天使で悪魔





冷え切った復讐




  任務は終わった。
  シェイディンハルにてこなした任務は二つ。

  採掘坑を襲撃し巣食っていたゴブリンの殲滅。
  ダイビングロックの恐怖と呼ばれるモンスター退治。……こちらは結局、モンスターとは遭遇できずに幕を閉じたけど。
  ともかく全て終わった。

  今回同行してくれたフィツガルドさんとは、ブルーマで別れた。
  ブルーマ方面にいるらしい偽吸血鬼ハンター(正確には偽者と思われる)を探すのが目的らしい。
  ダイビングロックでは悲しい結末だっただけに、早く元気になって欲しいな。
  今じゃあたしの心のお師匠様だし。

  後はコロールに戻るだけ。
  そう思ってたけど……。





  「お前らに次の任務があるぞ。喜べ見習いども」
  「はっ?」
  コロールに戻る旨を報告しにシェイディンハルにある戦士ギルド支部の会館に入った途端、第一声にそう言われた。
  言ったのはオーク。
  この支部を束ねるバーズ・グロ=キャッシュさん。
  口が悪い。
  むちゃくちゃ言葉遣いが悪い。
  まあ、相手の方がはるかに階級高い(叔父さんの次に偉いガーディアン)から仕方ないけどね。
  ……。
  関係ないけど、オークの姓名には必ずといっていいほど《グロ》と付くなぁ。
  何か意味があるのかな?
  まあ、関係ないけど。
  「あの、あたし達帰るんですけど……ねっ?」
  「ああ」
  ヴィラヌスも頷く。
  今回の一連の任務はヴィラヌスに実戦経験を積ませる事。それが趣旨だ。
  しかしその趣旨を画策したのは叔父さん。
  ギルドマスターでありヴィラヌスの実母であるヴィレナ・ドントンは知らない。ヴィレナおば様は、ヴィラヌスを一線から退かせるべく
  今まで任務を与えなかった。それを徹底してた。叔父さんが秘密裏に任務を与えていたのを知ったら喜ばないはず。
  だからまずい。
  一応は剣術修行の名目でコロールを離れているヴィラヌス。
  それだって期限付きだ。
  期限が過ぎると、今後のヴィラヌスの生活に影響する。
  つまり戻るのに遅れればさらに制限された生活を送る破目になりかねない。
  「一日ぐらいいいだろ?」
  「それは……」
  「今回の任務はマジな任務だ。……まあ、いつだってマジな任務だがな。今回はシェイディンハル都市軍との合同任務だ」
  「……っ!」
  事態が事態だけに、あたしもヴィラヌスも息を呑む。
  都市軍のと共同任務?
  ……。
  軍、というといかめしい感じだけど、要は衛兵の事だ。
  さて。
  「まだ期限があるから、話だけでも聞こうぜ」
  「えっ? あっ、そうだね」
  軍と共同で動くなんてよっぽどの事だ。
  事態の重さに湧くのは不謹慎ではあるものの、やっぱり気持ちは昂ぶる。
  これって職業病かな?
  バーずさんはニヤリと笑った。
  「聞くって事は、受けるって事だぜ? いいんだな、見習いども?」
  ヴィラヌスと顔を見合わせる。
  同じ考えが顔に浮かんでいる事を知り、大きく頷いた。
  「良い子だ見習いども」
  「……」
  揶揄するような言葉であっても、あたし達は何も言わない。
  黙って先を待つ。
  それにバーズさんは口ほど悪い人ではないのが分かったからだ。叔父さんよりも少し偏屈といった感じかな。
  労りもどこかにあるのだ。
  フィッツガルドさんはダイビングロックで人を殺した。ある意味で犯罪であり、またある意味では無罪でもある。正当防衛の類にも
  なるケースだと思う。
  殺された相手は、ダイビングロックの恐怖……つまりはウダーフリクトとと思い込んでオーガとオークの混血児を襲った。そして
  殺した。一歩間違えたらあたし達だって巻き込まれた可能性もある。
  フィッツガルドさんはそれを報告しろと言った。
  結果追放になってもいいと言った。
  迷ったけど、バーズさんに報告。するとそれは仕方のない事だと言い、不問として処理した。
  口調ほど悪い人ではないと思った瞬間だった。
  さて。
  「実は前回のゴブリンがどこから来たのかが、お前達がダイビングロックに行っている間に判明した。今回はそいつらの討伐だ」
  「はい」
  「荒涼たる採掘坑の西に位置する、採掘しつくされた鉱山が根城だと判明したのだ」
  「はい」
  「今回の依頼元は鉱山ギルドからだ」
  鉱山ギルド。
  ようは各地にある鉱山を買い取り、採掘し、運営してる組織だ。あまりポピュラーではないギルド。
  知らない人も多い。
  あたし?
  あたしは、戦士ギルドという職務柄で色々と知っておく必要があるから、知ってた。……何か知的な女性みたいで格好良いかもー♪
  ……。
  鉱山ギルドがポピュラーではない理由が、大抵の鉱山にはモンスターや盗賊等が殴り込んできて制圧してしまうから。
  だから一般人は鉱山=誰のモノではない、と思い込んでしまっている。
  一応は鉱山ギルドが帝国元老院から買い取り、採掘の基盤を整え、坑道を掘り、さあ採掘だー……というところで横合いから奪わ
  れてしまっているのが現状だ。特に都市から離れた場所ではその傾向が強い。
  一応は私兵を持っているものの大抵は返り討ちになってる。
  その結果、鉱山ギルドは散財を繰り返している。
  何か可哀想かも。
  ヴィラヌスが口を挟む。
  「依頼元は分かったが、何だって都市軍が連動するんだ?」
  「よく聞け若造。前回のゴブリンに奪われた採掘坑は鉱山ギルドが保有し運営に成功している数少ない鉱山だ。これ以上鉱山の
  機能が麻痺しての赤字決済は避けたいのだそうだ。だから元を断ちたいわけだ」
  「都市軍が関わる理由が分からんのだが」
  「今言うから聞け。……要は簡単だ。シェイディンハルにしても鉱山が機能していない場合、税収に影響が出るからだ。ついでに言
  うと都市軍の都合だな。この間まで悪徳衛兵隊長が街を恐怖で支配してた。現衛兵隊長はそのイメージを払拭したいのだろうよ」
  「なるほどな」
  あたしもヴィラヌス同様に納得する。
  基本的に都市軍は都市の中にしか興味がない。普通なら都市の外にある鉱山には関わらない。
  ハックダートだって都市の外だったという理由だけで、コロール都市軍は動かなかった。
  なのに今回シェイディンハル都市軍は動く。
  悪徳と不正の脱却が目的らしい。
  もちろんあたし達には都市軍の都合なんかどうでもいい。
  連動して動く。
  その一点だけが興味の対象だ。
  「おいダンマー」
  「はい?」
  「この間のオーク達はどうした?」
  「帰ったみたいですけど」
  まだシェイディンハルにいるようなら先に戻るように伝えておいて。それがフィッツガルドさんの伝言だった。
  あたしはそれを伝えた。
  恐らくもう帰ったのだろう。確か……スキングラードだっけ?
  アントワネッタさんに変に怒られたなぁ。

  「あたしのフィーに手を出したら殺すからねっ!」
  「えっと……はい?」
  「あたしはフィーを愛してるの♪ ……あんたとは訳が違うんだからね。姉妹愛は永遠に不滅なのさ♪」
  「えっと、フィッツガルドさんの事は負けないぐらい大好きなんですけど。尊敬してますから」
  「大好き……むきーっ!」
  「ちょっ! 痛いですってーっ!」

  ……。
  ……以上、回想でしたー。
  姉妹ってあんな感じなのかな?
  ちょっと理解不能だけど仲が良いのって羨ましいなぁ。きっとお互いに尊敬し敬慕し合ってるからあんなにも言えるのだろう。
  あたしフィッツガルドさんの妹に生まれればよかったなぁ。
  あっ。
  おじさんとフィッツガルドさんが結婚したら、あたし義理の姪になるんだ♪
  そうなるといいけど、フィッツガルドさんモヒカンのダンマーきっと嫌いだろうなぁ。
  家族になるにはどうしたら……。
  「おい聞いてるのか見習いダンマーっ!」
  「は、はいっ!」
  聞いてませんでしたー……とは言えない。
  叔父さんと同じタイプだと思おう。鬼軍曹タイプなのだ。
  「採掘されつくした鉱山は名の通り既に何の意味も成さない。しかしそこにモンスターが巣食い、害を成す以上は討伐せぬばならん」
  「はい」
  「あのオーク達がいれば参加してもらおうかと思ったが……まあ仕方ない。リエナ達を先行させてある。戦士ギルドからの人数はお
  前達を入れて5名。都市軍はギャラス隊長以下20名。しかし数は関係ねぇ。戦士ギルドの力を見せてやれっ!」
  「はいっ!」
  大きく叫ぶ。
  さあて。お仕事お仕事っ!



  採掘されつくした鉱山。
  その名の通り既に鉱脈が尽きた……とされる鉱山だ。数年前からゴブリンは住み着いていたらしい。
  しかし何の鉱物も出ないと分かって放棄した後だったので無視されてきた。
  その間にゴブリン達は増えてたのだろう。
  その結果がこの間のゴブリン退治だ。
  このまま放置しておけばいずれまた襲撃される。開発する度にモンスターや賊の類に頭を悩ませている鉱山ギルドにしてみれば
  数少ない稼動している鉱山を失うのは手痛いのだろう。
  だから戦士ギルドに依頼してきた。
  それを聞きつけたのがシェイディンハルの衛兵隊長ギャラス。
  新任の隊長で、前任の不正をしていたウルリッチ隊長の失脚後に隊長に昇格した若き熱血漢だ。
  市民の信頼回復の為に日夜努力している為、人気が高い。
  今回のゴブリン退治に加勢を申し入れてきた。
  人数は向こうが上だし公的機関ではあるものの、立場としては対等。
  戦士ギルドにしても元老院から特権を与えられている。その特権により衛兵と同等の権限を持つに至っている。
  さて。
  鉱山の前で完全武装している集団がいる。
  衛兵隊(基本的に都市軍とは同義の解釈。その都度呼び方が違うだけ)だ。
  既にリエナさんも来ていた。
  リエナさんは前回のボズマー&オークのペアを引き連れている。
  ……。
  一応、今回は皆武器持ってます。
  隊長格の人があたし達を見つけ、手を振った。
  「私はギャラス。衛兵隊長だ。君達が戦士ギルドの援軍かね?」
  「はい」
  頷くと同時に、異臭に気付く。
  ふと見るとゴブリンが数体転がっていた。
  「ああ、気付いたかね。連中は何度か戦闘を仕掛けてきたんだ。返り討ちにして、これぞ好機と判断して援軍を待たずに鉱山に突撃
  したら今度は我々が返り討ちにあった。負傷者が数名いるが、傷の手当ては済んだ。戦力に問題はない」
  「返り討ち?」
  ヴィラヌスが眉を潜める。
  衛兵は20名。
  しかも完全武装だ。
  これだけの数の完全武装の衛兵がいれば、ゴブリンの巣窟一つは簡単に潰せる。
  返り討ちは確かにおかしい。
  敵の数が多いのだろうか?
  「そんなにゴブリンがいるんですか?」
  「ああ、それもある」
  「それも?」
  「数は思ったより多いが武装をしていないゴブリンがほとんどだ。知能レベルは低い部類だな」
  ゴブリンは知能の高い低いで武装が異なる。
  部族によっては盾を装備したり、弓矢を操ったりする。罠や毒も駆使する。
  雑魚なのは本気で雑魚だけど油断する火傷する。
  強い部族は本気で強い。
  時にミノタウロスやオーガですら敵わないほど強いゴブリンの部族もいるのだ。
  そういう部族を従えるシャーマンやウォーロードはさらに一等強い。
  しかし武装をしていないのであれば。
  ここにいるゴブリン達は低レベルに違いないんだけど……どうして衛兵隊が苦戦するのだろう?
  リエナさんがうんざりするように言う。
  「一匹凄い奴がいるんだよ。そいつが出て来たお陰で撤退してここにいるんだ」
  「凄い奴?」
  「ゴブリン・ネザーボスだよ」
  「ゴブリン・ネザーボス?」
  聞いた事のない響きだ。
  ただ、ヴィラヌスは顔色を変えていた。知っているようだ。勉強しているんだなぁ。
  あたしも頑張らなきゃ。
  ヴィラヌスに聞いてみる。
  「どんな奴?」
  「完全なる突然変異だ。一生涯に一度出会うか出会わないかの遭遇率だ。……まず会いたくないんだがな」
  「強いの?」
  「オブリビオンの魔人と対等に張り合うほど強いんだよ。シャーマンやウォーロードなど比べ物にならないほどに強い。今の俺や
  アリスでは悔しいが正直相手が悪い。敵うかどうか分からん。恐れる理由分かったか?」
  「分からない」
  「あのな、アリス……」
  「だってあたし達は仲間だから」
  「はっ?」
  何を言い出したんだこいつ。そんな目でヴィラヌスはあたしを見た。
  他の面々も同じよう感じだ。
  あたしは続ける。
  「強い相手なら一緒に戦えばいい。一人じゃないんだから、連携して戦おう」
  「……」
  一同沈黙。
  それから弾けるようにギャラス隊長は笑った。
  「ははははははっ! 逆境に強いな、君は。だか確かにその通りだ。我々衛兵隊はウルリッチの不正には口出し出来なかった。ずっと
  それが続くものだと。しかしそれは終わった。1人のブレトンの女性が教えてくれたのだ。不可能などないと。勝つぞっ!」
  「はいっ!」
  『おーっ!』
  衛兵達、リエンさん達、少し躊躇った後にヴィラヌスも叫んだ。
  あたし達はやれる。
  負ける要素なんてない。そう信じて、戦おう。
  ……。
  だけど不正を終わらせたブレトンの女性って誰だろう?
  最近はブレトンの女性と聞くとフィッツガルドさんを想像してしまうけど……街を救ったりもしてるのかな?
  だとしたらますます尊敬しちゃうなぁ。
  ギャラス隊長は部下達に命令。
  「ここに陣を構築しろ。鉱山で戦うのは数の面での劣勢を補えるものの、各個撃破される可能性も高い。ここに陣を敷き、ゴブリン
  どもを誘い出して野戦を仕掛ける。さあ、陣の構築を始めろっ!」
  『はいっ!』
  決戦迫る。


  深夜。
  あたしとヴィラヌスは焚き火の側でウトウトとしていた。
  陣を構築するといっても、物々しい砦を構えたりするわけでもなければ物見櫓を建てるわけでもない。
  篝火を四方に設置する程度だ。
  深夜といえども、篝火のお陰でこの辺りは明るい。
  この場所からは鉱山がよく見える。
  鉱山の入り口がよく判別できる距離だ。そう遠くはない。ゴブリンの斥候がうろちょろしている。
  向こうも夜襲を仕掛ける程度の知能はある。
  仕掛けてくるなら夜だろうとギャラス隊長は言っていた。当のギャラス隊長は持参したテントの中で寝てるのかな?
  一応、あたし達は見張り。2人だけの見張り。
  何かあったらすぐに叫んで皆を起こそう。
  幸い篝火のお陰で接近されたらすぐに分かる。向こうから弓矢で狙撃するには、少々地形が悪い。
  その為に狙撃の心配は薄いだろう。
  お陰で安心して焚き火の側で見張りが出来る。
  ごくり。
  あたしはコーヒーを口に含む。
  「ふぅ」
  思えば最近は色々な仕事引き受けてるなぁ。
  レヤウィンでは白馬騎士になったし。
  帰ってからはたくさんの依頼を与えられた。あたしの裁量で解決する権限も与えられた。
  叔父さん信じてくれてるんだ、あたしの腕を。
  嬉しいなぁ。
  「なぁ」
  「何、ヴィラヌス?」
  「……その、今まで悪かったな」
  「今まで?」
  一瞬分からなかったものの、すぐに理解した。
  実戦から遠ざけられて以来ヴィラヌスはずっと腐ってた。いつもピリピリして、いつもトゲトゲしてた。
  あたしとダル、ヴィラヌスはずっと友達だった。
  なのに最近はうまく行ってなかった。
  もちろんヴィラヌスは男の子だからいつまでも女の子と遊ぶのは嫌なんだろうけど……やっぱり少し寂しかったかな。
  詫びている理由。
  それは今までの態度を少し恥じているのだろう。
  あたしは陽気に答える。
  「うん。反省してね♪」
  「……」
  「あははは」
  「ちっ」
  忌々しそうにソッポを向くヴィラヌス。
  それが楽しくてあたしはまた笑う。
  ひとしきり笑った後に、しばし沈黙。ヴィラヌスはただ焚き火の炎を見つめていた。そして炎を見つめたまま、あたしに問いかけてくる。
  「なぁ」
  「何?」
  「アリスはその、好きな奴とかいるのか?」
  「……?」
  好きな奴?
  真意は分かりかねたけど、頷く。
  「いるよ」
  「何っ! 誰だそいつは俺の知ってる奴かっ!」
  「フィッツガルドさん」
  「……」
  「あたし尊敬してるんだぁ。あたし大好き♪」
  「……い、いや、そういう好きじゃないんだ。その、えっと……あー、そうそう。異性で好きな奴だ。いるのか?」
  「叔父さんかな」
  「……もういい……」
  はぁ。
  溜息をついて、ヴィラヌスはその場に横になる。
  その場と言っても、何か敷いてあるわけじゃない。土の上だ。まあ泥の上じゃないから特に気にしてないんだろうけど。
  星を見ながらヴィラヌスは呟く。
  「俺、正式にはもう仕事もらえないのだろうか?」
  「そんな事はないよ」
  「そうかな?」
  「うん。今はメンバー少ないから」
  ヴィテラスと精鋭の全滅。
  それに関しての対策もしなかった。そこに付け込んで勢力を伸ばしたのがブラックウッド団。
  ギルドに失望し脱退が相次ぎ、またブラックウッド団に転向する者も相次いでいる。
  ヴィラヌスが一線から遠ざけられているのもそこにあるだろう。
  「人数がまた以前みたいに増えたら仕事に出れるよ」
  「お守り付きじゃなきゃ俺は頼りないって事か?」
  「そ、そう言う意味じゃ……」
  「分かってる。分かってるよ」
  その時だった。
  「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!」
  甲高い妙な声が響き渡る。
  それと同時に無数の走る音。
  来たっ!
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァンっ!
  とりあえず向ってくるゴブリン軍団に一発放つ。そしてヴィラヌスが叫んだ。
  「来たぞっ!」
  数分で接触するだろう。
  構えるのには充分過ぎる時間だ。あたしの放った小さな火球はゴブリンを一体焼き尽くす。今のうちに数を減らそう。
  「煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄ぅーっ!」
  フィッツガルドさんの煉獄の五分の一以下の威力と範囲ではあるものの、使い方次第では結構役立つ。
  最下級のゴブリン程度なら容易く屠れる。
  ゴブリン軍団は50はいる。
  恐らく鉱山にいる戦力全てだろう。煉獄で三匹を屠った。
  あと2分で接触する距離だ。
  完全装備のギャラス隊長が、弓矢を手にした衛兵達を引き連れて応援に来た。リエナさん達も駆けつける。
  「構えっ! ……射よっ!」
  矢が飛ぶ。
  衛兵隊が放つ無数の矢。そこにリエナさんの矢も加わり、あたしの煉獄も加わる。
  勝敗は一瞬で決した。
  矢が刺さる音。
  悲鳴と絶叫。
  風に乗って血の臭いが辺り一面に漂う。
  ゴブリン軍団は一気に総崩れだ。
  今ので倒れたゴブリンは10にも満たないものの、怖気づき、尻込みしている。突撃が止まる。
  「突撃っ!」
  ギャラス隊長の命令の元、あたし達は喚声を上げて突っ込む。
  衛兵達は剣を抜き放つ。
  「行くぞアリスっ!」
  「うんっ!」
  タタタタタタタタタタタタタタタタタタタっ!
  ゴブリン軍団に突撃開始っ!
  全てはあたし達の作戦通りだ。
  野戦に引き出す事で相手を一網打尽にする魂胆が見事に的中した。入り組んだ鉱山の中では各個撃破されかねない。
  それを恐れ、野戦を選択した。
  ゴブリン軍団も数で圧倒しているので調子に乗って野戦を仕掛けてきた。
  それが間違いだ。
  普通にぶつかるだけなら、数で圧倒されていてもそうそう負けない。ゴブリンに負けるようなら衛兵にはならない。
  あたし達?
  あたし達は実戦だけなら衛兵よりも上だ。
  ゴブリンなんかに負けるもんかーっ!
  「はぁっ!」
  一刀の元に屠る。
  ゴブリンの手には錆びた武器。剣だの斧だのと色々とバリエーションはあるものの……。
  「やっ!」
  上段に振りかぶり、錆びた剣でガードしたゴブリンを武器ごと一刀両断。
  あたしの剣はフィッツガルドさんのお手製なんだぞっ!
  「そんなナマクラで相手できるもんかっ!」
  群がるゴブリンを切り伏せていく。
  剣を振るう度に確実に一つの命を奪う。ヴィラヌスも負けじと奮戦している。
  「甘いぜっ!」
  繰り出される棍棒を盾で防ぎ、剣を一閃。ゴブリンは横腹を薙がれて地に伏す。剣と盾のコンビネーションはヴィラヌスには遠く
  及ばない。まあ、そもそもあたしは盾使ってないけど。
  戦闘は乱戦へと移行していく。
  既に矢での援護は困難だ。味方に当たる懸念がある。
  ……普通の腕なら。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  あたしに挑みかかろうとしていたゴブリンが、ヴィラヌスの背後に回っていたゴブリンが、倒れている衛兵にトドメを刺そうとした
  ゴブリンが瞬時に射抜かれて倒れる。
  際立った腕。
  リエナさんの弓矢はオーレン卿と良い勝負だ。
  事態はあたし達のペースだ。
  数の上ではまだ多いゴブリン軍団ではあったものの、当初の数の半分にまで落ち込んでいる。
  勝てるっ!
  そう思った瞬間、一匹のゴブリンが素早い動きでヴィラヌスに挑みかかった。
  大きさは普通のゴブリン。
  しかし鎧を着ている。
  何より違うのが立派な角があるという事。
  「くっ!」
  「ゲゲゲっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  顔を歪め、苦戦を強いられるヴィラヌス。
  あれがゴブリン・ネザーボスかっ!
  ヴィラヌスは切り結ぶものの、ゴブリン・ネザーボスの方が手数が多い。それだけ敏捷なのだ。ヴィラヌスが盾で防御し、剣を繰り
  出す動作をしている間に三回は多く斬り込んでいる。
  放つ攻撃はことごとく回避される。
  ヴィラヌスの攻撃を読んでいるのだ。
  「くそぉっ!」
  相手の攻撃を盾で防ぎ、剣で突く。
  だがその攻撃のステップを先読みしているゴブリン・ネザーボスには通用しない。
  次の瞬間には斬り立てられ、追い立てられる。
  まずいこの展開っ!
  「ヴィラヌスっ!」
  叫ぶものの、ゴブリンの数がまだ多い。
  助けには入れない。
  「ゲゲゲっ!」
  「……おいおい俺を誰だと思ってる……」
  攻撃を防御しながら、後退しながらヴィラヌスは相手を睨み付ける。眼はまだ死んでない。諦めてない。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  ゴブリン・ネザーボスの攻撃を防御。
  右手の剣で防御した。
  盾ではなく剣で。
  次の瞬間、盾でゴブリン・ネザーボスを打ち付ける。盾は防御にしか使わない、そう思い込んだ相手の裏を掻いたのだ。
  もちろん盾では倒せない。
  それでも相手はよろめいた。その一瞬で充分だった。
  「ゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェっ!」
  「舐めんなよボケっ!」
  ゴブリン・ネザーボスは眉間を貫かれて倒れた。
  倒れた瞬間には事切れていたに違いない。
  統率者を失ったゴブリン軍団は呆気なく壊滅した。これでこの辺りのゴブリンは潰した事になるだろう。
  「なぁ」
  荒い息のまま、ヴィラヌスはニヤリと笑う。
  「もしかしたらオブリビオンの悪魔ってのも売り出し中の俺達なら簡単に倒せるんじゃないか?」
  「そうかもね」
  「この程度かよゴブリン・ネザーボス。俺達で最強伝説作ろうぜ」
  「あははは」
  野心は力になる。
  野心というか、まあ、前向きな向上心だよね。
  あたし達は笑い合う。
  幼馴染のヴィラヌスと組めばどんな事でも出来るような気がした。
  「……おや?」
  ギャラス隊長が何かを見つけたようだ。
  手には翡翠のアミュレット。
  「戦利品ですか?」
  「ゴブリン・ネザーボスの遺体から出て来た。名前が彫ってあるな……ケイリーンへ……ケイリーン?」
  誰だろう?
  おそらくはゴブリンがどっかから盗んで来たに違いない。
  その時、衛兵の1人が隊長に言う。
  「ハルムズ・フォリーのケイリーンじゃないですか?」
  「……ああ。あのご婦人か」
  知り合いらしい。
  「ハルムズ・フォリーって何ですか?」
  「ここの北東にある個人農場だよ。主人の名はコリック・ノースウォード。ケイリーンは彼の亡くなった奥さんだ」
  「えっ? じゃあ……」
  「ああそうだ。ここのゴブリンに殺されたんだ」
  「そんな……」
  「あの時はウルリッチの独裁状態だった。我々は動く事が出来なかった。復讐を望むコリックを黙殺したのだ。……許されんな」
  「そんな事はないです」
  あたしは断言した。
  少なくともギャラス隊長は懸命に努力した。そこは評価すべきだ。
  ……。
  もちろんそれはあたしが当事者ではないから言える事だ。
  被害者の立場ならどんなに懸命でも絶対に許さないだろう。そして批判する。立場の問題だ。
  さて。
  「この形見、届けた方が良いですよね」
  「ああ。無論だ」
  「あたし達が行きます」
  「しかし」
  「その方が、お互いに嫌な思いしなくて済みます。少なくともコリックさんという人は、多分……」
  「ああ。当時黙殺した我々には会いたくないだろうな」
  言いたくはなかったけどあたしはストレートに危惧を口にした。
  ギャラス隊長もまた素直に頷いた。
  「頼むとしよう。戦士ギルドに」
  「戦士ギルドにお任せを」




  ハルムズ・フォリー。
  鉱山の北東にある個人農場だ。塀で囲まれた農場と家。家の隣にはお墓がある。
  お墓に話しかけている人物がいる。
  彼がそうなのだろう。
  「コリック・ノースウォードさんですか?」
  あたしは問い掛ける。
  一緒にここまで来たのはヴィラヌスだけ。
  ギャラス隊長と衛兵隊は鉱山に残っているゴブリン達の掃討。
  リエナさん達は一足先にシェイディンハルに戻り、バーズさんに事の顛末を報告しているはずだ。
  あたしとヴィラヌスは翡翠のアミュレットを届けに来た。
  そんなに遠回りではない。
  さて。
  「君は、誰だ?」
  「戦士ギルドの者です。あたしはアイリス・グラスフィル。彼はヴィラヌス・ドントン」
  「戦士ギルド?」
  「はい」
  「何の用だい?」
  男性は生気のない顔。
  無理もない。
  どういう事情かは知らないけど、ゴブリン達に奥さんを殺されたのだから。説明は要らないだろう。
  あたしは翡翠のアミュレットを見せる。
  「これに見覚えはありませんか?」
  「……」
  「コリックさん?」

  「これは……奇跡だ……」
  震える両手を伸ばしてくる。
  あたしは彼の手を取り、奥さんの形見を握らせてあげる。彼の頬に涙が通り過ぎる。
  「貴女はどうしてかこのアミュレットを届けようと思ってくださった。どちらの神様の遣いかは分かりませんがありがとうございます」
  「いえ」
  深々と頭を下げ、それから彼は亡き奥さんに対して囁きかける。
  あれは墓石じゃない。彼にとっては奥さんと交流出来る唯一の場所なのだ。
  あたし達は静かに黙祷した。