天使で悪魔





荒涼たる採掘坑




  ドントン家。
  それは戦士ギルドを仕切るギルドマスターである、ヴィレナ・ドントンの一門。
  ヴィレナおば様は優秀な戦士。
  今は一線は退いているものの、剣術の腕前は現役だ。

  ヴィレナおば様には2人の息子がいる。
  ヴィテラス。
  ヴィラヌス。

  長男のヴィテラスは戦士として有能であるばかりではなく、次期ギルドマスターとのして手腕を持ち、メンバーから尊敬を、母親で
  あるギルドマスターからは信頼を得ていた。完璧な人物だった。
  その長男が任務中に戦死。
  有能な部下達も全員死亡。戦士ギルドの力は削がれた。
  代わって台頭して来たのがブラックウッド団。

  組織を立て直すべきヴィレナおば様は虚脱状態になり、ヴィラヌスを一線から退かせた。
  かといって戦士ギルドからは除名しない。
  飼い殺しになったヴィラヌスは腐った。いつもトゲトゲし、イライラしている。

  そんなヴィラヌスに秘密裏に任務を与えたのがあたしの叔父さん、モドリン・オレイン。
  今また、新しい任務を受けた。
  目指すべきはシェイディンハル。
  ヴィラヌスは名目的には剣術修行としてシェイディンハルに行く事になってる。それはおば様も許可した。
  ……真相は知らないけれども。
  さて。
  お仕事お仕事。





  シェイディンハル。
  あたしとヴィラヌスは、あたしの叔父さんであるモドリン・オレインのこの街にやって来た。
  目の前に戦士ギルドのシェイディンハル支部の建物がある。
  もう一度念を押す。
  道中何度も念を押したけど、もう一度だけ。
  「分かってるよね、ヴィラヌス」
  「しつこいな。分かってるよ」
  忌々しそうに応対するヴィラヌス。
  ……本当に分かってるのかな?
  ……。
  ヴィラヌスは、今回はヴィラヌスという名前じゃない。
  どういう意味かは簡単だ。
  戦士ギルドはヴィラヌスには仕事を与えないという方針で決定しているからだ。ギルドマスターであるヴィレナおば様が息子可愛さ
  の為にそういう方針にした。
  もちろん意味は分かる。
  長男のヴィテラスが任務中に死亡した為に、次男に同じ危険を与えたくないのだ。
  だけどヴィレナおば様の腹心である叔父さんは考え方が違う。
  このままじゃヴィラヌスが立ち腐れになると思ってる。
  だから任務を内々に与えた。
  この間のノンウィル洞穴の件も、叔父さんの配慮だ。そして今回のシェイディンハル行きもそうだ。
  一応ヴィラヌスは剣術修行で旅に出ているという事になってる。
  ある程度遅くなっても言い訳は成り立つ。
  さて。
  「行こうか」
  「ああ」


  「こんにちはー」
  あたし達はシェイディンハル支部の建物に足を踏み入れた。
  この支部は一番規模が小さい。
  構成員も数人だ。
  建物の中はまるで人気を感じなかった。ほとんどの人は任務に出ているのだろうか?
  「すいませーん」
  「何だお前らは?」
  出て来たのはオークの男性だった。
  ぶっきらぼうな口調。
  ……叔父さんに聞いていた通りの人だ。この人が支部長のオークらしい。

  シェイディンハルの支部長はバーズ・グロ=キャッシュさん。
  オークだ。
  各地にはいくつも支部があるけど、支部長という役職はアンヴィル支部のアーザンさんと、シェイディンハル支部のバーズさん
  だけ。他の都市の支部には明確な支部長が存在しない。
  何でかは知らないけど。

  「あたし達はコロールから来た戦士ギルドの者です。叔父さん……じゃない、モドリン・オレインの指示で来ました」
  「お前らが支援に来たメンバーか?」
  「はい」
  「ちっ。オレインの奴、こんな餓鬼ども寄越しやがって」
  かっちーんっ!
  なんかムカッと来たーっ!
  ヴィラヌスも頭に来たらしい。食って掛かろうとするものの、自分を抑える事に成功したあたしが彼を止める。
  問題起こしたらまずい。
  「駄目だよ」
  「だけどこのグリーンマン、この俺を餓鬼扱い……っ!」
  「さっきも念押したじゃないのっ!」
  「……くそ」
  全然分かってないじゃないの。何の為に念押したと思ってるのよ。
  問題起こして《実はギルドマスターの息子のヴィラヌスです》と発覚すると、叔父さんは解任されるだろうしあたしも連座する。
  ヴィラヌスだってただじゃすまない。
  おば様は怒るだろう。
  そしてヴィラヌスは永遠に任務を与えてもらえなくなる完全に飼い殺しになる。
  それを悟り、ヴィラヌスは黙った。
  ……ほっ。よかったぁ。
  「ふん」
  鼻で笑うバーズさん。
  ……腹が立つけど我慢我慢。

  「お前仕事を探しているのか? 仕事の依頼が欲しいんだな?」
  「はい」
  頷く。
  ブラックウッド団が勢力を伸ばして以来、戦士ギルドの依頼は減少傾向にある。それと同時にメンバーの数も減っている。
  依頼の不足から生じる生活苦により辞める者もいればブラックウッド団に転向する者もいる。
  それがさらに戦士ギルドの衰退に繋がっていく。
  悪循環だ。
  依頼だけではなく、それ以上にメンバーも少なくなってくるので任務達成がままならない。
  そういう意味合いで今回あたし達がシェイディンハルに出張ってきたのだ。
  「ちょっとした仕事がある。受けるか?」
  「はい」
  「小銭欲しさに即答で受けるとは節操のない奴だな」
  「……」
  いちいち腹が立つ言動だなぁ。
  もっとも相手の階級は幹部であるガーディアン。見習のあたしでは太刀打ち出来ない差がある。
  ガチャガチャ。
  テーブルに武器を並べるバーズさん。
  剣。弓。ハンマー。
  「まあいい。この武器を荒涼たる採掘坑に届けろ。それがお前らの仕事だ」
  「はっ?」
  「とっとと行け。武器は勝手に歩いて行ってはくれんのだぞ」
  「……」
  武器を届ける?
  それってただの補給物資の運搬……別にいいけど、コロールから出張る必要はなかった気がする。
  「さっさと行け。この下っ端が」
  「は、はーい」
  ムカツクよーっ!
  これも試練なのね英雄になる為の試練なのねでも辛すぎるよこの試練はーっ!
  ガチャ。
  扉が開く。依頼人が来たのかな?
  「人探しをお願いしたいんだけど……あれ、アリス?」
  「あっ」
  フィッツガルドさんだ。すごい偶然だなぁ。
  あの人達は仲間かな?
  三人ほど連れている。
  「ああ、アリスは初めての顔合わせよね。テイナーヴァにアントワネッタ・マリー、ゴグロンよ。私の、まあ、家族」
  「初めまして」
  ぺこり。
  頭を下げる。
  「まあ、よろしくな」
  「あたしのフィーに手を出したら地獄行きだからねっ!」
  「がっはっはっはっはっはっ!」
  ……個性的なご家族ですね。
  でも家族って何?
  随分と色々な種族がいるようだけど。
  あたしの疑問を察したのだろう。フィッツガルドさんが教えてくれる。
  「義兄弟みたいなものよ。ここにいるのは私のお兄様とお姉様。スキングラードの自宅には姉2人と兄2人が控えてるわ。ああ、
  フォルトナは私の妹になるのかな。何気に大家族よね。ローズソーン邸に住んでるから、いつか遊びにおいで」
  「はい」
  賑やかそうで楽しそう。
  大家族か、羨ましいなぁ。あたしもフィッツガルドさんみたいなお姉さんが欲しかったな。
  さて、話を本題に戻そう。
  「フィッツガルドさんは……ご依頼なんですか?」
  「ええ。……そこのオークがここのボス?」
  「はい」
  バーズさんは今の今まで無視されていたのが気に食わないらしい。
  ふてぶてしい態度。
  「戦士ギルドによく来たな。なんか用か?」
  ……こんなんだからここって規模が小さいんじゃないの?
  バーズさんの態度に怒ってお客仕事頼まずに帰りそう。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「アリス」
  耳打ちしてくるフィッツガルドさん。
  「何ですか?」
  「こいつと私、どっちが階級上?」
  「同じです。バーズさんもガーディアンですから」
  「ああ。そう」
  「ちなみに叔父さんは一階級上のチャンピオン。ヴィレナおば様は当然ギルドマスターです」
  「アリスは?」
  「見習いです」
  「ふぅん」
  講義終了。
  フィッツガルドさんは階級はあまり気にしていなかったみたい。だからこそ、階級の名称をよく知らないご様子。
  それだけ余裕があるんだろうなぁ。
  意識しなくても実力で簡単に上に行ける、みたいな感じなのかな。
  格好良いなぁ。
  「フィー何をコソコソと話をしているのあたし以外の女の子と話しちゃ駄目っ!」
  「はいはい」
  「うん。よろしい。素直はフィーがあたしは好きぃー♪」
  むぎゅー♪
  抱きつくアントワネッタさん。
  ……個性的だなぁ。
  「アン、離れなさいって。……で、バーズだっけ? 一応は私もガーディアンなのよ、よろしくね」
  「何? ああ、お前がオレインの物好きで幹部になった奴か」
  「今はお客様だけどね」
  「客に媚びは売らん主義でな」
  「変な奴。……まあいいわ。最近この街に来た吸血鬼ハンターを探してるの。依頼よ、足跡を探して」
  「ちっ。面倒な依頼だ」
  ぼやきながら奥に消えるバーズさん。
  叔父さんより偏屈だなぁ。
  「アリスはどうしてここにいるの?」
  「えっと、援軍です」
  「そいつは?」
  「ヴィラヌスは……」
  「そいつって何だよ? 言っとくけど俺はあんたより強いんだぜ? 何故なら俺は実戦派だからだ。訓練とは一味違うぜ」
  「アリスの仕事を手伝ってあげたいけど私は私で仕事があるのよ」
  完全にヴィラヌス無視の方向。
  ぴくぴくとこめかみを痙攣させていたりする。
  頼むから喧嘩売らないでよーっ!
  「仕事って、戦士ギルドですか?」
  「ううん。高潔なる血の一団。吸血鬼ハンターの組織。報酬先払いで貰っている以上、やっぱり無下に出来なくてね。夜の母も倒
  したし、闇の一党もちょっかい出してこなくなったし、そろそろ探すの開始しようかなーってね」
  「へー」
  色々な組織に属してるなぁ。
  話の後半まったくの意味不明だけど。
  「そうだゴグロン」
  「何だ?」
  「彼女手伝ってあげてよ。私の人探しよりは魅力的な仕事だと思うけど?」
  「確かにな」
  「うっわ酷い。そこは嘘でも可愛い妹の仕事の方が大切って言うべきじゃない?」
  「がっはっはっはっはっはっ!」
  仲良しの家族みたい。
  フィッツガルドさんも凄い楽しそうに笑ってる。あたしも輪の中には入れたらいいのになぁ。
  「へっ。やっぱり女だな。女々しいぜ。男に媚びなきゃ何も出来んのか?」
  「ヴ、ヴィラヌスーっ!」
  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  喧嘩売ってるよこいつーっ!

  どうもフィッツガルドさんが嫌いらしい。
  ……。
  いや。
  嫌いというか、いきなり現れてガーディアンになったのが気に食わないらしい。
  それにここ最近ずっと腐ってたし、八つ当たり的な感じか。
  「もしかして私に喧嘩売ってる?」
  「買う勇気あるのか? 言っとくけど俺はレディラックだぜ? 実は俺がグランドチャンピオンなんだよ」
  「へー♪」
  ヴィラヌス現役グランドチャンピオンは目の前にいるよーっ!
  ……だ、駄目だ。
  ……ヴィラヌスはコロールには帰れないかも。
  「いいか。この際だからはっきりさせておこう。戦闘は男の仕事だ。どうせ本当の戦闘を見たら泣き叫ぶしか能がないんだから大人
  しくしてた方が良いぜ? その方が恥じ掻かなくて済むしな」
  「へー♪」
  フィッツガルドさんはニコニコしている。
  あのニコニコが怖い。
  なんか怖いーっ!
  家族の皆さんは皆さんで物騒な話をしてたりする。
  「うっわあいつフィーに喧嘩売ってるよ? 無謀だねー。あっ、フィーが怒って首を切り落とすにあたしは金貨10枚賭けるね♪」
  「おっ。賭けか。いいな。じゃあ俺は、脳天真っ二つに金貨10枚だ。ゴグロンはどーすんだ?」
  「豪快に腸引きずり出すに金貨10枚だぜ。がっはっはっはっはっ!」
  ……。
  ……ヴィラヌス、死んだかも……。
  おば様ごめんなさいーっ!





  荒涼たる採掘坑。
  シェイディンハルの北西に位置する、鉱山。
  主な産出物は銀。
  あっ。どうして武器を届けるのかを聞いてなかった。……まあいっか。
  武器を届けるのはそれほどの任務とは思えないけどね。
  ちなみに武器はゴグロンさんが持ってくれている。外見同様にパワフルな人で、軽々と持っていた。
  助かるなぁ。
  採掘坑に潜る。しばらくは、なだらかな坂道。
  やがて開けた場所に出た。
  焚き火をしている3人がいる。多分この人達が武器の届け先だろう。
  ヴィラヌスが警戒して剣を抜きそうになる。
  向こうも警戒してる。
  これは当然の事だ。お互いに面識ないのだから、賊の類と間違えても仕方ない。
  あたしは声を掛ける。
  「あの、戦士ギルドの者ですが」
  「……ああ。お仲間か」
  レッドガードの女性は警戒を解いて、安堵した。この中ではリーダー格だろう。見た感じ、そんな気がした。
  他のメンツはオークの男性と、ボズマーの男性。
  「私はリエナ。ここでゴブリン掃討の任務を与えられている」
  「あたしはアイリス・グラスフィルです」
  「よろしく」
  握手。
  頼もしそうな姐さんの性格みたい。それがリエナさんの第一印象。
  リエナさんはあたし達のメンツを見て、言う。
  「あんた達が増援かい?」
  「増援?」
  武器を届けろと言われただけだけど。
  よく見ると皆無手だ。
  誰一人武器を持っていない。
  ……。
  まさかと思うけど武器をうっかり忘れてここまでやって来たとか?
  ま、まさかー。
  「あの、どうぞ」
  ゴグロンさんにお願いして、武器を並べてもらう。
  リエナさんは弓を。
  ボズマーは剣を取り、鉄のハンマーを手に取った。
  ここで任務終了。
  しかしそうはいかないのが人情だ。
  「ここで何があったんです?」
  「ゴブリンに襲撃されたのさ。鉱夫達はお陰で仕事が出来ない。私達で討伐しなきゃならんのさ」
  そういう事か。
  それならあたし達は加わる事にしよう。
  ゴブリンは群れてる。
  3人では討伐は難しいかもしれない。明確にはそう指示されていないものの、援軍としてあたし達も加わろう。
  戦士ギルド側のオークが笑いながら言う。
  「良いゴブリンは死んだゴブリンだけだ。俺は死んだゴブリンは大好きだ。……いっちょ全部死体にしてやろうぜっ!」


  「ゴーっ!」
  リエナさんの号令であたし達は突撃する。
  採掘坑の奥に殴りこみっ!
  ここを占拠しているゴブリン達は何の甲冑も身に着けていなかった。腰布のみの姿で、手には錆びた武器。
  ゴブリンには様々な部族があり、部族によっては甲冑身に着けてたりして油断ならない。
  しかしここのは違うようだ。
  極めて雑魚。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  リエナさんの放つ三本の矢が狙い違わずにゴブリンの眉間を貫く。凄い腕前だっ!
  オーレン卿並の腕前だ。
  射抜かれて倒れ伏すゴブリンを通り抜けてあたし達は一気に斬り込む。
  ゴブリン達は武器を合わせる間もなく、あたし達の武器の前にバタバタと倒されていく。
  「ハッピーハッピーハンティング♪」
  巨大な斧を軽々と扱うゴグロンさんは一番の撃墜王だった。
  その一撃を受けたゴブリン達はバラバラになっていく。
  戦士ギルド側のオークの人も奮戦するけど、ゴグロンさんには遠く及ばない。
  さすが……と言うのも変だけど、フィッツガルドさんの義兄だけあって強い。きっと他の家族の皆強いんだろうなぁ。
  なんとなくそう思った。
  「はぁっ!」
  あたしも負けてはいられない。
  雷属性の魔力剣を振るってゴブリンを脳天から切り下げる。
  ゴブリン陣営はこちらの勢いに圧倒されて崩れる。
  「ハッハーっ!」
  ボズマーの剣士は深追い。
  あたしはリエナさんに向き直ると、彼女は頷いた。
  追撃戦に移行だ。
  「ヴィラヌスはゴグロンさんと行動、リエナさんはオークの戦士と一緒に行動っ! リエナさんはもちろん支援に回ってくださいね、
  あたしはボズマーの戦士の人と合流しますっ! 二手に分かれてゴブリンを各個撃破が最善策っ!」
  「……私のセリフなくなったね」
  「あっ」
  思わず指示しちゃった。
  リエナさん苦笑。
  「す、すいません」
  「いや。同じ事を言うだけだから問題はないよ。……さあ追撃戦、一気に行くよっ!」
  「はいっ!」


  「はぁっ!」
  孤軍奮闘。
  挑みかかって来たゴブリンをあたしは切り捨てる。
  血煙に沈むゴブリン。
  今のあたしなら落ち着いて相手に出来る。昔に比べたら強くなっているのは確かだろう。……微々たる物だけどね。
  ボズマーの戦士とはまだ合流出来ていない。
  どこまで深追いしたのだろう?
  採掘坑は入り組んでいて、まるで迷路のようだ。
  ゴブリン陣営は脆弱で物の数ではないけど、こういう入り組んだ場所でゲリラ戦されたら厄介だ。
  通路埋められたりしたらさらに厄介。
  「はぁっ! やぁっ! たぁっ!」
  時折挑みかかって来るゴブリン達を気合いと同時に一閃して屠る。容赦などしない。
  ゴブリンはモンスターの中でももっとも知能の高い部類に入る。
  繁殖力も高い。
  原始的ではあるものの狡猾に振舞ったりもする。
  冷酷で残酷。
  容赦をしたら最後、必ず誰かが犠牲になる可能性があるのだ。害獣と言ってもいい。
  都市から離れた村落を襲撃する事も少なくない。
  向こうも生き物ではあるものの、こちらも生きる為には連中を排除する必要がある。
  「……」
  あたしは左手に松明を、右手に雷の魔力剣を手に坑道を進む。
  ゴブリンは何故か鉱山を襲う習性がある。
  金脈や銀脈に魅せられるのか?
  よく分からないけど、鉱山を占拠している事も少なくない。
  「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  悲鳴。
  男性の声、ボズマーの剣士の声だ。
  あたしは走る。
  タタタタタタタタタタタッ。
  倒れているボズマーの剣士を発見した。
  「大丈夫ですか?」
  「……あ、ああ。少し頭を打ったから眩暈がするが……生きているよ」
  ドス、ドス、ドス。
  少々大きな足音が聞こえてくる。
  なんなの?
  「くっ、来やがったかっ! リエナさんを呼んで来た方がいいっ! 私が時間を稼ぐから……っ!」
  「無理しないでください」
  ドス、ドス、ドス。
  坑道の闇の奥から這い出てくるのは……。
  「ゴブリンウォーロードっ!」
  突然変異的な存在であるゴブリンウォーロード。
  名前にゴブリンが付いているし概観もゴブリンと大差ないものの、能力は段違い。
  はっきり言ってオブリビオンの悪魔ともやり合えるほどの強さを誇る。
  ここにこんな奴が巣食ってたなんて。
  ここのゴブリン達のボスか。
  ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  憤怒の叫びをあげて、ロングソードを手に飛び込んでくる。
  早いっ!
  「くっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  重い一撃。
  まともに受けたら腕を痛める。
  腕を痛めたら最後、相手の猛攻を防ぎ切れなくなる。
  だけど……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  ただ受けるだけが能じゃないっ!
  次の一撃を受け流し、相手が体勢を狂わせた隙を突いてわき腹を横薙ぎに裂くっ!
  血が飛び散る。
  即戦闘不能になる傷ではないものの、決定的な一撃だ。
  ゴブリンウォーロードは剣の切っ先をこちらに向けたまま弱々しく後退する。
  チャッ。
  あたしは剣を持ち直す。
  そして……。
  「たぁっ!」
  大きく踏み込む。
  敵の剣を半ばで両断、さらに大きく振りかぶって……振り下ろすっ!
  ザシュッ。
  剣は脳天に振り下ろされた。
  吸い込まれるように脳天を切り裂き、剣を引き抜いた時には既に相手は死骸へと変わっていた。
  ……。
  ……こんな程度の相手だっけ?
  死骸となったゴブリンウォーロードを、荒い息をしながらあたしは見下ろしながらあたしはふとそう思った。。
  「はあはあ」
  ガッツポーズ。
  ずっと前にゴブリンウォーロードと戦った時は、追い詰められた。
  あの時、フィッツガルドさんが通り掛ってくれなかったらあたしはきっとここにはいない。今頃は死んでいるだろう。
  それが今は?
  ……剣の性能のお陰なのは分かってる。
  でも、それでもあたしの力も増しているのはおそらくは事実だ。
  少しずつ強くなってる。
  それでいい。
  焦らずに、これからもあたしの騎士道を邁進して行こう。
  「凄いじゃないの。ゴブリンウォーロードを倒すとはね」
  「リエナさん」
  レッドガードの女性は感嘆していた。
  見ると矢種は全部使い切ったらしい。リエナさんの後ろにはオークもいるし、ボズマーも復活。誰もが晴れやかな顔。
  「任務達成ですか?」
  「とりあえず全部片付いたみたいだね。あんたはよくやってくれたよ戦士殿。バーズの元に戻って報酬を受け取っておくれ。私達は
  後片付けしてから戻るからさ」
  「はい」
  「それにしても、増援があんたでよかったよ。ゴブリンウォーロード相手じゃ、私らじゃ勝てなかったかもしれない」
  「えへへ」
  笑う。嬉しくて笑う。
  前の無様に負け方は、今回はしなかった。
  あたしは強くなってる。
  もっと高みを目指そう。自分のスピードで、強くなって行こう。
  「アリス」
  「あっ、ヴィラヌ……」
  名前を途中で止める。
  そうだった。禁句だった。ヴィラヌス=ギルドマスターの息子、そう戦士ギルドのメンバー全てが連想するかは知らないけど、口に
  しない方が得策だろう。後々おば様の逆鱗に触れる事だけは避けよう。
  ともかく、ヴィラヌスはゴグロンさんと共にやって来る。
  「無事だったんだ。よかったぁ」
  「ふん。俺がゴブリン程度に遅れを取るわけないだろうが」
  「がっはっはっはっはっ! ゴブリンに殴られて今まで気絶してた奴の言うべき大言ではないな。がっはっはっはっはっ!」
  「う、うるさいっ!」
  ゴグロンさんの豪快なカミングアウトでヴィラヌス立場なし。
  でも無事でよかった。
  何かあったらおば様に申し訳が立たないもの。……叔父さんにもね。
  あたしの事を信じてくれているからヴィラヌスの同行としてあたしを指名してくれたのだと思ってる。
  もちろん口止めし易いという判断もあるだろうけど。
  叔父さんの期待に応えたい。
  「それでアリス。これからどうするんだ?」
  「バーズさんに報告に戻るようにリエナさんに言われた。リエナさん達は……」
  「ここで片付けよ。ゴブリンの死体を片付けないと採掘の邪魔になるからね」
  あっ。後片付けってそういう事か。
  確かに採掘の邪魔だろう。
  ズルズル。
  既にゴブリンの死体を引き摺って、運び出す作業を始めていたボズマーの男性は悪態をつく。
  「奴らを退治したのはいいが、死んでからの方が悪臭が酷いな」


  シェイディンハルに帰還。
  任務終了。
  お疲れ様でしたー♪
  バーズさんに報告すると意外にも褒めてくれた。
  「以上が、報告です」
  「武器も配達し、ゴブリン退治にも加勢し、1人の被害も出さなかった……ふん。なかなか良い腕してるじゃないか。ご苦労だったな、
  期待以上の活躍だ。さあ報酬を受け取れ。多少の色はつけておいたぞ」
  あたしとヴィラヌスに金貨の入った袋を手渡す。
  結構重い。
  幾らあるんだろ?
  「あのオークはどこ行った?」
  「宿です」
  ゴグロンさんは宿に帰っていった。フィッツガルドさん達も泊まっている宿。
  遊びに来いって言われた。
  後で行ってみよう。
  お礼も言いたいしね。正直ゴグロンさんが加勢してくれたから心強かった。ヴィラヌスもゴグロンさんいなかったら、気絶している
  間にゴブリンに殺されていた可能性だってあるんだから。
  ちゃんとお礼言わなきゃ。
  「お前あの連中と仲良いのか?」
  「フィッツガルドさんとですか? 個人的に尊敬してます」
  「付き合いもあるのか?」
  「はい。でもそれが何か?」
  「じゃあ伝えておいてくれ。最近シェイディンハルにいた吸血鬼ハンターはブルーマ方面に向かった事が判明したとな」
  「分かりました。確かに」
  ブルーマか。
  ここでフィッツガルドさんとお別れか。滞在している間に剣術教えて欲しかったのにな。
  残念。
  「お前達は、戦士ギルドは長いのか?」
  「えっ?」
  あたしもヴィラヌスも、戦士ギルド有力者が保護者。
  長いと言えば長いのかな。
  所属してない小さい頃から戦士ギルドの空気の中で育ったような感じがあるし。
  バーズさんは続ける。

  「ギルドはおかしくなってきている」
  「おかしく?」
  ブラックウッド団が勢力を伸ばして以来、こういう話題ばかりだ。次第に組織が機能しなくなっているのは確かみたい。
  もちろん他にも理由がある。
  ヴィテラス死亡からヴィレナおば様が無気力になったのも原因だ。
  戦士ギルドは衰退しつつある。
  「派遣されて来るのは無能ばかりだ。この間来たマグリールなんか最悪だったぜ」
  マグリールさん、ここにも来たのか。
  相変わらず雑な仕事してるみたい。……って、あたし達も無能の部類なわけ?
  「この支部にいる連中もそうだ。まるで役立たずばかりだ」
  「はぁ、そうですか」
  「お前らはマシな部類だがな。まあ、有能な育ての親がいるんだから当然だよな」
  「……」
  思わず顔を見合わせるあたしとヴィラヌス。
  ニヤニヤ顔のバーズさん。
  見透かされてる?
  ヴィラヌスがギルドマスターの息子だという事に。
  しかしバーズさんは何も言わない。
  叔父さんの顔を、モドリン・オレインの顔を立てて何も言わない&何も気付かない振りをしているのだろう。
  意外にこの人男気溢れる人なのかも。
  最初はただの愚痴屋だと思ってたけど、違うようだ。
  「それでお前ら、もう一つだけ仕事がある。依頼元は山岳協会。討伐すべき相手は……」
  「相手は?」
  「ダイビングロックの恐怖だ」