにいてくれないと、クマを誘き寄せれない。
  責任持って護るけどね。
  「来たっ!」
  「来たかっ!」
  ヴィラヌスにはまだ見えてないだろうけど、クマが一頭草原を爆走してくる。
  矢筒からあたしは矢を抜く。
  「……」
  矢をつがえ、放つ。
  ひゅん。
  その矢は鋭い凶器となってまっすぐと飛び、次の瞬間クマは大きく仰け反ってその場に倒れ伏した。
  額を貫いている。
  一撃必殺。
  「すげぇな」
  「えへへ」
  英雄目指して日夜頑張ってますから。
  実戦経験の少なさは認めるけど、武器の扱いに関しては一通りは精通している。
  矢に関しては白馬騎士団時代にオーレン卿にみっちりと教えてもらったし、自信があるのだ。
  その時……。
  「えっ?」
  羊の怯える鳴き声で我に返ると、柵を登ろうとしていたクマ。
  陽動っ!
  クマにそこまでの連携が出来るとは思ってなかった。油断した。
  「はぁっ!」
  剣を構えて突きを繰り出すヴィラヌスに向って別の角度からクマが突っ込んできた。
  幸いにもヴィラヌスの反応は早く、盾でガード。
  「ぐっ!」
  しかし受け止めるには、クマは怪力過ぎる。
  ヴィラヌスは苦悶の声。
  「このぉっ!」
  上段から振り下ろす。
  剣はクマの脳天に振り下ろされた。これで二頭目。
  バキっ!
  柵を壊したクマ目掛けて矢を放つ。
  グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  憤怒の声を上げるクマ。
  右眼に突き刺さったものの、致命傷にはならなかったようだ。
  何てタフな奴っ!
  タッ。
  ヴィラヌスは地を蹴り、クマに肉薄する。……クマの右側に。
  右の視力を失っている為にすぐに反応出来ず、剣の一閃で大量の血を撒き散らしながら弱々しく倒れた。
  ザシュ。
  容赦なくトドメを刺す。これで三頭目。
  ヴィラヌスの行動は非道だとは思わない。むしろあのまま放っておいた方が非道だ。
  楽にしてあげたのは優しさ。
  ……おかしいね。殺して優しさだなんて。
  さて。
  「こいつらなかなかやるな」
  「頭良いよね。……また、来た」
  三頭が迫る。
  それぞれ別々の方向から。矢をつがえ……放つっ!
  ひゅん。
  頭を射抜かれてその場に転がる。
  残り二頭。
  屋根から飛び降り、弓を左手に、右手には剣を抜き放つ。
  「行くよヴィラヌスっ!」
  「おうっ!」
  それぞれの敵に向って走る。
  あたしが相対したのは、あの群れの中では一番大きなクマだ。立ち止まり、剣を静かに構える。
  正眼に構える。
  ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!
  咆哮。
  次の瞬間にクマは俊敏な動きで襲いかかって来た。
  あたしは腰を沈めて剣を一閃。
  「はぁっ!」
  フィッツガルドさんの作り出した雷属性の魔力剣はあっさりとクマの肉体を切り裂いた。切り裂いた次の瞬間には、肉体は
  死体へと変じていた。ヴィラヌスの方を見る。
  クマとガチンコバトルを演じている。
  ひゅん。
  瞬時に矢をつがえて放つと、その矢はクマの背に深々と突き刺さる。その隙を突いてヴィラヌスの剣がクマの喉元を貫いた。
  抗議の声。
  「勝手に人の獲物を取るんじゃねぇよっ!」
  「早い者勝ち♪」


  「……信じられない」
  クマの死体を見てソアリーさんは絶句した。
  確かにクマ達は強かった。
  頭も良かった。戦略もあった。
  自然は大いなる驚異なのだ。今回は万事うまく行ったけど、次もそうなるとは思わない。
  報酬は本。
  ただの偶然ではあるだろうけど『戦士ギルドの歴史』という本だった。
  あたし達は戦士ギルド。
  歴史を知るには良い機会ではある。……でも偶然って怖いなぁ。組織の関連本をゲットするなんてね。
  「よくやってくれたっ!」
  「はい」
  「これで遅かれ早かれクマ達も出なくなるだろう。群れからはぐれたのが何頭かいるかは知らないけど、一先ずは安心だ」
  「……」
  そこは曖昧に微笑した。
  確証なんてないからだ。あの群れの生き残りもいるだろうし、いないにしても別の野生動物が順番で待っている。
  街を離れて生きるのはリスクがあるのだ。
  次はどの生き物が繁殖するのか、誰にも分からない。
  ソアリーさんはそれに気付かずに喜んだ。
  まあ、いいけど。
  確かにこの近辺に物騒なのが出なくなる可能性だって充分にあるのだから。
  超ポジティブな人みたい。
  彼は笑いながら言う。
  「いつでもまた遊びに来てくださいな」
  「……」
  やっぱりオカマっぽい人だ。


  こうして剣術修行は終わった。
  コロールに帰ろう。