天使で悪魔





悪意を振り撒く者




  皇帝崩御。
  タムリエルを65年統治してきた皇帝ユリエル・セプティムは暗殺され、後継者である三皇子も暗殺された。
  皇帝の血筋は絶えた。
  現在、元老院を統括するオカート総書記が帝国の全権を担って治世の権を振るっているものの次第に歪は大きくなっていく。

  深緑旅団戦争勃発。
  これによりレヤウィンの大半は戦火に焼かれた。
  動乱が迫っている。
  皇帝の半生は侵略戦争。
  そのツケが次第に迫ってきているような気がするのはあたしの気のせいだろうか?
  それなら、いいのだけれども。
  それなら……。





  「護衛ですか?」
  初めてのジャンルの依頼にあたしは思わず、語尾が上擦った喋り方をした。
  戦士ギルドのアンヴィル支部。
  前回のローグ洞穴を拠点としていた盗賊団を壊滅させてから既に3日経っている。
  その間、後見役として同行しているフィッツガルドさんに剣の修行をつけてもらったり、ちょっとしたバカンス気分で泳いだりしてた。
  マグリールさん?
  あの人は別の任務でスキングラードに飛んだ。
  ……変わった人だったなぁ。
  さて。
  「護衛ですか?」
  もう一度聞いてみる。
  あまりの大役に、急に喉がカラカラだ。
  ここは支部長アーザンさんの執務室で、ここにいるのは支部長、あたし、フィッツガルドさんの3人だけ。
  「アリスは護衛は初めてかい?」
  アンヴィル支部長のアーザンさんが問う。あたしの興奮振りに興味を覚えたらしい。
  護衛は……んー……。
  「はい。初めてです」
  脳を検索してみたところ、護衛の経験はない。
  誰かを護りながら一緒に戦う事はあったけど、それは別に護衛の任務ではなくあくまで共闘していた相手が弱いから護ったに
  過ぎない。
  純粋な護衛の任務は初めてだ。
  「誰を護るんですか?」
  「ドラッド卿だ」
  「ドラッド卿……貴族ですかっ! ひゃっほぅーっ!」
  「……」
  「……す、すいません。護衛の相手が貴族だと分かって、大役過ぎて気分がハイになってまして……」
  「ま、まあいいけどね」
  「ひゃっほぅーっ!」
  舞い上がる。
  全ての任務を全力で、真剣にやってきた。どんな任務でもね。
  任務に小さいも大きいもないだろうけど、それでも護衛の対象が貴族と分かると気分は高揚する。
  一世一代の大仕事だーっ!
  「実はドラッド卿は最近恨まれているのだ」
  「悪の組織にですねっ!」
  「……す、少し落ち着け」
  「無理ですっ!」
  「……」
  はぁ。
  アーザンさんは深く溜息を吐いた。
  「まあ、いい。……ともかくドラッド卿は苛烈な労働条件で小作人を虐げてきた。その為に小作人は全員逃げ出した。それからだ、
  ドラッド卿の敷地への嫌がらせが始まったのはな。身の危険を感じたドラッド卿は護衛を望んでいる」
  「何故帝国に頼まない? 貴族なんでしょう?」
  冷静な声のフィッツガルドさん。
  あまり高揚してないらしい。
  ……普通はそんなものなのかなぁ。
  「ドラッド卿にも脛に傷がある。小作人の件で人権擁護団体がドラッド卿を批判している。世論を敵に回してまで元老院も動くまい」
  「貴族なら私兵は?」
  「元老院に多額の献金をして貴族になったばかり。鉱山も買い取り、豪奢な屋敷も建て、広大な荘園。……私兵もいるにはいるが
  絶対的な数ではない。つまり借金で火の車なのだよ、ドラッド卿は。鉱山経営が軌道に乗るまではね。乗らなきゃ破産だな」
  「それで手軽な値段の戦士ギルドに?」
  「そうなる」
  「期限は?」
  「期限は長くても数日だ。……それでアリス、受けるかい?」
  視線が集中する。
  依頼を受ける受けないはあたしの判断。フィッツガルドさんは後見役であり、アーザンさんはあくまで依頼を紹介しているに過ぎ
  ない。ギルドからの命令的な任務もあるけど、これはあくまであたしの選択次第だ。
  もちろん……。
  「受けますっ!」
  あたしは全力で答えた。


  ドラッド卿。
  ダークエルフ(ダンマー)の男性。妻帯。
  アンヴィル北西に居を構える貴族で、シロディールにおいて最大規模の農場を有する新興貴族。
  鉱山も保有しており、サクセスストーリーを歩く者として黒馬新聞に取り上げられた。

  しかし荘園経営において過酷な労働条件が元で小作人達は全員逃亡。
  違法な労働条件が公となり、権威は一気に失墜。
  農場は事実上の閉鎖状態。
  農作物の世話をする者もいなければ収穫する者もいない。
  何度か農作業をする者を募集してはみるものの悪い噂だけが残り、誰も応募してこない。
  また、鉱山経営も難航し成功という名の道が足元から崩れ去って没落貴族一歩手前。

  何とか鉱山経営だけは成功させようと躍起になるものの、最近怪しい集団が出没するらしい。
  身の危険を感じたドラッド卿は戦士ギルドに依頼したのだ。
  そして……。





  「……」
  「……」
  何の質問も許されず、あたしとフィッツガルドさんは護衛の任についた。
  護衛?
  「……」
  「……」
  まあ、これはこれで護衛の範疇かなぁ。
  しかしあたしが予想していたのとは違うけど。
  「……」
  「……」
  ドラッド卿の屋敷。
  なるほど、お金掛けてるだけあって豪奢な屋敷だ。あたし達は屋敷の、大きな扉の前に立っている。
  護衛?
  これって門番な気がする。
  もちろんこれはこれで護衛の範疇だろうとは思う。思うけど……護衛というより門番だよなぁ。
  まあ、いいけど。
  ……現実って理想よりも厳しいものらしい。
  ……はぁ。
  あたしが考えてたのは身を挺して貴族であるドラッド卿を護ったり、テロリストと戦ったりする……そう、そんな感じを護衛だと
  思ってた。門番の任務も依頼人を守る事だとは分かってる。
  分かってはいるけど……。
  「はぁ」
  イメージと違うなぁ。
  まあ、仕事に文句は言わない事にはしている。
  それに命に関わるような大事に発展する可能性だってあるのだ。門番は、それはそれで大事。
  集中しよう。
  「はぁ」
  ……でも、イメージと違う。
  「はぁ」
  「溜息ばっかりうるさい」
  横に立つフィッツガルドさんが呟いた。
  「す、すいません」
  「反省してる?」
  「は、はい」
  「じゃあとりあえず私の分も門番しておいて。……アンヴィルで休憩してくるから。じゃ、よろしく」
  「ア、アンヴィルって……半日に掛かる距離じゃないですかーっ!」
  単純計算で往復で一日。
  フィッツガルドさん、依頼放棄決定ーっ!
  「だ、駄目です。仕事は仕事。一生懸命にやらないと。依頼放棄は駄目ですっ!」
  「じゃあ溜息もやめなさい。……仕事は仕事。でしょう?」
  「……」
  あっ。
  もしかして溜息ばっかりのあたしを戒める為に?
  さりげない注意。
  ……すごいなぁ、この人はやっぱり……。
  あたしならそこまで頭は回らない。ただの注意ではなく、あたしの言葉を引用しての注意。
  よぉしっ!
  護衛だろうが門番だろうが仕事は仕事っ!
  がんばろーっ!


  「あー。足がクタクタです」
  「ご苦労様」
  くすくすと笑いながら、あたし達を労わってくれるのはドラッド卿の奥さん。
  あれから。
  門のところでずっと立っていた。えっと……多分5時間ぐらい。
  既に辺りは夜の闇に包まれている。
  いくら任務とはいえ、いくらプロとはいえ食事なし休憩なしでは仕事もままならない。
  あたし達は食事休みを取る為に屋敷に入った。
  ドラッド卿の私有地には元々小作人達が使っていた粗末な(それでも石造りではあるけれども)建物が無数にある。
  今、使う者がいなくて無人だ。
  何故そこを使わないのか?
  答えは簡単だ。
  今回の任務は護衛。
  屋敷から離れた場所で休息している際に何か事が起これば大変。
  だから、屋敷にいる。
  これはドラッド卿の指示。
  「食事の支度は出来ていますわ。どうぞこちらに」
  「ありがとうございます」
  柔和な笑みを湛える奥さんに先導されてあたし達は食堂に。
  優しそうな奥さん。
  ……幸せなんだろうなぁ……。
  「ふぅん」
  フィッツガルドさんが屋敷内をキョロキョロ見渡しながら廊下を歩く。
  ……?
  何か面白いものがあるのだろうか?
  あたしは別に何も感じないけど。
  それにしても広いお屋敷。
  この辺にある大きな街は港湾都市アンヴィル。片道半日掛かる距離だ。つまり究極的にではないけど、人里を離れている。
  これだけの屋敷を建てるのは骨だっただろうなぁ。
  物資の運搬や人の往復。
  金銭的にどれだけ掛かったか分からない。
  「はやく座りたまえ」
  食堂にはダンマーの男性が既に座って待っていた。
  ドレッド卿だ。
  慌ててあたしは頭を下げようとすると……。
  「構わん。いちいち礼節を要求していては護衛は成り立つまい。……もっとも、敬意は忘れてはならんと思うがな」
  鷹揚そうに言う。
  それでも、一応は頭を下げてから席に着く。
  奥さん、あたし、フィッツガルドさんが席に着くのを見届けるとドレッド卿は食事を始めた。
  既にテーブルには食事が用意されている。
  ……。
  あたし達とドレッド夫妻の料理は違うけどね。
  大分格差のある料理。
  ま、まあ、いいけど。
  ともかく食事スタート。一段は劣るであろう料理ではあるものの、それでもおいしい。
  カチャカチャカチャ。
  しばらくはナイフとフォークの音が食堂を支配した。
  「あっははははは」
  スリリー産のワインを飲んで少々微醺を帯びたフィッツガルドさんが幾分か楽しそうに笑っている。
  ……。
  ま、まあ出したのはドレッド夫妻なんだけど、護衛にお酒類出すのはどうかと思う。
  あたし?
  あたしは出されてはいるものの、飲んでない。
  ……飲んでもいいのかなぁ?
  「なかなか結構なお仕事をしているようですね。ドレッド卿♪」
  「何の事だ?」
  陽気なフィッツガルドさんとは対照的に、ドレッド卿はムッとしながら応対する。
  馴れ馴れしい態度がお嫌いらしい。
  この場合の礼節はどうなんだろ?
  気にするなと言ったのはドレッド卿だけど、そこはあくまで社交辞令だとあたしは思ってる。だからフィッツガルドさんの態度には
  正直ヒヤヒヤしているけど、その反面心強くもある。
  貴族にも臆する事のない豪胆さ。
  フィッツガルドさん素敵過ぎ。
  「この屋敷、警備は誰もいないんですね」
  「君達がいる」
  「使用人もいない」
  「妻で事足りている」
  「鉱山の経営はどうなってるんです? ……私が思うに、警備は全てそちらに回してるんでしょう?」
  「……」
  「鉱山見せてもらえませんか?」
  ガタン。
  勢いよく立ち上がるドレッド卿。
  「君達は言われたとおりに私の護衛をしていればいいんだっ! 詮索はなしだっ! 嫌なら帰れっ!」
  「分かりました」
  「そうだっ! 分を弁えて言われた事を……っ!」
  「帰りましょ。アリス」
  「なっ!」
  言葉に詰まるドレッド卿。
  ここまで言えばこちらが折れると思っていたのだろう。しかし逆だった。フィッツガルドさんは折れない。
  むしろドレッド卿が折れるのを待っている。
  「戦士ギルドは犯罪行為には加担しない。……雇うならブラックウッド団の方のようね」
  犯罪行為?
  何を根拠にそんな事を?
  ……。
  確かにドラッド卿の慌てぶりを見る以上、何かしらの犯罪があるような素振りではある。
  しかしそれは状況証拠だ。
  確固たる証拠はない。
  誰の話も聞かずにフィッツガルドさんは立ち上がって退室した。あたしも立ち上がる。止めるにしても同調するにしてもフィッツガルド
  さんと一緒にいる必要がある。あたしも立ち上がり、夫妻に頭を下げた。
  「あなた、やっぱりあんな化け物を……」
  「お前は黙ってろっ!」
  奥さんは何か言いかけたけどそれをドラッド卿が叱咤、言葉は消える。
  言葉の真意が気になりつつも、あたしも部屋を出た。


  屋敷を出る。
  今夜は満月だ。月は優しく周囲を照らしている。
  「ハイ。アリスも来たの?」
  ムシャムシャ。
  真っ赤なトマトを齧りながらフィッツガルドさんが待っていた。
  「それ、どうしたんです?」
  「トマト? そこに生ってた」
  「だ、駄目ですよ食べちゃ」
  「だって食べ頃よ? どうせ収穫する気もないんだから一個ぐらい食べたってバチは当たらないわ」
  「そういうもんですか?」
  「そういうもん」
  笑いながら、フィッツガルドさんはあらぬ方向を見た。
  あたしも見る。
  視線の先。そこには鉱山がある。
  何の鉱山かは聞いてないけど……あれがドラッド卿の財政難の起死回生の、場所だ。
  「どうして違法行為だと思うんです?」
  「私兵を全部あそこに向わせてるからね」
  「……?」
  「自分達の側の警備を全部鉱山に回す……普通に考えたらおかしい。私にしてみれば、それは絶対におかしい」
  「警備を厳重にしたいだけじゃ……」
  「何故?」
  「それは……そう、ゴブリンの襲撃を警戒してとか」
  ゴブリン。
  鉱山を襲う事で有名なモンスター。
  何故鉱物を求めるのかは解明されてはいないものの、なんらかの習性というのが通説。
  「鉱山護る……その為に自分の警備を回すと思う? 誰が屋敷をゴブリンに襲われた際に護ってくれる?」
  「それは……」
  「確かに戦士ギルドを雇った。なら警備じゃなくてゴブリンの退治が優先だとは思わない?」
  「それは……」
  「あの鉱山には何かある」
  「……」
  頭の回転ではあたしはフィッツガルドさんに遠く及ばない。
  単純すぎるのかな、あたし?
  「私が推察するに奴隷ね。鉱山で働かされているのは奴隷。警備は襲撃を警戒するものではなくて、脱走を防ぐ為のもの」
  「……」
  否定の言葉はない。
  何故なら、ドレッド卿はダンマー。
  現在は法律として禁止されているものの、奴隷売買を依然として公然と行っているのはモロウウィンドの住人。
  つまりはダンマーだ。
  ダンマーの全部が全部ではないけれども、亜人種を奴隷として見る者はいまだに多い。
  あたし?
  あたしは違う。
  そう、自分を弁護したい。
  「だけどフィッツガルドさん、敷地内の嫌がらせは?」
  「嫌がらせの内容、知ってる?」
  「あっ」
  「そう。判明してない。……ついでに言うとその嫌がらせをしているのは、かつてここで過酷な労働条件を強いられていた者達らしい
  わね。個人として動くならともかく、集団として動く意味合いは?」
  「……」
  「それに戦士ギルドを雇ったのは何故?」
  「えっ?」
  「人権擁護団体が騒いでようが敷地内への無断侵入は犯罪。……これが一般の人間ならともかく、ドレッド卿は貴族。帝国に助けを
  求めれば嫌な顔はされても絶対に衛兵が送られる。なのにそれをしない。ううん。出来ないのね」
  「帝国に介入されたくないって事ですか?」
  「おそらく。戦士ギルドなら、何かばれても揉み消せると思ったんでしょうよ」
  「……」
  「問題はあの鉱山ね」
  にこりとフィッツガルドさんは微笑んだ。


  その鉱山に眠る鉱物は、金塊だった。
  確かに軌道に乗りさえすれば破産寸前のドレッド卿の財政も簡単に立ち直るだろう。むしろお釣りが来る。
  莫大なお釣りが。
  「……」
  「……」
  本来の仕事から逸脱はしているのは理解しているものの、あたし達は鉱山に潜り込んだ。
  完全武装の兵士達がいる。
  ドレッド卿の私兵だろう。
  確かに襲撃者を警戒しているというよりは、労働者を警戒している意味合いが強い。
  ただ労働者が問題だった。
  「……予想より酷い状況ね、これ」
  「……」
  あたしは無言で頷いた。
  働かされているのは人間ですらなかった。亜人でもない。もちろんエルフでもない。
  モンスターだ。
  首輪をされたオーガ。
  「……飼い慣らせるものなんですか?」
  「……あんたレヤウィンにいたんでしょ?」
  「……はっ?」
  「……深緑旅団」
  あっ。そうか。
  ヴァレンウッド地方出身のボズマーは知能の低いモノを意思だけで操る事が出来る。
  まあ、ロキサーヌみたいにトロル数百匹を操れるだけの存在はいないだろうけどね。ロキサーヌは最低の存在だったけど、天才は
  天才だった。
  ともかく、兵士の中にボズマーがいるのだろう、きっと。
  「……フィッツガルドさん」
  「……ともかく外に出ましょう」



  屋敷と敷地の全てが見渡せる小高い丘に登り、あたし達は座り込んだ。
  予想と大分違う展開だ。
  「オーガでしたね。労働力」
  「話が変わってくるわね、これだと」
  「はい」
  オーガ。
  人食い鬼と称される、肉食性の強いモンスター。
  基本的には肉食だけど、場合によっては野菜も食べるし果物も食べる。つまり雑食。
  タムリエルのモンスターの中では強い部類で、ミノタウロスとどちらが強いのかがよく戦士ギルドでも討論になってたけど繁殖性
  の高いオーガの方が優れているという結論によくなる。
  分類がモンスターなので基本的人権はない。
  だから労働力として使っても何の問題もないのだろうけど……感性としては、問題があると思う。
  扱い間違えればこの近辺の全員が食料にされるからだ。
  ……。
  なるほどなぁ。
  敷地内に変な連中が出没しても、帝国に助けを求めれないわけだ。
  公になればドラッド卿はただではすまない。
  モンスターの類を飼う。帝国ではそれを規制する法律もある。一歩間違えれば暴走の可能性すらあるからだ。
  特例(適用されているのは魔術師ギルドと闘技場のみ)がない限りはモンスターの類を飼ってはならない。
  ドレッド卿はそれを破った。
  だから帝国の関係者を寄せ付けないのだ。
  「どうします、フィッツガルドさん?」
  「私は後見役」
  「……こんな時ばっかりー」
  「ふふふ」
  さっきは強引にあたしを引っ張ったくせにー。
  だけど、どうしよう?
  戦士ギルドは犯罪行為には加担しない。確かに、フィッツガルドさんの言うように雇う組織を間違えてる。
  ブラックウッド団向きの仕事だ。
  連中は犯罪行為ギリギリ(噂では犯罪行為も)でも仕事は引き受ける。
  ……あれ?
  「フィッツガルドさん。ドレッド卿は、何から護って欲しかったんでしょう?」
  「えっ?」
  「だって自身の警護の為に戦士ギルドを雇った。つまり襲われる明確な理由があったはず。帝国は利用出来ない犯罪がばれるから。
  秘密を共有できる私兵を探す時間がなかった。今いる私兵はオーガの監視。そして戦士ギルドが雇われた。でも何から護る為に?」
  「そうかっ! くそっ!」
  「フィッツガルドさん?」
  「鉱山の監視の警備兵はオーガを見張る為でもあったけど、それ以上に意味があったのよ。だから私兵全部投入した」
  「あっ!」
  「敷地内うろつく連中の真意は、オーガを解き放つ事よっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  その時、眼下でドレッド卿の屋敷が炎上した。
  炎の魔法を叩き込まれたのだ。
  そして……。


  燃える屋敷。
  爆音。
  爆炎。
  屋敷と鉱山はそれほど離れていない。
  当然、鉱山の中にもその音が響いたはずだ。そして当然、鉱山から出てきてその様子を見る。
  物見の1人が燃える屋敷を見て鉱山内に叫ぶ。
  慌てて数人が飛び出してきた。
  鉱山の警備を任されているものの、雇い人はドレッド卿。安否を確かめるべく数名が屋敷に向って走っていった。
  これで警備は半減した。
  その隙を衝いて緑色の人間……オークみたいね。オーク10人が鉱山に突入。
  あとは……想像するまでもなかった。
  オーガを解放。
  オーガの群れとオークの集団は屋敷を目指して走っていく。
  鉱山の中?
  きっと全滅。
  ドレッド卿と奥さんは屋敷から出てきた。死んではいない。そしてそのまま、別働隊であろうオークの集団に取り囲まれた。
  オーク達は全員武装している。
  貴族である身分を忘れてドレッド卿は土下座した。奥さんもだ。
  連中の目的。
  それはドレッド卿達をここから追い出す為だったのだろう。
  鉱山から駆けつけた私兵達も呆気なく蹴散らされた。数が違う。簡単に壊滅した。
  ここに全ては終結した。


  「ど、どうします?」
  「さあ? 私は後見役だし」
  ここに全ては終結した……けれども、あたし達はまだ残っていた。
  小高い丘から、小作人が使っていた粗末な建物に身を隠していた。すぐ近くでドレッド卿達がいる。
  彼も奥さんも生き残った私兵も殺されなかった。
  今、すぐ近くの農場で働かされている。
  何の意味があるのかは分からない。分からないけど、オークやオーガに取り囲まれながら畑を耕している。
  「おらおらどうしたどうした貴族様っ!」
  「いつも俺らに言ってただろ。心を込めて馬車馬のように働くんだよっ!」
  「死んだって代わりがいるって言ったよな? 死ぬまで畑耕せっ!」
  ……。
  話を聞く限りでは、オーク達はここで働いていた。
  つまり過酷な労働に耐え切れなくなって逃げた小作人達とはあのオーク達なのだろう。
  復讐か、これは。
  それにしてもオーガ達は何故、暴れないのだろう。
  窓からこっそりと見る限りではオーク達の言う事を聞いている。
  「あれ?」
  「どしたの?」
  「あいつ、何でしょう?」
  「あいつ? ……うっわでけぇ」
  私兵の1人を椅子にして座っている巨漢がいる。フードにローブの服装で、種別の判別は出来ない。あいつが何かを言うとオーク達
  も従うし、オーガの群れも従順で大人しくなる。
  ボスだろうか?
  その時、ドレッド卿が泣き叫ぶ。
  「た、頼むっ! 欲しいモノはなんでもやるっ! だから助けてくれ、もう動けないっ!」
  「アホが、お前にはもう何もないっ! 乞食同然の身の分際が偉そうにっ! 働け、死ぬまで働け、マラキャス様のご指示だっ!」
  そう叫んだオークは、ドレッド卿を突き飛ばす。
  滑稽なまでに倒れた。
  救いはない。そう悟ったドレッド卿は泣きながら畑を耕し始めた。
  「マラキャス?」
  あのフードとローブの男だろう。
  オークはペコペコとそいつに頭下げてるし。
  名前だろうか?
  「ふぅん。あいつマラキャスを自称してるみたいね」
  「有名な名前なんですか?」
  「オブリビオン16体の魔王の1人よ。その中でも人類の天敵とされる、4体の魔王の1人」
  「あいつ魔王なんですかっ!」
  「騙りでしょうよ、当然ね。マラキャスは復讐を司る魔王。あのオーク達もオーガの群れもドラッド卿に対して恨みがある。マラキャス
  はそういう者達を保護し、復讐の手助けをする。……設定としては、オークを仕切れる立場ではあるわね」
  「……?」
  「だから、ドレッド卿に虐げられたオーク達の前に現れてマラキャスを名乗る。復讐を手助けすると言ってオーク達を組織化する。そして
  襲撃を指示する。オーガを従えれる理由は分からないけど、魔法か何かかしらね」
  「あいつ、何者でしょう?」
  「最近世情物騒だから、なんでもありでしょ。帝国への嫌がらせ、かな」
  「なるほど」
  帝国の貴族がオーガを飼っていた……それが表沙汰になれば帝国への打撃となる。
  だとすると反帝国の組織?
  別に帝国が好きじゃないけど、反乱とかは許せない。
  市民にとってはただの悪でしかない。
  だからどうせ反乱するなら帝国の王宮に直接乗り込むべきだ。
  ……。
  ま、まあ別に反乱を推奨するわけじゃないけれど。
  「誰っ!」
  「ひ、ひぃっ!」
  フィッツガルドさんの鋭い声に怯える……女性。
  あっ、ドレッド卿の奥さんだ。
  「大丈夫ですか」
  あたしは駆け寄る。
  華やかな衣装はドロだらけで、ところどころビリビリに破れていた。多分畑仕事なんかした事なかったんだろうなぁ。
  あたし?
  あたしは戦士ギルドの依頼でよく畑仕事してた。前はね。
  ……。
  ま、まあ戦士ギルドの依頼で畑仕事というのも変だけど。
  さて。
  「あ、貴女達、よ、よかった。助けてっ!」
  「もちろんです」
  はぁ。フィッツガルドさんの溜息が聞えたけど、あたしはさらに力強く頷いた。
  あの時。
  あの時、屋敷を離れて……結果としてよかったとは思う。
  何故なら奇襲出来るから。
  あのまま屋敷に残ってたら今頃はあたし達も畑仕事に従事してたはず。ドレッド夫妻を護りながら戦うには敵が多すぎた。
  でもこの状況なら……。
  「フィッツガルドさん」
  「はいはい」


  「た、頼む水を飲ませてくれっ!」
  喉が心底渇いたのだろう。
  ドレッド卿がオークの親玉に土下座して懇願した。親玉は異質な声を発する。聞き取り辛い声だ。
  「飲ませてやれ。……泥水を。ああ、液体なら何でもいいぞ」
  「はいマラキャス様、喜んで。おい、お前達っ!」
  数人のオークが荒々しくドレッド卿をその場に引き据えると、ドレッド卿の前に1人のオークが立った。ニヤニヤしている。
  「飲ましてやるぜ。へへへ」
  「や、やめろーっ! やめてくれーっ!」
  悲鳴は空しく響くのみ。
  臭気の帯びた液体を飲まされてドレッド卿は悶絶。オーク達は笑った。
  「死ぬまで働けっ! 懸命に耕せっ! ……救いなんてないぞ、ただただ無意味に耕し続けろっ! 死ぬまでなっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  その瞬間、数名のオークが電撃で焼きつくされた。
  フィッツガルドさんの魔法だ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  さらに数名のオークと、数体のオーガ。
  威力は凄まじく高く、あっという間に黒こげだ。それに広範囲の魔法らしく直撃は避けても余波で感電死する。
  「動くと殺す」
  警告は、後回しだったりする。
  あたしは苦笑い。
  でも正しい判断ではある。
  高らかに、馬鹿正直に警告したところで結局は戦闘になる。相手の方が圧倒的に数が多いんだから先制攻撃もこの場合は仕方
  ないのだろうか。
  必ずしも先制が正しいとは思わないけど、この場合は間違ってないと思う。
  あたしも叫ぶ。
  「戦士ギルドですっ! 抵抗すれば容赦なく斬りますっ!」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ……。
  あのフィッツガルドさん。さすがに抵抗もしてないのに攻撃するのはどうかと思いますけど。
  ともかく、オーク&オーガ混成軍はさらに犠牲者が。
  「殺せっ!」
  それを合図に、自称マラキャスが叫ぶ。
  オークは手に武器を。
  オーガは雄叫びを上げて突撃してきた。
  巨体の群れが向ってくる様はさすがに寒気がした。
  「フィッツガルドさん、魔法をっ!」
  「ごめん魔力今ない」
  「はっ?」
  「裁きの天雷三発があたしの限界魔力なのよ。……数分待ってくれたら回復するけど」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ使えない人だーっ!」
  「つ、使えない? ……意外にあんた口悪いわね」
  「す、すいませんっ!」
  「まあ、いいけど」
  バッ。
  地を蹴り、フィッツガルドさんは剣を抜いてオーク三人とすれ違う。
  バタ、バタ、バタ。
  すれ違い様に斬り捨てたのだろう。3人がその場に倒れた。あたしも負けてられない。大きく上段に振りかぶり、一気に振り下ろす。
  断末魔と血の臭いを残してオーガは沈んだ。
  純戦士の種族とはいえ、ここにいるオーク達は戦士ではない。あくまで、この農場の元小作人だ。
  戦闘には慣れていないのだろう。
  あたし達の腕に(特にフィッツガルドさんに)怯え、立ち竦む。
  自然オーガの群れだけが突出し、突撃し、そのこと如くをあたし達は沈める。ある程度倒した時、マラキャスの姿はなかった。
  「まだ、やりますかっ!」
  「殺した方が早いかもね。そう思わない、アリス?」
  戦意を失ったオーク達は降伏した。












  「なかなか楽しい見世物だったな。ヴァルダーグ」
  黒衣の男は楽しそうに呟いた。
  しかし眼は笑っていない。
  ヴァルダーグと呼ばれた、同じく黒衣を纏った者は頭を深く下げた。
  「申し訳ありませぬ」
  「くくく。まあ、いい」
  2人は黒の派閥と呼ばれる組織に属している。
  高圧的な口調の男はデュオス。
  各地で争いを煽っている男。
  「それにしても予想外だったな」
  「はい」
  「戦士ギルドに援軍を求めたのは知ってはいたが……まさか計画を失敗させるだけの人材だとは思ってはなかった」
  「やはり殺しておくべきでしたね」
  「……? あの女が誰か知っているのか?」
  「白馬騎士団のダンマーでは?」
  「ダンマー? 違う。俺が気にしているのはブレトンの女だ」
  「確か以前……そう、帝都の地下で会った記憶がありますが」
  「俺の記憶にはないが……まあいい。素性を洗え」
  「はい」
  焼け落ちたドラッド卿の屋敷を、小高い丘から見下ろしながらデュオスは低く笑う。
  計画を潰したものに対する敬意を表して。
  楽しそうに笑う。
  「くくく」
  「若。笑い事ではございませぬ。……帝国の貴族が公然と化け物を飼っていた事を世に広め、帝国の威信を崩すこの計画、潰され
  たのですよ。オーガ全てを始末された以上、帝国の隠蔽は容易のはず。ドラッド卿を殺すはずだったのに……」
  「くくく」
  「……それで、この者はどうしますか?」
  視線の先には、平伏する者。
  魔王マラキャスを自称していた巨大な体躯の人物だ。フードとローブで種族の判別は出来ない。
  「おい」
  「は、はい、デュオス殿。……わ、私はご命令どおりにしました。……私を人に、していただけるのですか?」
  「まだだ」
  「……」
  「あのブレトン女を殺せ。人間にしてやるのはその後だ」
  「は、はい」
  タタタタタタタタッ。
  小走りに去る。
  その後姿を見ながらデュオスは薄く笑った。
  「くくく」
  「若。そんな約束、してもいいのですか?」
  「空手形では駄目か?」
  「いいえ。特に支障はありません。利用出来る以上は利用すべきでしょう。奴は馬鹿だが、強いですから」
  「くくく」
  「しかし若。何故ブレトン女を殺すのですか?」
  「あの手合いの女は各個たる自分を持っている。使われるより、使う側の人間だ。俺の手駒にならん以上、いずれは邪魔になるかも
  しれん。そうそうに始末しておくに限る。分かるだろう?」
  「はい」
  「だが、まあ、俺の女にしてもいいがな。……ふむ。殺すにはちと勿体無いか」














  帝都随一の情報量を誇る黒馬新聞より抜粋。


  『シロディールで最大規模の農場を有するドレッド卿が本日未明、破産したという情報を本誌が独占入手しました』

  『農場経営と鉱山経営に失敗』

  『ドレッド卿は多額の献金を元老院にして貴族になった新興貴族として有名ですが叙任からわずか数ヶ月で没落貴族になった事
  を受けて、献金次第で貴族に取り上げる帝国の制度に問題があったのではないかという批判の声も上がっています』

  『ドレッド卿は全ての財産と爵位を売り払い、全ての借金を返済したとの事』

  『細君とともに故郷であるモロウウィンドに帰郷する旨を明らかにしています』

  『また、未確認ではありますがドレッド卿はモンスターを飼っていたという噂もありますが、それに関してドレッド卿はノーコメント』

  『異例ではありますが、これに関しては元老院も正式発表しています。以下、元老院のコメントです

  『我々が任命した貴族がそのような罪を犯すはずがない。それらは全て帝国の治世に対して偏見や逆恨みを持つ者が流したデマ
  である。良識ある帝都市民は信じないで欲しい。我々はあくまで臣民の平穏だけを願っている。利益など二の次だ』

  『以上が元老院の正式発表でした』