天使で悪魔





不運な店主




  騎士道。
  そんなに大層なものじゃないけど、命乞いをしたフォースティナを見逃した。
  フィッツガルドさんは殺すべきだと言う。
  でも、あたしは見逃した。
  見逃した、と言ってもあくまで手を下さなかったという意味。
  アンヴィル衛兵隊に引き渡した。

  英雄と何か?
  あたしは今、その壁にぶち当たっている。
  がむしゃらに英雄を目指していた頃には見えなかった、ただ懸命に目指していた頃には見えなかったものが今は見える。
  今は壁に。
  今は……。

  偉ければ立派?
  強ければ英雄?
  勇者は大義の為なら何をしてもいい人?
  これはフィッツガルドさんの言葉だ。
  あたしは今、思うのだ。
  あたしが望む英雄とは、突き詰めればそこに行き着くのではないかと。
  救える術があるのに見て見ぬ振りはあたしには出来ない。
  あたしは今、思うのだ。
  名声なんかなくても、英雄なんかにならなくても人は救える。
  それでいいんだと思う。
  それで……。







  「……うーん。駄目。それはやめて。ああ、それは嘘ですよね? そんな事しませんよね? ああ嫌。ああ許して……」
  ゆさゆさ。
  体が揺らされている。
  「あんた何の夢見るの?」
  「はぅっ!」
  聞き覚えのある声で眼が醒める。
  ガバッ。
  跳ね起きて周囲をきょろきょろ。
  ここは……うん、アンヴィルにある宿屋だ。
  戦士ギルドに泊まれば無料だけど、大勢のメンバーとの相部屋が嫌だとフィッツガルドさんが言うのでアンヴィル滞在中は宿屋暮らし。
  フィッツガルドさんはあまり大勢が好きではないらしい。
  社交的に見えるのに、少し意外。
  ……。
  まあ、社交的な人ではプライベートまで侵害されたくはないよね。
  それでもあたしサシなら特に問題はないらしく、相部屋だ。要は大勢過ぎるのが嫌みたい。
  さて。
  「はあはあ」
  寝汗がびっしょり。
  フィッツガルドさんは椅子に座り、コーヒー……じゃないか。香りからしてココアかな。ココアを飲んでる。
  「はあはあ」
  「どしたの?」
  「こ、怖い夢見ました」
  「夢?」
  「……はい」
  「どんな夢?」
  「それは聞かないでくださいセクハラになりますよ訴えちゃいますよっ!」
  「はっ?」
  ……フォースティナ、悪夢に登場。
  はぅぅぅぅぅっ。
  何をされたかは聞かないでくださいこれは健全なるサイトです18禁小説オブリビオンではないのでご容赦をー。
  「……」
  「どしたの?」
  「……フォースティナ引き渡したのを後悔してます……」
  「はっ?」
  「……殺すのは抵抗ありますけど……あいつの出所が怖いーっ!」
  「よく分からないけど、トラウマ?」
  「はい」
  「まっ、同性愛者は……んー、私の経験上しつこいから気をつけないとね。下手に懐かれると私の二の舞よ?」
  「フィッツガルドさんの?」
  意味が分からない。
  そんなフィッツガルドさんは、少し苦笑。
  しかし喋るつもりはないらしくココアを飲み干して立ち上がった。
  「まずは食事にしましょうか」
  「えっ? あっ、はい」


  「なかなかいけるわね」
  「はい」
  むしゃむしゃ。
  もぐもぐ。
  部屋に食事を運んでもらい、朝食。
  ハムを挟んだトースト。甘めのスクランブルエッグに、小さく四角に切られたパンが無数に入ったコーンポタージュ。
  飲み物はあたしはオレンジジュース。フィッツガルドさんはさっきと同じ温かいココアだ。
  ダルは朝食抜くようだけど、あたしは戦士。
  毎食きっちり食べないと満足に動けない。訓練にしても仕事にしてもね。
  ……。
  それに、食事を抜くのは戦士じゃないと叔父さんに怒られるし。
  「それでアリス、今日の予定は?」
  「予定?」
  「私はあくまであんたに付いて行ってるだけだからね。日程を知らないのよ。コロールに帰るの?」
  「アーザンさんに聞いてみようと思います」
  「ふーん」
  アンヴィル支部長のアーザンさん。
  仕事があるか聞いてみよう。
  ブラックウッド団に人材が流れている関係で、アンヴィルではかなり手薄な状態。
  それにまだアンヴィルはブラックウッド団の影響がないので、仕事は基本的にアンヴィル支部に回ってくる。
  仕事があるのに人手が足りない。
  そういう意味合いであたしがこっちに回されたわけだし。
  仕事があるなら受けなきゃ。
  「アリス」
  「はい?」
  「一流の戦士目指すならスクランブルエッグ少し頂戴」
  「……関係あります?」
  「大いに」
  にっこり微笑するフィッツガルドさん。
  戦士ギルドの幹部であたしの上役だし、個人的にも尊敬している。
  でも……。
  「スクランブルエッグは譲れませんっ! あたしの大好きな甘めだしっ!」
  「いや力説されても困るけど」
  「譲れませんっ!」
  ぱく。もぐもぐ。
  頬張ってあたしは食べた。
  ……。
  ま、まあ力説するほどじゃないかな。子供っぽいかもー。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「アリス」
  「……トーストも渡しません」
  「いや私はそこまで食い意地張ってないから」
  こほん。
  咳払いしてから、フィッツガルドさんは少し身を乗り出す。
  「戦士とはいえ魔法は必要よ」
  「……」
  それはあたしも必要を認めている。
  剣だけではどうにもならない状況はあるだろう。
  フィッツガルドさんに貰った雷属性の魔法剣の切れ味は凄まじいものがあるけど雷属性に耐性がある敵の場合は意味が成さない。
  その場合はただの剣としか機能しない。
  もちろん、それはそれでいい。
  剣技で相手を圧倒すればいいのだから。
  でも傷を負った場合は?
  ……。
  戦士でも魔法は必要だ。
  その必要性はあたしにも分かってる。
  「教えてあげようか、魔法」
  「……」
  「んー、ポリシーが許さない?」
  「いえ、そうじゃないんですけど……」
  魔法への抵抗はない。
  ただ習うにしても難しいものだという先入観がある。勉強や修行も必要だろう。
  あたしに出来るだろうか?
  読み書きは出来る(タムリエルでは基本的に教育は自主性であり、文盲率は非常に高い)けど、魔法使えるほど頭は良くない。
  躊躇っているとフィッツガルドさんは別の事を言った。
  「スクロールって知ってる?」
  「えっ?」
  スクロール。
  魔術師が羊皮紙に魔法を込めた代物で、記された文字を口に発する事で魔法を発動する。一度だけ。
  発動した後は文字は消え、ただの羊皮紙になる。
  あたしは頷いた。
  「はい。知ってます」
  これぐらいはね。
  「結構。じゃあ話を先に進めましょう。見た事はある?」
  「はい。……使った事はないですけど」
  「考えた事ない? 文字さえ覚えれば、その魔法を自分の物に出来るってさ」
  「あっ、そういえばそうですよね」
  「でもあの文字は覚えれないのよ」
  「はい?」
  話が見えてこない。
  「あの文字はね。特殊な文字配列で記されているから記憶できないのよ。視覚から脳に取り込まれて、そして自然に呪文が口に
  出る。そして魔法が発動するのよ」
  「へー」
  「文字が消える。それはその文字が視覚から取り込まれて脳に取り込まれ、《力ある言葉》に変換されて口殻発せられ魔法が発動
  するその際に文字そのものが自分に取り込まれてるのよ。だから消えるの」
  「へー」
  興味深いけど、何の関係があるのだろう?
  「要は、それはそれで魔法の覚え方になるってわけ。……教会に行った事は?」
  「あんまり」
  ダンマーだから。
  ダンマーは、基本的に九大神の聖堂は好まない。
  そもそも九大神信仰の種族じゃないし。
  ……。
  もちろんダンマーの全てが全て、ではないけど。
  さて。
  「聖職者は回復系魔法を割高で教えてるわ」
  「わ、割高ですか」
  まあ収入源だろうし仕方ないのかな。
  信仰もお金。
  ……何か、幻滅。
  「伝授に時間は掛からないわ。魔法の購入者の頭に手を当てて、魔法を伝授する」
  「頭? 伝授?」
  「要は直接に脳に働き掛けるのよ。……もちろん、その方法では簡単な魔法しか覚えられないけどね。本当に魔法を学びたいの
  であれば、それなりに時間を費やす必要があるわ。修行と勉強ね」
  「つまり……えっと……?」
  「聖職者の方法で魔法を教えてあげる。……手軽に覚えれ過ぎるから禁止されてるんだけどね」
  ガタン。
  立ち上がるフィッツガルドさん。
  あたしは戸惑った。
  「回復魔法と攻撃魔法を教えてあげる。……攻撃系は炎の魔法でいい?」
  「あ、あの」
  「もちろん私クラスの威力はないけどね。それでも牽制程度になるでしょう。回復魔法もないよりマシな程度だけどさ」
  「あ、あのっ!」
  「何?」
  「……その、信じてますけど……副作用とかないですよね?」
  「大丈夫。まだ頭を吹き飛ばした経験は3回しかないから♪」
  にっこり微笑した。
  こ、怖すぎるーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。






  魔法習得。


  炎の魔法《煉獄》。
  効果はフィッツガルドさんの威力の五分の一以下。
  遠距離用ではあるものの、効果範囲は極めて狭く単体用。

  回復魔法《治癒》。
  単体用の回復魔法で、切り傷を癒す程度の治癒量。
  骨折は回復不可。






  「こんにちはー」
  食事を終え、戦士ギルド支部に仕事があるかを聞きに来た。
  魔法の練習の為に、試し撃ちの為に午前中は街の外でゴブリンと戦ってた。魔法のお陰でかなり戦いやすかった。
  あたし、レベルアップっ!
  アーザンさんがこちらに気付き、微笑して迎えてくれた。
  「ああ、アリスか。よく来たな」
  「こんにちは。アーザンさん」

  アンヴィル支部は、大きい。
  規模も人員も各地の支部の中では一番大きい。
  実際には、コロール本部よりも大きい。
  ここを取り仕切っているのはレッドガードのアザーンさん。ネズミ騒動の際からの顔馴染みだ。
  さて。
  「次の仕事があるんだが、受けるかい?」
  「はい」
  返事をしてから、はっと思ってフィッツガルドさんを見る。
  彼女は微笑で応える。
  よかったぁ。
  勝手に受けたら怒られるかと思った。
  アンヴィルでの依頼は既に三件完了している。今度はどんな依頼だろ?
  今回フィッツガルドさんはあたしの後見役。あたしの受ける依頼を見届けるのが、仕事なのだ。
  あたしが受けたら、自動的にフィッツガルドさんも受ける事になる。
  余計な手間だ、と怒られたらどうしようかと思ったよー。
  よかったぁ。
  「丁度良い仕事があるんだよ。ここアンヴィルの街に住む、ノルバート・レレスと話をしてくれ」
  「どんな仕事なんですか?」
  「ノルバート・レレスはレレス良品店という店を経営しているのだが最近頻繁に盗賊が侵入するらしい。つまり警備の仕事だ」
  「警備」
  「もちろん盗賊が来たら実力で逮捕、もしくは排除してくれて構わない」
  「はい」
  「詳しくは本人に聞いてくれ。では、頼んだぞ」



  レレス良品店は、アンヴィル市外にあった。
  港湾地区。
  アンヴィルはシロディールの海の玄関口として有名。船で様々な異国の品々が運び込まれ、そこからシロディール全域に食料品
  から珍奇な物品が広がっていく。
  潮の香りが強く、それ以上に船乗りの体臭がきついものの……ここに商売人にとってのアンヴィルの一等地、なのだ。
  さて。
  「どうしました? フィッツガルドさん?」
  「……」
  高い灯台を見て、感慨に耽る様なフィッツガルドさん。
  何かの思い出の場所かな?
  「どうしたんです?」
  「月日って早いなぁってね」
  「月日、ですか?」
  「ブラックハンド潰す事に情熱を費やしてたあの日々。裏切り者が誰かを突き止める為に来たあの時。既に、ただ思い出なのよねぇ」
  「……?」
  よく意味が分からない。
  追憶、かな。
  人にはそれぞれ思い出がある。
  あたしにはあたしの。フィッツガルドさんにはフィッツガルドさんの。
  そういうものだと思う。
  「さて、行きましょうか」
  「……? そう、ですね」
  追憶の中身まで聞こうとは思わない。
  それでもやはり気になるものだ。
  ……。
  まあ、いい。
  あたし達はレレス良品店に向って足を進めた。
  場所はアーザンさんに聞いてるし、巡回している衛兵の人にも聞いたから迷う事はなかった。
  「結構良い店ですね」
  「そうねぇ」
  ……看板の文字、間違えてるけど。
  ともかくここで間違いないようだ。
  ガチャ。
  「こんにちはー」
  扉を開けて、中に入る。
  少々こじんまりとしているものの、日用雑貨、食料品、それに珍しい舶来品が所狭しと並んでいた。
  あっ、大きなエメラルド。
  宝石類も扱ってるらしい。ここで叔父さん達のお土産買おうかな?
  店主が出てくる。
  「いらっしゃい。レレス良品店にようこそ。幅広い品揃えで、欲しいモノはなんでも揃うよ」
  「あたし達は戦士ギルドの者です」
  「ああ。君達が。……奥に来たまえ、そこで話そう」
  「はい」
  店の奥で、あたし達は話をする事に。
  連れて行かれた場所は二階。レレスさんの居住空間だろう。あたし達が椅子に座るのを見て、レレスさんが口を開く。
  「依頼の概要は当然聞いてるよな?」
  「盗賊だとか」
  「そうだ」
  「被害はどの程度ですか?」
  「ここ数ヶ月でかなりの被害にあってるんだよ。私が商品を補充したら、決まって次の日には全て盗まれてる」
  「あの、鍵は?」
  「何度も変えたよ。だが無駄だった」
  「そうですか」
  ここ最近アンヴィルでは賊の類が多いなぁ。
  ストランド要塞にはヤルフィが率いた山賊団がいたし、アンヴィル市内ではフォースティナが美人局の盗賊団してた。
  そんなフォースティナが出所した後はローグ洞穴を拠点とする盗賊団を結成した。
  最近はあまり聞かないけど、ヴァネッサーズという盗賊団もいた。
  皇帝が崩御して世情が不安になったからかな?
  ……。
  そうかもしれない。
  皇帝は死に、後継者の三皇子も死に、皇帝の血筋は途絶えた。
  帝国の治世は元老院を仕切るオカート総書記に握っている。優れた政治家ではあるものの人格者ではないという評判。
  帝国はこの先どうなるのか?
  誰もが不安になっているのだろう。
  そんな世情不安が賊を生む。
  さて。
  「鍵をモノともしないなると凄腕の盗賊なのか、それとも魔法使いかもしれない。衛兵に頼めば解決するだろうがそれでは店の名
  に傷が付く。何より変な噂を立てられても困るし。それで君達を雇ったんだ。一晩でいいから、店番してくれないか?」
  「店番、ですか」
  ガードマン代わり?
  番犬代わり?
  ともかく、今日一日ここで警備をしていて欲しいと言う。
  あたしは力強く頷いた。
  「戦士ギルドにお任せを」



  ……で、こうなると……。
  「ここはレレス良品店かい?」
  「そうですけど」
  店番?
  あたしが思うにこれはただのアルバイトでは?
  何気に客の応対任されてるし。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「鎖鎌を売りたいんだが。金貨30枚で買い取ってくれないか?」
  「それは、そのー……」
  応対はあたし。
  フィッツガルドさんは倉庫で在庫の管理任されてる。
  レレスさん?
  彼は、今日一日任せたぜと言い残してお酒飲みに行ってる。戦士ギルドはアルバイトじゃないぞーっ!
  「買い取ってくれないのか?」
  「えっと……」
  武器の相場、あたしには分かりません。
  鑑定できないし。
  金貨30枚?
  妥当なのか適正なのかはあたしには分からない。客は舌打ち。
  「ちっ。足元見やがって。半額でいいよ」
  「ま、毎度ありがとうございます」
  ちゃりんちゃりーん。
  あたしは金貨を支払い、鎖鎌を受け取る。その時、倉庫からフィッツガルドさんが出てきた。
  「あっ、この鎖鎌、倉庫にお願いします」
  「そのまま売り物にすればいいんじゃない?」
  そう言って、鎖鎌を無造作に飾る。
  次のお客さんだ。
  応対しなきゃ。
  「ここはレレス良品店ですの?」
  「はい。そうですけど」
  「そこのカボチャ、お幾らですの?」
  「えっと」
  「3個買っていただければ、サービスでジャガイモとチーズを無料で進呈しますよ」
  言ったのはフィッツガルドさん。
  提示した金額も安過ぎる。
  当然、お客は大喜び。
  「まあっ! 何て良いお店ですのっ! ご近所の奥様達にも宣伝しなきゃっ!」
  大喜びで野菜を抱えて帰っていった。
  ……そうか。
  あれだけサービスすれば、勝手にあの人が宣伝してくれるのか。
  商売人でもあるんだ。凄い。
  「フィッツガルドさんって弱点ないんですか?」
  「弱点?」
  「はい」
  「あるわよ。私は体術が苦手。それに基本的に力ないからオークとかノルドとの白兵戦は御免蒙るわ」
  「へー」
  弱点もあるんだ。
  少し安心。
  完璧過ぎると、英雄としてのハードル高すぎるもんなぁ。
  あたしの目標はフィッツガルドさん。
  少しぐらい弱点ないと、困る。
  「それにしてもアリス。これ武器屋トルネコよね?」
  「はっ?」
  「いや何となく流れがそんな感じしたから」
  「……?」
  よく意味が分からない。
  そうこうしている内に別のお客さん。レレス良品店は繁盛しているらしい。
  戦士風のお客さんだ。
  「レレス良品店で間違いないよね?」
  「はい。そうですけど」
  「破邪の剣を買い取ってもらいたいのだが」
  一振りの剣をカウンターに置いた。
  わぁ。凄い剣だ。
  「……第三章武器屋トルネコで決定。破邪の剣はこの章ではある意味チート……」
  フィッツガルドさんは力なく呟いた。
  何なのだろう?
  ……?



  「あー、疲れましたねー」
  「そうね」
  店じまい。
  あの後、野菜大安売りセールを聞きつけた奥様連が大量に押し寄せてきて大変だった。
  野菜が安い=浮いたお金で他のものも買おう、その流れで大儲け。
  まあ、儲けは戦士ギルドの報酬とは無関係だけど。
  あくまで警備がメイン。
  ……。
  何か釈然としないけど。
  営業時間が終わり、夜になってもレレスさんは帰宅しなかった。
  多分、警備の邪魔にならないように呑んで過ごすらしい。……もちろんそれがただの言い訳でしかないのは分かってる。
  ただ呑みたいだけじゃんっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あー、疲れましたー」
  テーブルに突っ伏すあたしとは対照的に、フィッツガルドさんは新しい剣を磨いていた。
  破邪の剣。
  雷を込められた魔法剣らしい。
  「勝手に自分の物にしていいんですか?」
  「勝手にじゃないわよ。それに見合う品と交換してあるわ」
  「それはそうですけど」
  「なら問題ないじゃないの」
  破邪の剣を自分のモノにしたフィッツガルドさん。
  結構強力な剣らしい。
  さっきまで帯びていた剣はストランド要塞で山賊が使用としていたごくありふれた鉄の剣。武器の能力は戦闘を左右する。
  鉄の剣では心許なかったのだろう。
  だから交換した。
  もちろん代価として鉄の剣を店頭に置いたのではない。指輪だ。フィッツガルドさんがしていた指輪。
  強力な魔力を込めた手製の指輪らしい。
  「指輪の予備は持ってるから問題はないわ。……ふー。これで剣を作りにアルケイン大学に行く手間省けたわね」
  「指輪って、何の指輪なんです?」
  「魔法耐性の指輪」
  「魔法耐性……?」
  「私が身に付けてる指輪や首飾りには魔法耐性を込めてあるの。だから私には魔法攻撃は効かない。それと魔力も増幅させてる。
  一つあげようか? 装飾品は予備を持つ主義だから、もう一つ余分のがあるし」
  「い、いえ、いいです」
  「そう?」
  不思議そうにあたしを見ていた。
  雷の魔法剣も貰ったし、魔法まで伝授してもらった。これ以上好意に甘えるのは、さすがに気が引ける。
  「ところでどうする?」
  「はい?」
  「だから、警備。今からが本番でしょう?」
  「あっ、そうですね」
  今夜は徹夜になるだろう。
  盗賊もこちらが寝静まるまでは動かないはず。
  交替で番をするのか。
  それとも2人して待ち構えているのか。
  どっちがいいかな?
  「私はあくまで後見役だから任せるわ」
  「出来ればフィッツガルドさんの意見を伺いたいんですけど……」
  「私?」
  「はい」
  意地悪そうにフィッツガルドさんは微笑む。
  「私の意見は必要ないでしょ。私の警告無視して同性愛者の盗賊見逃して襲われるの待ってるぐらいだからさぁー」
  「ま、待ってませんっ!」
  ……。
  ……軽率だったのかなぁ、やっぱり。
  今後しばらくアンヴィルには近付かないで置こう。
  うん。すっごく身の危険感じるし。
  貞操の危機?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。



  「……んー……」
  静まり返った店内で、あたしは椅子に身を沈めたままウツラウツラとしていた。
  眠い。
  眠い。
  眠い。
  すっごい眠い。
  「……んー……」
  瞼が重い。
  気を抜いたら瞬時に眠りへとフォールダウンしそうな勢いだ。
  結局、交替にした。
  八時間交替。
  八時間したらフィッツガルドさん起こして、交替だ。これはフィッツガルドさんの意見だ。
  「……んー……」
  交替はまだまだ先だ。
  長いなぁ。
  ……。
  ……。
  ……。
  あれ?
  八時間もしたら……朝だーっ!
  フィッツガルドさんに騙された少し抱いてたイメージと違った結構お茶目な人だーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「うー。眠いー」
  このまま寝てしまおうか?
  そう思うものの、依頼だもん仕事だもん。
  それに寝ている間に盗みに入られたら問題あるし、その間に寝首をバッサリ掛かれるのも嫌だ。
  寝るわけには行かない。
  寝るわけにはー……。
  「ぐぅ」
  ……。
  ……。
  ……。
  「間抜けな奴だ死んでもらう」
  ぴたり。
  冷たいモノが喉元に当たったのが分かった。
  「……っ!」
  「……何寝てるの、あんた」
  フィッツガルドさんだ。
  こ、怖かったよー。
  「びっくりしたじゃないですかぁーっ!」
  抗議する。
  気付けばいつの間にか打ち解けてる気がする。ただ闇雲に崇めてた時よりも親しくなってる気がする。
  偶像崇拝ではなく、人と人との触れ合いに変わってた。
  今の関係になって始めて、フィッツガルドさんの性格が分かった気がする。
  意外にお茶目。
  「アリスあんた涎すごかったわよ」
  「あ、あたしは涎なんて垂らしてませんっ!」
  それでもさりげなく口元を拭う。
  「イビキもすごかったし」
  「イビキも掻きませんっ!」
  「私がフォースティナだったら今頃は凄い事されてたかもねー♪」
  「はぅぅぅぅぅっ!」
  凄い事って何っ!
  凄い事って何っ!
  凄い事って何っ!
  け、軽率だったのかなぁ。フォースティナ見逃したのって。
  ど、どうなんだろ?
  「あのですね……」
  「しっ」
  言葉を制され、そのままカウンターの裏に引きずり込まれる。
  口元に手を当てられた。喋れない。
  カチャカチャカチャ。
  「……?」
  扉の方から何かの音がする。
  ガチャ。
  中に誰か入ってくる。戸締りはちゃんとした。つまり、合鍵を持ってた?
  それはレレスさんではなかった。
  3人いる。
  「……」
  「……」
  そーっとあたし達は見る。
  コソコソと忍び足で入ってくる3人。どう考えても盗賊だろう。
  ダンマーとボズマー、もう1人は……何者だろう?
  いるの分かってる。
  でも透明化の魔法を使っているので、微妙に見えない。フィッツガルドさん曰く……。
  「中途半端な透明化ねぇ」
  だそうです。
  棚に陳列してある商品を持参した袋に詰め込んでいく。
  安くもなく高くもない商品。
  大きなエメラルドや宝石類には眼もくれていない。
  ……何で……?
  「なかなか商売上手ね」
  「そうなんですか?」
  隙を突いて、カウンター裏から二階に移動したあたし達。
  相手さんはお仕事に忙しいらしく気付かれなかった。
  「どうして商売上手なんです?」
  「あの手の品物ならどこででも簡単に売りさばけるからね。高い商品を大量に売りさばくと、結構リスク高いものなのよ」
  「そういうもんなんですか?」
  「そういうもんよ。……ああいうどこにでもある品物なら、盗品商通さなくても売り払えるでしょうね」
  「ふぅん」
  ゴソゴソ。
  盗賊達は忙しい。
  フィツガルドさんを見る。気が付けば窓から外に出ようとしていた。
  「な、何してるんです?」
  「アリスはそっちから連中を押しなさい」
  「……?」
  「室内での戦闘は相手の虚を衝くのが最善。それに店内荒らしたら怒られるでしょ? じゃあね」
  「あっ」
  理解した。
  あたしが頷くと、フィッツガルドさんは窓から飛び降りて夜の街消えた。
  チャッ。
  剣を抜き放ち、あたしは階下に駆け下りた。
  「そこまでです盗賊っ!」
  『……っ!』
  一瞬驚愕したものの、ボズマーが剣を振りかざして突っ込んできた。
  向こうも戦闘を考慮しているようで鎖帷子に身を包んでいる。
  でも……。
  「無駄ですっ!」
  「がぁっ!」
  胸元を薙いだ。
  あっさりと鎖を切り裂く。
  ボズマー、血飛沫を上げながら大きく仰け反って床に倒れた。死んではいない。意外に運動神経がいいのか、それともただ運が
  良かっただけかは知れないけどわずかに身を反らしたので致命傷ではない。
  それでも動ける傷ではない。
  「に、逃げろっ!」
  「おうっ!」
  仲間を見捨てて逃げる残りの2人。
  その時、扉が開いた。
  『……っ!』
  「ハイ。まだまだ遊びは宵の口。……それで、どこに行くの? 私と遊ぶ?」
  窓から飛び降りて外に回ったのだ。
  それが作戦だ。
  確かに相手の虚を衝いた。
  「バイ」
  瞬時に1人を斬って捨てる。
  朧に見えていた不完全な透明化をした盗賊だ。完全にフィッツガルドさんの間合にいた盗賊に勝ち目があるはずがない。
  抜き打ちで斬って捨てられる。
  即死だ。
  ダンマーの盗賊に微笑しながら、フィッツガルドさんは余裕を崩さない。
  「それで貴方はどうする?」
  にこりと微笑んだ。





  「君達には感謝するよ」
  翌朝。
  依頼人に報告をした。死体が出たので、衛兵も介入しているもののあたし達は正当防衛。
  衛兵から盗賊の身元を聞いたであろうレレスさんは少し動揺していた。あたし達はまだ聞いていない。
  多分聞いても分からないし。
  「鍵を変えても駄目なわけだよ」
  「どういう意味です?」
  「あの盗賊はうちの従業員達だ。……毎朝の開店を頼めるほど信頼出来る奴らだったのに……何が犯罪へと駆り立てたんだろう。
  こういう結末はやはり悲しいね」
  「従業員」
  それで合鍵持ってたのか。
  店じまいを任せる為にレレスさんが鍵を持たせていたのか、合鍵を作ったのかは知らないけど。
  これで簡単に入れた事に合点がいく。

  「ともかくこれが報酬だ。本当にありがとう」



  任務は終わった。
  ストランド要塞の山賊退治(結果的には討伐が任務の主となった)。
  ドラッド卿のオーガ暴走事件。
  ローグ洞穴の盗賊退治。
  そして今回のレレス良品店を襲っていた盗賊達の一件を解決した。
  そろそろコロールに戻ろう。
  アンヴィルの戦士ギルドはこれで落ち着いただろう。
  お土産も買った。
  アーザンさんに挨拶して帰ろう……と戦士ギルド支部に訪れるとギルドメンバー達はバタバタしていた。
  何なの?
  「……嫌な予感するなぁ」
  フィッツガルドさんが呟く。
  何となくそんな気がする。これはきっと強制イベントってやつだ。
  「おっ」
  アーザンさんがあたしを見つけ、こちらに向かってくる。
  険しい顔だ。
  「いいところに来たな。任務が多くて立て込んでいたところに、さらに面倒な展開をマグリールが用意しやがった」
  「マグリールさん?」
  ローグ洞穴の一件の後、別れたからどうしているかは知らない。
  何かしたのだろうか?

  「頼みがある」
  「はい?」
  「悪いんだがスキングラードに飛んでくれ。今動ける人間がいないんだ。これはギルドの沽券に関わる」
  「何があったんです?」
  「マグリールが依頼を放棄したらしい。ギルド全体の信頼を損なう行為だ。見逃すわけには行かない。もっとも、驚く事ではないな。
  奴もまだ君と同じ駆け出しで、これはよくある事だ。君は違うようだがね。その精神を忘れないでくれ」
  「はい」
  「ともかくスキングラードに飛び、マグリールに接触してくれ。この件は既にコロールのモドリン・オレインに報告してある。だから事の
  顛末は私ではなく彼に報告してくれ。では、頼んだぞ」
  「はい」
  一路、スキングラードに。